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第50話

 エルはライネル達と連れ立って27階層にレアモンスター探しに出掛けたが、初日は残念なことに空振りで終わった。

 初戦闘で希少な落とし物(レアドロップ)2個を得た時は調子が良いかと思われたが、その後は魔物と闘っても魔石か落し物(ドロップ)が得られるだけで惨憺たるものであった。結局最初で運を使い果たしたのかという、期待だけ膨らんで目当ての物は全く見つからなかったという、肩透かしな結果で終わったのだ。

 もっとも、レアモンスターである金尾狐猿ゴールドテールリマーは発見確率も低く、それに加えて特殊な技や身の危険を感じたら逃亡する面倒な魔物なので、1月で10匹も倒せればその月は当たりだと言われるほどだ。

 エル達は親睦を主な目的としており、レアモンスターには会えたら幸運程度で来ているので、まだ気楽であったが……。

 

 また、初日は迷宮都市アドリウムに戻らず、真夏の孤島で夜営する事にした。

 常夏の島も夜になると昼よりは大分過ごし易くなり、嫌という程直射日光を浴びせてきた太陽が海の彼方に沈むと、涼やかな風を肌で実感できるようになった。エル達は浜辺から少し離れ、密林に入る手前で手頃な場所を見つくろうとテントを張り結界陣を起動させた。

 結界陣は、魔石を動力源として発動中は不可視の結界を張ると同時に、魔物の嫌がる匂いを発生させる魔道具である。この結界陣のお蔭で見張り番をたてずとも安全に眠る事ができるのだ。

 この魔道具に加えて、水を発生させる水管に火を起こせる火焜は迷宮で寝泊まりする冒険者の必需品である。定期的にメンテナンスが必要だが、基本的に魔物が落とす魔石で動くので困る事のない、実用性に秀でた道具である。

 エル達は火焜の火を中心に円陣を組む様にして夕食を取り、楽しい団欒の一時を過ごした。

 そんな中新たに分かった事だが、意外な事に肉料理に関してはダムが最も得意であったのだ。さすがに宿屋の店主兼コックのシェーバほどではないが、引退したら肉メインの料理屋ならやっていけるかもしれないと思わせるほどの玄人染みた腕前であった。

 迷宮で道具や材料も限られているので、ダムが作ったのは肉に塩と香辛料を振り焼くという簡単な調理法の一角海馬ホーンシーライオンのステーキであったが、単純だからこそ腕の差が如実に表れる料理でもあった。

 ステーキを噛み砕くと、海馬特有の歯応えと肉汁が滲み出てエルを陶酔させた。味付けもシンプルであるから肉自体の旨みを堪能でき、ライネル達も口々に賛辞を送り和やかな食事となった。

 エミリーやクリスはというとメインの料理をダムに任せ、付け合せの野菜やドライフルーツなどを用意した。焼き野菜に果実由来のオイルを掛けてだけの料理であったが、野菜とオイルが相乗効果の様にお互いを高め合いすこぶる美味しかった。

 迷宮だというのにちゃんとした食事が取れる事にエルは歓喜し、終始笑顔であった。自分一人で篭ったなら携帯食か適当に肉を焼いただけという、いい加減な調理法での不味い食事になったであろう事を想像すると、ライネル達との夜営は素晴らしいものであり参考になった。折を見て自分もシェーバに料理を習おうかなどど考えるのに十分な程収穫の合った夜営であった。

 また、食事中やその後の団欒では、毎度の如くエルがからかわれたりかまわれたりしたが、クリスの出自や目的を聞く事ができた。

 彼女は物腰や態度からある程度予測はできていたが、貴族の次女だそうだ。もっとも貴族とはいえ、最低限食うに困らない程度で質素な生活で贅沢もあまりできない下級子爵の家だそうだ。ただし、礼節や学問、教養などを学ばせてもらえたのは幸運なことだろう。

 一般市民では日々の生きる糧を得る事に必死であり、子供に満足な教育を施す余裕などないからだ。生活に困窮し行き詰まった場合、奴隷商に子を売ったり、あるいは口減らしをしたり、最悪自分が奴隷に落ちる事だってあり得るのだ。それを考えればクリスの出自は幸運な部類に入るだろう。まあ、エル自身も田舎の比較的裕福な豪農の出なので、恵まれた環境で育ったことは否めないのだが……。

 クリスの家は皆生命の女神セフィの敬虔な信徒であり、クリス自身も幼い頃から近所の神殿に足繁く通ったそうだ。そんなクリスに転機が訪れたのは15の歳を数える頃であった。

 その日も熱心に神に礼拝していると生命の女神(セフィ)から託宣を授かったのだ、次代を担う巫女の一人となりて研鑚を積み人々を導けと。

 巫女とは神の教えを広める特別な地位である。助祭や司祭と違い、神からの啓示を受けなければ就く事はできない。また、この啓示は誰にでも与えられるわけではない。敬虔な信徒であり、かつ神に見込まれた人物のみがその資格を得る事をできるのだ。信徒にとっては巫女に選ばれる事は最上の栄誉であり、敬慕の念を一身に集める存在なのである。また、託宣を受けたからといってすぐに巫女になれるわけではない。巫女として、神の教えを布教する御旗として相応しいと認めらるよう刻苦勉励すると共に、誰もが称賛する偉業を成す必要があるのだ。それをもってようやく巫女に承認されというわけである。神の啓示をうけた段階は、巫女見習いといって差支えがないだろう。その後の巫女としての修行で不適格と見做されたり、偉業を成す事だできず結局巫女に成れない者も少なくない。神に見込まれたとしても巫女への道程は辛く険しく、一握りの者だけが到達できる狭き門なのである。

 だが、クリスは身も心も震えるばかりの興奮に包まれた。そして神が与えてくれた機会に、試練に感謝したのだ。

 早速、お告げの内容を神殿にいた司祭に相談すると生命の女神(セフィ)の大神殿があり、魔物との闘いを通して修行できる神々の迷宮があるこの都市アドリウムを紹介してくれ、更にはクリスの家族を説得してしてくれたそうだ。司祭としても自分が任された礼拝所から巫女候補が出る事は誉であるので、並々ならぬ熱意を持ってクリスに協力したようだ。家族も当初は困惑したが、自分達の信望する神からの神託であり、かつクリス自身も熱望したこともあって終いには許しを出した。

 その後は家族に別れを告げ、迷宮都市アドリウムに訪れたというわけだ。着いてからしばらくの間は神殿での修行の日々を送り、迷宮に潜るだけの力が付いたと許可が下りてからパーティを組み迷宮に潜っているそうだ。

 その時偶々出会ったのがライネル達だったのだ。ライネル達と出会ったのは3年前くらいであり、相性も良かったのでそれ以来ずっとパーティを組んでいるそうだ。もっとも偶に神殿の仕事を仰せ付かる事もあるので、迷宮探索を休まなくてはならないが、3年で30階層到達なら十分な早さである。むしろ有望なパーティと判断してもいいだろう。

 クリスの目標は今は失伝してしまった奇跡の大魔法、復活リザレクションを修得することらしい。この大魔法は死亡した直後ならという条件付きながら死者さえも蘇生させる事も可能という、神の領域に踏み込んだ大いなる奇跡である。修得は厳しいの一言に尽き、現在は大司祭を含め誰一人使える者がいないほどだ。

 おそらくこの魔法を使えるだけの途方もない魔力と精神力、そして神への信仰が必要なのだろう。この魔法を使えるようになるためには、必然的に最上位冒険者にならなければならないだろうし、長い年月を要する事は間違いない。いや、努力したとしても報われる可能性が低いと言わざるを得ない難行である。

 だが、巫女として人々の尊敬と信頼を勝ち取るためには偉業を為さねばならないのもまた事実である。何の実績もない者を誰が有り難がり心酔するであろうか。クリスはこの試練を達成し功績を上げることで、晴れて生命の女神(セフィ)の巫女と認められるのである。本来は最上位冒険者となり邪神の手先、魔神や悪魔などを討つ事で巫女として認められるそうであるが、クリスはあえて苦難の道を選んだのだそうだ。

 道は果てしなく遠いがそれでこそ遣り甲斐がある、私自身の生命の女神(セフィ)への信仰を問う試練なのだと、クリスは朗らかに笑った。

 明確な目標を持ち努力を続けるクリスは美しく、光り輝いていた。

 エル自信も大望を抱き日々修行に励んており、クリスの夢は共感できる部分も多かった。何時も穏やかで柔らかい笑みを絶やさない彼女の、内に秘めた熱い思いに感じ入り、親近感が沸いた。

 お互いの夢に向けて語り合い仲を深める。友達がいなかったエルにはできなかった経験であり、共に研鑚を積もうと誓い合う行為は実に健やかで、エルの心に新たな炎を灯したのであった。

 その夜はクリスの話で盛り上がり終わってしまったが、機会があればまた誰かの話をしようという事で皆就寝した。興奮したエルは中々寝付けなかったが、不思議と嫌な気分ではなかった。またこんな夜を過ごせればと思いながらつらつらと他愛のない事を考えていると、いつのまにか眠りに落ちたのだった。


 翌日、簡単な朝食を済ませると早朝からレアモンスター探しを開始した。

 焼ける様な日差しの中をエル達は浜辺を中心に探索を行った。というのも金尾狐猿ゴールドテールリマーは非常にすばしっこいので、内陸部の樹木がうっそうと生茂った密林では運良く出会えたとしても、まず倒す事ができないからだ。俊敏な動きに翻弄されて捕まえる事も叶わず逃げられるのがおちだろう。

 そういう事もあって浜辺や木木の少ない辺りで捜索を行ったが、残念なことに2日目も空振りに終わった。遭遇確率も低いので出会なくても仕方ない部分もある。

 もっともエルには全く落胆しておらず、それ所か喜びに打ち震えていた。ライネル達と和気藹々としゃべりながらの迷宮探索だったという事もあるだろう。

 それに加えて新しい修行法を見つけた事が大きい。

 たまさか、砂浜で遭遇した魔物を気を用いず発剄のみで打倒しようと試みた所、砂の反発力が少ないせいか畜剄もほとんどできなかったのだ。その後足に気を纏わせて震脚する事で剄を得る事ができ魔物もどうにか倒す事ができた。ただし、大量の砂が周囲に飛散してしまい被害を被ったエミリーやダムにお小言を頂戴する羽目になったが……。

 現状のエルの脚力では満足に剄を溜めることもできず、砂場では敵に有効な発剄を行う事ができない事がわかったのである。

 だが、逆を言えば砂地でも地面と変わらないぐらいの畜剄が可能になれば敵を粉砕する事もできるように成り、ひいては土や硬い岩や石等の反発を得られる場所では更に発剄の威力を増す事も夢ではない。

 砂浜は新たな修行場に打って付けであったのだ。

 新たな修行を思いついたエルは戦闘中や移動の合間において、可能な限り発剄の練習に取り組んだ。

 徐に震脚を行い砂を飛び散らせるエルの奇行に当初はライネル達は困惑したが、理由を聞くと納得しエルの好きにさせた。もっとも、砂を自分達に向けて飛ばさないように注意するぐらいはしたが、弟分のあくなき向上心に感心し見習わなくてはならないと心を改めたのである。

 エルは砂浜で修行したり、ライネル達と親交を深めたりしながら2日目は初日と同様に迷宮でキャンプして終わったのであった。


 このままレアモンスターを討伐はお飾りのお題目のまま終わろうかとした3日目の夕方、今しも迷宮都市に帰還しようかという時に運良くエル達一行は目的の魔物と遭遇する事ができた。

 金尾狐猿ゴールドテールリマーは中背のエルの膝よりやや大きい程度の小さな魔物であった。全身が黄色の体毛に覆われた小柄な猿の様な体に、狐を連想させる細長い顏つきが印象的であった。中でも特筆すべきは細長い尾であるが、眩く輝く金色の輝きを放っている。ライネルの言によると、あの尾は非常に硬くしなやかで生きた金属と呼ばれているそうだ。加えてあの通り見た目も良い事から、びっくりするぐらいの高額で取引されるらしい。ただし、この金尾は希少な落とし物(レアドロップ)なので、なんとか金尾狐猿ゴールドテールリマーを倒せたとしても手に入るかは天に任せるしかないのだそうだ。その事も相まって金尾の値段が吊り上っているのだろう。

 この小猿の様な魔物は砂浜に自生している木の実を取りに来たようで、エル達が発見したのは魔物が木に登り始めている所であった。

 魔物の方も目敏くこちらに気付くと甲高い鳴き声を上げ、身体を揺すって警戒を露わにしている。


「エル、あれが金尾狐猿ゴールドテールリマーだ。いきなり逃げられなかったのは運が良かった。こっちを侮っているのかしらんが、どうやら闘う積りのようだぜ」

「あれが噂のレアモンスターですか……。ずいぶんと可愛いですね」

「あのモンスター自体は戦闘力が低いけど、やっかいな技があるから気を付けるのよ。!?ほらっ、きたわよ!!」


 金尾狐猿ゴールドテールリマーは地に飛び降りると奇妙な踊りの様な動きをし出した。意味不明なあ動きにエルは首を傾げていると、すぐに魔物の動きの意味を察する事になった。

 魔物の周囲にいくつもの円上の魔法陣らしきものが現れ輝き出したのだ。


「あれがこの魔物の厄介な特技、救援召喚サモンレスキューです」

救援召喚サモンレスキュー?」

「あいつは自分の窮地を救う魔物を召喚するのさ。召喚されても30階層くらいまでの魔物だから、俺達の相手にはなりゃしねぇがな」

「エルくんや私達ならどうってことない相手ね。問題は召喚された魔物を倒した後に金尾狐猿ゴールドテールリマーに逃げられないかね」

「そこはエルに任せたぜ。お前の高速移動ならすばしっこいあいつも捕まえられるだろう。期待してるぜ?」

「はい!!」


 頭に手を置きくしゃくしゃに髪を撫でながら問い掛けてきたライネルに、エルは力強く返答した。義兄からの期待が嬉しかったのだ。このレアモンスターとは初戦闘だが、必ず仕留めてみせるとメラメラと闘志を燃やすのだった。

 複数の召喚陣が目を眩むような強烈な輝きを放つと魔物達が出現した。

 現れた魔物達は意外や意外、砂礫竜サンドドレイク蛮巨人ワイルドジャイアントなど31階層以降に出現する巨体の魔物達であった。


「どういうことだ?前回やった時は一角海馬ホーンシーライオン走竜スプリントリザードぐらいだったはずだよな?」

「わからないわ。情報でも30階層までの魔物しか現れないって話なのに……」


 エミリーやライネルは想定外の魔物が出現した事にすっかり困惑しているようだ。

 だが、一方のエルはというと全く意に介しておらず、仲間が現れた事で調子に乗り手を叩きこちらを舐め切った態度を示す狐猿の動きに注視していた。魔物が逃げる素振りを見せたら、武神シルバ流の高速移動術で一気に距離を詰める心算なのだ。

 それに加えて現れた魔物はエルの脅威足り得ない。気の武器化の練習台として幾百幾千と屍を築いてきた、対処法も弱点も知り尽くした相手である。何十体一度に相手取ったとしても何ら生命の危機を覚えない魔物達である。

 エルは義兄の期待に応えようと昂ぶる心の赴くままに一歩前に出ると、仲間に笑顔を向けあっけらんと言い放った。


「31階層以降の敵が現れたとしても、僕達には何も問題ないですよね?情報と違った理由は後で考えるとして、折角レアモンスターを見つけたんですから狩りましょう」


 情報の齟齬も全く気にせず、エルはただひたすらに目的の魔物を狩る事に集中していた。仲間達に笑顔で話し掛けるも一瞬たりとも金尾狐猿ゴールドテールリマーから目を反らしていない。獲物に狙いを定め、飛び掛かる寸前の猛獣さながらの姿であった。

 そんな臨戦態勢のエルにライネルは大笑いすると、太い笑みを浮かべて応えた。


「確かに俺達には何にも問題ねえな。こいつらはこの1か月間嫌という程闘ってきた相手だ!!攻略なんてお手の物だぜ、なあみんな?」

「おう!!」

「「はい!!」」

「良い返事だ。そんじゃやろうぜ!!」


 ライネルの野太い声と共に開戦の火蓋が切って落とされた。

 先陣を切るのはもちろんエルである。砂場であろうと関係ないとばかりに、駆け出したライネル達を一瞬で置き去りにし魔物達に迫った。

 滑歩により足裏に気を纏い形態変化させて氷の如くして砂地との摩擦を減らすと、疾歩により気を推進力として矢の様に魔物達に疾駆したのである。武神流の歩術を習熟すれば、この様に例え地面が砂や泥土、あるいは沼や湖面であっても一切制約を受けずに移動する事ができるのだ。

 ライネルやダムも気を纏い砂を巻き上げながら走っているが、やはり気の練度では性質変化を行わず気のみに特化した武神流には一歩譲る。ましてや修行そのものがもはや生活の一部であるエルでは分が悪い。距離は開く一方だ。

 そうこうする内にエルが魔物達に接触し一瞬の交錯の後通り過ぎると、真っ赤な大輪の華を宙に咲かせた。

 エルの胴回りより太い砂礫竜サンドドレイクの首を、右手を気の武器化によって刃と為した断魔剣によって斬り飛ばしたのだ。

 その後もエルの快進撃は止まらない。己の手足を槍や大剣と為し、亜竜であろうと巨人であろうと当たるや否や一合の基に絶命させていったのである。

 後から駆け出していたライネル達がようやく接敵した頃には、10体もの魔物が屍が出来上がり砂浜を赤く染め上げ、血溜まりを作り上げていた。まあ、血溜まりや死体も魔物達が迷宮に還る束の間の間だけ残っているだけだが、それにしても一体目が迷宮に還るまでにこれほどの敵を倒してのけたエルの早業には目を見張るものがある。

 興奮したライネルが大声を張り上げる。


「みんな急げ!!愚図愚図していると全部エルに持ってかれちまうぞ!!」

「わかっているさ。俺達の闘いを見せてやろう」

「よーしいくぜ。雷剣サンダーブレード!!」


 巨大な棍棒を振り上げ突進してくる蛮巨人ワイルドジャイアント目掛けて、ライネルが先制の一撃を打ち放った。雷神ヴァル流の十八番、気の性質変化によって雷を大剣に纏わせた雷剣サンダーブレードを巨人の心臓目掛けて大上段から振り下ろしたのだ。

 巨人が人外の生命力を誇るといえど、肉体の仕組みは人に近い。つまり肉体に大電流を流させれば感電し麻痺するのだ。ライネルの鋭い大剣の一撃を受け止められなかった巨人は、胸を斬り裂かれると共に雷の痛みをその身で味わう事になった。

 大抵の魔物ならこの一撃で黒焦げになって絶命したであろうに、下手に生命力が高いせいで蛮巨人ワイルドジャイアントは筆舌に尽くし難い苦しみを受けてしまう。胸の壮絶な痛みに絶叫を迸らせ、雷によってしばし肉体が麻痺し無防備な姿を晒してしまう。

 そんな隙を見逃すライネル達ではない。クリスが連戦を想定して仲間達に防護の呪文を施すとエミリーが目や口などの急所に矢を連射し、ダムが斧に気を纏わせた気斧オーラアックスで頭を叩き斬ると同時に、ライネルが己が傷付けた胸元を横一文字に斬り裂いたのだ!!

 流れる様な連携をくらった巨人は倒れ伏し、2度と起き上がる事はなかった。

 ライネル達も伊達に33階層まで到達してはいない。31階層や32階層で砂礫竜サンドドレイク蛮巨人ワイルドジャイアントとの闘いを幾度も経験し、パーティなりに攻略法も確立していたのである。彼等も更なる高みに向かって日々切磋琢磨する有望な冒険者である。エルの脅威的な成長速度に及ばずとも、足を止める事無く上を目指しているのだ。彼等の日々の修練や努力は決して自分を裏切らない。

 エミリーの弓が撓りダムの斧が唸りを上げ、そしてライネルの大剣が轟音を轟かせた。 

 ライネル達が亜竜や巨人を数体屠りエルが残りの魔物を鎧袖一色で斬り捨てると、いつのまにか金色狐猿ゴールドテールリマーとその前を守る様に陣取る1体の巨人のみとなっていた。当初は冒険者を侮り高い声を上げ、小憎らしく挑発していた狐猿も落ち着きを失くし挙動がおかしくなってきている。おそらく逃げる事を考え始めているのだろう。滑稽な程腰が引け、きょろきょろと周囲を忙しなく見渡している。

 もちろんエルには逃がす積りなど毛頭ない。折角義兄に頼まれたのだ。レアモンスターを打ち果たし褒めてもらう気でいるのである。

 一切の迷いなく狐猿とそれを守る巨人に歩み寄るエルにたいし、後方から注意の声が飛んできた。


「気を付けろ!!そいつはただの蛮巨人ワイルドジャイアントじゃない。名持ち(ネームド)の口裂けだ!!」


 ダムの大声を聞いてエルは初めて巨人を凝視した。巨人は通常の個体では見られない浅黒い肌に歴戦の痕を偲ばせる無数の傷を有し、口は頬まで裂けていた。

 通常の蛮巨人より強力な変異種として生まれ幾多の冒険者との闘いを経て傷物スカーとなり、終には逆に冒険者を血肉を啜り名持ち(ネームド)までに至ったのであろう。その顔は歴戦の戦士そのものであり、強者の風格が備わっていた。

 しかしエル自身はそんな強敵と思しき相手を前にしても恐怖も逡巡も抱かなかった。

 なるほど、確かに目の前の巨人は名持ち(ネームド)に相応しい力を有しているだろう。だが、31階層に降りてから経験した幾千もの闘いを、そして35階層での熾烈な守護者との闘いによって成長したエルを持ってしても強敵足り得るだろうか?

 この巨人はあの砦犀フォートレスライノ電撃の雄羊(エレクトリックラム)、そして無慈悲な巨魔(クロルデーモン)より強いだろうか?

 否。否だ。

 眼前の蛮巨人ワイルドジャイアントから感じる圧迫感はよしんば電撃の雄羊(エレクトリックラム)に匹敵するとしても、とても無慈悲な巨魔(クロルデーモン)と伍するものではない。

 加えて、守護者との闘いにおいてもエルは気の武器化の技のみという己に枷を課し、それでも打ち勝ってきたのだ。エルには自分が負けるとは微塵も想像していなかった。

 だが、35階層の守護者に近い強さを有している事は間違いない。エルの五感が油断していい相手ではない事は伝えてくる。数日振りに感じる張りつめた戦場の緊迫感がエルを昂ぶらせた。

 そして、先日ようやくアルド神官から気の武器化について合格を頂いたのである。これでこの1ヶ月間自主的に封印していた拳を大手を振って解く事ができる。今回の探索で対峙した相手はどれも一撃で屠れる敵ばかりであったが、この名持ち(ネームド)の巨人なら自分の拳を解禁するのに相応しい敵ではないかとエルは期待したのである。

 受けてみろ。

 僕の拳を受けてみせろ。

 エルの身体から黒と白の相反する大量の気が立ち昇り始めた。おもむろに拳を握り締め感触を楽しむと、エルは犬歯を見せ獰猛な笑みを浮かべた。

 心が逸り、猛る。

 和気藹々としたライネル達との探索も楽しかったが、やはり心躍り昂ぶる闘いはいい。これこそが僕の望んだ互いの命を賭けた戦場なんだ!!

 エルの強烈な戦意を感じ取った巨人は先手必勝とばかりに己の巨腕を振るい、目の前の矮小な人間を殴殺せんと拳を叩き付けた!!

 それは多くの冒険者達との闘いによって鍛え上げられた、早く重い素晴らしい一撃であった。先程守護者並の強さと判断したが、正しくこの巨人は通常の個体とは逸脱した力を有していると断ずるに値する脅威的な攻撃であった。

 だが悲しいかな、エルはこれよりも早く避け辛い攻撃を、己が肉体で実際に体験してきている。高速の電撃や雷球を、そして無数の毛針や暗黒球を傷付き苦痛に呻きながらも、終には躱してみせたのである。今さらわざわざ真正面から来る巨拳を回避できない道理はない!!

 エルは一瞬の高速移動に巨人に懐に飛び込んだ。振り下ろした拳が空を切り、止まらずに砂に叩いてしまい巨人の身体がやや前傾ぎみになる。中背のエルの前にちょうどいい位置に巨人の腹がきた状態だ。

 エルはきつく握った拳を、全力でがら空きのお腹に叩き付けた!!

 それは黒と白の混ざり合った混沌の気を高速で右拳に集め圧縮した、地から天に昇る昇竜の如き武人拳の下突きであった。

 接触は一瞬であった。衝突と同時に大きな破裂音が辺りに響く。

 なんと、久方ぶりに解禁された拳はその凶悪な力を更に増し、巨人の腹を一撃で破壊してのけたのである。今しがたの大きな音は巨人の腹が破裂した音だったのだ。

 哀れ、名持ち(ネームド)の巨人の上半身は下半身と泣き別れしてしまったのである。人間なら絶命するはずであるか、強靭な生命力からか立ち上がろうともがいている。それでも徐々にその動きは緩慢になってきているので、もはや死ぬ寸前といった所である。

 巨人の死亡を待たずに金色狐猿ゴールドテールリマーは情けない悲鳴を上げると一目散に逃げ出した。仲間に守られている時は強気だが、身の危険を感じれば見捨てて逃げる無情振りである。

 まあ誰でも自分の命が一番であるしあながちその行動は間違いではないが、それを見逃すほどエルは甘くない。密林目掛けて一直線に逃走を図る狐猿に、莫大な気にもの言わせ大量の砂を舞わせながら直ぐ様追い縋る。

 迫り来る轟音に振り向いた時には最後であった。

 高速の飛び蹴りが小柄な魔物を貫き、天に召したのである。多数の魔物を召喚し、自ら闘うことはせず高みの見物を決め込んでいた小さな魔物は、自身を上回る圧倒的な速度と力に屈したのであった。


 軽く息を吐き深呼吸を繰り返し先頭の余韻に浸り昂ぶった心を冷ましながら、エルは落し物(ドロップ)を探した。金色狐猿ゴールドテールリマー通常の落し物(ノーマルドロップ)でも高額で取引されるが希少な落とし物(レアドロップ)だと桁が違う。折角倒したのだからと淡い期待を掛けながら魔物が死んだ辺りを見渡すと、小さな黄色の魔石と共に魔物の代名詞である金色の尻尾が落ちていた。希少な落とし物(レアドロップ)の金尾である。

 降って湧いた幸運にエルは感謝しつつ直に戦利品を拾うと、ライネル達に見せに走った。


義兄にいさーん、みなさん見てくだい!!レアドロップの金尾ですよ」

「おおっ。エルやったな。こりゃ今夜は宴会だな。なあ、エミリーいいだろ?」

「ええいいわよ。金尾の報酬は破格だから一晩中全員で飲み食いしたってお釣りがくるわ。今日は打ち上げにぱあーっとやりましょうか」

「そうこなくっちゃな。エル、普段は頼めないご馳走を食わしてやるからなっ」


 パーティのお金を管理しているエミリーの了承に、ライネルやダムが活気付きエルの頭を乱暴に撫で回した。手荒い賞賛をエルは目を細めて受け入れた。その顔はにやけていた。ライネル達に褒められるのが嬉しくて仕方ないのだ。

 いつの間にか頭を撫でる手が優しく繊細なものに変わった。この感覚には覚えがある。振り向くとやはりクリスがエルを慈しむように優しく撫で回していた。


「エルくん、本当に強くなりましたね。私達が出会って6ヶ月ぐらいですが、新人冒険者であったあなたがいつの間にか私達を抜くまで成長するなんて……」

「クリスさん?」


 感慨深そうにしゃべるクリスにエルは訝しむが、クリスはそっと首を振ると話を続けた。


「何も知らない者達なら妬むだけでしょうが、私達はいつもエルくんを見てきました。あなたが毎日休まず迷宮や武神シルバの修練場で努力してきた姿を知っています。流した膨大な汗と弛まぬ研鑚の日々が、エルくんの素晴らしい成果につながっているのです」

「そうね、エルくんは確かに才能豊かだけど、私達以上に努力しているもんね」

「ははっ、修行のし過ぎでリリを心配させる冒険者なんてエルくらいだからなっ」

義兄にいさん!!僕も最近は怒られないように気を付けてるんですよ。それにしてもクリスさん、行き成り如何したんですか?」

「先程の口裂けは私達なら苦戦は免れませんでした。でも、エルくんは簡単に倒して見せてくれました。分かってはいましたが実力差が出てきたんだなーって、再確認した所です」

「クリスさん……」


 しみじみ呟くクリスにエルは何も掛ける言葉が思い付かなかった。

 しかし、自ら負けを認めたというのにクリスの表情は晴々としていて、どこにも負の感情は見られない。クリスは純粋にエルの成長を祝福していたのだ。


「ちょっと悔しいですが、エルくんの頑張りを見てきたのですから認めないわけにはいきません。良く頑張りましたね。これからもエルくんの成長を見守っていますよ」

「クリスさん……。ありがとうございます」

「まあエルの成長には劣るが、俺達も上を目指してまだまだ成長するぜ。なあ、ダム?」

「ああその通りだ。俺達にもそれぞれ目的や夢がある。こんな所で立ち止まってはいないさ」

「私も巫女となるために、最上位冒険者にならなくてはなりませんしね。ふふっ、エルくんが油断していると今度はこっちが追い抜いちゃいますからね?」

「!?負けませんよ」


 片目をつぶって茶目っ気たっぷりのウィンクをするクリスは、実に絵になっていて思わず見惚れそうになった程だ。エルも気合いたっぷりの返事をしたが、内心は喜びで溢れていた。

 競い合い共に上を目指す。そんな良好な関係をなれた事が嬉しく、強く優しい姉貴分や兄貴分達への尊敬の念を益々深めたのだった。


「よーし、エルのおかげでレアモンスターも狩れたから、目的達成って事で撤収するか!!」

「はい、わかりました」

「今日は宴会だぞ。エルも楽しみにしておけ、美味いもんいっぱい食わせてやるからな」

「楽しみですねー」

「ふふっ、じゃあリリちゃんが待っている私達の宿に帰りましょうか」


 エル達は残りの落し物(ドロップ)を回収すると、意気揚々と迷宮都市アドリウムに引き上げるのだった。


 その夜はライネルの宣言通り深夜まで続く宴会になった。希少な落とし物(レアドロップ)の金尾は目が飛び出るほどの金額で売れたので、エミリーも今夜ばかりはと大盤振る舞いを許したのである。エルは高価な料理を満足ゆくまで食べさせてもらいご満悦であり、ライネルやダムも普段よりグレードの高い高級酒を飲み陽気に笑い合った。エミリーやクリスもシェーバお手製の素晴らしい料理に舌鼓を打ち、楽しい歓談となったのである。

 終盤では、調子に乗ったライネルがエルに酒強引にを飲ませ酔っぱらわせる事もあったが、夜更けまで笑い声と笑顔の絶えない一時の清涼剤の様な楽しい夜であった。





 

  

 

 


 


 

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