表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/107

第49話

「ここは何時来てもいいわね」

「ええ、魔物さえいなければここは楽園ですものね」


 燦々と照りつける太陽。陽の光を反射して熱を持つ白い砂。岸に打ち付ける小波の涼やかな音色。このままバカンスに洒落込みたくなる様な常夏の島の風景にエミリーは声を弾ませ、クリスも自慢の長い金色の髪を微風に揺られながらにこやかに賛同した。



「しかし、俺達前衛はもしもの時のために鎧を着ていなくちゃならんから、暑くてかなわんぜ。なあ、ダム?」

「まったくだ」


 黒色の鎧に身を包んだダムが、口を開くのも億劫そうにライネルの問い掛けに相槌をうった。壁役であり魔鉱製の全身鎧を着込んだダムにとっては、鎧の中は蒸し風呂の様な状態であろう。動き易く通気性の良い魔物の皮製の軽鎧のエミリーや、純白のローブに身を包んだクリスとは比べ物にならない暑さであろう。


「なによっ、あたしが涼風クールウィンドを掛けてあげてるでしょ!!」

「いやっ、エミリーの魔法には感謝してるが……」

「魔法を掛けてもらっても、まだ汗が出るほど蒸し暑いんだ」


 風神モウの信徒がまず最初に覚える初歩の魔法、それが涼風クールウィンドである。対象者の周囲を風を循環させ涼を運ぶ、砂漠や熱帯で長時間過ごす上で実に有用な魔法である。もっとも、こう真上から太陽に照り付けられると、熱が篭り易い重装備の2人にとっては熱気の方が勝ってしまう。氷神エイルの信徒であれば冷膜クールフィルムを唱えられるので、重鎧を着ていても快適に過ごせただろう。あるいは高価な魔具や使い捨ての魔道具を買ってきていれば、茹だるような暑さも防げただろう。

 だがパーティの財布を握るエミリーに、それらの道具を購入する事は却下されている。それもその筈、これらの道具は非常に高額であり、下手すると迷宮探索での儲けがほとんどでない、ないしは赤字になる事もあり得るからである。そうな高価な道具を簡単に使えるのは、収入が桁違いの上位冒険者になってからであろう。

 まあそんな事はライネルやダムも重々承知しているのでエミリーの判断に異を唱えなかったわけだが、茹る様な暑さについ愚痴めいた事を零してしまったというわけである。

 ライネル達の様子を横で見ていたエルはというと、エミリーに魔法を掛けてもらわず直に真夏の太陽の光を浴びていても、そんな事など気にもならないとばかりににこにこと満面の笑みを浮かべていた。


「2人共だらしないんだから。少しはエルくんを見習ったらどうなの?」


 思わぬ展開にエルがびっくりしていると、男衆の視線がエルに集まる。翡翠色の美しい道着に黄白色の篭手と靴、それに腰に下げた魔法の小袋(マジックポーチ)だけの軽装のエルをである。動き易さを主眼に置いた装備であり、通気性も良さそうだ。重い金属製の鎧を着込んでいるライネルやダムとは比較にもならないほど涼しいだろう。

 だが不平を漏らしてばかりでは義弟に示しがつかない思ったのか、ライネルは首を左右に振ると気合を入れ直した。


「まっ、確かに不満を口にしてばかりじゃいかんか。しょうがない、もう一頑張りするか!!」

「ああ、そうだな」

「その意気よ。さーて張り切っていきましょう!!上手くいけば今夜はご馳走よ」

「楽しみですね、金尾狐猿ゴールドテールリマー。僕はまだ会ったことがないんですよね」

「レアモンスターだからな。戦闘力はそれほどでもないんだが、俊敏な動きとやっかいな攻撃が面倒なだけだ。それと、逃げられないかが問題だな」 


 ライネルの解説に一々相槌を打ちながらエルは瞳を輝かせた。ライネル達と久しぶりに迷宮探索に行くのが楽しくて仕方ないのだ。

 それも今回は27階層に戻ってレアモンスター探しという、迷宮探索だけれどもどちらかといえば気分転換や親睦を目的とした冒険である。ライネル達も32階層の攻略が終了し33階層に挑む段階で、エルにいたってはつい先日35階層の全守護者を打ち倒し36階層に歩を進めており、はっきりいって27階層のモンスターでは余程のことがない限り命の危険性もないと断言してもいいくらいである。

 直近の1ヶ月の間、エルは自分が師事しているアルド神官に新たな技、己の肉体を気を用いて武器と成す、気の武器化を伝授されその体得に勤しんでいたのである。突きや蹴り、体当たりといった格闘技をエルは学んできたが、武器については全くの素人であり己の五体を武器化させて用いるといっても勝手が分からず、習得に長い時間を要したのである。

 その間ライネル達はエルの状況に配慮し、新技の体得が一応の成果が出るまではと共に冒険に出掛けるのを堪え、自分達もエルに遅れまいと迷宮の攻略に専念したのだった。

 エルにしても兄貴分や姉貴分達の心遣いが嬉しく思う存分修行に邁進し、その結果がつい先日の気の武器化を用いての全守護者の打倒というわけである。

 エルの心中は喜びに沸き立ちピクニック気分だ。ライネル達と雑談しながらの探索も楽しいし、見た事もないレアモンスターとの遭遇を考えるだけで心躍る。真夏の暑さなどエルには気分の高揚に一躍かっている程度で、全く不快に感じるはななかった。そんなエルの頭にライネルが手を置くと、力強く撫で回した。一見すると乱暴そうに見えるが、その実親愛の篭った優しい手使いである。


「まあ、このモンスターは非常に会うのが難しい。会えたらラッキーぐらいに思っておくぐらいがちょうどいい。会えなくても泣くなよ?」

「泣きませんよ!!まったく、義兄にいさんはすぐからかうんだから」

「ははっ、すまん、すまん。久しぶりのエルとの冒険が楽しくてな」

「それは私達もよ。今日は常夏の島を楽しもうね」

「はいっ、エミリーさん」

「ふふっ、エルくんにはやっぱり元気な姿が一番似合いますね。それと、ライネル。私もエルくんを撫でたいので譲ってください」

「あいよ」

「クリスさん」


 ライネル一歩下がるとずいっとクリスがエルの横まで進み出てると、楽しそうにエルの頭を撫で回し始めた。ゆっくりと静かに。髪を梳かしつける様な滑らかな手つきで……。エルも目を細め気持ち良さそうにクリスのなすがままに任せた。

 その後、十分にエルを撫でまわしたクリスは、何を思ったのか矢庭にエルの頭を胸に抱え込んだ。突拍子のない行動にエルはわけもわからないといった風であったが、やがてエルの顔を包み込んでくる柔らかな存在の正体に思い当たると、もがき慌てふためいて離れようと試みた。


「クッ、クリスさん、離してください。恥ずかしいじゃないですか」

「駄目です。アリーシャちゃんに抱き抱えられても文句を言わないのに、私がやったら嫌なんですか?」

「あっ、あれはですね、もう諦めたといいますか……」


 赤虎族の戦士、アリーシャ。彼女は非常に好戦的で自分が傷付く事も厭わず、常に前線に立ち勇猛果敢に戦う大剣使いだ。加えて、陽神ポロンの信徒にして猛炎の使い手でもあり、アリーシャの真紅の髪と相俟って魔物を焼き尽くし戦場を紅く彩る様は、不謹慎ながら野生の獣を思わせる美しさを誇る、優秀な戦士でもある。

 闘争を好み、闘いに生きる事を喜びとする彼女であるが、若く才能があり、何よりその身の内に赤虎族の戦士もかくやというばかりの闘争本能を宿しているエルを甚く気に入り、今では弟と接するかのような態度を取っている。しかも、エルにとっては困った事にやたらとスキンシップを取りたがるのだ。エルを撫でたり頬ずりしたり、抱きしめたりとやたらと肉体的接触を行う。終いには彼女の張りのある大きな双丘にエルを抱え込む事までやり出す始末だ。

 さすがに恥ずかしいからとエルが抗議するも、アリーシャにとっては二十歳近くなって初めてできた弟の如き存在とのふれ合いである。エルの抗議を鮮やかに黙殺すると、照れ屋な弟分とのじゃれ合いを楽しむようになったというわけだ。エルとしても、いくらも言っても聞かないので断念し、最近は彼女の好きな様にさせているという状態だ。

 アリーシャはエルを自分達の宿に呼ぶ事もあるが、エルが宿泊している金の雄羊亭に会いに来る事もしばしばある。そのおかげで、ライネル達とアリーシャ達もエルを通じて面識を持つに至ったのであるが、その席でもアリーシャは臆面もなくエルをよく抱きしめ可愛がったのだ。

 クリスのこの大胆な行為も、アリーシャを見習ったがゆえの行動という事であろう。

 

「やってみると、なんとなくアリーシャちゃんの気持ちがわかりますね。可愛い弟を抱きしめると自分も幸せな気持ちになります」

「えっ、そうなの?あたしもやろうかしら」

「エミリーさんまで?やられる側の僕としては、とっても恥ずかしいんですからねっ」

「はははっ、活発な姉貴分を一杯作ったエルが悪い。姉の気が済むまで黙ってやらせとけ」

義兄にいさんまでっ」

「ふっ、楽しいおしゃべりもそこまでだ。お客さんがわんさか来たようだぞ」

「えっ、本当ですか?」

「あっ、こら!!」


 これ幸いと逃げ出す口実ができたエルは、母性を感じさせる柔らかな胸から逃げ出すと敵を探し彼方此方に視線を走らせた。途中で逃げ出されたクリスはというと少々不満顔である。闘いが終わったら今度は満足するまで抱きしめてやろうと心に決めると、戦闘へと頭を切り替えるのだった。

 波の間から大きな身体をいくつも見せて浜辺に上がってきたのは、一角海馬ホーンシーライオンの群れのようだ。27~30階層に現れるモンスターであり、海中から奇襲を仕掛けたり、群れを成して冒険者達を襲う習性のある厄介なモンスターである。

 前足と泳ぎに特化した尾を駆使して器用に陸に上がってくる。腹から頭頂部までの上半身の高さは長身のライネル並だ。下半身もいれたら倍くらいの大きさであり、体重にしたら6倍以上にもなるだろう。海水に濡れた黒い剛毛はちょっとした鎧のような硬さであり、精悍な顔には名前の由来となる大きな角が雄雄しく頭の天辺にそそり立っている。あの鋭く猛々しい角は魔鉱製の鎧だろうと穿つ事が出来る。集団戦で注意力が散漫になった所に突進から一突きされたら一溜りもないだろう。

 もっとも、30階層を越えたエルやライネル達にとっては格下の相手である。油断さえしなければ下剋上など起こり得ることもないといって差し支えない。


「さあ、エル。初手は任せた。俺達にこの1ヶ月の成果を見せてくれ」

「はい、わかりました」


 肩に手を置き漢臭い笑みを浮かべるライネルに勢い良く返事を返すと、エルは魔物目掛けて疾走し始めた。

 砂地だというのに地面と変わりない速度で走ってみせる。気の性質変化により足が砂を踏みしめる面積を極力減らし、砂に足が接した瞬間に武神流シルバの歩術、疾歩によって強力な推進力を得てモンスター目掛けて疾駆したのである。

 激突まであと僅かとなった時、一角海馬ホーンシーライオンが人でも呑み込めそうな大きな口を一斉に開いて吐息ブレスを吐いた。多くの冒険者を苦しめる、海馬必殺の氷の吐息(アイスブレス)である。それも10頭近い数からである。その吐息は、さながら荒れ狂う猛吹雪のようであった。

 しかし、エルにとっては命の危機を感じるまでもない、取るに足りない些末な出来事と何ら変わりなかった。駆ける勢いをそのままに、魔物ができるだけ一直線に入る範囲を見定めると身体全体を一つの巨大な槍を見なした飛び蹴りを放ったのだ!!

 飛翔槍

 投擲された槍が空を切り敵目掛けて一直線に飛ぶかのように、エルは氷の吐息(アイスブレス)を一瞬の内に突っ切り、巨体の海馬でさえ何の抵抗も感じさせずに貫いていった。エルの飛び蹴りの一撃によって4頭、半数近くが瞬く間に倒れ付し地に還ったのである。


「また随分と強くなったなー。差は開くばっかりだ」

「はいはい、愚痴らないの。才能に加えて、努力のレベルが違うだから仕方ないでしょ。エルくんはこっちから何か言わないと、一日中ずっと修行しているんだから」

「私達には私達に合ったペースがあります。恥じず驕らず自分達にあった速度でいきましょう」

「わかってるよ。わかってはいても義弟おとうととの実力差が開くのは悲しいものがあるんだよ。まっ、しょうがねえ。エルに恥じない闘いをしようや!!」

「「はい」」

「おう!!」


 気合いの声を上げるとライネル達もモンスター目掛けて走り出す。

 そこからはパーティならではの連携の見せ所である。

 海馬達にとっては死神そのものであるエルに注意が集中した瞬間に、エミリーが自慢の弓の連射を行った。しかも矢継ぎ早に攻撃を繰り出しているというのに魔物の顔面、取り分け急所である鼻辺りを集中して狙っているようだ。残り6頭の一角海馬ホーンシーライオンも鼻面に気の篭められた矢が刺さると、激痛にたまらずのた打ち回る。

 その隙にダムのライネルが自慢の戦鎚と大剣を唸らせる。緑色の気を纏った鎚と稲妻

によって黄色に帯電した大剣が別々の海馬の頭を捉えると、海岸を真っ赤な血と肉を撒き散らした。どちらも頭を潰されるかかち割られており即死のようだ、立ち上がる気配は微塵もない。これで残り4頭である。

 といっても、ライネル達に襲い掛かろうとした瞬間に、滑歩によって音もなく砂の上を滑って後から接近したエルの気の武器化を用いた手刀、断魔剣によって1頭、2頭と巨体を斜めに両断されてしまう。

 一角海馬ホーンシーライオンの巨体を一太刀で叩き斬ってしまう、実に凄まじい切れ味である。これには奮戦していたライネル達も、思わず手を止め感心してしまうまでであった。義弟の素晴らしい成長とその成果に、ライネルは破顔した。そして今度はこちらの番とばかりに、太い笑みを浮かべた。


「エル!!俺の射線上には入るなよ」

「はい」

「いくぜぇ、雷閃ライトニングスパーク!!」


 宣言と共に真上から真っ直ぐに振り降ろされた大剣から雷が迸った!!

 ライネルが上手く技を放つ向きを工夫したおかげで、最後の2頭がちょうど一直線に並び巻き込まれる。圧倒的な電撃に曝された海馬達は避ける暇もなく、断末魔の声と共に黒焦げになった。そのまま横倒しに地に伏し動かない。ライネルの新技によって、あっけなく絶命したようである。

 もはや立ち向かう敵もなく落し物(ドロップ)を回収する段階になったので、エルは警戒を解くと飛び跳ねる様にライネルの傍にやって来た。


義兄にいさん、新技ですか?すごい威力ですね!!」


 余程義兄の新技に感心したのか、エルは褒めちぎる。

 ライネルも気を良くし、直ぐに技の解説始めてしまう。


「ああ、雷神ヴァルの技で3つ星になった褒美に授かったのさ。雷を直線上に放出して敵を攻撃する技だ。長所は非常に早く敵が回避し辛いことだ」

「横から見ていたけど、回避できるかわからないくらい早かったです」

「そうだろう。俺達もこの1ヶ月間無駄に過ごしたわけじゃないんだぜ」


 エルの賞賛にライネルは相好を崩し、にやついた少々だらしない顏になった。

 そんなライネルに呆れたようにエミリーが声を掛ける。


「ライネル、新技の良い所ばっかり言わないの。ちゃあんと欠点もあるでしょ」

「ちっ、わかってるよ。短所は気の消耗が激しい事と仲間を巻き込む可能性がある事だな。直線上に仲間がいない事を確認して放つ必要がある。それと今の俺の気力だと6発、いや5発が限度だ。それ以上は回復薬を飲まないと気力が持たん」

「へえー。あの威力だから気力の消耗も激しいと思ってましたけど、5発となると連発するのはきついですね」

「ここぞという時の切り札だな。使い所を慎重に見極める必要がある」


 大技は消耗が激しいものである。エル自身も轟破掌というアルドに見せて貰った神の御業、轟天衝から独自に編み出した奥義と呼べる程の破壊力の高い技を持っているが、気力の消耗は勿論のこと、放った後の隙が大きく敵に躱されると致命的な隙を晒す事になりかねないという、大きな欠点を持っている。如何に当てるかが課題であり、先程のライネルの言葉には共感する部分が多く深々と頷くのであった。


「2人とも話し込むのもいいけど、ちゃんと落し物(ドロップ)拾ってからにしてよね」

「すいませ、すぐ集めますね」

「まったく、口煩せーな。そんなこっちゃ嫁の貰い手もいなくなるぞ」

「何ですって?私は間違った事は言ってないわよ」 

「へいへいわかりましたよ」


 半眼になり睨みつけるようになったエミリーに対し、口では不承不承といった風にしながらも、ライネルは落し物(ドロップ)を集め始めた。エミリーの言葉が正しいのを重々承知しているからだ。まあ、彼等なりのコミュニケーションといった所だろう。

 エルもせっせと砂浜を駆け回り、仲間達から離れた遠くの戦利品を積極的に集めに行った。


「あっ、レアドロップだ!!今日は幸先良いですね」

「あらっ、いい感じじゃない」

一角海馬ホーンシーライオンのレアドロップは2つあります。どっちが出ましたか?」

「ふふふっ。じゃーん、実は両方です!!」


 悪戯小僧の様な顔になったエルは走ってライネル達の元に戻ると、わざわざ後ろ手に隠しながら持ってきた戦利品を前に突きだした。両手には海馬の黒色の魔石と、雄雄しく鋭利な白い角に、ヒレ状の大きな足があった。おそらく海馬の後ろ足だろう。


「白角にヒレ足じゃない!!10頭倒したとはいえ、レアドロップが2つも出るなんてびっくりだわ」

「こりゃ、今日は本当についてるかもな」

「その他にもムネ肉と魔石もある」

「これだけでも全員の夕食分になりますね」

「楽しみですね。海馬の肉は噛み応えがあって、肉を食べてるって実感できるから大好きです」


 早くも夕食に思いを馳せたのか、エルはそわそわし出した。まだ日が高いというのに実に食欲旺盛な事である。

 そんな年相応のエルの態度に、皆愉快そうに笑い声を上げた。


「さーて、エルは大食らいだからな。これでも足りなくなるかもしれん」

「レアモンスターを探すついでに、もう少し魔物を狩りましょうか」

「はい、そうしましょう」

「ふふっ、エルくんたら食い意地が張ってるんだから」

「だっ、駄目ですか?」


 エミリーのからかいの言葉に、エルは恥ずかしそうにしながら質問を返した。

 魔物と闘う様は何処に出しても恥ずかしくない一廉の戦士そのものであり、猛り昂ぶった時は修羅さながらで怖いぐらいだが、最近は中も深まり羞恥に顔を赤く染める少年らしい姿など、子供らしいエル本来の姿も見られるようになった。幼い頃から修行漬けであり感情の表し方や人との接し方が苦手な所はあるが、リリやライネル達、様々な人々との関わりを通じて緩やかながら成長していってる。弟の様な存在である、エルの真っ直ぐな成長がライネル達には望外の喜びであった。

 ただし、冒険者を続けるなら迷宮は更なる過酷で厳しい試練を課してくるだろう。

 願わくばより一層激しさを増す過酷な闘いを経ても、どうかその少年の心を忘れないで欲しい。身勝手な願いとは自覚しつつも、クリスはそう願わずにはいられなかった。

 慈母の如き微笑みを浮かべそっとエルの頭を撫でながら、クリスはエルを諭す様に言葉を紡いだ。


「いいえっ、全然駄目じゃないですよ。エルくんは迷宮で頑張ったら、頑張った分だけお腹一杯食べていいんですよ」

「クリスさん……」

「ふふっ、エルくんは成長期なんだから一杯食べて大きくならなくっちゃね」

「そうですね、義兄にいさんぐらいの身長が欲しいです」

「俺ぐらいか?」

「はい!!」


 巌の様な筋肉を持ち高身長なライネルと中肉中背のエルとの差は、頭2つ以上ある。15のエルが今からライネルほど背まで成長できるかというと難しい所だろう。

 それに童顔のエルがライネルほどの筋骨隆々になった姿を想像すると、アンバランスでお世辞にも恰好良いものとは思えない。少なくとも女性陣からは不評のようだ。


「エルくんはもう少し背が高くなるぐらいがちょうど良いんじゃない?いくら義兄弟だからといって、こんな大男に似なくてもいいのよ」

「うるせえっ。まっ、だがエミリーの意見には賛成だ。エルはエルに合った体格が一番だ。俺の身体だとエルが得意な高速戦闘はし辛いだろう」

「そうですか?僕も男ですから、逞しく漢らしい肉体になりたいんですが……」

「エルくんはそのままの方がいいですよ。何よりライネルみたくなったら、こうして胸に抱けないじゃないですか」

「クッ、クリスさん」


 エルの手を掴み引っ張ると、クリスはエルの頭を双丘に掻き抱いた。

 胸元でじたばたしてもがくエルをきつく抱きしめると、弟分を吸収するんだとばかりに短く刈り揃えられた黒髪の少年の頭に自分の頭を乗せ匂いを嗅いだ。

 ほんのちょっぴりの汗の匂いと新緑の若葉の様な匂いがする。少しぐらいの失敗や負の感情など一息で吹き飛ばしてしまいそうな、エルらしい溢れんばかりの生命力を感じさせる匂いだ。

 しばしの間、クリスはエルを抱きしめ続け癒されるのだった。


「さーて、クリスが満足したようだし出発しようか」

「ええ、今の私は心身共に充実しています。どんな深手も死んでなければ治してみせますよ。」

「まあ、怪我しないに越した事はないけどね。この調子なら回復と補助はクリスに任せておけば問題ないでしょうし、レアモンスター探しを再開しましょうか!!」

「僕は何だか疲れましたけどね……」


 太陽の様な笑顔のクリスとは対照的に、気疲れからかエルはちょっと疲弊した風である。見かねたライネルが助言めいた事を口にし出した。


「エルはそのっ、何だっ、役得だとでも思っとけ。こういうのは良い方に考えとかないと疲れるだけだぞ」

「いやっ、まあ抱きしめられるのは嫌っていう程じゃないんですけど、やっぱり恥ずかしいじゃないですか」

「アリーシャの好きにさせた時点で後の祭りだ。諦めろ」

「そんなー」

「ふふっ、またエルくん分が足りなくなったらお願いしますね」


 がっくりとエルは項垂れた。

 逆にライネル達は楽しそうだ。弟を弄る兄や姉の気分といった所だろう。


「クリスもエルくんを構うのが好きで仕方ないのよ。そのうち慣れるから大丈夫よ」

「そんなもんですか?」

「そんなもんよ。ほらっ、エルくんもシャキッとしなさい。さあ、出発するわよ」

「えっ、ええ、わかりました」

「元気が足りない。ほらっ、出発するわよ!!」

「はい!!わかりました」


 何とも言えない表情のエルにエミリーは勢いで押し切り気を取り直させた。

 まだ陽は高く夜の帳が落ちるまでに大分時間はあるのだ。金尾狐猿ゴールドテールリマーの捜索をしも、親睦の時間も十分にある。

 さあ、楽しい冒険の始まりだ。

 気合いを入れやる気を見せ始めたエルを先頭に、一同は常夏の島の探索に動き出すのだった。


 

 



    





 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ