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第44話

 エルは32階層に来ていた。

 31階層と些かも変わらない巨大な神殿を思わせる大理石の床、そして白亜の壁と柱で構成された美しい迷宮である。ただし、天井の高さや各部屋の大きさは、人間用というより巨人用の魁偉さである。出現する魔物が人族よりも遥かに著大なので、このサイズになるのも仕方ないのかもしれないが……。

 32階層では31階層の敵に加えて、新たに大飛蝗ランドローカストが現れる。情報誌によれば人間よりやや大きいくらいだが、集団で行動する習性を持ち身の危険を感じると仲間を呼ぶそうだ。もたもたしていると延々と仲間を呼ばれ、物量によって押し切られてしまう事もあるそうで、闘う場合は迅速に退治しなければならない厄介な相手だと注意書きが書かれている。

 まだ出会ったことはないが、闘うの楽しみだとエルは一人ごちた。


 迷宮を歩いているとすぐに魔物が現れた。本日最初の対戦相手は蛮巨人ワイルドジャイアントのようだ。エルの気の槍化の練習相手であり、鋼の様な硬い表皮と強靭な筋肉を併せ持つ難敵だ。

 もっとも、10日近く戦い続けて指を何度も折りながら修練を繰り返したおかげで、この堅固な魔物を貫くことが可能なほど鍛え上げており、今更苦戦することもない相手でもあった。

 エルは早々にけりを付けることに決める。

 こちらに向けて歩を進める巨人に対し、両足に一瞬で気を貯めて大理石の床を蹴り、エルの頭より高い蛮巨人ワイルドジャイアントの胸目掛けて、圧倒的な速度で飛び込んだ。右手を貫き手の形に固定し弓を引くように引き絞り、手を白と黒の入り混じった混沌の気で包み硬質化させ、槍と為した。

 筋肉がきしむ音を立て力の解放を催促してくる右腕を、魔物の心臓に向けて解き放った!!

 穿貫槍

 屠竜槍トラログの様に、全てを穿ち貫く槍になるように名付けたエルの貫き手は、易々と魔物の硬い表皮を一気にぶち抜いていく。真っ赤な鮮血が噴出し、まだ生暖かい筋肉を穿ち進み、脈動する心臓さえも一撃で貫いた。巨人は絶大な痛みに絶叫する。

 だが、心臓を貫かれても巨人は倒れないどころか、エルへの反撃を試みている。なんとも凄まじい生命力である。

 エルの手は上腕まで巨人の胸に埋没してしまっている。この状態から避ようとしても間に合わないだろう。今しも巨人が繰り出そうとしている、怪腕の一撃を受けるしかないのだろうか。

 否、避ける必要も防御する必要もない。既に終わっている・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・のだ。

 エルは街中では決して見せない、野獣の様な顔で嗤った。

 蛮巨人ワイルドジャイアントの豪腕がエルに当たろうかという刹那、エルは心臓に埋まっている右手から気を無作為に放出した。周りは堅牢な表皮や強剛な筋肉に守られていないひ弱な臓器である。気の猛威に晒されると、脆弱な心臓はあっという間に四散し、肉は飛び散り血が辺りに舞う凄惨な状況に相成った。エルも頭から血を被っている悲惨な姿だ。

 巨人はショック死したようで、エルへ迫った拳もブリキ人形の様に動きを止めると、体ごとゆっくりと後ろに倒れ込んでいく。気の放出による内部破壊を行ったお陰で右手も抜けたので、エルはゆっくりと体勢を整え着地する。

 全身血塗れの惨憺たる姿であるが、迷宮の魔物のものなのでそのまましばらく放っておくと、絶命した蛮巨人ワイルドジャイアントが迷宮に還ると同時に消えて無くなってしまう。巨人の亡骸と同様に魔素に変換され、地に還ったのだろう。血肉が消えた後は元の綺麗な翡翠色の武道着である。

 エルは自分の修行の成果に満足がいったのか、ぐっと拳を握り締めた。つい最近まで弾かれてばかりで貫くのに多大な時間を要した、あの強固な巨人の表皮でさえ今では一撃である。努力した甲斐があるというものだ。

 だが、慢心してはいけない。目標は遥か先だであり、自分がもっともっと強くなるためには、今後も精進を怠ってはいけないと、にやけそうになる自分を戒めた。何度か大きく深呼吸し体を解すと、戦利品を回収し新たな敵を求めて迷宮を流離うのだった。


 それから何度か32階層で戦いを繰り広げた。大飛蝗ランドローカストとも闘ったが数が多いのが厄介なだけで、一体一体では砂礫竜サンドドレイク蛮巨人ワイルドジャイアントと比較にならない程惰弱な存在であった。穿貫槍で頭を突通させれば一撃で絶命するので、飛蝗の群れ相手に弱点に狙いを定める正確さと、左右の連続突きの修練を行ったぐらいである。群体の波状攻撃に回避しきれず負傷もしたが、予想以上に脆かったので、エルの心はあまり高揚しなかった。32階層は早めに見切りを付け、下に降りようかと考えたぐらいである。

 その代わり、参考になったものがある。他のパーティの戦闘の見学である。

 迷宮が広いのであまり出会うことが無く、遭遇しても簡単な挨拶ですれ違う程度であったが、アルドから他者の技を参考にせよと仰せ付かったので、周りに目を向けてみることにしたのだ。

 正直、エルは自分が強くなることばかりに熱中していて、他の冒険者の事は無関心であった。迷宮では、強敵との戦いと自分の技を練磨することしか頭に無かったといっていいぐらいだ。加えて、最近は少しずつ改善してきたとはいえ、故郷のいた頃から孤独に過ごしてきたせいで、自分から積極的に話し掛ける事もなかった。精々、魔物の取り合いをしないように気を付けるだけで、ソロでの探索時では他の冒険者との関わりをエル自身が避けている節もあったのだ。

 アルドに言われここ数日他の冒険者に目を向けてみると、夫々の適性や能力に合った千差万別な闘い方をしており、目から鱗が落ちた気分を味わった。

 全身鎧に身を包んだ巨大な戦斧と大盾振るう重戦士に、雷を纏わせた刺突剣レイピアを巧みに操る黄狐族の麗人、そして爆炎と熱線を操る魔法使いなど様々であった。何人かの冒険者にいたっては気の武器化の参考になる程の、3つ星の冒険者に名に恥じない妙妙たる技の持ち主であった。エルは戦闘の邪魔にならない距離から観戦し、秀逸な技の数々を学んだのだった。

 パーティも多種多様で純粋な人族のみや亜人族のみのもの、あるいは人と亜人の混合パーティなども見られた。その他に何処かの王国の騎士団とも遭遇したりもした。10数人で隊列を組み団長の号令の元に戦闘を繰り広げる様は、闘いというよりは戦争を見ている気さえしてきたぐらいである。ただし、30階層以上に潜るだけあって団員一人一人が素晴らしい技量を有しており、集団戦として熟達した動きを見せてはエルを唸らせた。

 見取り稽古ではないが、他人から学ぶことは多いと関心したほどである。先程戦闘を観戦したパーティも魔法主体であったが、実に効率的に魔物を倒していき感心したものである。


 そして、エルの今後に影響を与える強者との出会いもあった。

 それはエルが大飛蝗ランドローカストを片付け、迷宮を散策していた時の事である。通路を通り抜けた先の部屋から、激しい闘争の声と剣戟の音が聞こえてきたのだ。何処かのパーティが闘っているのだろうと音のほうに走っていくと、部屋の中で蛮巨人ワイルドジャイアント3体と赤虎族の冒険者達が闘争を繰り広げていた。

 赤虎族の女性1人に男性2人という、単一の部族のみからなる珍しいパーティであった。全員が燃えるような赤毛であり、頭頂に猫科と思しき耳を備えているので間違いはないだろう。男性のうち一人は長身痩躯の槍使いのようだが、その身は痩せているというよりは鍛え上げよく引き絞られていて、最適化した様な秀麗な肉体である。もう一方の男性は後衛の魔法使いのようで、動き易い軽い土気色のローブに身を包み長丈を掲げている。また、短髪のエルとそう年の変わらないであろう長身の女性は蒼い軽鎧に身を包み、自身よりも遥かに巨大なまるで岩塊の様な剣を軽々と小枝の様に扱っている。

 まずは遠間から観戦しておき、もし危なくなったら参戦しようとエルは様子を伺ったが、直ぐに自分の考えが間違いだったと気付かされた。

 赤虎族の戦士達は、誰も彼も恐ろしいほどの剛勇の士であったからである。

 魔法使いによって巨大な岩が雨霰と降り注ぎ、槍使いが銀光を煌かせ高速の突きで巨人の肉体を易々と穿通していく。

 中でも特に目を引くのは、短髪の女性である。

 エルより少し年は上かという、まだ少女と大人の中間の美しいかんばせの女性であるが、肉体は発育が良く軽鎧の隙間からはち切れそうな胸と瑞々しい肢体を覗かせている。目はややきつめであり、美女であるがゆえに魔物を睨み付ける姿は迫力があった。そんな 眉目好い美女が振るうのは、死神の大鎌の様な豪炎の大剣であった。

 彼女の大剣は、巨人の四肢を一瞬で両断し焼き尽くした。いや、溶断したのだ。一体どれほどの高温の炎を剣に纏わせているかはエルでは予想も付かないが、斬り取られた腕を見ると、骨や皮膚が溶け出している様が見て取れる。おそらく陽神ポロンを信望する冒険者であり、気を属性変化させ炎としていると推測できるが、身震いするほどの冴えである。この階層を通常探索している冒険者とは一線を画すほどの実力者である。3体もいた巨人達は瞬く間に駆逐され、最後は彼女にあっけなく一刀両断され焼け落ちた。

 エルは己の震えを止められずにいた。自分が挑んだとしても、巨人と同じ末路になるのではないかと思える強者達である。冒険者同士の諍いはご法度であり、悪人でもないのに闘いを挑むのは、武人としても失格なので一手ご教授願うことはしなかったが、魔物との激闘をした時のように心が昂ぶった。思わず口角も吊り上る。

 その猛った行為がいけなかったのだろう。エルの荒々しい気配に赤髪の女性が即座に反応して振り返ると、こちらを睨み付けながら詰問してくる。


「お前、どういう積もりだ?

 冒険者同士の闘いは禁じられているのは、知っているんだろうな?」


 男性2人も警戒し、いつでもエルの動きに反応できるように準備している。女性のきつい視線がエルに突き刺さる。

 どうやら要らぬ警戒を抱かせてしまったようだ。

 エルは慌てて頭を振り無理やり笑顔を作ると、勢い良く頭を下げ謝った。


「すいません。

 あなた達があまりに強かったから、ただ観戦している積りが興奮してしまいました」「お前一人か?

 あたし達を嵌めようとするなら別働隊がいるってことか……」


 どうやら全く疑いが晴れていないようである。エルが一人であることも疑いを持たせているようで、犯罪者の一味か何かと勘違いされているようである。

 だが、疑念を抱かせた非はエルにある。エルは何とか誤解を解こうと魔法の小袋(マジックポーチ)からあたふたと自分の冒険者カードを取り出すと、相手に見せ自己紹介をする。


「僕はエル、3つ星の冒険者です。

 たまに臨時でパーティを組むことはありますが、普段はソロで潜っています。

 今日も一人で探索していた所です」

「お前がこの階層をソロね……。

 それにしては軽装だけど」

「とてもこの階層を一人で探索できると思えんな」


 女性だけでなく、後ろの槍使いも訝しそうに疑問を口にした。

 エルは童顔のため実年齢より幼く見え、それに加えて数が少ない無手の冒険者であることが、疑念に拍車を掛けているようだ。

 エルは何とかしなければと焦りながら再度説得を試みる。


「僕は武神流の格闘術の使い手です。

 まだ武人と呼べない未熟者ですが、それでも武神流の名を汚す行為をする積もりはありません。

 みなさんに不審を抱かせて申し訳ありませんでした」


 エルはもう一度深々と頭を下げた。

 どうやら、武神流と武人の名は疑念を晴らすのに一躍買ったようで、幾分彼らの表情からも険が取れ始めたようだ。これも武人として人々から信頼を得てきた先達達のおかげである。エルは心の中で武神シルバと偉大な先人達に感謝した。

 だが、警戒を解いていない所を見ると、まだ完全に信用してもらえたわけではないようだ。


「ふーん、お前あたし達に危害を加える積りが無いことを自分の神に誓えるか?」

「もちろんです!!」


 エルは女性の質問に即座に了承を示した。エルにしたら彼女達に手を出す心算など毛頭無いので、誤解を解くためなら自分の神に誓う事も辞さなかった。


「ディム、カーン、お前達はどう思う?」

「それじゃあ、こういうのはどうでしょう?

 実際に、この少年に素手で魔物と闘かってもらうのです。

 少年に嘘が無いならば、武神流の格闘術を見せてくれるはずです」

「俺も同感です。

 少年の言が本当に正しいければ、一人でこの階層の魔物を倒せるはずです」

「だそうだが、お前証明して見せてくれるか?」

「わかりました。

 それで納得してもらえるなら、魔物と闘います」


 赤髪の女性はにっと笑った。エルの答えが何か琴線に触れたようだ。おそらく、誠実に謝りこちらの要求に答え誤解を解こうとする姿が、彼女には好ましく思えたのだろう。彼女の中では、おおよそ犯罪者の仲間と警戒したのは間違いだったという結論に達しかけていたが、念のため少年の闘いを見る事にしたのだった。

 エルにしても、この容姿や軽装から犯罪一味の引き込み役と勘違いされている感があるので、武神流の技と自分の実力を示し疑念を晴らす必要があると感じていた。それに、元々魔物を探していたので闘うのに嫌はない。魔物と闘う事で誤解が解けるなら、率先して闘おうと意気込んだ。


「それじゃあ、お前が先頭に立ってあたしの言うとおりに進みな」

「はい、わかりました」


 エルは素直に頷くと、彼女の指示に従って魔物の探索を始めるのだった。


 一本道の短い通路を抜け大部屋に入ると、比較的簡単に魔物の群れを発見する。砂礫竜サンドドレイクが6体ほどたむろしているようだ。


「数が多いな。

 どうだ、やれるか?

 無理そうなら今なら引き返せるぞ」

「いえ、大丈夫です。

 此処で見ていてください」


 この赤髪の美女は先程疑っていたというのに、試しているというよりはエルの身を心配してくれている感がある。言葉遣いは荒いが、根は優しいのかもしれない。

 エルの今からの対戦相手である砂礫竜サンドドレイクは、幾度も闘った経験のあるお馴染みの敵である。いくら数が多くとも自分の敵ではないと、エルは拳を握り締め真剣な表情になった。

 エルのやる気を見て取った女性は破顔した。


「それじゃあ、お前の力を見せてくれ」

「わかりました」


 エルは何の逡巡も無く亜竜達に向かって歩き出す。その姿に恐れは一切見えない。これは期待できるかと、赤虎族の戦士達は後ろで静観の姿勢を取った。

 ゆっくりと歩いていると、エルを発見した亜竜達は咆哮を上げ一斉に駆け出した。6つの小山が一つになり、大きな山を形成したような迫力だ。その 夥しさは見るものを怯えさせるには十分なほどだが、砂礫竜サンドドレイクの実力を熟知しているエルにとっては、恐怖など微塵も懐かなかった。

 むしろ、淡々と魔物への殺意を高めていく。今回はエルが独りで問題なく闘える所を見せる必要があるので、技の修行はせず全力で倒す心積りである。

 迫り来る魔物を前にして、立ち止まるとふてぶてしく一回深呼吸をする。

 深呼吸が終わるとエルの姿は忽ち掻き消えた!!

 果たして後で観戦している戦士たちには、エルの姿が見えたであろうか。

 消失したと思われるほどの豪速で、エルが亜竜目掛けて疾駆したのである。

 風迅

 それは、武神流の高速移動術である足に気を纏って脚力を強化する疾歩と、気を推進力として背面から排出する迅歩を組み合わせた超高速移動術である。本来ならこの技はエルが使うにはまだ早過ぎる技だ。アルドが自身の修練のついでに見せてくれたが、急加速の後に方向転換や急停止させるために、目的に応じて気を体の全方位から放出させることによって、体に負担を掛けずに向きを変えたり停止させなければならない高等技法なのである。

 だが、エルには秘策があった。

 神の御業、剛体醒覚である。この業は体の内部、肉体の隅々まで気を行き渡らせ、肉体の眠っている力を呼び覚ますと共に、気の力によって肉体を大幅に強化するものである。風迅によって急加速した後、剛体醒覚によって強化した足腰で停止を掛けるのである。この業のおかげで通常なら自分の身体にダメージを負う所を、全く負傷せずに使う事を可能にしたのである。

 風迅の高速移動によって、大分離れていた亜竜達との距離も一瞬で無になる。先頭をきって駆けている亜竜は、エルのあまりの速度に目標を見失ったしまってさえいるようだ。

 エルは拳を振るった。いつものように全力を込めて突き破るような突きではなく、むしろ優しく触れる様な突きである。魔物の横面に当てた瞬間に気を流し込むと、一瞥もせず次の目標に高速移動する。

 剛体醒覚を組み合わせたエルのオリジナルの風迅によって急加速と急停止を繰り返し、魔物に捕らえられることなく移動し続け、亜竜達の急所である頭や首、胸の付け根や喉に拳を当て気を流し込みながら駆け抜ける!!

 一瞬の交錯の後に、亜竜の群れを通過してエルは立ち止まった。

 そしてエルが振り返ると、亜竜達は動きを止め数瞬震えた後内から爆ぜあっけなく絶命するのだった。


 徹気拳


 それは、相手の内部に気を送り込み、内部から爆発したかの様な無慈悲な破壊を行う武神流の荒技である。風迅による凄まじい高速移動と合わせる事によって暴威を振るい、瞬く間の虐殺劇を引き起こしたのだ。

 これには傍観していた赤虎族の戦士達も、目を見張り愕然としてしまう。まさか目の前のまだ幼いと言っていい童顔の少年が、自分達に比肩し得る熟達の拳士ではあるとは夢にも思わなかったのだ。余りの出来事に声も出ないとは、将にこの事である。

 エルは精一杯の笑顔を浮かべて、彼女達に近寄り問い掛けた。


「どうです?

 これで納得してもらえましたか?」


 だが、誰も答えようともしない。

 エルがどう反応していいか分からずきょとんとしていると、短髪の女性はプルプルと肩を震わせ、やがてその震えは大きくなっていった。終には堪え切れなくなったのか大笑いを始めてしまう。

 エルとしてはわけがわかないといった状況である。


「あははははっ。

 ごめん、ごめん。

 久しぶりに心の底から笑わったわ」

「えーと、誤解は解けたのでしょうか?」

「うん、解けた解けた。

 あたしはもうこれっぽちも疑っていないよ。

 きみはきちんと自分の発言に嘘がない事を証明してくれたからね」

「それならよかった」


 男達二人を見ると、女性の言葉に同意しているようで頷いている。エルは安堵して大きく息を吐いた。


「きみは前言の通り、無手の技で魔物を倒して見せてくれたからね。

 僕達はもうきみのことは疑っていないよ。

 それと疑って申し訳なかった」


 そう言うやいなや、土気色のローブを着た魔法使い、ディムは頭を下げた。エルは慌てて言葉を紡ぐ。


「そんなっ。

 元はといえば、僕が疑われてもしょうがない行為をしたからいけないんです。

 分かって貰えれば十分なので、頭を上げてください」

「そうかい?

 それじゃあ、仲直りをしよう。

 エルくんと呼んでいいかな?

 僕のことはディムと呼んでくれないか」

「ディムさん、よろしくお願いします。

 僕のことはエルと呼んでください」

 それにしても、さっきは凄かったよ。

 亜竜達を倒した技は何て言うんだい?」

「あの技は武神流の徹気拳です」

「なるほどな。

 あの強さなら確かにソロでも問題なさそうだ

 いやっ、しかし強いな。

 正直驚いたよ」


 大地母神の魔法使いと思しきディムと、軍神流の槍使いと推察されるカリスが口々に称賛を口にする。赤髪の恵体の美女もきつい視線を引っ込め、にっと白い歯を見せ愉快そうに笑っている。


「邪推してごめんね。

 あたしのことは、アリーシャって呼んで」

「それじゃあ、僕の事はエルと呼んでください。

 誤解が解けてほっとしました」

「しかし、エルはかなり強いね。

 もしかしたら5つ星のあたし達並の強さがあるんじゃないかな?」


 どうやらアリーシャ達一行は5つ星の上級冒険者らしい。この階層の冒険者にしたら強過ぎると感じていたのは、やはり間違いはなかったようだ。

 だが、エル自信はアリーシャ達の方が格上であり、とても自分が互角の腕前を有しているとは思えなかった。アリーシャ一流の褒め言葉という所だろう。 

 エルは首を横に振った。


「ソロ冒険者なのである程度の力はありますが、アリーシャさん達と比べたら僕はまだまだですよ」

「そんな事は無いと思うんだけどなー。

 それよりさん付けはいらないから、名前で呼んでよ」

「いっ、いや、いきなり名前で呼ぶのは失礼かと……」

「あたしがいいって言ってるんだから気にしないの。

 ほらっ、呼んでみて」 

 

 エルは窮した風に男性陣に顔を向けた。二人とも首を横に吸って体を竦めた。処置なし、アリーシャの言に従ってくれということだろう。

 アリーシャはわくわくとエルの顔を見、人懐っこい笑顔を浮かべている。きつめの美女の印象を受けたが、警戒を解き頬笑した姿は思わず見惚れそうになるほど絵になっていた。

 やがて、エルはアリーシャの笑顔に圧され観念すると、大きく息を吐き名前を呼ぶことにした。


「アッ、アリーシャ」

「よろしい。

 それじゃあ、お互い名前で呼び合ったことだし、親睦を深めるためにも街に戻って夕食にしましょう

 あっ、今回は疑ったお詫びにお金はあたし達が持つから、エルは何も心配しなくていいよ」

「えっ?

 いっ、いや、いきなり食事と言われても……」


 アリーシャの突拍子もない提案に、エルは目を白黒させ言葉が続かない。ディムやカリスは異論を挟まず、従う素振りを見せている。どうもこのパーティはアリーシャの発言が優先されるようだ。

 当惑しているエルの腕を取ると、アリーシャは実にいい笑顔を浮かべる。


「よしっ。

 それじゃあ町に戻りましょう。

 エルにはおいしいものご馳走してあげるからね」

「えっ?

 まだ了承してない……」


 そんなエルの言葉は耳に入らないとばかりに、アリーシャはぐいぐいとエルの腕を引っ張って進み始める。男性陣も後に続いて歩き出した。

 エルには無理やり腕を振り解く行為などできるはずがなく、諦めて自分で歩くまでアリーシャに大理石の床を引き摺られて運ばれる羽目になるのだった。


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