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第41話

 迷宮都市アドリウムの神殿区画、その区画の中で都市を6つに分ける大通りに面し、一際優美で荘厳な白亜の神殿が武神シルバを奉る神殿である。

 武神シルバは世界創生の神話で活躍した五大神と呼ばれる大神の一柱であり、加えて武術の神ということもあって、冒険者が半数近くを占めるこの都市アドリウムでは信者の数は非常に多い。

 朝も早く、大通りでさえ歩く人もまばらだというのに、エルが足早に神殿を抜け修練場に着くと、既に何人かが汗を流し修行に励んでいる姿が見受けられた。自分も負けてはいられないと気合を入れると、己が割り当てられた場所、修練場の隅に向かう。

 エルは、己の肉体を用いた格闘術で魔物と闘う冒険者だ。

 冒険者とは迷宮で魔物を倒して得た戦利品や、迷宮で手にはいる鉱物や動植物を迷宮を管理している冒険者相互補助協会、通称協会に売ることで生活を得ている者達の総称である。

 迷宮には屈強で凶悪な魔物達が犇いており、その魔物達に対抗できる力を有することが冒険者には求められる。迷宮に現れる魔物が死ぬと魔素に戻り迷宮に還る際に、少量の魔素を冒険者の肉体に流れ込んでくる。冒険者はその魔素を吸収することで心身が成長し、下層に潜れば潜るほどその強さを増してゆく恐ろしい魔物達に対抗できるように力を付けていくのである。

 加えて、今のエルの様に自分の信望する神の神殿や協会の訓練場などで修行し、新たな技や魔法を習得することも重要だ。魔素を吸収すれば身体能力や気力、精神力などが成長するが、武技や魔法などの技術は成長しない。下層の魔物達はどれも人間とは隔絶した驚異的な力を有し、かつ強大な魔法や景観が変わるほどの恐ろしい攻撃手段を備えている。そんな魔物達を打ち破るには、冒険者も心身を成長させるだけでなく、新たな技を習得し研鑽を積む必要があるのだ。

 もっとも、悲しいことにエルの様な格闘術に心血を注ぐ冒険者は少ない。皆一様に伝説や英雄譚に登場する人物と同じく、剣や槍、弓などの武器を学ぶ。

 武器を用いることで、素手より攻撃範囲が広がるということも一因として挙げられる。加えて、迷宮で手に入る武具や都市の武器屋等で装備を整えることで迷宮の攻略を進められるので、攻撃手段が己の五体か気の力のみである格闘術に比べて成長し易いという点が挙げられる。

 特に新人を卒業し下位冒険者になるためには5階層を踏破する必要があるが、それまでに気の力を自力で目覚められなければ、己の肉体だけで魔物達を打倒せねばならない。各神殿では様々な技を授けれてくれるが、教えてもらうには下位冒険者になるという条件があるのだ。つまり新人の時期は、鎧を着た魔物や皮膚の固い魔物相手に己の拳一つで倒さねばならないということである。この段階で断念し武器を手に取る者もいれば、当初から成長し辛い格闘術を選ばずポピュラーで比較的とっつき易い剣を選ぶ者が多い。

 エルはこの都市アドリウムに訪れるまで10年もの期間を修行に費やしてきたので、幸運にも挫折することなく下位冒険者になれたが、下地がない者にとっては格闘術はあまり魅力的に映らないのだろう。そのせいもあって武神流を信望する冒険者が多いにも関わらず、格闘術を学ぶ者は少ない。こうして今も格闘術の訓練に割り当てられた場所、修練場の端で修行する羽目になっている。


 残念なことに武器組に比して成長も遅く新人時代に苦労することもあり、冒険者の間では敬遠する風潮が出来上がっているが、けして格闘術が他の武術に劣るものではない、それどころか武神流の格闘術は真に強力な技術だと、エルは確信していた。エルがこの都市アドリウムに訪れて凡そ4ヶ月の時が経過したが、その間に30階層を踏破することに成功し、3つ星の冒険者という、下位冒険者の中でも中堅所の位置まで駆け上ることができた。しかも己一人という、単独での迷宮探索でだ。

 これは優秀な冒険者のパーティと比較しても、破格の探索速度である。平均的な冒険者のパーティでは、10階層降りるのに1年以上、場合によっては数年掛かることもざらである。エルが好戦的であり魔物との闘いが苦にならず、自己の研鑽が趣味であることも起因しているが、迷宮を単独で踏破する事を可能にするほど、武神流の格闘術が攻防に優れていることも厳然たる事実なのである。

 エルは自分の学んでいる武神流の格闘術を、誇らしく思う気持ちが芽生え始めていた。加えて、武神流の戦士は武人であらねばならない。武人とは高潔な精神を持ち、弱きを助け悪しきを挫く者のことである。己が力を振るう対象は、魔物等のこちらを襲ってくる敵か悪だけであり、決して無辜の民に振るってはならない。その禁を破る者は武神流から破門されるという厳しい掟も存在する。だが、この厳格な掟があるからこそ、武神流の戦士は人々から信頼と尊敬を一身に受ける存在でもあるのだ。

 自分も先達達のように、いつかは人から尊敬の念を受ける武人になりたいとエルは思うのだった。

 何はともあれまずは己の実力を高めることだ。力がなければ、もしもの時に自分の大切なものも守れはしない。そして自分の夢、己独りで伝説に登場するような魔人や竜を打ち倒す冒険者になることも叶わない。今は修行に励み実力を付けるときなのだ。

 己の頬を叩き気合いを入れると、エルは自分の師事している武神流の神官であるアルドが訪れるまで、準備運動がてらに身体を動かすことにした。


 ゆっくり腰を落とし左足を前、右足を後ろにおいた左半身の状態になると右拳を腰だめに構え、息を吐き出しながら全身に気を行き渡らせる。白と黒が混ざり合った気が体中から発生し、やがて全身を包み込むほどに至る。

 気の色は個人の気性や性格を表すそうで、色によって優劣があるわけではない。エルも以前は一途で純真な性格を体現したした様な、まっさらな新雪のような純白の気を帯びていた。

 だが、つい一月前ほどに本来ならありえないほどの低階層で恐ろしい残虐な魔神に遭遇してしまう。臨時で組んだパーティメンバーの半数は無念の死を遂げ、エルは必死に奮戦し己の両腕を失いながらも何とか生き残ることができが、苦い敗北の味を噛締めることになった。

 腕自体は生命の女神(セフィ)の神官の高位魔法によって再生し事無きを得たが、心は挫折と無力感に苛まれ復讐に囚われてしまったのである。そして、復讐するための力を求め、無謀な行いをやらかした。運が悪いことに、エルは武神シルバから神の試練を越えた褒美として授けられた神の御業、外気修練法を授かっており、大気中に存在する力を吸収することができた。その力で死した魔物の魔素を全て取り込んでしまったのだ。その際に魔物の魂をも吸収してしまい、もう少しで己の意思なくただ戦うだけの存在である魔人に堕ちる所であった。仲間達の助けも会って運良く元に戻れたが、そのときの名残として黒の気が残ってしまったのである。

 当初は自分の過ちが目に見えて現れているようで受け入れ難かったが、今では自分への戒めとして受け止められる様になっていた。

 自分のために泣いてくれたリリ、命を賭して正気に戻してくれた義兄ライネルや気の良い兄貴分や姉貴分達、そして熱い気持ちの篭った拳で諭してくれたアルドのおかげである。エルは友や仲間達に恵まれた幸運に感謝すると共に、もう二度と悲しませるようなことはしまいと、固く心に誓ったのである。

 

 エルは珍しい白と黒の入り混じった気に身を包むと、鋭く短い呼吸と共に右拳を真っ直ぐに突き出した。自分が最も得意とする中段突きを、拳を突き出す際に瞬時に拳に大量の気を集め攻撃力を高めた、武人拳として放ったのである。

 そして間髪入れずに腰を捻り戻す力を利用して、左拳の中段突きを放つ。もちろん、突きを放つ瞬間に気を纏わせることを忘れない。

 その後、腰の捻りを活かした左の上段蹴り、その勢いのまま右後ろ飛び回し蹴りに移行する。蹴りを放った足が着地すると気合の声を上げ、左右の連続突きから肘撃、膝蹴り、肩や背中などを用いた攻撃、靠撃と次々と技を繰り出してゆく。

 日頃の修行と実戦を通して練磨し、技と技の隙を無くした息つく間もない激しい連続攻撃だ。しかも、攻撃する部位に瞬時に気を集めることも平行してである。

 エルは肉体を駆使した格闘技と気の訓練を併せて行っているのだ。

 エルのその身は颶風と化した。荒々しい風となり、縦横無尽に怒濤の連撃を間断なく行い続ける。己の培った技を確かめるように、そして今より研ぎ澄ませるために全力で打ち込み続けた。

 最後の突きを放った頃にはすっかり息を上がっており、心臓も煩いくらいに早鐘を打つ。体が空気を欲して荒い呼吸を繰り返す。

 だが、心は晴れ晴れとして澄み渡っていた。呼吸は苦しいが、エルには日一日と自分が強くなっていることが実感できていた。無呼吸で連続攻撃を行える時間や一つ一つの技の連度、そして気の練り方なども少しずつ上達しているように感じていたのだ。

 自分の成長が嬉しい。修行が楽しくて堪らない。今までできなかったことができるようになる。単純なことだが、目に見えて成長がわかるので喜びも一入である。

 もっともっと強くなりたいとエルは願った。少年の目指す頂は遥か彼方である。だが、こうして一歩ずつ着実に自分の力を増していけば、いつかは届くはずだとエルの心は希望に満ちていた。

 笑みを濃くし荒ぶる大量の気を顕現させ、修行を再開しようと再び拳を構えた所に、横合いから拍手の音が響いてきた。

 動き易そうな白い短衣に身を包んだ、長身の金髪の偉丈夫アルドである。腕や足はエルの倍近いほど太い、筋骨隆々の武神シルバに仕える神官である。

 エルは即座にアルドの方に向き直り、両足を閉じ両手を真っ直ぐ降ろして腰の辺りにつけると深々とおじぎをした。


「アルド神官、おはようございます」

「うむ、おはよう。

 エルは朝早くからいつも熱心だな。

 修行者はそうでなくてはいかんな」


 エルのしかっりと礼に則った朝の挨拶ににこやかに頷くと、アルドも上機嫌で挨拶を返した。エルの常と変わらぬ熱心な修行振りが嬉しかったのか、終始笑顔のままだ。

 実は横合いからしばらくエルの修行を覗いており、一段落するまで声を掛けなかったのだ。アルドから見てもエルの成長は目覚しいものであった。アルドが教え始めてからほんの数ヶ月でエルは進化といっても過言ではないほどの成長を遂げ、5階層から30階層まで瞬く間に踏破してしまったのだ。

 最近では、他の神官や修行者からエルの事を聞かれる機会が増えている。自分の弟子が褒められるので、アルドとしても鼻高々であった。そしてなにより、いつも熱心で嬉しいそうに修行を行うエルの姿が、アルドを奮い立たせていた。

 エルならば遥か高みに昇れるだろうと、ある種の確信めいた思いがあった。

 そのためには、自分がしっかりとエルに技と武人としての心構えを説き、成長を促せばならない。責任は重大である。

 アルドは心奥で自分に喝を入れると、穏やかな声でエルに話し出した。


「本日は約束通り、エルが見事に30階層を踏破して褒美として新たな技を伝授する」

「はいっ、よろしくお願いします」


 アルドの言葉に即座に反応して、エルが打てば響くような溌剌とした声と共に深くお辞儀をする。やる気と期待に満ち溢れたエルの様を見て、アルドは一瞬嬉しそうに笑みを浮かべると、直ぐ様真顔に戻り話を再開した。


「本日教えるのは、気を用いて己の肉体を武器化する技である。」

「武器化ですか?」

「そうだ。

 例えばこのような技がある。

 よく見ておくのだ」


 おもむろに横を向くと、アルドは高々と右肘を持ち上げた。

 肘を頂点として頭の上まで持ち上げると、アルドの黄金の気が肘に纏わり付く。そして、肘で斬り付けるかのように袈裟切りに、高速で振り下ろした。

 それは鋭利な刃で切り裂くというよりは、大木でも両断するかのように剛速で大気を割り、横で見ているエルが目を見張るほどの重く深い威力を秘めた一撃であった。

 断斧

 それが、今しがたアルドは見せた技の名であった。まさしく斧で相手を叩き割るような肘撃であった。加えて、気が半ば物質化し、肘に太い一条の刃を形成していた。アルドの一撃なら、昨日エルが戦った砂礫竜サンドドレイクの首など容易く切断したであろう事が容易に想像できた。いや、もしかするとあの小山のような巨大な胴体さえも、両断できるのではないかという気さえしてくる。

 エルは興奮を堪えきれずに顔を紅潮させ、大きな声でアルドの賞賛を送った。


「アルド神官、素晴らしい技を見せて頂いてありがとうございます。

 肘についた刃が、今回教えて下さる気の武器化の一例ということですね?」

「そのとおりだ。

 気の武器化とは以前にエルに教えた気の鎧、纏鎧と同じく気の形態変化の一つである。

 つまり、己の意思によって集めた気を硬質化させ、刃と為したのだ」


 アルドの言葉にエルは深く頷いた。

 纏鎧、以前にアルドに教えられた全身を気で包み、気を圧縮硬質化させることで、あたかも鎧を着ていると同様に相手の攻撃から身を守る技である。エルも修行の末に終には身に付けた技だ。纏鎧と同様に体に気を纏わせ硬質化させ、その後刃を形成すればよいということなのだろう。

 思案顔で考えを巡らすエルに、アルドが助言を与える。


「さらに付け加えると以前に授けた気刃によって、エルは気を鋭利な刃としで飛ばすことが既にできている。

 まずは気刃を纏鎧のように、攻撃部位に纏わせるようにすれば良いのだ」


 アルドの的確な言葉にエルはもっともだと感心した。

 早速、エルは拳に刃を纏わせることを試みる。拳を突き出し気を集中させると、気の刃を打突部位である拳頭、すなわち人差指と中指の根本部の関節部分に形成するように強くイメージする。

 エルの意志に応えるように気は拳に纏わり付くと、徐々に弧状の刃ができあがってくる。大分時間は掛かったが、エルはなんとか小型の気刃を拳頭部分に固定することに成功した。


「よし、初めてにしては上出来だ。

 それが気の武器化である」

「ありがとうございます。

 でも気の刃を形成するのに時間が掛かり過ぎでしたし、できた刃も脆そうです」

「まだ慣れてないのだから仕方がない。

 これから実戦用に磨き上げていけば良いのだ」


 成功したわりに不満な様子のエルに、アルドは鷹揚な態度で慰めた。初めからの成功

で有頂天になるのではなく、自分の欠点を認識し改善しようとする姿は好感が持てる。

 そんなエルの態度に、アルドは気の武器化の真骨頂と示すことにした。


「エル、よいか?

 気の武器化は拳や肘、膝や足など、様々な部位に刃を纏わせるだけが芸ではない。

 闘いの状況や用途に応じて、様々な武器として用いることができるのだ」


 言い終えるや否や、アルドは素早く中腰になり直ちに実演し始める。エルは一つでも見逃すまいと、大きく目を開きアルドの一挙一動を注視した。

 アルドの口から鋭い気声が上がる。その声と共に拳を作らず、真っ直ぐに指を伸ばした左の手刀で相手を斬り伏せるようにして、上段から垂直に振り下ろした。アルドの気が手刀に金色の刃を形成している。アルドの動きは、冒険者が剣をもって魔物を唐竹割りに切り伏せる姿を幻想させるほど酷似していた。

 続けざまにアルドは右膝での上段回し蹴りを繰り出した。アルドの柔軟で大木のように太い膝が高速で動き、切り裂き音を響かせながら空を奔った。まるで破城槌・・・・のような一撃である。もし顔面に受けたとしたら無惨に陥没する姿が容易に想像でき、思わず身震いしてしまうほどの凄まじい一撃であった。そう、これは・・なのだ。アルドの膝には刃は形成されておらず、戦鎚ハンマーを連想させるように膝を円筒状に包み込んでいた。膝を戦鎚ハンマーの打撃部位である鎚頭に見立てた技なのだろう。

 次にアルドが繰り出した技は、左足の中段回し蹴りである。アルドの左足が撓ると強靭な足腰の力によって空を切る。膝の中心から足の先端まで下脚部全体に長い刃ができている。この攻撃なら太い大木でも簡単に横一文字に切り裂いてくれるだろう。大剣の、いや偃月刀グレイヴの広範囲の横薙ぎの斬撃が一番近いだろう。

 そして、アルドが最後に放ったのは斜め下方から天に向かって真っ直ぐ伸びるような前蹴りであった。この攻撃はすぐに理解できた。そう、ランスだ。真っ直ぐ相手の咽喉を突き破る苛烈な一撃である。

 エルの目は爛々と輝き、興奮によって心臓の鼓動が自然と速くなった。これが気の武器化の真の姿なのだ。自分の五体が駆使し、様々な状況と用途に応じて最適な武器として用いるのだ。

 向き直ったアルドに、エルは興奮冷めやらぬまま上気した声で話し掛けた。


「アルド神官、実演して頂きありがとうございます。

 自分の身体に気を用いることで、いろんな武器として使えるということですね?」

「そうだ、これこそが気の武器化の優れた利点だ。

 我等の五体は気を用いることで剣や槍、斧や槌、あるいは爪や牙にもなれるのだ」


 アルドの言葉を聞いて、エルはますます猛ってしまう。今までの打撃とは違う、斬撃も可能になるのだ。戦闘の幅も広がることは間違いない。自分はこの技を得ることで、更に強くなれる。そう思うと止めようとしても、どうしても口角が吊り上ってしまう。


「だが、この技を使い熟すのは難しいぞ。

 己が手を名剣に変えられるか、それともただの駄剣に成り下がるかはエル次第だ」

「今はなまくらの剣しか作れませんが、必ず名剣にしてみせます」


 エルは瞳を輝かせ気炎を吐く。全身からやる気を漲らせる様は、教える側のアルドとしては思わず頬が緩みそうなほど、うれしいものだ。ただし、だらしない姿を見せ、師としての威厳を失うわけにはいかない。真剣な表情を保ったまま、更なる助言をエルに与えた。


「気の刃を強力にするには、どれだけ多くの気を圧縮し硬質化できるかにかかっている。

 気の総量は魔物を倒し魔素を吸収して心身を成長させるしかないが、気の圧縮と硬質化は、ひたすら修行を繰り返して磨いていかねばならん」

「望む所です!!」

「うむ、その意気や良し。

 それと刃のイメージも大切だ。

 後で私も懇意にしている武器屋を教えるので、技の参考に武器を見せてもらうといい。

 多くの素晴らしい武器をよく観察することで、気の武器化も進歩するだろう」

「はい、ありがとうございます」


 エルは再びアルドに直立の姿勢を取ると、深々と頭を下げた。アルドには頭が下がるばかりだ。アルドに報いるためにも、必ず気の武器化を修めてみせるとエルは決意した。

 そして、アルドにことわると修行を開始する。気の圧縮も硬質化も何度も繰り返し試行錯誤していかねば身に付かない。あとはただただ反復し、鍛えていくしかないのだ。

 だが、それはエルにとって苦にならない。自分を成長させることができる、大好きな修行の時間である。エルは白と黒の混沌を表すかの様な気を手に纏わせ集中し出す。

 すぐに周りのことは気にならなくなり、己の手を刃と為すことに没頭するのであった。

 

 あれから昼食と幾ばくかの休憩を挟むだけで、エルはひたすら気の武器化に励んだ。

もう既に日は落ち辺りは闇に包まれている。エルのお腹が盛大に己の存在を主張し出した。今日一日の成果としては、気の刃は作れたが切れ味が心許なく、強敵との闘いでは使えないといったところだ。まだまだ先は長い。

 お腹も空いたし今日はここまでで宿に引き上げようかと、エルは大きく息を吐いた。

修練場から神殿に戻り、アルド神官に挨拶してから帰ることにする。

 すぐにアルドの姿を見つけた。武神流の神官の中でも群を抜いて長身のアルドは

探し易い。他の神官と話していたようだが軽い立ち話のようで、エルが近寄るころには別れて一人になっている。

 

「アルド神官、今日も色々教えて頂きありがとうございました。

 本日はこれで宿に戻ります」

「今から夕食かな?」

「はい、もうお腹が空いて悲鳴を上げていますよ」

「そうか、それなら私もエルの宿で夕食を共に食べるとしよう」

「えっ!!」


 アルドの言葉を聞いてエルに緊張が走る。エルの様子を訝しげに見つめるとアルドが問い返してくる。


「何だ?

 何か問題なのか?」

「いえっ、何も問題ありませんっ」


 エルはアルドの質問に慌てて答えた。アルド神官と食事をすることは光栄なことだ。嫌なわけがない。

 ただエル以外の人間にとってはどうだろう。相性の良くない人間・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は存在するのだ。

 心配そうな顔をするエルに、アルドはエルの思考を察して答えた。


「安心しろ。

 向こうが何かせん限り、私からは手は出さん」

 

 何とも不安にさせる回答である。エルは一抹の不安を抱きながらアルドと共に宿に向かうのだった。



「うちの義弟おとうとがいつもお世話になってすいませんね」

「いやいや、愛弟子の面倒を見るのは当然のことだ。」 


 アルドとエルの義兄であるライネルがにこやかに握手を交わしている。

 だがその実、顏自体は両者とも笑顔を浮かべているが、よく見ると米神に青筋が立っている。そして握っている手はまるで相手を握りつぶさんかのように血管が吹き出ている。お互いにかなりの力を入れているのだろう。二人から不穏な空気が流れ出す。今にも拳が飛び出しそうな雰囲気である。

 エルは天を仰いだ。嫌な予感が的中したのだ。どうゆうわけか、アルドとライネルは会った当初から友好的ではなかった。お互いを敵か何かと認識しているような節が見受けられる。


「それにしても、私の愛弟子は優秀だ。

 今日は気の武器化を教えたのだが、初めから成功してみせたよ。

 終いには大分コツを掴んだようで、どこぞの愚兄・・・の剣よりは余程切れ味があったな」

「さすがは俺の義弟おとうとだ。

 どこぞの人気のない新米へっぽこ神官・・・・・・・・・・・・・・・・・に教えられても、ちゃんとモノにできるのだから頭が下がるぜ」

「何をっ!!」

「やるかっ!!」


 両者はすぐにヒートアップし、お互いの両手を掴み合い力比べを始めてしまう。このままでは殴り合いに発展しそうだ。

 焦ったエルが両者の間に割って入る。

  

「二人とも落ち着いてくださいよっ」

「ほらっ、へっぽこ神官のせいでエルに迷惑が掛かったじゃねーか」

「愚兄賢弟とは正にこのことだな。

 優秀な義弟おとうとの爪の垢でも煎じて飲むがいい」


 エルの静止で手を止めたのは束の間、直ぐに剣呑な状態に戻ってしまう。

 どうしたものかとあたふたしているエルを助けるように、横合いから助け舟が出される。


「二人共いい加減にしてっ。

 あまり目に余るようだと、そのうち出禁にさせるわよ!!」


 ライネル達のパーティのまとめ役エミリーである。叱責と睨みつけるかのような険しい瞳に、さしものアルドとライネルもまずいと思ったのか謝罪を口にする。


「すまない、少し熱くなり過ぎたようだ」

「エミリー、悪かったぜ」

「今から楽しい夕食なんだから、仲良くしてよね」

「そうです、みんなで楽しい食べましょうよ」


 エミリーとエルの言葉に二人は了承の返事をしたが、お互いを見つめる顔はまだ険しさが抜け切っていない。

 そんな様子にエミリーは嘆息すると、さっさとエルを伴いテーブルに着く事にした。アルドとライネルも慌ててエルの隣に座ろうとするが、エミリーとクリスに阻止される。


「「なっ!!」」

「エルくんの隣はあたし達が座るわ」

「二人は揉めた罰として、反対側に座ってください。

 私達もエルくんを構いたいんです」


 生命の女神(セフィ)の神官であり、穏やかでいつも柔らかい雰囲気のクリスであるが、押しが弱いわけではない。むしろはっきりと自分の意見を言う性質である。

 男二人が間誤付いてる間にエミリーに目配せして、さっさとエルの隣に座ってしまったのだ。こうなってしまっては席を譲れなどと言ったら、恥の上塗りである。

 二人は渋々エルと離れた位置に腰掛けた。


「ちっ、へっぽこ神官なんぞ相手にするんじゃなかったぜ」

「仏心を出して愚兄など構うのではなかったな。

 とんだ恥を掻いた」

 

 お互いの言葉にまた睨み合いを始めてしまう。

 エミリーは打つ手なしとさじを投げ、エルも頭を抱えてしまう。


「なんで二人は仲良くできないんでしょうか……」


 エルの口から愚痴めいた言葉が出てしまう。

 横に座ったクリスは可笑しそうにコロコロと笑った。


「エルくん、大丈夫ですよ。

 二人とも本気で喧嘩をするつもりはありません。

 二人にはあれがコミュニケーションの手段になっています」

「でも、何で他の人と接する時みたい仲良くできないんですか?」


 クリスは未だにテーブル越しに睨み合うアルドとライネルを一瞥すると、頬笑みを湛えながらエルの率直な質問に応えた。


「同族嫌悪とライバル意識ですね。

 二人とも、エルくんの最も頼れる人は自分だって競い合ってるんです」

「クリス、俺は別にこんなへっぽこと競い合ってねーぞ」

「そうだ、私もこんな愚兄と競うほど愚かではない」


 睨み合っていた二人が一斉に反論するが、クリスには通じない。微笑を浮かべたまま反論する。


「二人とも頑迷ですね。

 自分がエルくんの一番じゃないと、どうしても気が済まない。

 まるで清らかな乙女の様な潔癖さです。

 誰が一番でもいいと思いますよ。」


 くすくす笑いながら話し掛けるクリスに二の句が付けなくなってしまったのか、二人はあらぬ方にそっぽを向いて押し黙ってしまう。

 正反対の方向を向いているが、その仕草は確かに似ている。クリスが同族嫌悪と言ったのも確かに頷けるというものだ。

 だが、大の大人、それも有数の戦士であるアルドとライネルがそのような態度を見せると、端から見ると非常に滑稽である。自然と周りから笑い声が湧き上がる。

 やがて、ライネルが笑い者になっているのに耐えかねたのか、苦味切った顔でアルドの方に向き直った。


「ちっ、まあ周りに迷惑かけるのはいただけねえ。

 あんたとはいまいち気が合わねえが、一時休戦といこうか」

「ふんっ、私とてお前と仲良くするのは業腹だが、このまま晒し者になっているのは癪だ。

 しょうがないが休戦だ」

「ほら、エルくん。

 二人とも似た者同士でしょう?」


 クリスの指摘にエルも合点がいったのか、こくこくと頷いた。

 アルドとライネルはエルの肯定の態度を見て、顔の苦みがさらに増した。だが、これで何か言い合おうものなら、クリスとエミリーから非難の嵐がくることは予想できる。

 二人とも苦虫を潰した顏で沈黙を保ち、料理が運ばれてくるのをじっと待った。

 エルは二人の仲を心配していたが、本心から嫌悪していないことが分かり、ほっと安堵した。

 

 そこにリリが笑いを噛み殺しながら料理を運んで切る。巨漢のアルドとライネルの巻き起こす喧噪は目立つので、食堂や炊事場のどこからでもわかったのだろう。エミリーとクリスに叱責され、大人しくなった二人が可笑しくて仕方ない様子だ。

 まあ、それはしょうがない。二人の手前真面目な顔を保っているが、正直エルとしても笑い出したい気分である。

 リリがシェーバの作った色取り取りの料理を次々に配膳する。たちまち芳醇な香りが鼻腔をくすぐり、食欲を駆り立てる。すっかり腹を空かしているエルは、食べたくて仕方ない。

 直ぐ様料理に釘付けになり、目を反らせない子供の様なエルの姿に、周囲から笑いが沸き起こった。渋面を作っていたアルドとライネルさえも笑っているようだ。

 エルは自分が笑われている理由が分からずきょとんとしている。その様も何とも可愛らしく、笑い声が大きくなる。

 笑い合っているうちにリリが全員に料理を行き渡ったようだ。笑いを堪えながらエミリーが食前酒を持ち上げる。


「エルくんも我慢できないようだし、夕食をはじめましょう。

 それじゃあ、乾杯」

「「「乾杯!!」」」


 エルのおかげで和んだのか、それからは楽しい歓談であった。多少二人が言い合うこともあったが、それもライバル心に因るものなら可愛いものである。

 エル達の食卓からは笑い声が絶えなかった。

 こうして心の底から笑い合える時をずっと過ごしていたい、素直に思えるような楽しい一時であった。


 

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