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第28話

 冒険者にとって情報とは、命に等しい貴重なものである。

 まず、事前に探索する階層の魔物の情報や採取できる植物、あるいは採掘できる鉱物の情報などを得ておくことは、冒険者にとって常識である。魔物の情報を知っていれば対策も練れ、負傷するリスクも軽減できる。加えて、魔物以外から入手できる迷宮の恵みを知っておくことで、収入を増やすことも可能だ。

 また、文字通り生命の危険性がある変異種や名持ち(ネームド)などの出現情報を得ておけば、予め危機を回避することもできる。

 そして、倒せれば一攫千金の希少な魔物(レアモンスター)や高値で取引される貴重な動植物の情報を逸早く得られれば、他者に先じて大金を手にすることも夢ではない。

 だからこそ、冒険者は情報に敏感に反応するのである。


 若手の冒険者で有望な者がいるらしい。

 そいつは冒険者になって3か月も経たないうちに16階層まで攻略し、名持ち(ネームド)さえも打ち倒したそうだ。

 しかも、珍しいことにソロ冒険者なんだったよ。


 そんな噂が流れると徐々にエルの周りが騒がしくなり始めた。期待の新人ソロ冒険者ということで、勧誘されることが多くなったのだ。協会の建物の中には、冒険者酒場と呼ばれる食堂がある。通常はその酒場で冒険者同士で情報交換を行ったり、あるいは情報屋から重要な情報を購入したり、そしてパーティの結成や勧誘なども行ったりするのだ。エルは今迄自分の力に限界を感じたことがないので、パーティを組む必要がなく冒険者酒場には行ったことがないが、受付カウンターやクエスト掲示板などで待っている間に、他の冒険者から声を掛けられ勧誘されるようになったのだ。

 エルは自分の事情を説明し、臨時のパーティなら構わないが永続的なパーティへの加入は断った。もしここでパーティに入ってしまったら、己が肉体のみで伝説に名を残す竜や魔神を打ち倒すという、自分の夢を裏切る事になるからだ。また、臨時パーティへの参加を良しとした理由は、他の流派の技を間近で見られ勉強できる貴重な機会を得られるからである。それに加えて、人との出会いは掛け替えのない宝である。この迷宮都市アドリウムを訪れて、エルは数え切れない出会いをした。快活な声で勇気と安らぎを与えてくれるリリ、兄貴分でちゃかしながらも有益な情報を教えてくれるライネル、自分の苦労経験や失敗事をあえて教え戒めてくれるオルド、初めてできた友人であり遠慮なく何でも話せるカイなど、その出会い一つ一つがエルにとって珠玉の宝であった。どれか一つ欠けたとしら、自分がここまで成長できなかったに違いないとさえ思える大切な出会いである。臨時パーティの誘いを通して、そんな出会いを新たにできることを期待したのだ。

 だが、早々期待通りにはいかなかった。臨時ではなく固定パーティへの勧誘が多過ぎたのだ。エルがソロ冒険者でありパーティ編成も楽なことも拍車を掛け、連日声を掛けられ、中にはあまりに強引で執拗なものもあった。

 あまりの勧誘ぶりに辟易してリリに愚痴を零していた所、見兼ねたライネル達が助言し解決の糸口を与えてくれた。それは、冒険者同士の強引な勧誘や引き抜きは問題が起きるケースも多いので、協会も目を光らせているらしく、受付カウンターに相談すれば注意や取り締まり、場合によって調停を行ってくれたり、情報屋に事情を流してどういった行為を嫌がるのか広めてくれることもあるというものだった。何故なら、協会の主な収入は冒険者の持ち帰る迷宮からの戦利品なので、犯罪行為や町での戦闘行為を取り締り治安を保っているだけでなく、冒険者間の諍いを調停し迷宮の探索に集中できる環境作りにも尽力を尽くしているのである。それに加えて、協会は迷宮都市を共同統治している近隣諸国へ報告義務を有する。治安の悪化や収入の低下などは重要な懸案事項であり、連合諸国会議などで非難の元になりかねない。協会側も叱責や外部からの介入を受けないためにも、日々努力して運営を行っているのである。

 エルはその情報を聞きライネル達に盛大な感謝を述べると、いつもお世話になっている受付カウンター嬢のセレーナに相談し、勧誘への対処法を習い、加えて固定パーティには入らないという情報を流してもらったのである。

 そのおかげで、当初の熱烈な勧誘は鳴りを潜めたが、それでも有り難いことに臨時パーティの誘いなどは無くならなかった。エルも臨時なら色々なことを勉強できる機会なので、都合がつくならできるだけ参加するのだった。

 

「さあ、エル。

 今日は17階の探索よ。

 張り切って行きましょう」


 元気な声で話し掛けてきたのは、眩く光る魔鉱製の甲冑に身を包み、腰に白銀の剣を下げた金髪の聖神エイン流の戦士、エレナだ。彼女の他に3名、漆黒の全身鎧フルアーマーに身を包んだ寡黙な軍神アナス流の重戦士ドーガ、純白を基調した神官服に身を包む蒼髪の生命の女神(セフィ)の信徒ラナ、そして長身痩躯で鋭く怜悧な視線が印象的な雷神ヴァル流の魔法使いセイと共に、エルは臨時パーティを組み17階層に降り立ったのである。

 16~20階は木々に囲まれた森を探索する階層である。この迷宮の森は魔物だけではなく様々な生物や植物の宝庫である。現れる魔物も動物型のものが多いが、それ以上に数多の生物達が生息する豊かな森である。

 また、魔物と違って動物は死した後魔素に返還され迷宮に還ることはなく、そのまま死体を残すのでその肉や皮を利用できる。しかも、迷宮内で生活しているせいか、その身の内にも魔素が含まれ冒険者の肉体を成長させる効果があり高額で取引されるものもある。これ以上成長が望めない、あるいは安全志向の冒険者がこの階層に留まり、猟師の真似事をして生計を建てることもあるぐらい、恵みの多い階層である。

 この階層は長く曲がりくねった林道に一部の戦闘に適した開けた場所、それ以外は辺り一面背の高い木や植物が生い茂っている。もちろん林道を歩かなくとも、木々の合間を縫って歩くことも可能だ。ただし、武器を振り回すのも難しく、魔物と出くわしても仲間と連携をとる事も出来ない。だから、動植物を得る目的以外に不意を突かれても対処しやすい道を外れることはまずないといっていいだろう。 

 深い木々に覆われた、見通しの悪い林道を連れ立って歩く。横幅はぎりぎり5人が1列に並べるといった程度だ。先頭にに壁役のドーガ、続いてエル、回復役のラナ、魔法攻撃のセイと続いて殿のエレナの順に隊列を組んでいる。

 先ほどは、最後尾のエレナが威勢の良い声でエルに話し掛けたというわけだ。どうやら彼女がパーティのムードメーカーも兼ねているようだ。


「ええ、頑張りましょう。

 皆さんよろしくお願いしますね」

「はい、よろしくお願いいたします」

「お互い頑張りましょう」

「ああ、頑張ろうぜ」


 エルの挨拶に夫々が簡潔に言葉を返した。

 彼女達4人はパーティを1年以上組んでおり練度も十分だ。エルが齟齬なく連携に入れるかが問題となってくるだろう。もっとも、エルとしては最初から積極的に攻撃に加わる心算はない。エレナ達の闘い方を見て、邪魔にならない範囲で攻撃に参加し、徐々に手数を増やしていく積りである。


 初夏だというのにまだ肌寒い深い森の中を、柔らかな木洩れ日と鳥達の囀りに心和ませつつ往くこと暫し、突然魔物達が大挙して押し寄せた。

 灰色の体毛に、人の頭など丸呑みにできそうな大口を有する森林狼フォレストウルフの集団である。森の狩人の異名をとる魔物は、集団での戦闘を得意とし必ず複数で闘う習性を持っている。しかも、迅速に倒さないと遠吠えで仲間を呼ぶこともある厄介な魔物だ。耳まで裂けた口から鋭い牙を覗かせ、牛と見紛う程の巨体の狼が群れを成して駆けて来る。その数8体。初戦から大群との戦闘である。


「ドーガ、受け止められるだけ止めて。

 セイは早い魔法で確実に数を減らして。

 ラナはいつでも回復できる準備をお願い。

 前線はあたしとドーガが受け持つから、エルはセイとラナを護って」

「「「了解!」」」


 エレナの矢継ぎ早の指示を受けて、直ちに戦闘態勢を整えた。エレナが先頭のドーガの隣に並び立ち、2人で魔物達を受け止める積りのようだ。ドーガも鎧と同じ漆黒の大盾と斧槍を構え、1体たりとも後ろに通さないと魔物達に立ちはだかった。セイも口早に呪文を唱えている。

 慌ただしく陣形を整えていると、群狼の牙がドーガに襲い掛かかる。大口を開けて3体同時に飛び掛かったのだ。魔鉱製の漆黒の鎧や盾は、森林狼フォレストウルフの強靭な顎門をもってしても砕けないようだが、ドーガにしても魔物の巨体が同時に圧し掛かってきているので、踏ん張って拮抗しているが身動きが取れなくなっている。


輝剣シャイニングソード


 ドーガを押しつぶさんとする魔物達に、気の属性変化によって聖属性を付与したエレナの剣が横合いから突き刺さる。ドーガに夢中になって咬み付いている所に、刃を側頭部に突き立てあっさりと1体を仕留めたようだ。エレナの魔鉱製の白銀の剣の切れ味も素晴らしいが、それに加えて聖神エイン流の剣技輝剣シャイニングソードによって切れ味も増していると思われる。

 エルが後衛で感心して見ていると、直ぐ様残りの5体の狼が疾駆してくる。3体がエレナに狙いを定め、残りの2体が狭い林道から飛び出し木々の合間を縫って回り込み、後衛に加撃する積りのようだ。


刃の小竜巻(ブレードスパウト)


 雷神ヴァル流の魔法の使い手セイが、エレナの前方に無数の風刃が荒れ狂う小規模の竜巻を出願させた。エレナに駆け寄ってきた3体の魔物は竜巻に飲み込まれると、全身を切り刻まれて哀れな悲鳴を上げた。後衛のエルにまで強い風が届く強力な魔法のである。竜巻に巻き上げられた魔物はやがて地面に叩き付けられ、全身を朱に染めて呻いている。3体共死んでいないが、四肢を万遍なく切り裂かれたので機動力は格段に低下しているようだ。残りの魔物を集中しても問題ないだろう。

 だが、6体が前衛を引き付けている間に、残りの2体の狼が左右からの回り込みに成功したようだ。エレナはドーガに咬み付いている魔物の相手で動けない。セイも魔法を唱え終わった直後で対応できないだろう。エレナにも後衛を護ってと申し渡されているので、エルが対処することにした。

 狭い林道の左右から同時に巨狼が牙を光らせ飛び掛かってくる。ラナなどはいきなりの強襲に思わず悲鳴を上げたが、エルは魔物の攻撃を勘付いていたので既に迎撃の準備はできている。無造作に両腕を振ると、今しも牙を届かせんと宙を飛ぶ森林狼フォレストウルフ達に気の刃を放ったのだ。空中に入る魔物達には回避するすべなどはなく、鋭利な気の刃に首を断ち切られ、あるいは前足を斬り飛ばされ、己が牙を届かせることなく地に落ちた。首を斬られた方は落命したようだが、前足を欠損した狼は起き上がろうと踠いている。エルは直ちに右足に気を集中させると、強烈な踏み込みによる震脚で狼の頭を地面と共にに陥没させて葬った。

 それから後は簡単だ。エレナがドーガに噛み付いている魔物を始末すれば、残りはセイの魔法によって傷付き、機動力を著しく低下させたものだけだ。ドーガが全身と武器に気を纏わせた、軍神アナス流の気突撃オーラチャージによって一網打尽に葬り去り、森林狼フォレストウルフの群れとの闘いは終わりを告げたのだった。


 魔物の落し物(ドロップ)を集めながら、口々に先ほどの戦闘を労い合う。


「みんな、お疲れ様。

 森林狼フォレストウルフに回り込まれた時は焦ったけど、エルが倒してくれて助かったわ」

「ええ、咬み付かれそうになって焦っていたら、あっさり倒されたのでびっくりしましたわ」

「うん、あれは凄かったね。

 気刃も強力だったけど、その後の気を用いた踏みつけなんかは魔物が可愛そうに思えちゃったくらい凶悪だったね」 

「僕より皆さんの方が素晴らしかったですよ。

 エレナさんの瞬息の突きや、セイさんの強烈な竜巻の魔法。

 そして、ドーガさんの鉄壁の守備のおかげで安心して攻撃に専念できましたよ」


 お互いにお互いを褒めちぎっていると気恥ずかしくなったのか、顔を赤らめ話題が途切れた。エルはエレナ達とパーティが組めたことに幸運を感じていた。皆性格も良いしパーティとしての練度も高く、加えて個々の流派もきちんと修行している。先ほどの森林狼フォレストウルフとの闘いも、下手なパーティならスピードと物量に押し切られていた可能性も否めない。だが、彼女達は個々の役割を果たすと共に、それぞれが補い合う様に助け合い、危なげなく戦闘を勝利した。その経験と技術はエルが学ぶところも多いだろう。

  

「エルの実力も確かなようで安心したわ。

 よーし、今日は稼ぐわよ。

 さあ、張り切って行きましょう!」


 溢れるほど活力に満ちた声でエレナが出発を促した。エルにも異存はない。

 今日は沢山勉強させてもらおうと気合いを入れ直すと、迷宮の探索を再開するのだった。


 それから様々な魔物と闘った。

 俊敏な動きと強烈な斬撃を繰り出す切り裂き鼬鼠(リッパーウィーゾル)

 4本の腕から繰り出される剛撃が自慢の魔猿(デビルエイプ)

 そして、鎌鼬などの風属性の攻撃を得意とする風狐(ウインドフォッグ)など、17階層に出現する魔物全てと闘いを繰り広げた。

 盾役のドーガや前衛のエレナ、あるいは途中から前衛に加わったエルが負傷することもあったが、命の女神(セフィ)の信徒のラナが直ちに回復魔法を唱え傷を癒し、セイの風魔法や雷魔法で戦局を立て直した。エレナ達4人は、この階層で闘うに値するだけの装備と技量を備えており、見事な連携を駆使して危なげなく魔物を対峙していった。

 また、エルとしてもドーガの軍神アナス流の槍技やエレナの聖神エイン流の剣技など参考になるものが多く、自分の格闘技に改良して組み込むこともできるのではと、得るものの多い充実した闘いに参加できたことを感謝した。

 エルはエレナ達と徐々に打ち解け合い、連携の改善点だけでなくお互いの身の上話をしたりと、和気藹々とした休憩を挟みつつ魔物との戦闘に明け暮れるのだった。


 だが、充実した時は突然終わりを告げた。

 迷宮とは神々が創りたもうた神秘の地である。

 人知を超えた凶悪な存在が跳梁跋扈し、そこは人間の法や常識などが通用する余地のない力だけが支配する無法の世界である。

 昨日酒を酌み交わし、笑い合った友が二度と帰らぬこともある。

 将来を誓い合った恋人が、非業の死を遂げることも当たり前に起きる無常の地である。

 迷宮では摩訶不思議な事象が起きるのは当前のことであり、何が起きても不思議ではないのだ。

 エル達では到底抗うことのできない残酷な運命が、死臭を漂わせ悪意を巻き垂らしながら這い寄りつつあった。


  



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