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第2話

 迷宮相互扶助協会、通称協会によって迷宮は管理されている。

 まず、冒険者が迷宮から持ち帰ってくる財宝を一括して協会が買い取り、その後各国に割り当てられた量を卸すことで迷宮の富を分配する仕組みを形成している。 加えて、一般の庶民も迷宮の宝を得られるよう、迷宮区画には協会が運営している巨大なオークション会場がある。オークションはほぼ毎日開催され、連日会場から人が溢れかえるほどの賑わいをみせている。

 協会こそ迷宮都市の要であり、協会長をはじめとした上層部は近隣諸国が一同に会す諸国連合会議によって選出され、不慮の事態を除き3年の任期の間は各国間の力関係パワーバランスに憂慮し軋轢を生まないように苦心する激務をこなさなければならない。


 また、迷宮の富の配分は各年ごとに定められるが、現行制度では一律配分ではなく国力によって分配するのでどうしても差が出てしまう。そこで各国の不満を減少させるために、迷宮探索に自国の騎士団を派遣できる制度が設けられている。

 定められた人数を協会に申請すれば、冒険者登録せずとも迷宮探索に派遣することができる制度であり、迷宮の魔物と戦うことで経験を積ませ騎士団を精強にすることもできるし、持ち帰った宝を協会に申告することなく本国に送ることができる利点を有している。騎士団の成果が上がれば上がるほど、自国に利益をもたらしてくれる仕組みだ。

 当然ながら、迷宮の富の配分割合の低い国ほど騎士団の派遣人数を増やせる優遇措置が設けられ、少しでも各国の不満を解消する制度になっている。

 ただし、あまりに人数が多いと治安の悪化や、最悪の場合、迷宮都市の占領も想定されることから、派遣する騎士団は協会の有する治安維持軍の所定の割合以下になるように定められている。


 そして、協会の最も重要な仕事の一つが冒険者の犯罪の取り締まりである。

 迷宮の入り口には協会の兵士の詰所が設けられており、規則に乗っ取った行為以外での迷宮の出入りを厳しく監視している。

 加えて、都市内での冒険者同士、あるいは冒険者と市民の諍いを厳しい罰則をもって処し治安の維持に努めている。

 また、迷宮内においても冒険者の犯罪行為を減らすべく魔法が付与された冒険者カードを携帯するように義務付けてる。このカードは冒険者の氏素性や迷宮の探索深度、今までの犯罪履歴などを記憶している。

 とりわけ重要な機能として、冒険者カードを所持している者同士が戦った場合、カードの色が変わり冒険者カードに争った相手の名前が記録される機能がある。

 探索終了時には迷宮の入り口の詰所でカードの提示を求められるので、迷宮内で冒険者と諍いを起こしたかわかる仕組みになっている。その後協会で争った経緯の説明を求められ、状況によって刑罰を与えられることになる。

 協会はこれらの刑罰の内容を広く周知することで、冒険者の犯罪発生率を低下させる活動も行っている。

 このような協会の様々な努力によって都市の秩序は保たれおり、協会は迷宮都市アドリウムになくてはならない存在なのである。


 エルが協会を見つけるのはさして難しくなかった。

 迷宮区画の最奥の巨大な建物を目指せばいいだけだったからである。

 様々な施設を収納しているのだろうか外見からはわからないが、建物というよりは小型の砦を連想させる大きさである。

 早速エルは協会の建物に入り、道すがら人に場所を聞きながら冒険者登録のための受付カウンターに向かった。 

 受付カウンターは多くの人でごった返していた。

 冒険者の登録だけでなく、迷宮探索後の報告もこちら(カウンター)で行うせいか、ひっきりになしに人が行き交っている。

 エルは比較的人の少ないと思われる列に並び、自分の番になるのを待つことにした。

 

 ようやく自分の番になったので、エルは受付の女性に用件を切り出した。

 対応してくれた人物は笑顔が印象的な栗色の髪の女性だ。


「冒険者の登録をお願いしたいのですが」

「はい。この用紙に必要事項を記入してください。

 文字を書くことはできますか?」


 この世界の識字率はあまり高くない。貧しい家庭や一般家庭では勉学をさせる余裕はなく、奉公に出されるか家の手伝いをさせるのが当たり前であった。

 エルの実家は比較的裕福だったので、読み書きを習うだけの余裕はあった。心の中で実家に感謝しながら、問題ないことを告げ、記入用紙を受け取る。

 自分の氏名、年齢、出身地を記入し受付カウンターの女性に渡す。


「この内容で問題ないでしょうか?」


 女性は記入内容に目を走らせ間違いがないか確認した。


「はい、問題ないようです。

 では、次に冒険者登録用のカードを作成します。

 登録費用とカード作成費用で銀貨1枚と銅貨20枚かかりますが大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」


 問題なさそうに頷きお金を渡したが、故郷から持って来た路銀は残り少ない。今の支払いで残りは銀貨2枚しかない。早く稼がなければ直ぐにお金は尽きてしまうだろう。エルは自身の修行のためだけではなく、金策のためにも今日のうちに迷宮にもぐることを密かに決意した。


「では、こちらの針に指をさしカードに血を垂らしてください。

 血は一滴で構いません」


 エルは言われるままに軽く針に自分の左手の指をさし、カードに血を垂らした。

 カードに血が落ちると、一瞬波紋のようなものが起き徐々に治まっていった。波紋がなくなると血の跡はカードに一切見受けられない。エルには魔法的な知識はないのでわかなかったが、自分の何らかの情報を登録したのだろうと推測した。


「はい、問題なくカードの登録は完了しました。

 このカードはエル様本人しか使えないのでご注意ください。

 また、カードを紛失しますと、再発行料は5倍の銀貨6枚かかりますので注意してください」


 ずいぶんと高額な再発行料だと内心冷や汗をかいたが、魔法の品を用いているので仕方がないのかと納得することにしてうなずいた。


「それでは気を付けて迷宮の探索を行ってください。

 協会内の建物には道具屋や武器屋、酒場など様々な施設がございますので、ご自由にご利用ください。

 お値段は商業区画や工業区画にあるお店の方が安い場合もございますが、協会では指針となる平均的な価格を採用しておりますので、安心してご利用ください」

「ありがとうございます。

 早速寄ってみることにしますね」


 エルは礼を言い受付カウンターを離れた。

 今すぐにでも迷宮に向かいたい気持ちもあったが、何の準備をしていないのは不用心かと思い止まる。

 自分が今まで修練してきたものは無手の技であるから武器は必要ない。防具は金銭的に余裕がないので、道具屋で探索に必要なものだけでも買おうと、道具屋に向って歩き出した。


 道具屋の主人は、頭に白髪がうっすらと見える老齢に差し掛かかり始めた恰幅の良い女性だった。

 張りのある大きな声でこちらから話す前に話し掛けてきた。


「いらっしゃい。

 その恰好は、冒険者に登録したばかりの新人ルーキーさんだね。

 ここで道具を揃えてから迷宮探索に行きな」


 自分の姿を見れば一目瞭然なのだろうと、エルは苦笑しながら返答した。


「とりあえず1階にもぐってみるつもりなのですが、必要なものを売ってくれませんか?」

「あいよ。

 新人ルーキー用の初心者冒険セットを買っていきな。

 中には回復薬が4つに毒消し薬が1つ、それに麻痺消し薬が1つ入っているよ。

 しめて銅貨40枚のお買い得品さ」

「それじゃあ、その初心者冒険セットを売ってください。

 代金をどうぞ」

「あいよ。

 買ってくれてありがとうね。

 こちらが商品と……銀貨1枚頂いたから、おつりは銅貨60枚だね。

 気を付けて行ってくるんだよ」


 商品とおつりを受け取るとバッグに入れ、店の主人に別れを告げると迷宮に向うことにした。


 迷宮の入り口は協会の裏口を出て直ぐの所にあった。

 迷宮の入り口の周りは分厚い金属の柵で封鎖され、唯一ある門を通ってしか迷宮に侵入できないようになっている。

 門から薄っすらと見える迷宮の入り口は、灰色の岩盤に牙のような岩があちこちに生えており、まるで巨大な悪魔が地から天に向かって口を広げたような、おどろおどろしさがあった。

 エルは迷宮の門番をしている兵士に冒険者カードを渡しながら話し掛けた。


「今から1階にもぐりたいのですがいいですか?」


 兵士はカードを受け取り台帳にエルの名前を記載すると、カードを返しながら問いかけてきた。


「きみは初めて迷宮を探索するようだが、武器や防具を身に付けていない。

 不用心に見えるが大丈夫なのかい?」


 兵士は厳つい外見に似合わず親切なのであろう。少しうれしい気持ちになる。

 エルは心配してくれる優しい兵士に笑顔を向けながら答えた。


「ええ、自分は無手が主体なので武器は必要ありません。

 今日は1階に試しにもぐってみるだけですから、危なくなったらすぐ逃げますよ」 


 兵士はエルの返答に頷くと、門を開きエルに忠告した。


「危ないと思ったら、すぐ逃げろ。

 命を粗末にするなよ」

「ありがとうございます。

 危険だと感じたらすぐ逃げるようにしますよ」


 兵士に礼を言い、エルは迷宮に向かってゆっくり歩き出す。

 悪魔の顎を思わせる不気味な入り口を通り過ぎ、迷宮の1階に続くであろう狭い階段を下りだしたのだった。

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