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第27話

 大急ぎで走り冒険者と魔物が作り出した戦場に近付くと、だんだんと状況がわかってきた。

 相手は豚鬼オークの槍使い2体だ。しかも、片方は目が傷付いて潰れている、傷物スカーのようだ。8階層の強敵2体で、片方は生まれたての傷のない魔物よりも、経験を積んではるかに強い傷物スカーである。苦戦を強いられるのも頷ける。

 いや、どうやら冒険者の一団には既に犠牲者が出ているようで、戦線が崩壊しかけている。早く助けないと全滅の危険性すらあり得る。エルは迅速に判断を下すと、後方を遅れずに追走するカイ達に大声で指示を出した。


「僕がすぐに普通の槍使いを仕留める。

 傷物スカーの方を少しだけ足止めしてくれないか?」

「ああ、どうやらそうするしかなさそうだな」

「みんな、無理は禁物だよ。

 牽制程度でいい。真面に闘っては絶対だめだ」

「わかった。

 エルもなるべく早めに頼むぜ」


 カイの言葉に頷くや否やエルは全力で大地を蹴り、一気に傷のない生まれたの豚鬼オークとの距離を詰める。 

 魔物達もエル達の接近に気付いたようで、逃げ惑う冒険者を襲うのを止め、迎撃の体勢をとった。魔物の足元には倒れ伏している冒険者もいる。治療を施さねば危ない。

 今は何よりスピードが肝心だと断じると、狙いに定めた魔物を1撃で屠ることにした。エルが恐ろしい勢いで迫ると、傷のない豚鬼オークは避けずらい胴体の中心に向かって苛烈な突きを放ってくる。

 今にもエルの肉体を貫かんとした瞬間、エルの足元の大地が爆散したようにはじけ飛ぶと槍は空を切った。足の裏に気を貯め、大地を蹴る力を何倍にも高めて瞬時に高速で移動する歩術、疾歩である。このアルドに授かった新術で、瞬く間に半歩左前に進んで槍を躱すと、魔物が槍を戻す間もなく間合いを零にする。

 強烈な踏み込みで左足が地をかみしめ、大地から得た力を伝えるために全身の筋肉を締めながら高速で身体を捻る。そして鎧も砕けよと筋肉が隆起した左腕を解き放ち、無防備な魔物の胸に肘を叩き込んだ。

 短震肘、至近距離からの回避の困難な発剄の1撃である。豚鬼オークは槍を引き戻そうとした状態で避ける間もなく、エルの肘によって鎧ごと胸を大きく陥没させられた。胸骨だけでなく発剄の衝撃の伝搬によって背骨までもへし折られ、内臓も破裂したのか口だけではなく目や耳からも血を流し絶命した。


 迅速に魔物を1体処理したエルが息を吐き出し、強敵と思しき傷物スカーの方に振り向くと、信じられない事態を目の当たりにして大きく目を見開いた。

 今しもカイが魔物の凶手にかかろうとしていたのだ。

 エルの忠告を護り牽制に止めようとしたが巧みに間合いを詰められ、疲れもあってか数合と打ち合うこともできず、剣を手から払い落とされたのだ。血の気の引いたカイの眼前に、凶相を更に歪めた禍々しい顏の豚鬼オークの非常な槍が迫る。


「カイ!」

「カイくん!」


 悲鳴が木霊する中を残像を引いて槍が走る。

 そして、肉を穿つ鈍い音が響いた・・・。


 絶望で思わず目を閉じてしまった女性達が、怖々と目を開けると予想外の光景が飛び込んできた。

 カイの眼前に、左掌を貫かれながらも魔性の槍を受け止めたエルの姿があったのだ。

 エルが咄嗟に足に渾身の力をつぎ込み気を纏わせると、地を砕きながら駆けつけたのである。そのおかげでカイは致命傷を免れたが、槍は完全にエルの手の平を貫通しており、手の甲から槍の先端が顔を覗かせている。槍を引き抜くと左手からは決して少なくない血が流れだし、大地を朱に染めた。

 しかしエルはというと、手から引っ切り無し伝わる絶大な痛みと熱に顔を歪めながらも、歯を剥き出しにして嬉々とした表情で笑っていた。鍛え上げた自分の肉体をも容易く貫く好敵手に出会えたことで、本日は封印していたはずの闘争本能に火が点いたのだ。


「カイ、みんなで他の冒険者を回収して下がってくれ。

 僕はこいつの相手をするよ」

「あっ、ああ、わかったぜ」


 エルの初めて見せる闘志剥き出しの姿に、カイは気圧される様に頷くと後方に下がった。その間にシャーリーやシエナと協力して、冒険者達をミミの下に集める。

 エルと傷物スカーは対峙して動かない。魔物もエルが最大の脅威だと認識したようで、他の人間に一切目をくれない。

 エルは強敵と対峙しながらも助けに来た冒険者が離れるのを待っていた。カイ達が動けない冒険者と回収し、比較的軽傷の者を呼び集め2人から遠ざかると、ようやく動きだし左半身の構えを取った。

 ミミは意識のない冒険者に大急ぎで魔法をかけ始め、シャーリーが傷の浅い冒険者に回復薬を手渡したようだ。だが、冒険者の1人は薬を手渡そうとするシャーリーを押し止め、唾を飛ばしひどく興奮しながら警告を発した。


「あいつはただの傷物スカーじゃない。

 名持ち(ネームド)の隻眼なんだ。

 1人で闘わせちゃだめだ!!」


 焦って怒鳴り声を発する冒険者に、カイは唇を噛み苦みきった顏を向けて応えた。


「今の俺達じゃ悔しいが足手纏いだ。

 一緒に闘ったら反ってエルの足を引っ張っちまう」

「だが、あの少年を一人で闘わせるというのも・・・」


 単独で闘わせても名持ち(ネームド)相手では歯が立たないと踏んでいるのか、不平や不安が顏から滲み出ている。カイは冒険者を落ち着かせるために余裕綽々そうな顔を見せ、誇らしそうに語った。


「大丈夫さ。

 エルはああ見えて、16階層をソロで探索できる実力者なんだぜ。

 ここはエルに任せるのが一番さ」

「あの少年が?

 本当かい?」

「ああ、本当だぜ。

 それにあのやる気に満ちた顔を見て見ろよ。

 下手に邪魔したらどやされるぜ」


 犬歯を見せて獰猛に笑うエルの様を見て、この強敵を相手にしても余裕があるのかと冒険者は少しは納得したのか不承不承引き下がった。しかし、自分達が全滅させられそうになった魔物である。未だに心細そうで落ち着きがない。カイ達も本心では不安がないわけではないが、自分達が加わってはかえってエルに迷惑をかけるのが目に見えている。傷付いた冒険者達を安心させる様に笑顔を保ちながら、エルに声援を送るのだった。


 一方のエルはというと、周囲の反応と正反対に今の状況を喜んでいた。11~15階層の魔物は生命力の高さと力頼みなものばかりで、機敏で敏捷な武道家のエルにとっては残念なことに対処し易い敵で、苦戦することが少なかったのである。

 だが、目の前の敵は違う。自分の掌を貫いた槍捌きを一つとっても、驚嘆すべき技の冴えであった。おそらく、迷宮に生れ落ちてから冒険者と闘い続け、傷付き片目を失いっても研鑚を積み、時には冒険者を喰らいながら己を鍛え上げて行ったに違いない。この隻眼の魔物が保有する戦力は生来のものではなく、エルと同じく闘争によって練磨し鍛え上げた技と力なのだ。

 相手にとって不足なし。

 エルは笑みを一層深くすると、左掌から流れ出る血と痛みを一顧だにせず、魔物との心燃える闘いに没頭するのだった。


 先手はやはり間合いの広い豚鬼オークの攻撃からだった。

 槍が空気を切り裂き、唸りを上げながらエルの胴体目掛けて高速で迫る。傷なしの豚鬼オークよりも早く、殺傷能力も数段高いことが窺える鋭い突きだ。

 エルは相手からの先制攻撃を予想していたので、身体を捻り半歩ほど動くと初撃を躱した。だが、突きの後の槍の引き戻しも恐ろしく速い。エルが攻撃に移る間もなく、再び槍が突き出される。その攻撃も素早く身体を半歩ずらすことで回避するが、魔物の攻撃が止まらない。苛烈な連突きに、次第に細かい足捌きや体捌きによる最小限の動きでの回避が難しくなってくる。

 胴体への突きのフェイントから足を狙った素早い軌道の変化に対応できず、ついには左横に飛び退くことを余儀なくされた。だが、隻眼の魔物の峻烈な攻めは終わらない。むしろこの時を待っていたとばかりに、足狙いの突きを躱され地面に突き刺さった槍を振り回し、エルの顔面に土砂を飛ばしたのだ。更に、土を追うように疾風の突きが放たれる。

 土砂を手で払い落とそうにも、全てを落とせるか疑問が残る。

 ならば、受けるか?

 籠手で顔の前を覆えば目つぶしは回避できるが、追撃の槍の前に無防備な姿を晒すことになる。それは悪手だ。

 ならばどうする?

 無難な手は後方に飛び退くことだろう。それでどちらも届かない。だが、その選択はエルの好みではない守勢の思想だ。

 死中に活あり。

 困難な状況でこそ活路を見出し攻めに向かう。エルが出したのはそんな答えだ。

 エルは身を低くし、強靭な脚力にもの言わせ斜め左前方に飛ぶように駆けると土砂も槍も回避し、稲妻の如く方向転換し魔物に走った。

 しかし、敵も然るもの。歴戦の戦士は外れた攻撃に固執せず、直ちに後方に飛び退き、槍の穂先をエルに向けて接近を拒む。エルがジグザグに走り強敵との距離を失くそうとするが、上手く槍をエルの動きに合わせ容易に近付けさせない。それどころか、巧みにエルに狙いを定め、隙のない連突きで追い払われてしまう。

 こうなっては再度距離を測りながら、隙を見つけて詰めるしかない。戦況は次第に膠着状態に陥った。


 拳士と武器使いの闘いは、間合いの奪い合いである。どちらも得意とする距離が異なるので、如何にして己の有利な間合いに持っていくかが勝負の行方を決めると行っても過言ではない。その点を踏まえても、この独眼の魔物はまさに類稀なる実力者であった。攻撃とフェイント、そして牽制を上手く織り交ぜエルを近付けさせず、槍の有利な間合いを保っている。その驚嘆すべき技量には、エルも素直に敬意を払わずにいられなかったほどだ。

 エルが名持ち(ネームド)の有利な間合いでも、闘っていられる理由は2つ。無茶な攻めを行わず、冷静に防御や回避に重きを置いていたこと。そして、豚鬼オークの槍使いとの幾多の戦闘を経て、経験を積んでいたことが挙げられる。片目の魔物は通常の豚鬼オークより剛力で、かつ技も多彩なので、エルも当初は戸惑っていた。だが、左手から血を流し命の脈動を覚える度に集中力を増し、どんどん動きが冴え渡って信じられない速度で順応していったのだ。


 魔物は脅威的な対応力を見せる人間に、じわじわと危機感を募らせていった。自分の技が完全に見切られるのがそう遠くないことを予感したのだ。そして刻一刻と敗色が濃くなっていくことを理解せざるを得ない状況に追い込まれ、終には決断を強いられた。今迄隠し通してきた奥の手を出すことを。

 だが、そのためには餌をまく必要がある。独眼の魔物は隠し玉には自信を持っていたが、眼前の敵は容易ならざる相手だということも痛感していた。少しでも成功の確率を上げた方が良いと結論付け、己が狙いを悟らせないために慎重に攻撃を開始した。

 胴や胸狙いの連突きからフェイントを交え足を突く。そして、また一連の流れを同様に繰り返した。あえて同じ行動を繰り返し行い、人間に覚え込ませたのだ。この恐るべき順応能力を示す人間なら、再度こちらが同じ動きをすれば、途中で反応して完全に回避することは間違いない。その対応力の高さを逆手に取るのだ。

 胴体への連突きからフェイントかけ一瞬だけ穂先を足に向ける。その時点で人間は反応し、足への攻撃を回避する動きを行おうとしている。

 今だ!!

 独眼の魔物は足先へ向けた槍をやおら人間の横、誰もいない所目掛けて全力で突き込んだ。そして、そこから槍が急激に弧を描き、人間の顔目掛けて襲い掛かったのだ!!

 歴戦の魔物は研鑚の末に、手首や肘、そして肩や腰を用いることで曲線の軌道で相手を突く驚天動地の技を身に付けていたのである。しかも、この戦闘が始まってから直線的な突きしか見せていない。真っ直ぐな突きに慣れきった所に、突如側面から槍が強襲するである。

 初見では対応できるはずがない。

 魔物の絶対の自身に裏打ちされた槍が人間の顔を通り過ぎると、肉を抉る手応えが伝わってきた。

 やったか?

 期待を込めて人間を注視すると、崩れ落ちるはずの相手が直ぐ様行動し飛び退いた。

 切り札を躱された衝撃で慄きつつ人間を観察すると、頬が抉れ血が滴り出している。この人間は瞬時に首を捻ることで、顏の中心を穿つはずだった槍を不十分ながらも避け致命傷を免れたのだ。

 だが、それでも夥しい血が流れ、人間の服を赤く染め上げている。身を捩るほどの激痛を感じているはずの人間は、あろうことか可笑しそうに声を上げながら目を爛々を光らせ、壮絶な笑みを浮かべている。

 その様に気圧されたのか、気付かぬうちに魔物の手に冷たい汗が流れ始めた。

 魔物は生まれて初めて、人間に恐怖を覚えたのだ。


 エルは感動と喜びで、戦闘中にも拘らず声を出して笑っていた。

 魔物の技は、驚嘆し畏怖の念を抱かずにはいられないほど凄まじい技であったのだ。魔鉱製の槍は固く真っ直ぐで折れ曲がったりするような代物ではない。その槍を用いた突きは当然直線的な軌道をとる。エルは、突きとは直進してくるものだとばかり考えていた。

 それがどうだろう。この魔物は己が五体を駆使して直線の突きを、弧を描く曲線の突きに変化させたのだ!もし少しでも反応が遅れたら、視界の外から急変化して襲い来る槍がエルの顔を穿ち骨を砕き、死を与えた可能性も十分あり得るほどのものであった。

 加えて、頬からの絶え間なく訪れる激しい痛みと死への予感が極度に生を実感させ、エルを昂ぶらせていた。

 

 エルはゆっくりと拳を握りしめた。心の底から尊敬と感謝の念を送れるこの強敵に、今度は僕の技を、武神流の技を見せてくれると、気炎を吐いた。魔物もエルの攻勢の意を感じ取ったのだろう、一瞬茫然としていたが立ち直り突きを繰り出してくる。

 だが、生と死を感じ興奮と愉楽で極限の集中状態に入ったエルには通じない。先ほどまで隻眼の槍を守勢に回りじっくり観察したことによって学習し、突きを左右に避けながら怒涛の勢いで間合いを詰めてゆく。魔物もその度に飛び退き、なんとか槍の距離で闘おうとするが、エルの突撃を抑えきれず徐々に追い込まれていった。終いには、先ほどの綿密な計画の上ではなく、苦し紛れに奥の手を使う羽目になってしまった。

 もちろん、そんな攻撃がエルに通用するはずがない。

 槍が弧を描き始めた途端に身を屈め、矢の様に真っ直ぐ豚鬼オークの元に突き進んだのだ。槍が曲線を描くためにエルの横に一度逸れるので、その間に前進して槍を躱したのである。そして、本来は真っ直ぐにしか突けないものを、無理やり全身を酷使して槍の軌道を曲げるので、放った後の隙も大きい。

 エルはとうとう魔物の元に辿り着いたのだ。隻眼が動き出す前にエルが距離を詰め、烈火の如く醜悪な面目掛けて左拳の下突きを放った。魔物は奥義の硬直から間一髪で立ち直ると、状態をやや後方に逸らすことで自分の顔に迫りくる凶悪な拳に空を切らせた。 

 魔物は嗤った。

 そして、エルも嗤った。


 なんと、反撃に移ろうとした魔物は突如激痛を感じ、顏を縦に裂かれ流血したではないか!

 エルは僅かに刃に性質変化させた純白の気を肘に纏わせ、拳が躱されても肘で魔物の顔面を切り裂いたのである。豚鬼オークは理解できない事態と苦痛に恐慌状態に陥り身を捩ってしまう。

 そこに、間髪入れず左拳の後を追うように左足の前蹴りが放たれた。棒立ちの魔物の顎に蹴りが入ると、顎を粉々に粉砕し高々と宙へ打ち上げた。そして、更にエルの追撃、両掌に恐ろしい勢いで集められた気が球状をなし、1対の気弾が魔物に襲い掛かった。蹴りの凄まじい破壊力によって空を舞う魔物に接触すると大爆発を起こす。

 しかる後、地に落ちた魔物はもはや動かない。気弾によって顔が原形を止めておらず、大量の血で地面を染めるだけの肉塊と化した。命の火が燃え尽きたのである。

 しばらくエルは魔物を注視していたが、魔物が死んだことを確認すると大きく息を吐き出して構えを解いた。

 称賛に値する素晴らしい強敵だった。今迄出会った魔物の中で、間違いなく最も技量に優れた魔物であり、学ぶことの多い死闘であった。未だに貫かれた左掌と、抉り取られた頬は血を流して痛みを発している。

 血沸き肉躍る闘いを行えたことを感謝し、魔物に向けて胸の中央で手を合わせるとエルは外気修練法を行い、傷を回復させていく。


「エル、やったな!」

「エル、お疲れ様」


 肉体を癒すことに専念していると、いつの間にかカイ達が駆け寄ってきたいたようだ。皆興奮し、口々に労いと称賛の言葉をエルに送った。エルも満足できる闘いができて晴れ晴れとした気分になる。助けた冒険者達もエルに近づいてきて、感謝の言葉を述べる。


「ありがとう、君のおかげで全滅せずにすんだよ」

「ああ、お前のような猛者がたまたま居合わせてくれて本当に助かったぜ」

「パドラックだけは助からなかったけど、それでもあんた達が来てくれてなかったら、俺達も死んでたからな。

 本当に感謝しているよ」


 死者が出たことに驚いてミミを見ると、ミミは沈痛な顔で説明し出した。


「その、パドラックさんという方は私達が助け起こした段階ですでに・・・」

「そうか・・・」


 ミミの言葉にエルは深い溜息を吐いた。話には聞いて理解していたつもりだったが、実際に魔物との戦闘での死者を目の当たりにすると、どうにもやるせない気持ちになる。自分がもう少し早く気付けていればと後悔の念が沸いてくる。悲嘆にくれるエルに、もっと悲しいはずの冒険者が励ましてくる。


「そんなに落ち込まないでくれ。

 君のせいじゃない。

 むしろ3人助けたことを誇ってくれ」

「迷宮では死は隣り合わせなんだ。

 悔しいが俺達に実力と運が足りなかっただけさ」

「滅多に出現しない名持ち(ネームド)に鉢合わせしちまうなんざ、本当に俺達は運がなかったぜ。

 まあ、その後にお前のような強者に駆け付けてもらえたから、ある意味運が良かったのかもしれないがな」


 気丈に振る舞う彼等の前でこれ以上悲しむわけにはいけないと、エルは無理やり笑顔を作った。


「それで話は変わるんだが、パドラックを迷宮都市アドリウムに連れて帰ったやりたい。

 助けてもらった上にさらに頼みごとで申し訳ないが、転移陣まで護衛をお願いできいかな?」

「なんだ、そんなことか。

 俺達も帰るとこだったし、問題ねえよな?」

「うん、いいんじゃないかな」


 カイの言葉にエルは笑顔で頷いた。パドラックをせめて迷宮都市アドリウムに持ち帰り、墓地に埋葬してやりたいという願いは至極当然のことである。エルは反対する理由など全くない。

 冒険者達がパドラックを担ぐと周りをカイ達が固め、エルが先頭に立って転移陣に急ぐのだった。


 迷宮都市アドリウムに帰還すると、冒険者達から大変感謝され謝礼も渡されそうになったが、エルもカイ達も笑顔で受け取らずお礼の言葉だけ受け取って別れた。

 その後、受付カウンターで今回の戦利品と名持ち(ネームド)の討伐による大量の報奨金を貰って宿に戻ると、いつも以上に奮発してカイ達と豪華な夕食を楽しむことにした。まず本日の反省を行ってから労い合うと、美味なる食事を堪能しながら談笑し気持ち良く就寝した。

 

 エルは、翌日以降も武神流の修練場での修行とソロでの迷宮探索、そしてカイ達との冒険と、いつもと変わらぬ日常を送っていった。他者にとっては研鑚と戦闘だけの苦行の様な日々であったが、エルにとっては自分が望む心躍る日常であった。嬉々として魔物を倒し実力を増していくエルは、成長も著しく迷宮の探索も他人が羨むほど早い。

 人の口に戸は立てられぬ。

 ハイペースで迷宮を攻略し、名持ち(ネームド)をも倒したエルは、徐々に冒険者の間で名を広めていくのだった。

 

 


  

 

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