第25話
あれから3日。
エルはアルドの指導のもと、新たな技の習得に励んでいた。気の技以外にもいくつかの技を伝授されたが、まだ自分のものにできていない。これから実践と修行を交互に繰り返し練り上げていく予定だ。
また、気の技については武神シルバから授かった外気修練法、つまり大気中に存在する力を取り込んで気力や肉体を回復させる御業があったので、休息を必要とせずに修行に打ち込めた。その結果、気の塊を掌から発射できる段階まで漕ぎ着けた。おそらく武人拳をよく使っていたので、気を手に集め圧縮するのに慣れていたおかげであろう。まだ気の性質変化ができず、気を刃の形にすることはできていないが、まずまずの上達ぶりといった所だろう。早くほかの技も習得したいと闘志を燃やしながら、本日も昼まで修行に勤しむのだった。
そして、午後からは久しぶりの迷宮探索である。今日は11階層に挑む予定だ。新たな強敵との出会いに胸躍らせ、エルは迷宮の入り口の裏に隠された転移陣を発動させ、目的地に転移した。
11階層から15階層までの迷宮は、仄暗い地下遺跡と思しきダンジョンを探索しなければならない。どこか人の手で造られたような人工物めいた階層であり、地面は石畳で埋め尽くされ凹凸も少ない。四隅は灰色の石壁と柱で囲まれ、等間隔で配置されている柱には松明のようなものが括り付けられている。迷宮の構造もシンプルで、大小様々な大きさの部屋とそれを繋ぐ通路でできている単純な造りだ。迷宮自体は広いので歩き回る必要はあるが、迷う要素の少ないわかりやすい造りだ。ただし、魔物の発生率は高いらしく、戦闘に手間取っていると新手の魔物に急襲されることもあるそうなので気を付けねばならない。
早く魔物に出会いたいと11階層を探索することしばし、かなり広めの大部屋に入ると複数の魔物が待ち構えているのを発見した。石人形に鎧騎士である。この階層の特徴として10階層までの動物型の魔物は一切出現せず、現在遭遇しているような魔法や呪術によって造られた魔法生物が現れるのだ。
しかし、運が悪いことに初戦から複数体との戦闘である。石人形は全身が灰色の石器と呼ばれる魔鉱でできており、人の形に似せられているが造詣も雑で、出来の悪い無貌の顔の木偶人形といった風である。粘土をこねて無理矢理人型にした姿を想像すればわかり易いだろう。
一方、鎧騎士は長剣や円盾を含め、全てが空色の鉱石という魔鉱で形成された鎧を本体とする魔法生命体である。空色の鉱石は、武神の修練場で技の練習用の壁に用いられるほどの強度を有している。
この2体の魔物を倒すには、人間の心臓部分と同じ箇所にある核を破壊する必要がある。1体ずつとの戦闘であったら防御を固めて様子見して実力を見定める所だが、今は同時に相手しなければならない。まずはエルに近い位置にいる石人形を全力で倒すことに決め、足に力を込めると地を蹴り駆け出した。
石人形もその身を捩りエルに接近してくるが、その動きは鈍重だ。おそらく硬く頑丈な体を生かして防御と攻撃を行うと推測される。確かに魔鉱製の体は強固で刃物を通し難いだろう。だが、ハンマーなどの重量を生かした打撃武器ならどうだろう。下手な鎧など比較にならないほどの堅固さを誇る亜竜の鱗でさえ砕くエルの拳なら?
結果はすぐにわかった。のろのろと動く魔物に高速で接近すると、エルは己の最も得意としている右拳に気を纏った武人拳の中段突きを、魔物の心臓目掛けて打ち放ったのだ。拳が狙い違わず石人形の中心に命中すると、灰色の石器の体を物ともせずに打ち砕き、一気に背中まで拳が貫通してしまった。魔鉱製といっても、亜竜の鱗ほどの強度はなかったようだ。上手く核まで破壊できたのか、石人形は糸の切れた人形のように全身の力が抜け、全く動かなくなり地に崩れ落ちた。
地に伏す魔物に一瞥を投げると、魔鉱の鎧を鳴らして耳障りな金属音を発しながら急接近する鎧騎士に向き直った。鎧騎士の武器は右手に掲げる長剣だ。些かの逡巡も見せずに上段に振り被ると、エルの頭目掛けて垂直に振り下ろしてくる。エルは左半身の状態から右後足を魔物の左側面に高速で踏み出し、左足を引き付けるように腰を回転させ左半身になるようにして斬撃を回避した。
鎧騎士は唐竹割りの一撃を地面にぶつかる寸前で止めると、エルを追いかけるように横に長剣をなぎ払った。今度は相手の側面に回り込むことでは躱すことはできない。エルは右前足に力を込め後ろに飛び退ることで、澄んだ青色の光を放つ魔鉱製の長剣の横薙ぎを回避した。
だが、魔物は止まらない。直ぐ様体勢を整えると、再び剣を振り上げエルに襲い掛かってくる。ちょうど一対一の闘いを続けられているのでエルに焦りはない。鎧騎士の激しい攻撃を時には回避し、時には受け、そして時には逸らすことでこの魔物の力を見極めることに注力するのだった。
その結果はわかったことがいくつかある。この魔物は力が強く、しかも魔法生命体のせいか息を切らせることもなく、無限の体力があるかの如く連続攻撃ができる。加えて、感情がないのかいつ攻撃を開始するのか全く読めないという長所を持つようだ。しかし、その攻撃は力任せであり膂力が優れているのか剣速もかなりあるが、それでも腕の力のみに頼った攻撃で、剣の速さだけとって見れば豚鬼の鍛え上げられた技には及ばない。空色の鉱石の魔鉱製の剣で、かつ腕力が高いので、一撃の攻撃力でいえば鎧騎士に軍配が上がるだろう。だが、豚鬼の高速の槍捌きでさえ回避できるエルを捕らえられるかといえば否である。
相手を見定めたエルは決着をつけることにした。無造作に振り下ろされた一撃に対して廻し受けを行い、剣の平に側面から力を加えるとエルの横に流してしまう。長剣を流され体が前におよいでしまっているので隙だらけだ。地面に敷き詰められている石畳を粉砕するほどの強烈な震脚から全身を捻り、エルは猛烈な勢いで右肘を魔物の胸に突き込んだ。
短震肘
それがアルドから新たに授けられた発剄の名であった。猛武掌が掌であるのに対して、この技は肘で行うものだ。突きを行うのが掌か肘かの違いだけでその他の身体の動かし方は同じであったので、すぐに体得でき実践投入したというわけである。短震肘は攻撃距離が短くなる代わりに、人体の中でも最も強固な部位を用いた発剄である。その威力は凄まじく、一撃で空色の鉱石の鎧を粉々にするのだった。
崩れ落ちてもう動かない鎧騎士を覗き込むと、鎧の中はがらんどうであった。中身はなく鎧だけで動く魔法生物、それがこの鎧騎士である。情報誌から知識を得ていたのでわかっていたが、石人形も含め魔法生物とはエルの理解の及ばない、得体の知れない生命体のようだ。まあ、こうして倒せるのだから自分のやることは変わらない、ただ自分の力を信じ己が五体を持って闘うだけだと、あっさり魔法生物について思い巡らすことを止め、落し物を回収することにした。
魔物が消え去った後に現れたは、それぞれの魔物の魔石と鎧騎士の円盾だった。この階層の特徴でありエルにとっての最大の問題は、15階層までの敵の落し物では食材を全く出ないことだ。食材がでないかわりに魔法生命体に使われている貴重な魔鉱が手に入るので、協会の掲示板に貼られているクエスト、あるいは普通に協会に売り払っても高値で買い取ってもらえる、金稼ぎにはもってこいの階層である。その金で迷宮産の食材を買えばいいわけであるが、エルとしては食材、特に魔物から手に入る肉類や魚介類を買うという行為をする気になれなかったのだ。
意味のない拘りと言われればそれまでだが、自力で手に入れた食材を食したかったのだ。己が手で打ち倒した魔物から得た食材を料理に用いれば、料理に思い入れもできるし、より感謝して食べられるからである。
本来であれば11~15階の迷宮は、エルが出会ったような力は強くとも動きが遅い、ないしはそこまで早くない魔法生物が主体なので、ここでじっくりと腰を据えて魔物を討伐し、パーティを強化したり金銭を貯めて装備を整えるのが一般的な冒険者のやり方である。だが、エルにとっては魔物の技も何もないただの力任せの攻撃は学ぶことが少なく、加えて倒しても食材が手に入らないので、あまり魅力的には映らなかったのだ。だから、魔物が問題なく倒せるならさっさと下層に降り、落し物から食材を手に入るようになる16階層を目指すことにした。
外気修練法で心身を回復させると転移陣を探して探索を開始するのだった。
それから、エルは新たな技を実戦で試しながら、遭遇する魔物を片っ端から屠り歩いた。また、ルリエンお奨めの防具の性能も試してみた。気を籠めると防御力が上昇するが、気を使わなくとも20階層付近でも使える装備と聞いていたので、鎧騎士の斬撃を気を使用せずに武道着で受け止めてみた。翠虎の体毛で作られた道着は防刃性だけでなく衝撃を吸収する能力も優れているようで、防具自身は一切傷付くこともなく、着ているエル自身も軽く押された程度の感覚しか受けなかった。謳い文句道理の素晴らしい性能である。さらに、全力で気を籠めた猛虎の籠手で魔鉱の剣を受け止めると、攻撃を加えた剣の方が欠けてしまうというあきれるほどの防御力の高さを示した。
この高性能の防具に物言わせて防御を無視して攻撃に専念しても、然したる怪我も負わずに敵を打ち倒すことも可能だろう。だが、そのような方法を取ることをエルは良しとしなかった。防具に頼るだけでは回避術や防御術を使わなくなり、攻撃一辺倒になるだけでひいては自分の弱体化に繋がり、防具の性能を凌駕する攻撃力を有する敵に出会えば負けることは必定だ。それに、防具に頼って魔物を討伐しても、それは装備の性能による勝利であり自分が勝ったことにならない、という思いからだった。
それに、せっかくアルドから新たに歩術や防御術を教わったのだから、使わないという選択肢はエルには毛程もなかった。その日は思う存分新技を試し遮二無二魔物と闘い続けると、深夜遅くに迷宮都市帰還するのだった。
それから連日、エルは修行と迷宮での魔物との闘いに明け暮れた。
魔物との戦闘では、苦戦を強いられることはほとんどなかった。何故なら外気修練法があるがゆえに、気力の損耗を省みず一戦一戦に全力を尽くせたからだ。この階層の魔物が如何に強固な魔鉱製の身体を持つといえども、気や発剄の技を後顧の憂いなく潤沢に使用できるエルにとっては、動きの遅い鈍間な的であった。
それに加えて、エルや年若く神官の経験の浅いアルドも気付いていなかったが、外気修練法は真に御業と呼ぶに相応しい恐るべき効果があったのだ。心身を癒し肉体を再生させる力を有するだけではなく、大気に満つる森羅万象の力、そう魔素であっても取り込んで己が血肉とすることができるのだ。魔物が絶命し迷宮に還る際に魔素に変換されると、その一部が冒険者に流れ込み魔素を吸収することで心身が強化されるのが冒険者の強化の仕組みである。しかし、迷宮内は大気中にも魔素が含まれているので、外気修練法を行うと魔素も吸い込んでしまい自ずと強化が行われてしまうのだ。つまり、魔物を倒し魔素を吸収し、その後回復のため外気を取り込むと魔素も取り込んでしまい更に心身が強化されるという、他者には真似出来ないアドバンテージを得るに至ったのである。
その効果によって加速度的にエルは心身を成長させ、圧倒的な速度で迷宮の攻略を進めていった。目標とする16階層への到達は、初めて11階層に赴いてからわずか10日後のことであった。
飛躍の時である。




