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第1話

「ふぅ、ようやく入れたよ」


 エルは不満を一人ごちていた。

 昼前には迷宮都市アドリウムに到着していたのに、門を通過できたのは大分時間が経ってからのことだったからである。携帯食はとっくに食べ終わり小腹が空いたような感がある。

 しかし、折角目的の迷宮都市アドリウムに来たのだからここで愚痴っていてもはじまらないと、エルは気を取り直して武の神シルバの神殿に向かうことにした。

 

 門番の話によると、迷宮都市アドリウムは6つの区画に分けられているらしい。

 商業区画、工業区画、住居区画、神殿区画、行政区画、そして迷宮区画である。それらの区画は都市の中心部にある始まりの泉から放射状に広がるように分けられているそうだ。まず大通りを通って泉に向かい、そこから目的の区画に向かえばそこまで迷うことはないだろうと、門番は言っていた。

 旅人や不慣れな人間にもわかり易い造りだ。


 目的地に向かいながら周りを観察していくうちに、エルはこの都市の異様さがわかってきた。まず、建物の見た目が大きく違うのだ。建材からして木材や煉瓦に石材と様々であり、さらに建築様式が全く異なるようだ。中には、何の建物なのか想像もつかない異国風の建造物までもあった。色取り取りの多様な様式で造られた建造物が乱立しているせいで大分美観を損ねている。

 おそらく区画での整理はされているが、区画内での建造物の大きさや建築様式の基準が定められていないのだろう。都市全体の傾斜も相まって、統一性のない建物が無秩序に乱高下している様は、まさに混沌の様相を呈しているといっていいだろう。

 もしかしたらこの都市の有り様を表しているのかもしれない、とエルは不意にそんな取り留めもない考えが浮かんだ。だが、案外その考えが正しいのではないかという気がしてきて、軽い笑みが浮ぶ。


「ここは(迷宮)はただ全てを受け入れるだけだ」

 

 詩人や旅芸人が迷宮都市アドリウムを吟じる有名な一節を呟いた。

 何だか自分も歓迎されている様な気がしてきて心がはしゃぐ。

 エルの心の中は希望で満ち溢れていた。


 そうこうする内に、エルは神殿区画に入り込んでいた。

 この地には様々な神がおわす。

 最も有名な神々は、多くの英雄譚や伝説に登場する軍神アナスや嵐とイカズチの神ヴァル、そして生命いのちの女神セフィ等だが、その他にも商の神ダイコや鍛冶の神レーベなど数多の神々が存在する。

 人々は己の信ずる神に入信することで、神の御業を行使することができる。

 もちろん、誰も彼もが御業を行使できるというわけではない。自己の研鑚が足りないものは言わずもがなであるし、それぞれの神が課す試練を越えなければならない。神の試練は千差万別であり、一説には神の在り様や性格を表しているらしいが定かではない。

 また、入信しないのも自由であるが、御業を行使できないまでも神々の加護を得ようと、自分の職や目的にあった神に入信するのがこの地に住まう人々にとって通例であった。


 神殿区画に入っても混沌とした様は変わらないようで、見た事もない建造物を横目に見ながら歩き続け、ようやくエルは目的の武の神(シルバ)の神殿に到着した。

 そこには石灰岩を含んだ石柱で造られた巨大な白亜の神殿がそびえ立っていた。

 一対の門柱の所には武の神(シルバ)に仕える賢獣フィン、すなわち、雄雄しき翼有る猛々しき虎の石造が侵入者を睨むように鎮座している。

 神殿の荘厳さと神聖さに圧倒されて胸の動悸が早まり、途端に自分が場違いに思えてくる。

 不安な気持ちは募る一方だが、何のためにここに来たんだと自分を叱咤し、エルは懸命に心を落ち着かせようと試みた。

 しばらくして、エルはなんとか気持ちを奮い立たせ神殿の入り口に向かって歩き始める。まだ強張りのある面持ちで、入口付近に立っている受付と思しき人に入信したい旨を伝えると、拍子抜けするほど簡単に内部に通された。自分の先ほどの葛藤は何だったのかと思えてきて、肩すかしをくらった気分になる。

 悶々としたまま案内された場所で待っていると、一人の神官らしき人物が歩み寄ってくる。

 その神官は白色の短衣のみを身に纏っていたが、よく鍛えこまれた巌のような肉体を持つ金髪の偉丈夫だった。武の神に仕える神官に相応しい容姿といえよう。


「君が我が神に入信したいという少年か?」

「はい、エルと申します」


 エルは慌てて頭を下げながら肯定の意を示す。


「ふむ、我が神は寛容だ。

 来る者を拒まず、去る者を追わず。ただ人の自らを由とする意志に任せている。

 よろしい、少年の入信を認めよう。地に膝をつき祈りを捧げなさい」


 鷹揚な神官の言葉に感謝し、直ぐ様エルは片膝をついて胸の前に両腕を組み目を閉じて祈りを捧げた。


「今此処に、武の神シルバに仕える神官の名に於いて宣言する。

 ただ今より少年エルは武の神シルバの信徒であると」


 神官の宣言の後、エルは暖かい光に包まれる様な感覚に陥った。初めての感覚に戸惑いを覚えるが、不思議と安心を覚える暖かさである。不思議な暖かさは徐々に弱まっていき、やがて消えてなくなった。温かみが消えたことを少し残念に思っていると、神官に立ち上がるように促された。

 おそらく信徒として認められたということだろうと判断し、エルはゆっくりと立ち上がった。念願の武の神に入信できたのだと、エルは晴れやかな気待ちに満たされていく。

 喜色満面なエルに神官が再び声を掛けてきた。


「きみは迷宮に潜り、冒険者として成功するためにこの都市に来たんだね?」

「はい、その通りです」

「ならば、まず迷宮の5階まで踏破しなさい。

 先ほど、来るのも去るのも自由と言ったが、武の神の御業や神殿の技術を教えるには制限があるのだ。

 迷宮の1階から5階までは初心者の冒険者が潜る階層だ。

 初心者の階層を踏破し下位の冒険者の資格を得たあかつきには、きみに神殿の技術を授けよう」


 これが最初の試練なのだろう。

 エルは我知らず沸いてくる熱い思いを抑えながら、神官に頭を下げ返答した。


「わかりました。

 迷宮の5階層を踏破した後に、また神官様に会いに参ります」

「ああ、きみが再び私に会いに来てくれるの楽しみに待っているよ」


 再度神官に頭を下げると神殿を辞し、エルは足早に迷宮へと向かうのだった。

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