第18話
カイ達は順調に冒険者として成長していった。
午前中は協会の訓練所で技を磨き、午後はエルと迷宮探索を続け魔物を屠り魔素を吸収して自分達を強化した。エルはカイ達の成長速度を見計らいつつ階層を深くしていった。カイ達との再会後から10日後には、ついに5階層での戦闘を行えるまでになっていた。
加えて、4人の成長によって継戦能力も向上し戦果も増え、生活にも余裕ができてきた。余ったお金は来るべき守護者との闘いに向けた新装備の購入資金に充てたのだ。カイ達はちゃくちゃくと下位冒険者になるための準備を整えていくのだった。
一方、エルはというと午後はカイ達に同行して迷宮探索を行ったが、午前中は10階層で豚鬼や岩蛙、そして偉大なる箆鹿相手に戦闘を繰り広げていた。10日も闘えば初めのうちは苦戦を強いられた偉大なる箆鹿も、しまいには容易な相手に成り下がっていた。エルは既に守護者に挑める段階に来ていたのだ。だが、現時点で直ちに挑むつもりはない。カイ達が5階層を踏破しエルの手を必要としない一人前になったら、10階層の守護者と闘う心算であった。
また、エルはカイ達と共に時間を過ごす事によってそれぞれの性格もわかってきた。
カイは4人のリーダー的存在だ。加えて、ムードメーカーも兼ねており、軽口を叩いて雰囲気を和らげたり、いつも一番に魔物に突撃し味方の士気を高めている。楽観的な所もあり、物事をあまり深く考えず直感で行動する事もある。エルと同じく英雄願望があるのか大物になると公言して憚らない。希望と情熱を抱き、日夜仲間と共に迷宮に挑む少年がカイである。
シャーリーはパーティのお目付け役だ。精神的に成熟しており勝気で口が速く、時には短慮に見えるほど他者に攻撃的になる事もあるが、仲間を守るためからの行動であり身内には優しく振舞う一面も見られる。また、パーティの金庫番も担っており、ミミと共に財布のひもを締めカイの無駄遣いなどを厳しく咎めていたりもする。戦闘ではカイと共に前衛を務め、偃月刀の特性を活かした遠間からの突きや薙ぎ払いで敵を崩す役目を引き受けている。パーティの姉的存在のしっかり者で、仲間に厳しくも優しく接し、励まし合いながら闘いの日々を送る少女がシャーリーである。
ミミはパーティのマスコットだ。可愛らしい外見とコロコロ変わる表情が仲間たちを和ませる。臆病ながらもしっかり者で、不安に思う事や懸念事項は震えながらもはっきり口にする。ただ生来の性格のせいか、魔物でも他者を傷つけるのを厭う所がある。もっぱら後衛で仲間の回復や援護に従事している。愛くるしい笑顔で仲間を癒し、日々の過酷な探索の清涼剤となっている少女がミミである。
そしてシエナは寡黙な射手だ。物静かで仲間の話の聞き役に回る事が多い。しかし、時折する発言は鋭く正鵠を射ており、正に物事の本質を突いた意見が多い。加えて、内に熱い思いを秘めているのか、意見をした場合などは自分が間違っていない限り撤回する事はまずない。魔物との闘いにも性格が出ており、目や耳などの急所を精密に射抜き止めを刺す場合が多い。鋭く正確な一射で敵を仕留め、仲間を助ける物静かな少女がシエナである。
カイ達との冒険の日々はエルはいつのまにか待ち遠しく思う様になっていた。同年代と迷宮探索という共通の仕事に従事する事で、独りでの探索とはまた違った楽しみができた。時には軽口を叩き合ったり、時には遠慮のない意見をぶつけ合い奸悪になる事もあった。しかし、すぐに反省するとお互いに謝り、笑い合える仲になっていた。正に彼等は歯に衣着せぬ意見を言い合える、エルにとって初めての友であった。
だが、この楽しい時間ももうすぐ終わる。4人との毎日の探索は、彼らが下位冒険者になる事で終わりを告げるのだ。その後もお互いの予定が合えば一緒に冒険する事はできるが、これほど長く一緒にいる事はもはやないだろう。迷宮の探索はやはり自分の力量に合わせた階層を探索するのが好ましい。実力の違う者同士が無理して一緒にいても、どこかに歪ができやがて破綻する事は目に見えている。カイ達もその事がわかっているのか、お互い口にこそしないがミミなどは時折寂しそうな顔を浮かている。エルも一抹の寂寥感を感じるのだった。
再会から15日後、カイ達の装備購入資金が貯まり既に発注を済ませた。明日には守護者に挑める態勢が全て整う。エルはオルグ達から手に入れた情報などもカイ達に残らず伝え、できる限りの事を教えた。魔物との闘いを繰り返しながら性格からくる欠点を克服する様にも注意した。カイは果敢な性格が災いして突出し易い。加えて、シャーリーもカイの動きに追随しようとする癖があり、そのせいで魔物の攻撃が後衛のミミやシエナに届く事もあった。犬鬼程度ならまだ立て直せるだろう。
だが、子鬼の王なら話は別だ。華奢で体力の低い後衛なら一撃も耐えられない可能性が高い。エルはその事を厳しく諌めた。カイやシャーリーが抜かれるという事は、ミミやシエナを殺す事になりかねないと警鐘を鳴らしたのだ。カイ達も自分の悪癖をわかっているのか頷いたが、成長して戦闘に余裕ができたせいか話半分に聞いている所がある。カイ達の心の緩みを引き締めるためにも、エルは最後の仕上げをする事にした。
迷宮探索の最後に5階層の転移陣まで赴き、エルが実際に子鬼の王と闘って見せたのだ。ゆっくり近づいていくと魔法陣を守る様に巨大な魔物、子鬼の王が現れる。守護者の威圧に気圧されているカイ達にしっかり観察するようにエルが発破をかけた。
「皆、今から守護者と闘うから良く見ておいてね。
実際に4人がどう闘うか、それと何を気を付けなければならないかきちんと話し合っておくんだよ」
「おっ、おう、わかったぜ」
「ええ、わかったわ」
「エルさん、頑張って下さい」
「頑張って」
4人に下がるように促すと、エルは独り子鬼の王の前に立ちはだかった。
不遜な人間を叩き潰さんと長大な棍棒が振るわれる。以前は苦汁を舐めさせられた攻撃も、今となっては容易く回避できる。攻撃の起動を見切ったエルは、半歩動くだけで棍棒を避けて見せた。棍棒はそのまま地面に激突し、轟音を発しながら地を陥没させた。あまりの威力にカイ達は息を呑み、改めて自分達が闘う強敵の強さを意識するのだった。
その後も魔物の猛烈な攻撃は続く。子鬼の王の剛力によって棍棒が縦横無尽、かつ凄まじい速度で振るわれ、カイ達が受けたならば皮膚は裂け骨が折れるだろう威力を誇っていた。だが、エルには当たらない。棍棒だけではなく空いた手から放たれる拳撃も修行を兼ねて紙一重で躱し続けるが、それでも動きに淀みはなくエルの自信が揺らぐ事はなかった。魔物が業を煮やして掴み掛かっても、まるで雲を掴むかの様に空を切ってしまう。エルの回歩による高速の横移動による回避だが、子鬼の王にはすり抜けたように感じた程の技の冴えであった。魔物は雄たけびを上げ再び連撃をし掛けるが、その棍棒や拳は一度としてエルを捉える事はなかった。
終には、子鬼の王の巨体を活かした突進を繰り出す。エルが避けられずに重傷を負う羽目になった、回避の難しい攻撃である。しかし、エルは避ける素振りを一切見せず、魔物と同様に肩口からの体当たりを行った。傍目から見て暴挙とも取れる行動であるが、体重差を覆すために気を纏い高速で子鬼の王にぶつかると、あろう事か吹き飛ばしてしまう。エルの鍛え上げられた肉体と技は魔物の突進を凌駕し、皮肉にもエルが体験したのと同様に猛烈な勢いで跳ね飛ばし、子鬼の王が何度も地面に叩き付けられる結果になった。
後ろで観戦しているカイ達からも歓声が沸き上がる。エルの凄まじい力を目の当たりにして感嘆の声を上げたのだ。一方、エルは魔物が取り得る攻撃は全て見せたので、決着を付ける事にした。なんとか立ち上がったばかりの子鬼の王に急接近すると、胸に螺旋の軌跡を描いた武人拳を打ち込んだのだ。魔物に視認できたかも怪しい程の高速の一撃は、胸に突き刺さると暴虐の限りを尽くし背中まで貫通する巨大な穴を開けてしまう。さしもの強靭な生命力を誇る子鬼の王も、心臓が消滅してしまえば生きてはいられない。口から喀血しながら倒れ付し絶命してしまった。
静かに構えを解くエルに4人は駆け寄ると、口々に褒め称える。
「エル、わかってたけどお前ってすげーつえーな」
「ええ、悔しいけど回避も攻撃も私達が比較にならない程凄いレベルね。」
「見ていて凄い感心しました」
「脱帽」
褒められて悪い気がしないエルはにこやかな笑顔を浮かべる。一頻り喜ぶと、肝心の自分達が闘う場合の事を想定しているか質問した。
「皆、ありがとう。
やっぱり褒められるとうれしいね。
それで話は変わるけど、自分達が守護者と闘う場合を考えたかい?」
「まず、あの棍棒は何度も受けられねえ。
今の俺じゃあ3、4回が限度ってところだろう」
「あたしだと1回でも受けられるか怪しいわね。
ミミとシエナは1度でも攻撃を喰らえば致命傷でしょうね」
「ああ、エルが口を酸っぱくして何度も警告する理由がやっとわかったぜ」
やはり子鬼の王との戦闘を見せてよかったとエルはほっと安堵した。カイやシャーリーの浮ついた気持ちは完全に消え去り、真剣な表情で対策を練っている。エルは自分の体験談からの助言とオルグ達から教えてもらった有益な情報を教える事にする。
「うん、あの攻撃を普通に防御したらカイでも数回で受けきれなくなるよ。
でも数十回でも受けられるようにする事もできるんだよ」
「なにっ、それはどうやって?
エル、もったいぶらずに教えてくれよ」
「ようは真面に受けなければいいってだけだよ。
振り下ろさる棍棒に突っ込んで根元か手の部分辺りで受けられれば、威力も大分減衰するよ。
傷付いてもミミに回復してもらえれば、何十回でも受けられるようになるさ」
「なるほどっ、確かに根元で受けられれば何とかなるかもしれないな。
エル、ありがとう。
攻略の糸口が見えてきたぜ」
「ただ、前で受けるのは凄く勇気がいるよ。
見ててわかったと思うけど、あの豪腕に突っ込んでいく事になるからね」
エルの指摘にカイはごくりと唾を飲み込んだ。本当に自分にできるかと自問自答している。普段のお気楽さとは打って変わった深刻な表情だ。それほど子鬼の王の攻撃は脅威に映ったのだろう。エルは微笑みながらカイに語りかける。
「カイなら大丈夫さ。
相手の攻撃を良くみて何時もの様に突撃すればいいだけさ
皆を守るんだろう?
この役をパーティの中で務められるのはカイしかいないんだ」
「おっ、おう、俺しかできないんじゃ仕方ねえな。
しっかりこなして皆を守ってみせるさ」
まだ強張りの取れない顏ながら、カイは傾いた心を立て直したのか大声でエルに宣言する。エルは次にシャーリーに語りかける。
「次に難しい役目はシャーリーだ。
気付いているとは思うけど、子鬼の王の皮膚は非常に強靭で生半可な攻撃は通用しない。
シャーリーや皆の攻撃は急所以外は通用しないと思った方がいい」
「エルは簡単そうに倒してたけど、やっぱりあたしの攻撃じゃ通用しないか。
うん、なんとなくわかっていたわ」
「そう悲観する事はないよ。
ぼくも新人の時は攻撃が通用しなくて何十発・・・。
いや、どれだけ殴ったかわからないほど攻撃しなくちゃならなかったんだからね」
「エルも初めは苦労して倒したのね」
「そりゃそうさ。
子鬼の王は本当に強いからね。
さて、急所を攻撃するのはいいとして、問題は攻撃を受ける時さ。
カイが受け損なったり、弾き飛ばされたりしたらシャーリーが受けるしかない」
「ええ、わかっているわ
私も間合いを詰めて受ければいいの?」
シャーリーの問いにエルは首を振る。カイほど力がないシャーリーでは接近して受けたとしても、子鬼の王の攻撃を止められず必ず弾き飛ばされるだろう。そうなれば地面に飛ばされて無防備な姿を晒す羽目になり、次の攻撃は受け止められない事は予想に難くない。
「いいや、シャーリーの場合は避けるしかない。
幸い偃月刀の間合いは広いから軽く牽制しつつ回避に徹すれば、カイが体勢を立て直すまでの時間くらいなら持ち堪えられるさ」
「私は絶対攻撃を受け止めちゃ駄目ってことね。
わかった、気を付けるわ」
シャーリーが神妙な顔をして頷く。頭の中で子鬼の王の攻撃を受けた際の事を想像しているのか、黙りこくってしまう。シャーリーが真剣に守護者との戦闘を模索しているのに満足すると、エルはミミとシエナに話し掛けた。
「最後にミミとシエナだ。
君達は後衛だから前衛二人の回復や援護が仕事になるわけだけど注意しなくちゃいけない事がある。
これは先輩から教えてもらったんだけど、援護や支援が目障りだと思ったら前衛を無視して後衛に攻撃を仕掛けてくる事もあるそうだよ」
「えっ、そうなんですか」
「私達じゃ耐えられない」
「うん、二人が子鬼の王の攻撃をもらったりしたら致命傷になるだろうね。
それじゃあ、どうしたらいい?」
エルの問いにミミとシエナは顔を見合わせる。やがてシエナが自信無さそうにエルに答えた。
「逃げる?」
「うん、正解」
「でも、逃げるってどこにですか?」
「カイとシャーリーの方にだよ。
子鬼の王も見掛けよりは早いけど、あの巨体だから君達の方が早い。
大きく迂回してカイ達の所に駆け込めば捕まらないさ」
エルの答えに安心したのか、気遣わしげにしていたミミの顔にようやく喜色が宿る。
エルは4人を見渡すと、どの顔も真剣な面持ちを湛えているが悲壮感は漂っていない。エルの話を聞いて強敵だと理解したが、やりようがある事はわかったのだろう。皆一応にどうやって倒そうかと思案しているようだ。エルも士気が下がらるどころか、昂ぶっている様に頼もしそうに目を細めた。
「さあ、そろそろ引き上げよう。
大事な事は伝えたから、後は4人でどうやって子鬼の王を攻略するか話し合った方がいいね」
「おう、そうだな。
後は宿で話し合おう
皆引き上げよう」
「「「はい」」」
エルはカイ達と伴なって迷宮から帰還すると、後は4人に任せて自分の宿に引き上げた。不安もあるが、自分が全て教えては彼らの成長の妨げとなる。今日まで共に切磋琢磨してきた彼等の強さを信じて、エルは宿への帰路に着いた。
一方、カイ達は夜遅くまでお互いに意見を出し合って守護者の攻略法を練るのだった。