第96話
もはや人とは思えないほど醜悪な姿に変わり果てたガヴィー。
悍ましき怪物に変貌したガヴィーにはかつてのふてぶてしい笑みや、傲岸不遜を絵に描いた様な横暴な姿は見る影もない。
ただ逆恨みからリリを、エルの大切な人々を人質に取った非道は生涯許す事はないだろう。
許す事はないが、今はそんなガヴィーに対して憐憫の情が沸いてきていた。
英雄達への逆転の一手のための捨て駒、いいや、生贄の供物にさせられたのだ。
おらそくは本人には一切知らせずに……。
それと同時にカインへの猛烈な怒りを覚えた。そんな思いが勝手に口をついて出る。
「仲間を何だと思ってるんだ!! これが正義? 仮にも聖騎士のする事か!!」
「勝つためなら邪道でも何でも構わないんでしょ。エル、見える? カインは自分も血装転鬼を使ってるみたいよ」
初めて対峙した時のカインは、貴人もかくやと思わせる程の高貴さと神聖さを身に纏っていたというのに。それが今はどうだ?
崇高なる蒼、聖騎士でも一部の者のみにしか許されない荘厳で神々しかった鎧は、大量の血によって赤茶けた忌避感を覚える色に染め上げられ、陽光を反射して煌いていた銀糸の髪はくすんだ灰色に変わってしまっていた。
それだけではない。
涼やかで人を引き付けて止まない金色の瞳は赤く濁り、頬はややこけ地獄の悪鬼もかくやという様相に変貌を遂げていたのである。
昨日までの聖騎士然としていた彼は、もはや何処にもいない。
この場にいるのは唯一つの勝利を手にせんがために、己も、仲間の命さえも全てを投げ打った一個の修羅だ。
だがそうだとしても、義憤を感じずにはいられなかった。
「勝てれば何でもいいんですか! 仲間を化物に変えてもいいって言うんですか?」
「……人間至上主義のガヴィーには思う所がないわけじゃないけれど、あんな最後じゃ浮かばれないわね」
「無駄話はそこまでだ!! 戦場での油断は死を招くぞ!」
熱くなったエルが声を大きくしてアリーシャと話し込んでしまった所に、いつの間にかエルの倍はあるであろう食人大鬼並の大巨漢、大地の勇者たるオーグニルが音もなく傍に来ていた。
その瞳はエル達を見ておらず、ガヴィーが変貌した砦程もあるかという巨大な化物を注視していた。
余程警戒しているとみていいだろう、
最上位冒険者の中でも有数の実力者たる、あの大地巨人がだ。
彼が真剣になるほどの敵だというのか?
エルが目を見張り驚くと、オーグニルは片時もガヴィーから目を離さずに大声を張り上げた。
「下位冒険者と協会の兵士は全員急いで避難しろ!! この場に残るのは上位以上の冒険者だけだ! モニカ、それにジーク! 皆の離脱を手伝ってやってくれ」
「わかりましたわ」
「あの怪物は僕達用の切札だろう。オーグ、無茶するなよ」
大地母神の勇者はあろうことか、この場の大多数を占める戦力に撤退を指示したのである。
一部から動揺した様な声が上がり、兵士達のまとめ役と思しき男さえも誰何の声を出し掛けたが、最上位冒険者達の会話を聞き、反論しかけた口を噤まざるを得なくなった。
最上位冒険者に対する切札という言葉にだ。
彼等の推論が正しいなら、兵士も下位冒険者達も人数が多いだけの役立たずであり、何ら戦力に数えられないという事になるだろう。
それ所か、足手纏いになる可能性の方が高いに違いない。
では、残れと言われた上位冒険者は?
英雄達と共にあの化物の闘う?
あり得ない。
上位冒険者といえども役者不足は否めない。精々足を引っ張るのが落ちだ。
では、どうするのか。
決まっている。
この場には、化物以外にもまだ敵が僅かながら残っているのだ。
すなわち――
「僕達が、カインと残りの騎士達を倒せばいいんですね?」
「どうやらそうみたいね。あたし達に重要な役を用意してくれるなんて、わかってるじゃない!」
陽気な声とは裏腹に大役への高揚からか、アリーシャは大型の肉食獣の如き凄みのある笑みを浮かべた。
エルにしても先日不覚を取ったカインと闘えるのなら、否やはない。
むしろ望む所だ。
過日の借り、そしてこの胸に燃え盛る怒りをぶつけるのだ!!
心が沸き立ち、顔が勝手に好戦的な笑み形作る。
そんなやる気満々のエルの所にオーグニルが声を掛けた。
「坊主! ずい分気合が入っているな?」
「はい!! 僕達で残こっている騎士団と、敵将カインを討ちます!!」
瞳を燃え上がらせ少年は、英雄相手に何等憶する事無く大声で宣言してみせた。
その打てば響く様な小気味の良い返答に、大男は気を良くし豪快な笑い声を上げた。
「はははは!! 命を代償に強化した敵相手に、大した啖呵を切るじゃねえか! そういや、昨日も坊主が敵将とやってたな。もう闘ったのは解っているだろうが、あの騎士の持つ剣は、少し厄介だぞ?」
「はい、カインの腕も相まって、受けるのも避けるのにも一苦労でしたよ」
そう、あの聖剣は本当に危険極まりない代物なのだ。
あまりの鋭さに受ける事もままならない。
アリーシャもカーンも昨日の戦闘での苦戦が頭を過ぎり、顔をしかめた。
エルにしても余裕があったわけではない。アリーシャ達が助けに入ってくれなければ負けていた可能性が高かったのだ。
そんな強敵に挑むのか?
挑む。挑むのだ。
あのカインの事だ。まだ何か隠しているだろうが、それでもカインとの闘いには少しずつ慣れてきた。
加えて、エルは神の御業・外気修練法のおかげで戦闘中でさえ常時回復を行えるので、ある意味無尽蔵のスタミナと気力を持っているといっても過言ではない。
勝機が無いわけではないのだ。
それに、勝手な思惑で戦争を仕掛けたカイン達を、見逃す心算など欠片も無い。
ここで必ず決着を付けてみせると、エルは決意を瞳に宿らせたのである。
オーグニルも、そんな少年の不退転の意思を感じ取ったようだ。
「よーしやってみろ! だがm無理はするなよ。俺達の化物退治が終わるまで、もたせるだけでいいんだからな?」
「任せてください!! でも僕達の方が、オーグニルさん達より先に倒してしまうかもしれませんよ?」
「ふはっ、ははははは! 俺相手によく言ったもんだ! じゃあ、どっちが先に倒すか競争だな?」
「はい!!」
「オーグ!?」
「!?」
和やかな雰囲気が流れ始めた所に、突如ジークハイルから警告が飛んできた。
化物が動いたのだ。
こちらの状況などお構いなしとばかりに、まだ大分距離が離れているというのに攻撃を仕掛けてきたのである。
「しゃがめ!!」
「っ!?」
「うおっ!?」
「「「きゃああ!?」」」
化物の全身に無数にうかぶ苦痛に歪む顔が絶叫を迸らせると、体中から幾条もの光線を発したのだ!
すかさず聖女が全員を守るために結界を張って対処した。
いや、対処したはずだった。
「っ!? ジーク!!」
「任せろっ!!」
騎士団や召喚された魔物達が幾百幾千もの技や魔法を放とうとも、顔に浮かべていた笑顔さえ一度として崩れなかったあの聖女が、今は顔を焦りで歪め仲間に救援を頼んだのである。
彼女の必死な声に、即座に応えたのは堅忍不抜。
彼の護りを抜く事は能わずと謳われた、守護の英雄である。
もちろん、聖女モニカが魔力で編んだ巨大な結界は、それ自体が城壁と遜色が無い程の恐ろしい強度を誇っていた。
だがしかし完璧と思われた堅牢な結界は、無数の苦悶の顔が身も凍る様な絶叫と共に発した大瀑布の如き圧倒的な暗き光の奔流の前に、ついには敗れ去ってしまったのである!
「不可侵聖域!!」
血みどろの戦場の最中、不釣り合いな程の清廉さ醸し出す白銀の鎧に身を包み、巨大な大盾を構える金髪の美丈夫が裂帛の気合を持って作り出したるは、絶対不可侵の領域。
彼の信仰する守護神トーレスから授かりし、大いなる神の御業。
彼の2つ名の代名詞とされる偉大なる技であり、かつ如何なるものも壊せない不破の盾であった。
はたして、堅忍不抜の作り出した清浄なる白き決壊は、見事悪しき光の奔流を防ぎきってみせたのである!!
だが防いだはずなのに、美丈夫の顔色は芳しくなかった。
むしろ焦りの色が見え始めたといっていいだろう。聖女や堅忍不抜でさえ心胆寒からしめる程の力を、あの化物は発したのだ。
英雄達の表情から状況を即座に察すると、大地巨人は再度大声を張り上げた。
「急げ! 急いで非難するんだ!!」
「後ろを振り返らずに一心不乱に迷宮都市に走るんだ!!」
「あなた達には指一本、毛程の傷も付けさせませんわ! さあ急いで!!」
「「うわああああっ!!」」
化物の信じ難き暴威と恐怖、そして英雄達の言葉に後押しされ雪崩を打った様に我先に兵士達は逃げ出した。そこにはもはや秩序だった行軍など望むべくもない。
恐慌状態に陥いり、たった一つの自分の命を守るために必死に逃げ出しているのである。
こうなってはエル達もじっとしているわけにはいかない。
いや、それは英雄達をしても同じことであった。
「爆炎流星!!」
漆黒のローブの背中から突き出した透明な美しい羽根を羽ばたかせ、魔法女帝リーニャ・グリムテイルが虚空から巨大な火球の群れを出現させると、ガヴィーの成れの果て目掛けて攻撃を開始したのである。
聖女モニカと堅忍不抜ジークハイルは、警戒を怠らずに兵士や冒険者達の後を追った。オーグニルの指示通り、安全な所まで非難させるつもりなのだ。
そして肝心の大地巨人はというと、これまた惚れ惚れする様な戦士の貌になり、全身から大地を連想させる黄色の莫大な気を顕現させていた。
「坊主!! それに他の冒険者達も命を粗末にするな! 俺達があの化物を退治するまで生きてろよ!!」
大声で言い放つと、こちらの返事を持たずに無貌の大巨人目掛けて大地を爆散させながら疾駆した。
さらにはオーグニルの進撃先、つまりはガヴィー目掛けて大地から無数の剣山の如き岩群を発生させながらである。
風雲急を告げる戦況の変化である。
このまま迷宮都市側の勝利かと思われた状況で、カインの人命の損耗を省みない非常なる策にして、起死回生の一手が放たれたのだ。
ただその会心の一手を前にしても、さすがは最上級冒険者の中でもその人ありと謳われし英雄達である。迅速にこれしかないと思われる対応をしてみせたのだ。
兵士達の避難も、化物の対処も彼等の任せておけば間違いない。
ほぼ初対面に近いエルをして、そう思わせる程のカリスマと武威を英雄達は兼ね備えていたのである。
そのおかげで後顧の憂いなく、自分の為すべき事に集中できる。
そう、距離を話して対峙している残り僅かな騎士団と敵将カインを討ち、この戦争に終止符を打つのだ。エルも先程のオーグニルを見習って大声を張り上げた。
「敵を、カインを討ちましょう!!」
「ええ、行きましょうか」
「敵は命を捨てて力を手にした騎士か……。腕が鳴るぜ!」
この場に留まっているのは、10ほどの上位冒険者のパーティ。数にして50いくかどうかの少数である。
数の上だけでいえば敵騎士団は、未だにこちらの4倍近く数が残っている。
だが、この場に居残った冒険者達の中で怖気づく様な者は皆無であった。
誰も彼もが真竜等の狂猛なる魔物との死闘を潜り抜けた歴戦の戦士であり、数倍の戦力差など歯牙にも掛けていなかったのである。
ただ銘々静かに決意を秘め、突撃する瞬間を待っていたのである。
そんな中蒼銀の戦斧を担いだ、壮年に差し掛かってばかりかと思われる大男がエルに声を掛けてきた。
「いやあ、驚いたぜ。英雄達が8つ星の俺達を差し置いて、こんな坊主に敵将の聖騎士を任せるなんてな」
「どういう意味かしら?」
エルよりも傍で聞いていたアリーシャが真っ先に反応し、金色の猫科を思わせる瞳孔を細くして大男を睨み付けた。こんな状況で今更諍いなど起こされたら、それこそたまったものでもない。
そんなアリーシャの態度に男は肩を竦めると、愛嬌のある笑みを顔中に浮かべた。
「すまんすまん。場を和ませるつもりだったんだが、勘違いさせたようだ。まあ多少は不満はあるが、納得はしてるんだ。今の俺達には解らんが、あの英雄達が期待する何かがこの坊主にはあるんだろうよ」
「もぅ、ロウル! 何時も言ってるじゃない、軽口は気を付けなさいって! ごめんなさいね、この人根は良い人なんだけど、口が悪くてよく誤解されるのよ」
弓を担つだ妙齢の女性が、場を取り成す様に頭を下げながら割って入ってきた。きっと普段からこの男の言動の誤解を解いて回っているのだろう。妙に手馴れている。
まあ一応は納得しているのなら問題ない。アリーシャは好戦的な笑みを濃くした。
「そう、わかったわ。それと、エルが選ばれた理由はすぐにわかると思わわ。その目でエルの戦いを見たならね!」
「ほぅ。いいねぇ、そういうのは嫌いじゃねえぜ! 騎士達をさっさと片付けて、あの大地巨人が目を付けた理由とやらを拝ませてもらおうか!!」
ロウルから覇気が発せられた。
8つ星。冒険者の中でも一握りの稀有の才能の持ち主だけがなれる上位冒険者。
最上位に近きこの男の力は、エルやアリーシャといえど決して侮っていいものではない。
むしろ現時点では上かもしれない。それ程の実力者である。
この場の居合わせた者達の中で、最も上位のランクの者がこの男のパーティであろう。
エルは臆する事無く男を見つめ返しながら宣言した。
「オーグニルさんがどんな理由で僕を指名してくれたのか、正直よくわかりません。でも最上位冒険者の指名があろうとなかろうと、僕のやる事は変わりません。カインを、敵将を討つ! ただそれだけです」
「言うじゃねえか。いいぜ、気に入った! やってみろ!! 坊主の力を見せてくれよ!」
「はい!!」
「うん、それでこそエルよね」
アリーシャは満面の笑みを浮かべ、エルの意思を大男達も汲んでくれたようだ。
周りで傍観していた者達からも異論が出てこないので、おそらくは受け入れてくれたという事だろう。
ロウルの狙いは最初からこれだったのだろう。
つまり大地巨人が指名したといっても、エルは見た目が幼く正直言って頼りない。残った者達の中で不安に思う者もいるだろうし、その実力を疑問視する者さえ出てくるかもしれない。
そこで、実力者である8つ星の大男が早々にエルを認める事で、この場を上手くまとめあげたというわけだ。
もっとも、ロウルからしたらこの少年とは初対面であったが、その実力を微塵も疑っていなかった。
オーグニルが、集いし英雄達の1人が指名したからである。
ロウルにとって彼の英雄達は命の恩人でもあるし、過去祖国の窮地を救われた事もあったのだ。己の信仰する神と同じくらい英雄達を信望しているといっても過言ではない。
その英雄がこの少年を指名したのだ。
外見はどうあれ大役を任されるに足る実力を備えていると、ロウルは判断したのである。
そして大男は人懐っこい笑みを一変させ戦士の顔になると、戦斧を天に翳し大声を発した。
「よーし戦だ! といっても俺達は、従軍経験もある者や集団戦を学んだ者は少ないだろう。俺達のやる事は普段通り、パーティとして戦え! それだけだ まあ、周りが苦戦してたら助けてやってくれや!」
「「応っ!!」」
「いいねえ、やる気十分じゃねえか。それじゃあ、いくぜ? 突撃だ!!」
「「「おおおおっ!!」」」
男の号令一下、冒険者達は騎士団目掛けて駆け出したのであった。
敵も敢えてこちらが動くのも待ち構えていたかのように動き出した。
外道に堕ちても騎士として習慣が残っていたのか、あるいは敵も最後の決戦と考えており正面から全身全霊をもって戦いたかったのか、それはわからない。
ただはっきりしている事は1つ。
エル達上級冒険者の精鋭とカイン率いる騎士団は。小細工の類を一切せず真向勝負を挑んだのである。
お互いの距離を詰め様に放たれる、無数の魔法と技。
彼方では英雄と無貌の巨人が織りなす、世界の終末を想わせる頂上の激闘が行われている。
幾度もの閃光と爆音。
戦場音楽が奏でられ、元は美しい雪原だったはずの場所が幾つもの破壊と爆発によって凸凹の激しい無残な姿に見る間に塗り替えられていった。
そんな中、エルは先頭に立ち激戦の真只中に身を投じ奮戦していた。
全身から無数の気弾を逐次生み出しては放ちつつ、己が五体をもって騎士を薙ぎ払っていったのである。
血装転鬼、自分の命を僅か一月とする代償に望外の力を手にする邪法。
騎士達全員が魔に身を堕とし、初見とは比べられない程にパワーアップしていた。
だが悲しいかなそんな外道な行いをしてもなお、エルをはじめとした上位冒険者の中でも飛び切りの猛者達には届かなかったのである。
おそらく騎士達は元の実力が、冒険者での4つ星や5つ星程度であったのだろう。
たしかに強化によって強くなったかもしれない。
それでもロウルなどの8つ星の冒険者や、エルやアリーシャ達といった成長目覚ましい戦闘狂の面々を相手にするには役者不足だったのである。
数の面では騎士団が圧倒しているので直ちに瓦解するという事はなかったが、冒険者側の猛攻に晒され時が経つ毎に倒れ伏す騎士が増えていった。
刻一刻と優勢になっていく情勢に、このままいけば押し切れるのではという希望的観測さえ浮かんできさえしていた。
だがそれは直ぐに甘い妄想でしかなかったと、地獄の様な辛苦をもって冒険者達はその身に理解させられたのである。
黒き雷の暴威によって……。
元は聖なる蒼き雷だった筈の暗黒の雷が、突如冒険者達の直上から無数に降り注いだのだ!
「うわあぁ!?」
「「きゃああああ!?」」
耳を劈く様な轟音、それと無数の悲鳴と絶叫。
たった一発の技によって多くの冒険者が絶命し、肉の焼け焦げる嫌な臭いが広がった。
この場において、上位冒険者達の命を一撃で刈り取れる程の底知れぬ実力者といえば、たった1人しかいない。
そう、敵将カインその人だ。
カイン自身も血装転鬼を行い、只でさえエルやアリーシャが苦戦する程の凄腕を更に強化し、騎士団の後方から狙い澄ました黒雷によって甚大な被害を齎したのである。
「くそっ! 一発でこの様かよ!」
「連続で攻撃されたら私達でももたないわよ!」
自然と冒険者達のまとめ役におさまったロウルが盛大に悪態を付き、弓手の女性が悲鳴じみた声を上げた。敵将の極悪な魔法は高速で、かつ威力も目を見張るものがある。
8つ星のロウルのパーティをもってしても、何度も防げる代物ではない。
ましてや上位冒険者といっても5つ星や6つ星の者達では、一撃でさえ耐えれるか怪しいものだ。
このままカインに遠距離攻撃を続けられたら、それだけで冒険者側の敗北が決まってしまうに違いない。
どうにかしなければと打開策を考えるも、答えが見出せず焦る少年に、アリーシャが緊迫した声を掛けた。
「エル! ここは私達に任せて行って!!」
「えっ!?」
「大地巨人にも言われたでしょ? あなたがカインの相手をして!!」
「いいんですか?」
騎士団の中にも実力者がいるだろうが、何よりも優先しなければならないのが敵将カインである。
エルがカインと闘い抑える事ができれば、他の冒険者への被害を減らせるだろう。
現状ではカインを一刻も早く抑えなければ冒険者側の敗戦は必死なのだから、武天闘地によって高速飛翔できるエルがカインを対処するのは、起死回生の策としては悪くない。
問題は強化されたカインをエルが相手できるかどうかであるが……。
目の前の騎士達を斬り結びながらも、カーンが気楽な声を発した。
「な~に、あのカインと闘えるのはこの中ではエルだけだ。エルが勝てないと判断したら、時間稼ぎだけでもいいだ」
「エルなら大丈夫、いつも通りに闘えば勝てるわよ」
「そうでしょうか?」
「もちろん! 私達も残りの騎士を片したら観戦しにいくから頑張るのよ?」
燃え盛る剛剣で敵を倒しながら、アリーシャが心からの笑みを送ってきた。
あのカインと闘っても、エルなら絶対勝てると心底信じて疑っていない。そんな顔だ。
彼女の無償の信頼が嬉しく、戦場の最中だというのに可笑しくて仕方なかった。
それと同時に彼女の思いに応えたいと、体の底から勝手に力が次から次へと沸いてくる。
騎士を殴り飛ばしながらエルは笑い声をあげた。
「あはっ、ははははは!! わかりました。それじゃあ、カインを倒しに行ってきますね!」
「うん、お願いね」
「俺達も直ぐ行くからな!」
「はい!!」
「おっ、おいおい!? たしかに敵将を抑えるのは急務だが、どうやってそこまで行くんだ?」
「そうよ、敵が黙っちゃいないわよ!」
大声での掛け合いを近くで戦いながら聞いていたロウル達が疑問を発した。
エルの技を知らなければ、眼前の敵に阻まれて後方に控える敵将と闘えないと思うのが当然だろう。
アリーシャは笑みを絶やさず大声で宣言した。
「直ぐにわかるから大丈夫よ! さあエル、時間がないわ! この場は私達に任せて行って!!」
「わかりました。武天闘地!!」
「「なっ!?」」
驚きで目を見開くロウル達を後目に、少年は白と黒の気を撒き散らし空を飛んだのだ。
撃ち落とそうと騎士達が無数の矢や魔法を放つが、そんな攻撃など当たらないとばかりに、稲妻の様に不規則に方向転換しながら高速で飛翔したのである!
カイン自身も漆黒の魔力の奔流で迎撃しようしたようだが、それさえも華麗に回避してみせた。
しかも忽ちの内にカインとの距離を縮めつつ、置き土産とばかりに下方の騎士達に大量の気弾を降らせるおまけ付きだ。
これにはさしもの8つ星の冒険者といえども、驚愕からか乾いた笑みを浮かべるしかない。
「ねっ、エルなら大丈夫でしょ?」
「そっ、そうね……」
「大地巨人が関心を寄せるわけだ」
敵を屠る手を休めずにアリーシャが話し掛けると、ロウル達もようやく目の前の事実を呑み込めてきたのか、まだ固い口調ながら言葉を返してきた。
「さあて、エルが頑張っているんだから、私達も良いとこ見せなくちゃいけないわね!」
「ああ。さっさと騎士達を倒して、エルの応援に行こうか!」
「敵将の攻撃がなければ、実力が勝るこちらが有利だ」
「ええ、皆勝つわよ!!」
「「応っ!!」」
戦場はより一層激しさを増していった。