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第95話

 ペルネス平原は険しい山脈に囲まれた迷宮都市アドリウムと各国をつなぐ、ちょうど分岐点にあたる平原である。広大な手つかずの自然がそのまま残っており、周囲には山と森しかない。

 この辺りには人がいないという事もあって、多くの種類の動物や魔物が生息しているのだ。

 また季節は冬という事もあって、草は枯れほぼ無毛の大地には新雪が降り積もり、世界を白く染め上げていた。

 そんな中、両軍が対峙したのである。

 未だ敵の潜伏の可能性が捨てきれないために、予備兵と一部の冒険者を残さざるを得なかった、迷宮都市側の協会の兵士と冒険者の混成軍。

 それに対してカイン率いる騎士団であるが、大凡三千。アドリウム側は冒険者と合わせても千には満たないので、戦力比として3倍といった所だ。 

 冒険者が今も迷宮に閉じ込められているのと、迷宮都市の護りに兵を割かれたせいで差が広がった形だ。それに加えて、先日の奇襲でこちらの兵士の被害が大きかった事も戦力比を拡大させる要因になっている。

 だが問題なのはそこ(・・・・)ではない。

 異様、異常、奇怪千万。一言では言い表せないほど敵軍の様子は常軌を逸していたのだ。

 過日戦った騎士団の姿など、一欠片も残っていないといえばその狂逸さも少しは理解してもらえるだろうか。騎士達は聖王国を象徴する様な穢れのない純白の鎧を身に纏っていたはずなのに、今は不快感を催す暗褐色のものに変わってしまっていたのだ。

 それは、エルにとってひどくなじみのある色だった。

 血だ。

 時が経ち、凝り固まった赤黒い血の色に相違ないだろう。

 であるならば、あの鎧は血を塗りたくったおかげで変色したという事だ。

 何故そんな事をしたのかは皆目見当もつかないが、血の出所はすぐに見当がついた。

 横陣を敷いた敵軍の横には、うず高い小山がいくつも散見していたからだ。

 小山の素になっているのは死骸である。近隣の動物や魔物を狩り集め、積み上げたのだろう。

 そして殺した生物の血を鎧に塗ったに違いない。

 冬だからまだ腐る事はないが、むせる様な血の臭い、死臭が既に戦場を溢れ返っていた。

 ふと死体の山積した山の中で蠢く者がいる事に気が付いた。

 ガヴィーだ。

 いや、それだけではない!

 他にも見覚えのある顔が、山に取り付いているではないか!!

 そう、純血同盟の面々である。

 彼等はこちらに見向きをせず、生の死体を貪り食っているのだ。

 離れているので声は聞こえないが、時折ケタケタと気が狂った様な顔で笑声を上げては、忌避感を覚える様な人型の魔物であろうとお構いなしに食らっている。

 もはや正気とは思えない。いや、正気であるはずがない。

 こうなってしまえば、傲慢そのもの顔で憎まれ口を叩いていた姿すらまだ人らしく思えてくる。

 今はただ見ているだけで、吐き気さえ覚える程の狂人振りであった。

 そんな思いが勝手に口をついて出た。


「狂ってる……」

血装転鬼ブラッディデモンズシフト、魔に堕ちる事で分不相応な力を得る外法。魔道に堕ちれば、1月と生きていられないはずよ。待っているのは破滅しかないでしょうに、勝つためなら人の身も命さえもいらないみたいね」

「聖騎士が手段も厭わず邪法に手を出すなんて、世も末ですわね」

「そこまで堕ちたか。いや、そこまでの覚悟と言うべきか」

「どうやら敵は本気で俺達に勝ちにきているようだな」


 エルの乾いた唇から漏れた言葉に対し、敵の術を看破した魔法女帝マジックエンプレスを筆頭に英雄達が口々に感想を述べた。 

 少年は、兵士達が守りに重きを置いて方陣を組んでいるのとは別に、冒険者達がパーティ毎に距離を開けて散らばった内の最前線、アリーシャ達や最上位冒険者達と共に最も敵に近い場所に居たのである。

 参戦した冒険者達はいずれも3つ星以上のパーティで、行幸にも迷宮に閉じ込められなかった者達である。それ以下の者については都市で守りを固めてもらっており、この場にはアリーシャ達と同等の7つ星の上位冒険者達の存在もあった。

 といっても、パーティは多く見積もっても30には届かない。総勢150名にも満たない人数だ。

 一見すれば、戦局を左右するには心もとない数に移るかもしれない。

 だが迷宮都市アドリウム側の主役は、間違いなくこの少数精鋭の冒険者達である。

 魔物を幾千幾万も打倒し魔素を吸収し成長した者は、もはや人の域に留まらない。

 一騎当千という言葉さえ陳腐に映るほどの超人へと成り上がるのである。

 ことに英雄と称されるまでなった最上位冒険者ならば、一人で戦の勝敗を左右するといっても過言ではないだろう。

 カーンが自慢の槍を肩に担ぎながら、何とも形容し難い顔になった。


「何があったか知らねえが、ガヴィー達も可哀想になぁ。ありゃあ、完全に気が触れているぜ」

「亜人蔑視の最低野郎だったけど、あんな姿を見ると何とも言えないわね」

「この場は何もかも異常な事ばかりだけど、敵は何で陣を組んでいるんだ? あれじゃ、ただの的じゃないか。カインもそんな事くらいわかっているはずなのに……」


 ディムが疑念に満ちた顔持ちで、敵を警戒しながら言葉を発した。

 広範囲を攻撃できる強力な魔法や技を持つ敵と相対した場合、密集した陣形を取るのは愚策だからである。

 一撃で致命的な被害を被る事もあり得るからだ。

 それに成長し人の域を逸脱すれば、もはや馬も集団の力に頼る必要もなくなるのだ。

 自分の足の方が速いし、突出した力もある程度能力が近ければまだやり様もあるが、個人差が広がるにつれ集団運用に適さなくなるからだ。

 例えば人と竜を同一の集団に組み込んで行動させようとしても、歩み1つとってもかけ離れているのだから、直ぐに破綻する事など自明の理であろう。

 ただの兵士と冒険者、それも上位より上の冒険者ともなれば、人と竜以上の差があるのだから一軍に組み込む愚が理解できるはずだ。

 仮に運用するとすれば弱者に合わせるしなかないだろう。

 それは取りも直さず、強者の力を抑える事に他ならない。

 人には人の、竜には竜の、そして英雄には英雄に相応しい戦い方があるのだ。

 だからこそおかしい。

 敵が横陣を取り固まっている事が!

 これでは一網打尽にしてくれといっているようなものだ。

 横陣の後方には、総大将であるカインとその周囲を固める騎士に聖神教の神官と思しき者がいるだけだ。その数は敵の3割にも届かないだろう。

 実力差を考慮すれば別なのだろうが、一応の人数的な主力はこの最前線に横陣を敷き、鬼気を発する変わり果てた姿の騎士達という事になる。

 だが、いくら敵が血装転鬼ブラッディデモンズシフトで強化されたといっても限界がある。

 この場に居並ぶ英雄達には、例え奇跡が起きたとしても届きはしないだろう。

 それほど絶望的な差が彼我の間に横たわっているのだ。

 捨て駒にするつもりか?

 しかし、これだけの人数を捨てる理由が思い浮かばない。

 エルやディムが敵の思惑を看破しようと必死に知恵を絞っていると、突如雪原のあちこちが輝き出したのだ。


「これはっ!?」

「召喚陣ね。出てくるのは……あらっ、悪魔のようね。本当に私達に勝てれば何でも良いみたい」


 いち早く敵の仕掛けを看破した外見だけは非常に愛らしい妖精族の魔法使い、魔法女帝マジックエンプレスリーニャが背中の羽をばたつかせ溜息交じりの声を出した。

 彼女の言葉通りベルネス平原のそこかしこで魔法陣が浮かび上がり、異形の者共が這い出して来る。

 見るだけで嫌悪感を抱く様な、気色悪い肌の獣型の悪魔。

 人を遥かに超える巌の如き肉体を誇る巨人の悪魔。

 蜘蛛の身体に人の頭部を有する悍ましい悪魔等々、人類の敵と呼ぶべき悪しき者共が無数の召喚陣から続々と出現してくるのだ。

 こちらを倒すために用意周到に罠を張り巡らせた結果なのだろが……。

 騎士そのものを体現した様な金髪の美男、堅忍不抜フォーテチュードジークハイルが呟いた。


「仮にも聖騎士が率いる一団が悪魔を使役する、か……」

「はあっ、もう言葉も出ませんわ」

「敵も必死ってとこだな。時間もなかったろうに、よくここまで準備したもんだ」


 厚顔無恥な敵の策に呆れ果てた顔になる聖女モニカ、それとは逆に勝利の為に人の身も寿命でさえもかなぐり捨て、夜を通して罠を張り巡らせた敵の執念に、エルの2倍以上ある大男の大地巨人は何か感じいる所があるようだ。


「はいはいそこまで。どうやら敵はこのまま仕掛ける積りみたいよ。両脇の森を見て」

「えっ!?」


 魔法女帝マジックエンプレスの喚起の声を聞いたエルが慌てて左右を見渡すと、絶句する様な光景が広がっていた。

 悪魔だ。

 左右の山間の森から飛行型の悪魔が、何十何百とこちらを目指して飛んでくるではないか!!

 こちらが驚愕している間に、間髪入れず敵が進撃を開始した。

 大量の悪魔が地を疾駆し、暗褐色の鎧を纏った外道に堕ちし騎士達が散開しつつ突撃してきたのだ。

 地から、空から。

 こちらを殲滅するために、悪魔と人の混成軍が餌に群がる虫の大群の様に周囲全てから包囲戦を仕掛けたのである!

 カインの、騎士達の壮絶な覚悟と必勝への思いが如実に伝わってくる大攻勢だ。

 さしものエルやアリーシャ達でさえも動揺を隠せていないようだ。

 だがそんな中にあっても、英雄達には恐れ戦く様子など微塵も無かった。

 それ所かこの程度など危機の内にも入らないとばかりに獰猛な笑みを浮かべると、大地巨人オーグニルは長大な狼牙棒を担ぎ直した。そして、今から散歩に出掛ける様な気楽な声で仲間に話しかけたのである。


「さーて、それじゃあおっぱじめるか! リーニャ、開戦の狼煙を上げてくれ」

「はいはい、任せておきなさい。特大の狼煙を上げるわ」


 そう言うや否や背中の羽を動かし、魔法女帝マジックエンプレスは軽やかに空を飛んだ。そして、天高く舞い上がり平原を一望できる所まで到達すると、呪文を唱えた様子すらないのに彼女自身の持つ莫大な魔力が顕現し、極大の魔法が一瞬の内に放たれたのである。


「さあ決戦の始まりよ! 雷神招来ヴァル・ヴォルト!!」


 その瞬間、世界は金色の光に包まれた。

 リーニャを中心に全方面に発せられた雷、まさに神の雷としか形容しようがない程の莫大な力が世界の色を塗り替えたのだ。

 そして、発せられる大音。轟音という言葉さえも生温い、幾千幾万の楽器を全力で同時に打ち鳴らした様な極大の万雷の音が鳴り響いたのである。

 その場に居合わせた多くの者はあまりの音あまりの光によって、逆に音も色も無い静寂の世界に誘われてしまっていた。

 それだけではない。神の名を冠する雷の暴威に晒され耐えきれなかった兵士や冒険者達は、ある者は目を覆い、あるいは耳を塞ぎ、そこまでしても堪え切れなかった者に至っては地に這い蹲った。

 まるで神に許しを請う敬虔な信者のように……。

 絶大なる魔法の嵐が過ぎ去りようやく世界に彩りが戻った後には、空に佇むのは彼の女帝唯1人になっていたのである。雲霞の如く押し寄せてきた飛行型の悪魔は、彼女の放ったたった1発の大魔法によって、全てが消滅してしまったのだ!!


「……化け物かよ」

「さすがは魔法女帝マジックエンプレス、現存する最古の冒険者にして、最強の一角の勇名は伊達じゃないわね」

「すごい、ですね。詠唱した様子も溜めに時間が掛かったわけでもないのに、一瞬でこの大威力ですからね。凄過ぎますよ!」


 ともすれば鼓膜が破けたかもしれない大轟音に顔を顰める者がいる中、エルは頬を紅潮させ尊敬の眼差しを空を舞う愛らしい妖精に送った。アリーシャやカーンという赤虎族の練達の戦士達でさえも、自国出身の大英雄の英姿を眩しそうに眺めていた。

 誰も彼もが彼女の為した大いなる奇跡に心をかき乱されている所に大地巨人が大喝し、強制的に気を引き締め直させた。


「落ち着け!! まだ何も終わっちゃいない! たった今戦争が始まったんだ!!」


 雪原の反対側、敵将カインの所まで届くかとさえ思えた大音声が、動揺していた者達の心を落ち着かせた。まるで言葉に気や魔力が乗っているかの様な力強さである。

 正気を取り戻した兵士や冒険者達は銘々の武器を抜き放ち、地を疾走して迫りくる敵軍に備え始めた。

 そんな様子を満足そうに頷くと、再び大地巨人が口を開き大声で指示を出す。


「左右の森の中に術者、ないしは召喚陣がある。上位冒険者が手分けして当たってくれ! それ以外はこの場で迎撃だ!!」

「「「応っ!!」」」


 勇壮な声が木霊する中、大地巨人が狼牙棒を目にも止まらぬ速さで振るった。

 すると、左右に向けて巨大な気の奔流が射出されたのである!!

 雄大なる大地を連想させる、土気色莫大な気がだ。

 その巨大な気によって、両側からエル達を挟撃しようと襲い掛かってきた悪魔の群れが、為す術も無く一瞬で消滅させられてしまう。

 その後直ちに、気の通り過ぎた後に出来上がった道に幾つかの冒険者のパーティが走り出した。

 オーグニルの指示に従い森の中に潜む術者、あるいは召喚陣を破壊する積りなのだろう。

 森目がけて走る彼ら目掛けて、そしてその場に留るエル達に向けて、悪魔や騎士達から無数の魔法や気の攻撃が放たれた!

 直ちにアリーシャやエル達も各々の得意技で迎撃を行ったが、その必要もなかったかもしれない。

 最上位冒険者達が仲間が傷付く事を許さなかったからだ。

 大地巨人が幾条もの気の奔流を発して敵諸共滅殺し、魔法女帝が空から魔力弾を地上に雨霰と降らせたのだ。以前にエル自身が数十数百にも及ぶ気弾を同時に発して敵を攻撃した事があったが、これは桁が違う。数え切れない程の膨大な数だ。

 おそらくは幾万という魔力弾、それも一発一発が悪魔を滅ぼすに足る威力を秘めたものがである。

 今のエルでは真似しようにも不可能な量と破壊力を両立した魔力弾を放ちつつも、麗しき大魔法使いは上空で嫣然と微笑んでいたのである。

 2人の迎撃から運良く逃れたとしても、飛来した魔法や気は1発たりともこちらに到達する事はなかった。聖女と堅忍不抜の鉄壁の護りが阻んだからだ。

 それもこちらからの攻撃を阻害しないように、瞬時にかつ局所的に防御壁や結界を展開し相殺しているのだ。どうやったらそんな事が可能なのか、見当すらできないほどの技量である。

 もっとも敵とて無能ではない。

 むしろ戦力差を自覚しつつも、こちらを打倒しようと決死の行動を幾度も敢行してきていた。

 当初は横陣を敷いていた騎士達はいつの間にか散り散りになり、悪魔の巨体を隠れ蓑にこちらに肉薄しようと奮戦し、後方のカイン率いる本陣では術者達が死に物狂いで呪文を詠唱し続け、次々と新たに悪魔の軍勢を呼び出したのである。

 接近する敵の迎撃の合間合間に大地巨人からの莫大な気の攻撃が繰り出されたりもしたが、騎士達が寄り集り大人数による防御魔法で、被害を出しつつも懸命に魔法を詠唱する神官達を護り続けたのである。

 いや、それだけではない。

 オーグニルの気に対抗する様に黒き雷が放たれ、それによって威力を減じさせた事で辛うじて騎士達が受け止められたのである。

 あの雷はおそらくカインのものであろう。

 以前は荘厳で神聖さを感じさせる蒼き雷を放っていたというのに、真逆の様相である。カインも血装転鬼ブラッディデモンズシフトを使用し、人の身を捨て寿命も捧げる代償に更なる力を手にしたのだ。 その一端が、この黒き雷なのだろう。

 それに加えて用意周到に準備した召喚陣からの無数の悪魔による、空と地からの波状攻撃である。

 ここまで綿密な策と巡らした上での包囲殲滅作戦なのだ。

 もし並の最上位冒険者達であったなら、実力差をひっくり返した大逆転劇になっていたはずだった。

 並の最上位冒険者(・・・・・・・)であったとしたならばだ。

 この場に居合わせた最上位冒険者のパーティは集いし英雄達ギャザリング・ザ・ヒーローズ、夫々が各々が信仰する神の勇者や聖女に任じられる程の英雄であり、当代きっての実力者達である。

 この大陸中探し歩いたとしても、彼らに拮抗できる者などいるかどうかだ。

 それほどの強者、敵にとっては最悪の部類、悠久なる時を生きた古竜や魔神が立ちはだかった様なものだ。

 カインの黒雷が兵士達を狙っても、聖女や堅忍不抜によって立ち所に防がれてしまう。

 悪魔達や突撃を続ける血塗られた騎士達も、エル達に刃を届ける事さえ叶わない。

 大地巨人の強大な気と魔法女帝の天から降る災禍の如き魔力弾の嵐に、自分攻撃諸共粉砕されてしまうからだ。

 

「しっかし俺達全員の攻撃を合わせても、英雄1人の代わりにさえならないのかよ。分かっていた積りだったが、これほどに差があるものなのかよ!」

「ほらっ、ぶつくさ言わないの! 例え気休め程度の役にしか立たないにしても全力を尽くすのよ!」


 カーンの羨望と不満の入り混じった言葉を、アリーシャが鋭く注意を飛ばしつつお得意の爆炎を迫り来る敵に向かってまき散らした。

 もっともカーンにしても全く手を止めていないし、ましてや手を抜く事など一切やっていない。

 輝く魔鉱製の槍を振るっては気弾を飛ばしたり、気の奔流を発射したりしているのだ。

 その横ではディムが大量の岩石を出現させては何度も発射し、エルも接近戦を挑まず黙々と気弾や気刃を発射し続けていた。

 他の冒険者達も同様である。いや、一番実力が劣っている兵士達は集団魔法等で威力を底上げして攻撃を行っているようだ。 

 カインは過日、この戦争が地獄の様になると言っていた。

 だがこれでは、カイン達にとっての地獄だ。

 頼みの綱の悪魔の軍勢も英雄達に阻まれ、魔道に堕ちた騎士達も一人また一人と倒れていく。

 召喚を続ける神官達も精神回復薬を飲みつつも回復が追い付かないのか、あるいは自分の命を捧げ1体でも多くの悪魔を呼び出す心算なのか、時を追う毎に倒れ出していった。 

 まさにこの地は地獄そのものだ。

 炎や氷、風や岩石の魔法が飛び交い、気や魔力の塊が爆ぜ多くの生命を短時間で散らしていった。

 真っ赤な鮮血が白銀の大地を染め上げ、飛散した無数の臓物が醜悪さを醸し出していた。

 折角ここまで準備し決戦に挑んだというのに、カインも無念極まりないに違いない。

 このままでは勝敗は明らかだからだ。

 無数の悪魔の群れをもってしても、結局は英雄達には敵わなかったのだ。

 そしてエル達、冒険者達の尽力によって敵の被害は拡大していったの。騎士も悪魔も敵に区別なく駆逐され続け、やがて術者が力尽き悪魔を召喚できなくなると更に数を一気に減らしていったのである。

 迷宮都市側の勝利は目前に迫っているかに思えてならなかった。

 


 これで決着が着く。   

 彼らの身勝手な欲望から始まった戦も終わりを告げると、エルが安堵しかけたその時だ。

 何らかの異常を感知した魔法女帝が鋭い声を発した。


「オーグ!! おかしな力の流れを感じるわ!」

「どうした!?」

「あの死体の山よ! あそこに向かって力が流れているわ。最初は弱かったから解らなかったけど、敵が死ぬ度に何かが流れていっているわ!!」


 死体の山?

 気の触れたガヴィ達、純血同盟が死体を貪り食らっているあの山に?

 血装転鬼ブラッディデモンズシフトのために使用した、生贄の死体を積み上げただけじゃなかったのか?

 いやそれよりも、まだ秘策が残っていたんだ!

 それでも策が発動する前にエルでは感じ取れない異質な力の流れを、迅速に看破した魔法女帝のお手柄である。

 どんな奥の手が準備しているか知らないが、発動する前に潰してしまえばそれまでだからである。

 英雄達も少年と同じ結論に達したようで、さっさと破壊する事にしたようだ。


「オーグ、合わせて!」

「任せろ!! いくぞ、大地滅壊グランドブレイク!!」

暴龍竜巻ルドラサイクロン!!」


 一瞬の内に膨大な気と魔力によって極大の破壊が引き起こされたのだ!!

 大地を破壊しつつ高速で飛来する巨大な破壊の波が、風ではなく魔力によって発生した大竜巻が荒れ狂い、何もかもの粉砕し尽くしていったのである。

     

「やったか!?」

「さすがは最上位冒険者。すげー魔法と技だな!」


 もはや敵の残り僅かで敵の秘策も見破られ、今まさに英雄達の手によって打ち砕かれたと思った者達から口々に歓声が上がった。

 彼らがそう思うのも無理もない。

 死体の山に残った場所、今となってはただのむき出しになった大地であるが、そこには何もかも一切合切残っていなかったからである。

 これで敵の策は潰えた。

 自分達の勝利である。

 エルでさえもそう信じてしまった。


「待って! まだ何かいるわ!!」


 目敏く気付いたアリーシャの大声にはっとした少年は目を凝らして見ると、直ぐに彼女の言葉が正しかった事を理解した。

 ガヴィーだ。

 鎧も肌着も何もかも無くなった、醜く太った裸身を晒した中年の男が立っていたのである。

 しかも注視して見れば、その肉体が全く傷付いていないではないか!!


「どうして!? あの攻撃は、絶対にガヴィーなんかじゃ防げないはずなのに!」

「わからないわ! わからないけど、もしかしたらこれが秘策なのかもしれないわ! 皆気を付けて!!」  


 理由は全く見当もつかない。

 だが上位冒険者といっても、実力もかなり低いあのガヴィーが、英雄達の連続攻撃を受けても無傷で立っている。そんな信じ難き異常事態が、今目の前に起こったのだ。

 いくら注意してもし過ぎることはないに違いない。

 エルや最上位冒険者達さえもガヴィーの一挙一動を凝視し続けていると、やおら歩き出した。

 ただやはり気が狂ってしまっているのか、足取り事態もふらふらと酔っぱらっている様に覚束ない。


「ああ~~、ああ~~」 


 もはや言葉さえも忘れてしまっているのか、意味不明な言葉を口走りつつ近付いてくる。

 そんなガヴィーに対し、大地巨人が容赦なく気を打ち放った!!

 強大な気がガヴィーを包み込み、その姿を覆い尽した。

 本来ならこれで生きているはずがないのだ。あり得ないと言っても過言ではないだろう。

 だが、現実は違う。

 千鳥足でふら付きながらも歩くガヴィーは、先程と同様に全くの無傷であったのだ。

 

「一体何が起きている?」

「わからないわ。でもこれではっきりしたわ、彼が敵の切り札よ!!」


 いつの間にかオーグニルの傍まで降りてきたリーニャが、眼光鋭く敵を睨み付けている。

 エルやアリーシャ達もガヴィーの動向を監視し続ける中、今度は突然立ち止まると大声を発した。


「あ゛あ゛~~!!」

「なっ!?」


 爆ぜた、爆ぜたのだ。

 謎の言葉を発したと思ったら、ガヴィーは内からその身を爆ぜさせたのだ。

 しかもそれだけでは終わらない。

 皮を突き破った肉は増殖をし続け、どんどん巨大化していくではないか!!

 その悍ましい成長は止まる事を知らず、民家よりも一瞬で大きくなり豪邸さえも遥かに凌いでもまだ肥大していった。

 やがて要塞程に膨張しようやく止まると、今度は形を成していった。

 それは肉で形作られた、不細工で成り損ないの人を模した様な姿であった。

 口らしきものはあるがそれ以外は見当たらない、無貌の巨大な顔ができあがった。

 それに加えて、身体の至る所に苦悶の表情を浮かべた無数の顔が浮かび上がってきた。こちらの方が顔の輪郭がはっきりしていて、負の感情もはっきりと読み取れる。

 皮膚も何もない真っ赤な肉によって形作られた、多くの人や醜悪な悪魔共の顔がだ。


「……何だ? これは?」


 誰かが引き攣った悲鳴の様な声を発した。

 エル達の眼前に、巨大な異形の怪物が立ちはだかったのである。 






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