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ボロ雑巾  作者: 前向前進
7/8

第七話

「雲行きが怪しくなってきたわね」

 さっきまで晴れていた空が急に曇ってきた。

 スマートフォンで地域を指定した上で今日の天気を調べてあるサイトを開くと、この辺りの地域は夕方からの降水確率が六十パーセント以上で、今日の夜から明日の朝にかけて大雨が降るという情報が得られた。

「どうする? もう帰るか?」

 話し合いはもう終わったが、今日の会議では対策を作れなかったから明日も隠れて会議しないといけなくなった。

 予定の日時はあとで連絡するとして、今は雨が降る前に帰った方がよさそうだ。

「あなたはどうするの?」

「一戸が帰ったあとに帰るよ」

「やっぱり、一緒に帰れないわよね……」

「ん? 俺と一緒に帰っているところを見られるのはまずいだろ?」

「それはそうだけど……」

 一戸には別の心配ごとがあるらしい。多分、一人で帰るのが嫌なんだろう。

 この一週間ずっと一緒に帰ろうと一戸は誘ってきているが全て断っている。

 誰かに見られるのがまずいからというのもあるが、このままでは彼女は俺に依存してしまう可能性があるからでもある。

 俺だけが友達だと彼女に思われるのはこれから先のことを考えるとよくないのだ。もっと外に向けて友好関係を広めていかなければ彼女はこの先苦労してしまう。

 今年は同じクラスだが、来年は同じクラスになるかはわからないし、そもそも高校を卒業したら彼女とは必ず別々の道を行くだろう。社会人にもなって俺を頼りにされては困る。

 俺は彼女を助けたいとは思っているが、無闇やたらに助けては彼女のためにはならない。できるだけ彼女が自分自身で環境や仕事を解決できるようにならなくてはいけないのだ。

 友達と一緒に帰りたいという願いが叶えられるのはまだまだ先。一戸が皆と仲直りするまでは俺と一緒に帰るのは我慢してもらいたい。

「大丈夫。皆が一戸と仲直りすれば毎日友達と一緒に帰れるようになるから」

 俺がそう伝えると一戸はちょっと残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。

「うん、わかったわ。一緒にいるところも見られるわけにはいかないし、私、先に帰るわね」

「ああ、また明日、今日と同じ時間な」

「うん、楽しみにしているから」

 一戸が笑顔で去っていく。

 教室には俺一人と静寂が残った。

「さて、と。本当にどうするかな……」

 明日の会議までに色々と対策を練らないとな。『一戸を無視する』に対するこちらの手段ってのはやっぱり限られているというか一つしかないような気がする。『根気強く話す』しか。

 さっきの会議でもそれを挙げたけど、一戸はいい顔をしなかったな。多分、一戸はその対策を行ったときのことを考えた上であの顔をしたのだろう。無視されても必死で話しかけたところでまた無視される、という現実を思い浮かべたんだと思う。

 だとしたら、他にどういう対策があるのか? ……いや、考え方を変えよう。何をすればいいのかではなく、何をしたらいけないのかを主軸にして考えよう。

 これはやってはいけないというのが、『皆に謝る』と『怒る』と『手を出す』かな。

 今はまだ謝る段階ではないし、怒ったらもっと状況が悪くなる。手を出したところで一戸の力は貧弱だから逆にやり返されるだろう。

 思いつくのはこのくらい。まあ、あまり行動の制限をするのは一戸自身に負担をかけてしまうからこれくらいでちょうどいい。

「はあ……一人で考えるのはしんどいな」

 とは言っても一戸はもう帰ったし、こんな時間に残ってるのは部活やってるやつか、余程ヒマを持て余して学校に残っているやつくらいだろう。

 窓の外を見ると今にも雨が降り出しそうな天気だ。俺ももう帰った方がいいのかもしれない。

 俺は席を立ち、玄関に向かう。

 それにしてもあれはなんだったのだろう?

『私たち、付き合うことになっているんだよ』

 内藤が嘘をついているのか。

 俺が本当に忘れているだけなのか。

 俺が約束の内容を覚えていればちゃんと否定できたのだが、これがなぜかわからないが全く何も覚えていない。

 やはり、内藤が嘘をついているだけなのか? しかし、内藤が嘘をついているなら、どうして俺にそんな嘘をつくんだ? 俺のことが本当に好きだから?

 ……詳しくあとで聞く必要があるな。

 玄関に着き、靴を履き替えていると、さっき櫻庭と帰ったはずの内藤が向こう側からこっちに近づいてくる。

 俺が外に出ると、それに気づいた内藤が嬉しそうな表情で小走りで接近してきた。

「勇真くん、ここにいたんだ。家に戻ってないからまだ学校にいるんだと思って来たみたら案の定だったよ」

 内藤は疲れたと言わんばかりに溜息を吐く。

「それはご苦労様。で、なに?」

 こっちはこっちでお前に悩まされて疲れているんだが。まあ、内藤が学校に戻って来たから聞けることも聞けそうだけど。

「もう、そんなあからさまに面倒くさそうな顔しないでよ。実はね、帰る途中で櫻庭くんと話してたときにいい名案が思いついたの!」

 跳ねるような勢いで内藤は言う。

 絶対ろくな案じゃないな、と俺は即座に判断した。

「で、それを連絡するついでに勇真くんに会いたいなーって思って勇真くんを探してたの」

「櫻庭は先に帰ったのか?」

 まさかとは思うが置いてけぼりにされてないよな、あいつ。

 と思っていると、内藤は首を横に振った。

「ううん。櫻庭くんも一緒についてきたんだけど」

 そこで内藤は卑しい笑みを浮かべた。

 ……嫌な予感がする。本当に嫌な予感が。

「まあ、詳しいことは行けばわかるから」

 内藤は俺の腕を取って引っ張る。

 しかし、空はもう灰色に覆われていて、今にも雨が降り出しそうである。

 こいつらが何をしたのかは大体予想できた。予想できているからこそ、このまま帰ってはいけないのはわかっている。

「勇真くん? 早く行こうよ」

 内藤が腕をもう一度引っ張る。

 ふつふつと音を鳴らして込み上げる感情が今すぐにでもこいつを殴れと命令してくる。それを抑えるのはなんら問題なかった。問題はない。問題はなくても、それでいいのかという疑念が生まれていた。

 ここで黙っていても仕方ないので内藤についていくことにはするが、何かまずい事態になりそうならすぐに止めよう。

「雨が降ってきたら中止しろよ。俺は風邪まで引いてまでお前らの案に乗っからないからな」

「大丈夫! 私、傘は一本だけだけど持って来ているから。えへへ、勇真くんと相合い傘できる……っ!」

 ガッツポーズをする内藤に俺は溜息をつく。

 こいつと相合い傘するくらいなら風邪引いた方がマシだな。相合い傘をしたから次はあーだとかこーだ言ってきそうだし、雨が降る前に俺は帰らせてもらおう。

「あ、その前に一ついいか?」

「なになに? やっぱり付き合ってくれることにしたの?」

「それはないけどその話。お前って本当に俺のことが好きなのか?」

「好きだよ。こんなことずっとしていたいくらい」

 内藤はぎゅうっと俺の腕に抱きつき、頭を預けてきた。

 ふわっと花のような匂いが舞う。

「……本当はね、勇真くんのことずっと前から気になっていたの」

「ずっと前から? さっき一目惚れみたいな話をしていなかったか?」

「惚れ直したの! ねえ、本当に私と付き合ってくれないの?」

「付き合えない。付き合わない。付き合いたいとも思わない」

「そこまで言わなくても!」

 束縛しないとか言いながら束縛しそうだからな、内藤は。浮気でもするもんなら禁固一ヶ月の刑に処されそうだ。冗談抜きで。

 内藤が若干泣き顔になったところでそっと彼女の腕を外す。

「ここで言い切らないと何度も言い寄られそうな気がしたからな。もう二度と言えないようにしたかったんだよ」

「……私、諦めないからね! 絶対!」

 俺の話は聞いちゃいないのかい。聞いたところで関係ないみたいな反応されるとこっちはかなり困るんだが。

 俺に振られて傷心中の内藤は言葉の勢いとは違って動く気配が全くない。

 しかし、お前らの考えた最低な案が勝手に実行中っていうのを聞いた俺だって嫌な気持ちになったんだ。今だって櫻庭が一戸に何をしているのかはわからないし、どうせなら俺一人でもいいから行きたいくらいだ。

「なあ、そこで落ち込むのはいいけどさ。早く案内してくれないか? どうせあいつを捕まえているんだろ? 櫻庭が」

「あれ? わかっちゃった? 行ってからのお楽しみって言ったのに。あ、櫻庭くんから写真が来たよ」

 けろっと口にする内藤はスマートフォンをいじると、櫻庭から送られてきたであろう写真をアップにして見せてきた。

 そこには目隠しをされ、裸の状態の一戸が写っていた。

 頭がおかしいってことが本当に自分でわからないのか? と俺は眉をひそめた。

 子供が悪意のない好奇心だけで虫をいたずらに踏み潰すのに対して、お前らは好奇心を悪意、虫から人に対象を移したとても醜い行為だ。

 頭をもぎとるのではなく髪を引っ張る。

 羽を千切るのではなく衣服を剥ぐ。

 踏み潰すのではなく蹴り飛ばす。

 きっと今の一戸の状態は羽をむしりとられたトンボよりも悪い状況にある。

 いつ犯されるかわからない。

 殺すという感情のない子供と違って、櫻庭には明確に一戸を犯したいという感情を持っている。

 一戸を助けたいという感情を表に出さず、俺は内藤を急かした。

「おい、早く案内しろ」

「あれ? 勇真くん、これ見て興奮しちゃったの?」

 俺は無言で内藤の胸倉を掴んでいた。

 ボコボコと内で沸騰しかけた感情が内藤の言動に一戸を心配する思いが一つもなかったことに、思わず感情が爆発したのだと自分で判断した。

 冷静になった俺は内藤を解放し、言葉を選んで口を開いた。

「それだけはやめろと何度も注意したはずだ。俺らがやっているのはれっきとした犯罪だ。それを周囲に悟られないようにするために少数で会議をした上で同じ仲間に教え、勝手な行動をさせないようにしているのは知らないとは言わせないぞ?」

「ご、ごめんなさい……」

 怯えた表情で内藤は呟く。

 俺、直人、櫻庭、内藤の四人は主軸となって計画を実行しているメンバーだ。そのため、この行為がバレたときは最初に名前が上がることだろう。

 なんのために仲間内で上下関係を目に見えるような形で作っていると思っているんだ、こいつは。個人で勝手に行動できないようにするためだろうが。

「今度から勝手な行動をしたら会議には別の仲間に来てもらう。お前らの勝手な行動が全員の息の根を社会的に止めることになるんだからな」

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