第三話
うーん、アイディアが浮かばない。
一通り泣き終えた俺は、一戸彩芽の席をある程度綺麗にしたあと、自分と彼女のバックを持ち、彼女がいる部屋へと向かっていた。
「……俺は最低だ」
彼女は明日から地獄の日々を送らなければならない。彼女の居場所があの教室には、もうどこにもない。
彼女の友達を裏切らせたのは俺だ。先生も、彼女の一番の友達も、部活仲間も。俺が計画を立てたから、俺が皆をたぶらかしたから、彼女の居場所がなくなったんだ。
……どう謝ろうか。
そう思っていると、謝るべき相手である一戸 彩芽がこちらに向けて歩いて来ているのが見えた。バケツも雑巾も持ってないところを見ると、片付け終わったみたいだ。
俺は急いで彼女の元へと走った。
「遅い! バック取りに行くだけで、なんでそんなに時間がかかるの!? ……って、あなた、何があったの?」
彼女は混濁した顔つきで、俺を見る。俺は彼女の目がまともに見ることができなくて、視線を下に向けた。
「……ごめん。本当に、ごめん」
また涙が溢れてきた。さっきの大泣きで涙を枯らしたはずなのに、俺には、まだ懺悔が足りないらしい。
──どうしてこんなに悲しいのだろう。
思えば、彼女に「ボロ雑巾」と言われる前、彼女のことは悪い人間だとは思っていなかった。もちろん、どういう人なのかも全然知らなかった。
彼女に「ボロ雑巾」と言われて、それから彼女の悪い噂ばかりを耳にするようになった。普段なら耳にしないことを集めて、彼女に対する憎悪を増やしていた。
彼女が悪い人間なんだって決めつけて、復讐を決意した。そして、恨みを晴らして、気づいた。彼女は悪い人間だけど、とても弱い存在。本当に悪いのは、彼女に復讐する「俺ら」なんだって。
「本当に聞き分けのない人。あなたはもう何も悪くないのに、なんでそんなに泣くの? あなたは、私を助けてくれるって言ったじゃない」
顔を上げると、その淀んだ視界に、彼女は優しく微笑んでいた。
彼女の左手が頬に触れた。ほんの少し、冷たかった。
「教室で何があったのか、その顔を見れば、大体わかるよ。きっと、私の席とかロッカーとか荒らされていたんでしょ? あとは、黒板が私の悪口で埋まっていたり、あなたが今持っている私のバックだって、ゴミ箱に捨てられていたのよね?」
溜息を吐くように、彼女は言う。まるで、最初からわかっていたみたいに。
「……なん、で?」
震える声で、俺は問う。
「前々からわかっていたことだもの。私は……性格が悪いから、皆、私を嫌っているんだって。いついじめられるんだろうって。そして、今日、それが起こった。その中心が……あなた」
謝ろうと口を開くが、声が出なかった。涙が溢れたからじゃない。彼女が自分自身を蔑んだことを同情したからじゃない。俺のことを言うときに、彼女が躊躇ったからだ。
「もう、そんな顔しないでよ。私はあなたを責めているわけじゃない。責めるつもりもない。だから、あなたが自分を責める必要もないの。くしゅんっ。……ねぇ、早く帰らない?」
そう言うと、彼女は全身を震わせる。これまでクシャミをしていなかったことから、多分、彼女は我慢していたのだろう。
多少は乾いてきたが、それでも、彼女はびしょ濡れのままである。このままだと本当に風邪を引いてしまう。
そう思った俺は、鼻水が出てきた彼女にバックを渡したあと、彼女の手を引っ張って、慌てながらもすぐに学校を出た。