第5章「約束」 後編
「失礼致します」
そう言って、カレンは開け放たれている大きなドアをくぐる。
「首尾はどうだ、女王」
「その呼び方はお止め下さい。その名が真に相応しいのは、貴女です」
机に向かうCEO――『自由の女王』の称号を持つ大シンボル――『女王』ルーシーは、陶器のように滑らかな頬に微笑を浮かべた。
「君も私も女王の称号を持っているのは事実だよ、カレン。君も私も同じ、同等なのだ」
「私個人の意見ですが……大シンボルの称号は無意味なものであると考えています」
「意味はあるさ。自戒なのだ、称号は」
カレンはまじまじと、ルーシーの表情を伺うように見つめた。そこから真意を見出そうとするかのように。
「申し訳ありません。どのような意味なのでしょうか?」
「カレン、君の悪い癖だ。私に仕えてくれることには感謝するが、私を答えとし、私を頼りにするのはどうかと思う。言っただろう。同じ女王であるのだから、君自身の意見、考えも重要なのだ。考えた末に君自身が無意味であると思うのなら、それも立派な意見だ」
カレンは否定するかのようにかぶりを振った。
「貴女こそが絶対です。貴女こそが、我々にとっての先導者なのです」
その言葉が気に入らなかったのか、ルーシーの笑みがふっと、消えた。
「……それで、陰島の件はどうなった」
「はっ。先日電子メールによって送られてきた晩餐会の招待状、それに記載してありました住所にある邸宅。間違いなく、陰島俊二氏保有の物件です。以前は小学校が建てられていた場所であり、敷地面積は13284平方メートル」
「カレン」
説明を遮るように、ルーシーが名を呼ぶ。
「写真を見せてくれ。その方が早い」
カレンは慌てた様子で抱えている電子ボードを机の上に置いた。それを素早く操作し、屋敷の衛星写真を表示する。
中庭を四角く囲うように建てられた館。上辺と下辺はそこからさらに西へ向かって辺が伸びており、西の正門からその間を通って、玄関へと道が続いていた。
「なるほど、中庭も広い。この部分は?」
ルーシーは中庭の東側を指差した。館の東側から中庭へと細い屋根が伸びており、その先端には部屋があるようだった。
「そちらの2階が書斎となっております。1階部分は柱しか無く、入口は館東側の2階から伸びる通路以外、存在しないようです」
「内部構造について、もう少し詳しく教えて欲しい」
「館は地上2階の構造ですが、地下室が1箇所だけあります。随所に監視カメラが設置してあり、それらの映像が館東側地下にある監視室へと送られるようです」
ほほう、とルーシーは感心した風に声を出した。
「よく調べたものだ」
「調査予算に余裕があったので、陰島が雇った傭兵の何人かを買収致しました。そのため、敵戦力についても把握しております」
「素晴らしい。良い仕事だ、カレン」
カレンは微かに頬を赤らめつつ、言葉を続けた。
「武装した警備兵が約20名。陰島が国外の警備会社から雇った者達です。武器に関しては恐らく密輸でしょうか、充実しているようです。自動小銃が全員に配備されていると考えるべきでしょう。また、狙撃銃も数丁用意されてるとのことです」
「ふむ、それは厄介かも知れないな」
ルーシーは親指を唇に当て、考えるような仕草をする。強力な魔導士にとっても、狙撃銃は危険な武器である。近距離にいる相手の武器は振動破砕により破壊することも可能だが、遠距離の対象にそれ程の魔力を行使することは不可能に近かった。そして何より、敵の位置が分からなければ魔力を使う間もなく、撃ち抜かれる。
「魔導士は……何人いる」
「狙撃の実行犯である周紅霞、狙撃事件の首謀者である陰島俊二、陰島の秘書である神崎忠光、そして、我々を裏切った何者かの4名です」
「違う」
説明を間違えたと思ったのだろうか、カレンは少し焦った表情でルーシーの顔を見た。
薄く笑みを浮かべたルーシーが、落ち着いた語調で言った。
「『何者か』ではない。『守護の王』――ローエングリンだ」
カレンは信じられないといった様子で両目を見開いた。
「まさか、ローエングリンが裏切り者だと?」
「その通りだ。私に忠実な、信頼に値する男だった」
「何故……何故ローエングリンだと確信しているのですか?」
「私には1つ、彼に恨みを買われる覚えがある。それに、送られてきた電子メールがそうだと告げている」
「どういう事でしょうか」
「……まぁ、いい。教えよう」
何処かカレンの態度が気に入らないのだろう、ルーシーはつまらなそうな表情で椅子の背もたれに寄り掛かる。
「ローエングリンから電子メールによる連絡があった。私が命じた特務に関する連絡だ。そのメールにはこう書いてあった。『聖杯に関する有力な情報を取得。それに基づき、行動する』と。それが1ヶ月前のことだ」
「1ヶ月前……」
「宣戦布告というわけだな」
カレンは首を傾げた。
「分かりません、何故それが宣戦布告となるのですか?」
「……カレン」
威圧的な声音にカレンはびくっ、と身をすくめた。ルーシーは不機嫌さを表すように細めた目で、こう続けた。
「君が全てを知る必要は無いのだよ。それでも答えを知りたいのであれば、まず自分で考えたまえ。考えることは一種の敬意なのだから。せめてそれだけは分かってくれないか、『靴の女王』よ」
「まさに浅慮でした、申し訳ございません……!」
深々と机の前で頭を下げるカレン。ルーシーは冷たい視線でそれを見届け、次に視線を扉に移した。
「顔を上げたまえ、カレン。女神が何か言いたいようだ」
カレンは頭を上げ、左を向いた。少女が1人、カレンの横でじっと立ち尽くしている。
「さて、どんな御用かな」
優しく促すルーシーに、少女は「それ」を見せた。
それを見た瞬間、ルーシーは絶句し、しかし、すぐに狂喜の笑みを浮かべて立ち上がり、高々とこう告げた。
「決まりだ。陰島の討伐は私自らが出る」
「お待ち下さい、確実に罠である以上、それはあまりに危険――」
「黙れ、カレンッ!!!」
強烈な一喝。カレンの制止は『女王』の迫力の前にあまりに無力だった。
「あの愛しい愛しいアリスが、アリスがホンシアに関わっているのだぞ。もしかしたら、もしかしたら会えるのかもしれないのだぞ、アリスにっ!!」
狂喜が狂気へと変わり、『女王』の威風が拳と共に振りあがり、声と共に撒き散らされ――
「決闘するに値する魔導士たち、かつての名臣、そしてアリス、あのアリスだっ!! 私が出ずに、一体誰が代わりになると言う!? 一体誰が、彼らの誇りを傷つけずに済むという!? 彼らの望みを叶え、彼らと対等であり、彼らを賛辞出来る者は、私以外にいないのだよ!!」
暴風の如く吹き荒れるルーシーの言葉に圧倒されたのか、カレンと少女は黙ったまま、狂乱をその身に受け続ける。カレンはどこか苦々しげに歯を食いしばり、少女はどこか悲しげに目を伏せながら。
「素晴らしい戦いになる。我が命を危険に晒す価値は充分にある。準備をしよう、計画を立てようではないか。彼らの講じた策に見合う、我らの策を生み出すのだ。罠があるのなら華麗に乗り越え、立ちはだかるのなら正々堂々と討ち果たし、対等の勝負をするための策を。彼らのために、我らのために」
目覚ましの音と共に目を覚ましたアリスは、カーテンが勝手に開け放たれ、日光が差し込むのを感じた。不思議に思いながらも起き上がった彼女は、見知った顔が朝日に照らされているのを発見する。
「奈々子……なんで?」
寝ぼけ眼を凝らすアリスに、奈々子は優しく微笑んだ。
「ちょっとね。気まぐれで」
そう言って彼女はアリスの横を通り過ぎ、台所に向かう。ベッドの上のアリスは状況が理解できずに、きょとんとしている。
「何か食べたいものある?」
普段とは違う、気遣いの感じられる優しさ。奇妙に思いつつも、アリスは頭に浮かんだ食欲を言葉にしていた。
「オムレツ……甘いの」
「甘いのね。頑張ってみるわ」
調理し始める奈々子をぼんやりと見つめながら、アリスは今の状況を把握しようと思考を巡らせた。
奈々子、朝、オムレツ、優しい奈々子、変な奈々子、特別な朝、ホンシア、迎え、ローエングリン、『女王』――
浮かんでは消えるイメージの中で、アリスは自分の為すべきことを少しずつ意識する。
顔を洗って、髪を整えて、決戦のための服を着て、『バールのようなもの』を持って、そして――
思考を断ち切るかのように、枕元で携帯端末が鳴った。アリスが手に取って確認すると、ホンシアからの電子メールであった。
「30分後に、屋上で」
その文面と部屋の時計を見比べるアリス。午前7時32分、その30分後。
顔を洗って、髪を整えて、決戦のための服を着て、『バールのようなもの』を持って――8時に屋上へ向かう。
為すべきことが確定したアリスは、ベッドから床へと足を下ろす。
まずは顔を洗わなきゃ。そうしないと、何もかもスッキリしないわ。
心の中で呟いた言葉を反芻するかのように、アリスは頷く。その目に、奈々子の背中が映る。
顔を洗って、髪を整えて…………朝ごはんも、食べないとだわ。
予定を修正しながらアリスは洗面所へと入る。冷水で顔をすすぎ、髪に櫛を入れて軽くとかすと、自分自身が満足出来る可愛らしさが鏡に映った。
鏡に向かって微笑むアリス。デザインされた美が自然体という理想の状態で映える、それは大事な日に相応しい、完璧な表情だった。
アリスはその顔が似合う唯一の状況を想像した。輝かしい勝利の瞬間、土に汚れ地に這いつくばる『女王』の姿を見る自分を。
自然と胸が高鳴っていた。空想するだけだった報復が現実に近づいていること。自分が越えられなかったものを突破する、待ち遠しい瞬間。『夢の女王』が夢見た、夢想の光景。それがついに、現実に――
「アリス」
その呼びかけで我に返るアリス。想像の間に嫌らしく歪んでしまった笑みも、元に戻る。
「そろそろ出来るから、座って待ってて」
奈々子の声に「ええ」と応えて、アリスは洗面所を出る。台所の付近では甘さの混じる玉子の匂いが漂っており、それを嗅ぎながらアリスはテーブルの前に座った。程無くして、奈々子が朝食を並べ始める。
「はい、オムレツとトースト。あとコーンスープね」
楕円形のオムレツは奈々子の手料理だったが、コーンスープはインスタント食品である。それでもアリスは奈々子が初めて作ってくれた料理に嬉しさを覚え、ついつい口元が緩んでしまう。
「何、そんなに嬉しそうにして」
自分の分も並べ終えた奈々子は、アリスと向かい合うようにして座った。
「嬉しいわ、とても。だって奈々子が私のために料理を作ってくれるなんて、初めてだもの」
「そうね。ちょっと、柄じゃないかも」
「そんなことないわ。女の人は料理を作るものでしょ?」
「へぇ……作れないクセに」
意地悪な笑いを浮かべる奈々子。アリスは頬を膨らませた。
「少しくらいは作れるわ」
「それじゃあ、今度はアリスの手料理を食べさせて貰おうかな」
笑顔なのに、どことなく寂しさが混じった声。アリスはほんの少し、違和感を感じた。
「冷めない内に食べましょう。いただきます」
奈々子は手を合わせて料理に頭を下げる。アリスも同じようにしながら「いただきます」を言った。
まずは一口、アリスはフォークでオムレツを切り取って食べてみた。
「甘い……」
自分で注文した味なのに、思わず声が出てしまうアリス。
「ご注文どおり、砂糖と牛乳多めで。美味しいでしょ?」
アリスは頷いた。自分でも何度か試したことのあるアリスだったが、甘さと美味さを両立させることは出来なかった。そんな彼女の理想形が、さりげなく目の前に存在している。
「凄いわ、奈々子。どうやって作ったのかしら?」
「配分をちゃんとしただけよ。簡単だから、今度教えてあげる」
「本当? 約束よ、奈々子」
そう言ってアリスは、マーガリンが付いたトーストの上に残ったオムレツを乗せた。それを見た奈々子も同じようにトーストの上にオムレツを乗せ、食べ始める。
戦いの直前だというのに、アリスは奇妙な安らぎを感じていた。穏やかな食卓、何でもないただの朝食。『トルソー』でのローエングリンとエルザを見ていた時のような、満ち足りた気分。
それはつまり、夢のような、いつまでも続けば良いと思えるような、そんな時間にいるという証。
しかしそんな時間も、スープを飲み干した時、終わってしまった。まるで夢から覚めるように。
空の食器を挟んで2人は見つめ合う。アリスは言うべきかどうか迷った。今日の戦いのことを、そして『女王』のことを。それが表情に現れたのか、奈々子はニコリと微笑み、アリスにこう尋ねた。
「今日はどうするの?」
「えっと……大事な用があるの」
「そう……大事な用ね」
アリスは言えなかった。個人的な問題に奈々子を巻き込みたくなかったのかも知れないし、自分自身の根幹に関わる事だったからなのかも知れない。理由はアリス自身にも分からなかった。
だが、彼女は思った。今自分がやっていることは、ローエングリンが自分にやったことと同じなのだと。余計な心配りは相手にとって、とても悔しいことなのに。それを味わわされた自分が、それと同じことをやっている。
どうして、何もかもを言ってしまえないのか。昔はもっと、何一つ隠さなくて良かったはずなのに。
奈々子は無言で立ち上がり、テーブルの上の食器を片付け始めた。アリスも立ち上がって、クローゼットから服を取り出す。
エプロン部分が白い水色のエプロンドレス、白いリボン付きカチューシャ、そして『バールのようなもの』――アリスが『構造体』にいた時に着ていた服であり、武器であり、それらは最も自分らしい格好であると彼女は自覚していた。称号『夢の女王』と共に与えられた、自分の一部なのだと。だから空を飛ぶ時はこの姿でいたかった。人間の群れの中から離れて、本来の自分らしくあるために。この服を着ている時こそ、本当の自分。『女王』と戦う時は偽りの無い、本当の自分で在りたかった。
全力を出すのなら、自分らしく。着替え終えたアリスの中で研ぎ澄まされる、戦いへの意志。自分自身が凶器に、『バールのようなもの』になるかの如く。
完全なまでに戦う準備を済ませたアリス。それなのにクローゼットから振り向いた時、彼女のその心が揺らいでしまった。
目を伏せ、怒りと寂しさを織り交ぜたような顔をした奈々子が、立ち尽くすようにアリスを見つめていて――そして、呟いた。
「ルーシー……ルーシー・ガーフィールド」
その名前が聞こえた時、アリスは理解してしまった。
奈々子が何もかも、全て分かっていることを。
「知っているの、奈々子……」
「米大手証券会社のCEOにして、貴女たち大シンボルのリーダー。そうでしょ?」
アリスは「違う」と小さく言いながら、首を振った。
「あんなの、リーダーなんかじゃないわ。自分の地位に自惚れて、偉そうにしてるだけ」
「つまり、それだけの地位があるってことでしょ。そして、それだけの力も」
気まずそうな顔をして、アリスは奈々子から視線を逸らす。『女王』のことを話す奈々子の顔なんて、アリスは見たくなかったから。
「昨日の夜、貴女は彼女への襲撃計画に誘われた。そうよね?」
アリスは静かに頷いた。
「……行くつもりなのね、『女王』を倒しに」
無言で、再び頷く。
「もしさ……」
奈々子が言葉を切った。ちらりと、アリスは視線を奈々子へ戻す。唇を噛み締め、辛そうな彼女の表情に、アリスは胸が締め付けられる思いがした。
「もし私が『行くな』って命令したら、貴女は行かないでくれるのかな……」
あまりに弱気な声。だが、戦意に溢れていたアリスには分からなかった。
どうして、奈々子はこんなに悲しそうなのかしら。
理解が出来なくとも、アリスの決心は大きく揺らいでしまう。奈々子を無視して行ってしまえば良いのに、彼女にはそれが出来そうに無かった。
「……命令なら、無視するわ」
無視など出来るはずが無いのに、意地を張るようにアリスは言ってしまう。
「だったら、命令じゃない。私からの、お願い」
謝るように、悔いるように、懇願するように、奈々子は目を伏せて言う。
「行かないで」
消え入るような声で――
「奈々子……」
アリスは思い出す。以前奈々子と一緒に、ホンシアを確保する計画を立てた時のことを。あの時は久しぶりに誰かと戦えることに心を躍らせ、気付くことも出来なかった。
辛そうな今の奈々子を見て、アリスはようやく気付けた。あの時、奈々子は自分のことを心配してくれていたのだ。過剰なくらい、過保護なくらい。そして今も、奈々子はそれ故に弱々しく俯いているのだ。アリスのことを、思う余り。
だけど、それでも――
「……ごめんなさい、奈々子」
突き放すように、アリスは言った。
痛かった。泣きたかった。それを無理矢理、堪えた。
「私を待ってる人がいるの。兄妹みたいに大事な人も放っておけない。貴女がたとえ泣いたとしても、それでも私は行かなくちゃ駄目なの」
奈々子は何の反応も見せない。何もかもに耐えているかのように。
「それに、『女王』を倒さないと……私はもう、昇れないと思うの」
悪夢のようにアリスの心を悩ませる『女王』の残像。それを討ち果たさなければならない。『女王』が取るに足らない存在である事を、この眼で確かめなければならない。さもなければ、自分の限界を『女王』によって示され続けてしまうから。
自分が戦いへ行くことに奈々子は耐えられるだろう。奈々子を悲しませることに自分は耐えられるだろう。しかし奈々子の安心のためだけに『女王』の打倒を諦める事は、アリスにとって到底耐え難いことであった。
だから私は、行くしかないの……
アリスは歩き出し、顔を見ないようにして奈々子の脇を通り過ぎる。
ありがとう、その言葉を強く思いながら。
玄関のドアの前で靴を履き、ドアを開けようとした時、背後から奈々子の声が聞こえた。
「分かっていた……きっと止められないって、私にだって分かってた」
アリスは振り向きそうになってしまうのを必死に抑える。振り向いたとしても、ドアを開けるのには変わりない。ただ、辛くなるだけ。
「本当に信頼しているのなら、笑顔で見送れば良かったって、そんなの、簡単なことのはずなのに、どうしてもそれが出来なかった」
嗚咽。
「……行きなさい、アリス。負けないで、戻って来て」
奈々子のその一言に、アリスは深く頷いていた。奈々子から見えているかどうかなんて関係無い。奈々子の命令を約束として刻むための動作。
約束は破れない。だから、負けない。
「行って来ます……」
そう言ってアリスはドアを開け、外へと足を踏み出した。背後でドアが閉まり、奈々子の気配が感じられなくなった時、アリスは頬を濡らしてしまう。
心配と信頼を同時にしてくれる人が傍にいる。それが嬉しかった。
感謝の念が尽きることなく涙として流れ、アリスは戸惑ってしまう。悲しくないのに涙が止まらないこと、それは彼女にとって初めての経験だった。
零れ落ちる涙を一所懸命拭いながら、アリスはゆっくりと屋上へと歩き出す。
約束を、守るために。