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第八話 生きていく価値があるのか、ということさ

本物語は「タテ書き小説ネット」のPDF縦書きのみですべて文章調整しています。横書き、携帯ですと読みづらいかもしれませんがご了承ください。


 若いころはよく食べる。旺盛な食欲。


 

 この世の普遍的な……それが常識だとしても、この姉妹にはあまりに常軌を逸した当てはまり方だと、丈太郎は思った。

 1年D組の教卓の上にふんぞり返り、パヤングトリプル超々大盛焼きそばを、もしゃもしゃ食べ始めたデビルツインズ。しかし実際はそれ以前より、彼女たちは既に多量の昼飯を摂取、いや……正確には「強奪」していたのであるが。


「――――や、……やめろおおおおぉぉッッ!!!」

 涙に咽ぶひとりの少年。山本和弘。


 教室の天井から吊り下げたロープ状のモノを巧みに利用し、クラスメイトの弁当をターザンの如く、次々と強襲・強奪していく撃墜王たち。


「きゃはははははっ♪♂」

 死屍累々、哀れな敗残兵だけが転がる1年D組の教室。


「くっはっはっはッ!♀! この風、この肌触り、

 この匂いこそトカチキよッ!♂」


 吠える忍&奇声をあげる妙。

 その両の手にはオニギリ数個と鳥から揚げ、揚げシューマイ、そして口元には当日の最大戦果であるエビフライが、誇らしげに咥えられていた。

 生徒間では至高の豪華メニューと噂されるトカチキのエビフライ。奪われた男子・山本和弘は、午後の授業に至っても失意のあまり涙で頬を濡らしていた。



「……ったく、……どうすりゃいいのか……」



 しかし丈太郎はそれにツッコミを入れる事も、

 視線を投げることもなかった。


 教室内で繰り広げられているエビフライ強奪テロなど、今の丈太郎にとっては、飛び回るショウジョウバエ以下の話題でしかない。


 あの弁当の一件はあまりに衝撃的過ぎて、事件以来、丈太郎はほぼ幽体離脱を極める日々。口からエクトプラズムを自在に放出可能な中学生になろうとは、思いもしなかった。


「兄者、まぁそう落ち込むな……でござる。

 大阪城は安泰でござるよッ……♂」


「そうそう、三度離婚してもまだモテモテ♪♂ 

 なんて芸能人もいらっしゃるなりよッ♪」


 丈太郎を心配してフォローしているのかと思いきや、


 ――――――こつ……こつんッ。


 エビフライの尻尾を丈太郎の顔にペッ、と連射でぶつける忍と妙。

 けらけらと、小悪魔たちの笑い声が聞こえる。

 あまつさえ、はじめてのチュウを演歌調で歌い始めたときには本気で殺してやろうかと思ったが、しかし素浪人二名を殺害した所で幕府の情勢は何も変わらない。


 基本M体質の丈太郎にとって、憧れの女神様を泣かせてしまったその衝撃の事実は――――人生に於いて味わったことの無い絶望感と、しかし味わってはいけない禁断の果実………複雑極まりない劣情と高揚感、フリークス(変 態)的症候群さえ味わうことになった。


 少女の美しい涙を見たあの瞬間の……大切にしていた宝物を粉々に破壊してしまったような、言葉にならない、とげとげしくも発揚感すら混じる複雑な感触。忘れようにも忘れられない。まあ……破滅型の超S体質なら、粕壁駅前凱旋パレードに匹敵する快挙では、ある。


「ふぅ……む……フリダシに戻ってしまった、というところか……」

 暗澹たる面持で、前髪をくるりと人差し指でからませる丈太郎。

 しかしどうしようもない。

 フリダシどころか、以前より悪い危機的状態だ。

 悪夢の弁当事件前なら、緊張しながらも話しかけることくらいは出来たのだから。


「女心はなんとやら……まぁ、

 引き続き気軽におやりなられたほうがいいでしょうな……」

 当事者ではないのをいいことに、気楽な表情で答える爺。

 1年D組の教卓にもたれながらコブ茶をすすり、

 視線は彼方の飛行機雲に向いている。


「気軽になれるなら、まだいいんだがなァ……」

 爺を横目に、ため息つく丈太郎。


「わたくしの孫も恋愛には日々迷っておるようですなァ……

 若いというのは実に、イイ……」


 幼少の頃からあらゆる面でサポートし続けてくれている爺に、

 丈太郎は心から感謝していた。


「今井信次郎」……が本名だが、通常「爺」が通り名の様になっている。

 ただ60過ぎの老年男性の感覚と、丈太郎本人の心情がシンクロするのは難しい。まして自らの恋心まで、爺に任せ過ぎるのも……というのもあった。


「わたくしもあれから色々と調べておりますが……

 まず東菊花様はアルバイトをいくつかしておられること、

 児童養護施設の中央大舎等にもよく出入りしていること……

 タバコではなく、ある理由から、

 お菓子の一種を口に咥えられていること……」


「……えっ、あれってタバコじゃなかったのかっ!? 

 なんだ、教えてくれよっ、爺………」

 引っかかっていた東菊花・不良少女疑惑もあっさり解決。爺の、今井信次郎の捜査能力は伊達ではない。どんな細かなことも、くだらない事象でもいち早く調べ上げてくれる。


 学食のメロンパンの在庫数から、校内教諭間のドロドロの不倫関係、国際犯罪対策機密事項まで、その隠密剣士ぶりは多岐に渡る。探偵事務所を開設すれば、間違いなく国内最高峰だろう。

 若い頃は県警本部でその辣腕振りを発揮していた敏腕刑事で、数々の殊勲に輝いている。その後の活躍は警察内に留まらず、自衛隊や海外警察組織と連携、ある時は米海兵隊の武術教練教官までやっていたとかいないとか……。


 何より、亞蘭家の身辺警備を行うエリート部隊を創設した人物なのだ。……というより、その光と影・波乱万丈なその経歴は、丈太郎ですら完全に把握していない。


「……ふうん……バイトもやってるんだ。

 学校にバレたら……マズイだろうになぁ?

 まぁ、生活とか色々厳しい部分もあるんだろうけど……」


 あの質素極まりない、東菊花の弁当が脳裏に浮かぶ。


「ただ、現時点での調査結果において最も驚愕すべきはですなァ、

 彼女が校内を動き回るそのペースと内容、人数でございます。

 加えて不登校生徒への対応数……それからそれから……

 さらに、ですなァ…………」


 愛用のリラックマ柄の能率手帳を開きつつ、

 目を見開いて視線を左右に揺らす爺。


「妙様、忍様にも色々と動いていただきましたが、

 我々が現時点で知り得ただけでも……ちと、コレは……

 恐ろしいレベルになりつつありますな」


 手帳は何十ページにも渡り、相当数のメモが書き込まれていた。


「……なんだ? あられもない彼女の姿でも見つかったのか?」

 フッ、と苦笑いの丈太郎。


 ……完全に調査は完了してはいないのですが、

 と爺は断りを入れつつ、

「いえ、内容自体はやはり地味なものでございます。

 東菊花様が小心・気弱・消極的な、そんな教室の隅に置かれている生徒たちを励ます……と言ったシーンは、私どもも何度も繰り返し見て参りましたが……」


 言葉に詰まる爺。


「ひとつひとつはともかくとして、対応した全体数、

 その影響力を加味致しますと……とてもとても……

 生易しいものではございませんな、あれは……」


 東菊花が生徒らに話しかけ、励ましている一連の地味な行動とその影響力は、我々の予想を遥かに超えておりました……と爺。


「たったひとりで……何をしようと、

 何を求めていらっしゃるのでありましょうな……」




 

 ホームルームが始まる8時50分までの間。

 あるいは休み時間など……。

 

 東菊花は、校内をくまなく巡回移動することを日課としていた。


 全校生徒528人のうち、不登校、いじめ、学習障害、うつ、家庭問題や友人関係……疎外、仲間はずれになっている生徒は、程度の差はあれど全校で合計87名。


 そのひとりひとりに対して、東菊花は毎日生徒たちの教室に赴く。

 特別、何をするでもない。

 ただ、話しかける。

 あるいは共に趣味や、日常の出来事について語り合う。

 

 7時半前には登校しているので、約80分もの間、ひとりにつき数分程度だが、ツカツカと廊下、階段を歩き回り、校内を延々と巡回し続けているのだという。


 彼女に高度な臨床心理学、精神医学的専門知識があるわけでもない。

 何も無い。

 少なくとも、脳内は普通の中学生レベルの知識、話題だけだ。


 もし東菊花に特別な何かがあるとすれば、彼らが大切にしているもの……。

 たとえば個人的趣向、オタク的趣味や話題。それらを一切否定せず、まずはそのすべてを受け入れること……そんなひとつひとつの細かな対応だろうか?


「……全校生徒、全員を救うつもりだと―――――

 そういうことか?」


 自分が半笑いになっていることに気づきながらも、

 丈太郎は爺の話に注目する。


「あの行為を今も続けているということは、

 多分彼女の最終目標はそこにあるのでしょうな」


 ……ひとりふたり救っただけでは満足できない?

 半信半疑で聞く丈太郎。


「……だいたいだな。いじめられている生徒だけじゃない。

 いじめている生徒もいるわ、ヤンキー、不良の類も、

 結構たくさんいるしな。まして見て見ぬふりをしている、

 コトなかれ生徒が大半だ。それらすべてをまとめあげることが、

 彼女ひとりに出来るわけがない……」


 未だまとめきれていない「東菊花報告書」に目をやりながら、爺は続ける。



「方法論は彼女なりにいくつかあるのでしょう。

 とりあえず励ます。話しかける。

 その上で、他の周囲の生徒にも何らかの影響を与えているのは、

 間違いないはずです。

 実際、見て見ぬふりをしている第三者的生徒にも、

 菊花様は時折釘を刺すような言動も行われており……

 わたしも何度か、そのような現場に出くわしております」


 爺はまるで、さっき見てきたかのように東菊花・観察記録を語り続ける。


「まぁ本来的には……彼らに教室内で話しかける事によって、

 気弱な生徒に対するいじめを牽制する部分もあったようです。

 そんな、ボディガード的な意味合いも結構大きかったようで。

 時には校内に限らず………校外でも、町中でも……」


 温厚そうに見える彼女も、

 状況によってはその対応は変化していくのだという。


「ボディガード!? 

 確かに東菊花……長身で、見た目は迫力あるがなァ……?」


 なぜか先程より目を輝かせながら、爺の話は続く。



「第一校舎と第二校舎の狭間に、

 少々のブラインドスペースがありましてな……」



 学食と調理室に囲まれて、中々外部からは見えにくい場所である。

 そこには3人の男子生徒が居たという。

 対等な争い、喧嘩の類ではなかった。








「……や、やめてッ……あッ、……ぐッ……あっ、

 あうぅぅッ!! ぐぅッ…くッッ……」




 悲鳴と共に必死に懇願する少年。

 顔を押さえ、抵抗を続ける。



「――――……ぐッ、ぐぶッッ………ぐふぇッ! 

 い、じぎィッ、……ッ……痛いィ………い、

 痛い…よぉッ………………なッ、何でも……す……るか、

 ……らぁ…………ッ………」


 あまりの激痛に、少年は思わずその場に倒れこむ。

 見るからにおとなしそうなその小柄な少年は、額を地面にこすりつけるように頭を下げて、眼前の2人の少年に、必死に土下座していた。


 その少年たちの風貌は、明らかに不良、或いはヤンキーそのものだった。


 赤く染め上げた派手なリーゼント。


 昔懐かしい短ランには赤い裏地が見え隠れしていた。


 もうひとりは金髪にオールバック。

 眉毛はキリキリに尖って斜め上を向いている。



「―――――てめえのボケ面見てっとよォッ、グリグリとよォ、

 グリグリッとよォ、こォ~地面にこすりつけたくなるんだよッ! 

 あァンッ!? この際死んどくかッ!? あ~ぁんッ? 

 おめぇ~いっぺん死ンだほうがいいなァァッ!?」


「……ヒッヒッヒッ……小便漏らしやがってェ……

 汚ねえなァ……ビチグソ君? クソはクソらしくよォッ、

 地面に這いつくばってェ、ビチ糞びっちりもらしてよォッ!!

 くたばって死んでりゃいいんだヨッ!! 

 ヒャッハッハッハッハッハッアァァッ!!」



 赤毛と金髪の2人の少年は、倒れている少年をさらに蹴り倒し、

 その頭部をサッカーボールのように何度も蹴り続けた。


 頭部が左右に転がる。髪の毛までグシャ、と引き裂かれていく。


 ―――――――――――…………ぎゃ、

 ……ギャアアアアアアアッッ!!!


 更に頭の上から頭骸骨が軋むほど踏みつけ、唇を強引に開かせて、

 地面の砂を押し入れた。


「………………ぐっ、ぐ、ぐはぁッ! ゴ、ゴホッ……ゴホッ、

 ぐ、ぐひッぃぃッッ……くうぅッ…………や、ぎっ、ごひぇッ、

 や…………や、めて…よ…ぉッッ…………」


 涙も出尽くした様子のその少年は、既に意識も朦朧となっていた。額から流れる血が滴り落ち、目の前で血溜まりが大きく形成されていくのが見えた。



 そのとき……その血溜まりと、遠くの人影が段々と……

 ひとつに重なっていく。


 すらりとした細身のシルエット。


 …………女性だろうか?




「―――――目には目を、って……いい言葉だよな?」


「―――――目を潰されたら、目を潰していいって……ことだろ?」




 やや低いトーンでその言葉を続けながら、

 ゆっくりと3人に近づいていく。


「むかしのえらいお侍さんはよく言ったものさ……」


 ハンムラビ法典と武家諸法度は全く別モノなのだが、

 そんなことはこの際どうでもいい。

 東菊花の常に冷静な瞳が、僅かに震える。




「……なんだてめえぇッ? 

 ……ドブス野郎はひっこんでなぁッ!」

「それとも……俺らになンか文句でもあんのかあッ!? 

 ああああァァッんッ!?」


 いきり立つ2人の少年。「ブス」という表現は違うな、と金髪の少年は思ったが、目の前に居るのが目も覚めるほどの美少女とは言え、自分の行為を否定する奴をリスペクトする必要もない。


 2人の凶暴極まりない不良少年に威嚇されても、少女の冷徹な表情は全く変わらない。東菊花は言葉を続けた。




「――――……お前ら…………殺してもいいやつだろ?

 殺したほうがいい。

 殺すべきだ。

 …………あたしは、そう思った。

 多分、この光景を見たすべての人間がそう思うだろう。

 ――――――――――――だから……………………」




 サッ、と瞬時に上半身を伏せたかと思うと、シャープな風切り音だけが2人の少年の視界を錯覚させ、目にも止まらぬ速さで、その少女の身体は消失。一瞬の内に、10メートルはあったその距離をゼロにしてしまう。東菊花が赤毛の少年の懐に、恐ろしいスピードで飛び込んだ…………かに見えた。


 正確にはあまりに凄まじいスピード故に、どのように東菊花がそこまで瞬間移動したのかは、誰にも確認はできなかった。



「――――――ッ――――――ぐッ、ぐッ、ぐふぁ……ぐッ、

 ぐあああああああッッ!!!」


 赤毛の少年の悲鳴と共に、東菊花の身長より40センチほど高い無機質なオブジェが、その場に浮かび上がった。

 東菊花の右手の親指、人差し指、中指、薬指がその赤毛の少年の頭骸骨にがっちりと喰いこみ、それぞれの指は頭髪をむしり取りながら、少女はその身体全体を空中に持ち上げていた。


「……顔と頭を殴った跡が……イチ、にィ……さん、

 …………5、……7、8箇所か……」


「……腹を蹴ったアトも……3、よん……っ、

 ……6箇所、ね」


「右ふとももに、左ふくらはぎ……お尻も何回か、

 蹴り飛ばしてんなァ……こりゃあ……」


「――――で、口の中には砂がいっぱい入っております、

 と…………」


 赤毛の少年を軽々と片手で持ち上げながら、横目でいじめられていた少年の被害状況を把握していく菊花。金髪の少年はあまりの恐怖にその場に座り込み、体中の震えが止まらない。




「―――――ッ―――――あ…………あ、

 ………げッ……げええええええええぇぇ……ッ!」


 眼球が飛び出し、意識が薄れていく赤毛の少年。

 頭骸骨はやや変形しているようにも見えた。


 すると菊花は、片手でその赤毛の少年を調理室の壁に叩きつけるようにほおり投げると、


「次お前」


 と、月曜日に燃えるゴミでも捨てに行くかのような無表情さで、


「――――――ッ――――――ぐッ、ぐッ、ぐふぁ……ぐッ、

 ぐあああああああッッ!!!」


 赤毛の少年に訪れた同様の惨劇が、金髪少年にも訪れた。

 

 いじめられていた少年と同じく、ボロボロの外観に成り果てた不良少年たちに向かって、


「――――――――砂はてめえで喰いな……今すぐ、だ」


 視線も送らずに少女は吐き捨てた。



 

 ――――ふぅ………………。ため息ひとつ。

 

 無言でいじめられていた少年に近づく東菊花。


 その少年は菊花を見上げ、


「――――……あ、……あ、あの、ありがとうございました……

 あの、た、助かりました……。

 本当に……きっ、気持ちも………っ、………す、

 すっきりしました……」


 ……と、少し微笑んで頭を下げた。

 

 しかし、それを聞いた少女の目じりが、僅かに引きつる。

 小さな唇がこわばる。


 微弱な舌打。


 やや間を空けて、東菊花は口を開いた。




「――――……すっきりした……? 

 お前……本当にそれでいいと思っているのか?」




 その少年を見つめる東菊花の蒼い瞳は、さっきの不良少年たちに向けられたものより……さらに激しく、非常に厳しいものだった。


「……えっ?」


 自分を助けてくれた救世主とは思えぬ発言に、

 その少年は驚いた。



「人に助けてもらって、

 それでお前さんの未来が切り開かれるのか、

 と聞いているんだ」


「いや、あの……その……」


「こいつら2人は殺してやろうかと思ったが、

 お前もそんなに大差はないよ……いじめられている奴にも……

 希望する未来は訪れはしない…………」


 非情極まりない厳しい表情で、少女はその少年を見下す。

 あまりにも冷酷な視線が、少年に投げかけられた。






「―――――――お前に生きている、

 いや生きていく価値があるのか、ということさ」






 少年はどうしていいか分からず、ただ下を向いて無言のままだった。さっきまで流していた涙が、再び流れ落ちた。

 哀れにも再び泣き出す少年。



 東菊花は、涙にくれるその少年をじっと見つめた。

 見つめる…………瞳の奥に映る、少年の心象………

 その残像と未来……夢、希望……絶望。


 さらに少女は見つめる。




 ―――――――っ―――――………………ふうん……………。




「――――お前、さ………野球やってたんだろ? 

 昔、少年野球かなんか……」


 突然、まるで決めつけるかのように。

 さっきとはうって変わって、少し柔らかい表情で切り出す東菊花。


 その顔をさらに少年に近づけていく…………。

 驚く少年。

 迫る菊花の顔を間近にして、頬を赤らめ、少々顔をそむける。



 ―――――――――っ―――――――……っ、

 …………ふむ………………。



「……ほんで、その右手首。

 まだ、治せると……思うぜ?」


 その少年の右手を、優しく両手で持ち上げる菊花。

 五つの指ひとつひとつを優しく、慈しむように。

 確かめるように。


「……ど、どうして知っているんですか? 

 僕の怪我のことまで……」


「い、いや……ただ、なんとなくさ……」


 菊花のあてずっぽうとも言うべき推測の数々は、

 なぜか見事に的中していた。


「そっちの赤毛の兄ちゃん」


「……ひッ、ひいいいッッ! な、

 なッ……なんですかッッ!?」


 ボロボロになって地面に座り込んでいた赤毛の少年は、その場を立ち去っていいものかどうか、ずっと菊花と少年の様子を伺っていた。


「お前は……現役だったようだな、レギュラーで」


「……な、なんで俺のこと……」

 こちらも何故か、きっちりと的中している。


 ふむ…………と、

 その下品な赤毛のリーゼントを見つめる菊花。


「………去年2年生の時はレギュラーで……

 教師と喧嘩して部活をやめて……

 チンピラどもとフラフラしながら、

 挙句の果てに気弱な生徒を捕まえてイジメ、

 ってトコロか………?」


 喧嘩したのは3年の先輩とだったが、それ以外は至極名答だった。


 あまりに自分の事をよく知っているので、

 この女は俺のこと好きだったんじゃないのか、

 と赤髪の少年には思えるほどだった。









「――――――――――――――一緒に…………来い」







 暴れる赤髪と金髪の襟口を両手でつかみあげ、

 いじめられていた少年と共に、

 東菊花はグラウンドの方向に……歩き出した。

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