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第七話 関東天国門 (挿絵)

本物語は「タテ書き小説ネット」のPDF縦書きのみですべて文章調整しています。横書き、携帯ですと読みづらいかもしれませんがご了承ください(挿絵は横書き、携帯のみで閲覧できます)。

挿絵(By みてみん)

 海外の新興宗教の一派として国内に身を隠す。



 暴対法以前から、それは暴力団が身を隠すひとつの方策として行われることもあったのだが、本拠地が米国にあろうと無かろうと、彼女にとってはあまり意味は無いのかもしれない。


 男谷涼。


 三十代半ばと思われる女性。


 真紅のぶっ刺しかんざしが艶やかな和髪に映え、手慣れた仕立てのワインレッドの着物はその高身長と併せ、得も言われぬ迫力があった。繰り越しが多く取られ、美しいうなじを大きく魅せている。その背中には、蛇を噛み殺す八幡大菩薩のタトゥーが妖しく微笑んでいた。



 のどかな田園風景に溶け込む、プレハブ風の事務所前。

 そこには、彼女の兵隊と思われる男性が20人程整列している。


「……親ドライバーのバックアップ、ポイントチェッカー、アタッカー、ケツ持ち、マクラの配置……以上は確認済だね? 

 先日のようなヘマは無しにしとくれよ?

 可愛いあんたらの生活、

 あてぇは終わりにしたくはないんでネ…………」


 ドスの利いたヤクザ風ではなく、優しくゆったりとした言葉掛け。

 長く煌びやかな睫毛が風に触れ、彼女の海瑠璃色の瞳が、ギラリと輝く。


 兵隊の男たちは皆緊張した面持ちで、男谷涼の顔は恐れ多くて見られない……そんな雰囲気だった。十代から二十代、三十代とその年齢層は広かったが、その髪型や風貌から、一般的な人生を送ってきたメンバーでないことは、誰の目にも明らかだった。



 暴力団の資金調達である「しのぎ」には様々な種類がある。

 もちろんどれもこれも法に触れるものであり、公明正大とは行かない。

 人間を破滅に導く麻薬取引や、各種危険物の売買・密輸、売春・風俗街等での用心棒業務、違法ビザから電話等を使用した詐欺行為まで、手を変え品を変え、実に様々である。


「関東天国門」と小さな看板が掲げられた、このみすぼらしい事務所は、米国デトロイトに本拠地を置く新興宗教《SGLS》『七つの黄金燭台教団』日本支部用「倉庫」として登記されている。


 その敷地には大型トラックなどが数十台置かれていた。

 判る人間が見ればすぐに判るであろう「裏の」産廃業者である。

 違法投棄による環境破壊、積荷の中は危険極まりない「ブツ」と、その事業内容は畜生にも劣る悪質な行いである。無法に捨てる側が「悪」であると同時に、法律を無視して投棄を依頼する企業側・会社側も同様に「悪」である。

 社会の縮図の一端を垣間見る、仕事発注&請負の関係ではあろう。


 関東天国門のメンバーが麻薬取引や密輸・暴力行為、詐欺等のしのぎを行わずに、この「産廃しのぎ」のみを選択しているのは、男谷涼たっての希望である。

 現時点で、産廃しのぎ以外の違法行為は一切行われておらず、天国門設立より逮捕者はひとりも、いない。


「しっかりおやんなさいな……飯ァたっぷり用意しとくからサ……」


 お手伝いさんと思われる中年女性数人が、エプロンを巻いて事務所周辺をウロウロしていた。炊事等色々とお手伝いに来ているらしい。

 天国門はヤクザや暴力団の類であるにも関わらず、パッと見は建設業者の寮母が、お昼の用意にあくせくしているような……平凡な光景だった。







 事務所玄関前で、うつむいて立ち止まったままの少年がひとり。


 その長身の少年の右手には、

 4歳になる男の子の左手が、固く結ばれている。


「あンちゃん……チンチロリン、やろーよぉ……」


 もごもごと、オネダリするように少年に話しかける男の子。

 少年はうっすらと微笑みかけたが、

 それ以上は表情も硬いまま、言葉も出てこない。


「……ネリ鑑は楽しかったかい? 

 まぁ、あんなとこは何度も行かないほうがいいねぇ……」


 笑いながら、優しくその少年に語りかける男谷涼。


 ゾクッとするようなその妖艶な眼差しは、少年には刺激が強すぎるほどだった。相手を自然と包み込む人間性の大きさと、母性が沁み出す彼女独特のまなざし。重ねてきた幾重もの経歴が、それらをより陰影深く際立たせていたのかもしれない。


 少年も、フッ……と心が和らぐ。

 味わったことのないやすらぎが、少年を抱きしめる。



「……あたしンところにしばらくいるとイイ。

 もちろん……早めに堅気の世界に戻るのが、一番だけどねぇ……

 ま、困ったことがあったら何でも言っとくれよ……」


 下をうつむいたまま、聞き入る少年。


 警察の厄介になったのは数知れない。


「―――きっちりした大人になるんだよ?

 あてぇのようになっちまったら、世も末さね……

 ここに入門する第一の約束……あんた、奴らから聞いたよネ?

 かならず更生するって事。………――――フフッ、

 忘れンじゃないよ?」





 少年の名は、榊原タクミ。15歳。


 所謂……交通遺児、である。


 彼はその呼称を激しく嫌った。



 13年前、飲酒運転のトラックに母親を数キロに渡って轢きずり殺され、しかし、現行法では当然死刑判決までには至らない。


 ……必然、発狂する父親。


 父親は、逃走したそのトラック運転手を警察より先に見つけ出し、

 国道の道路脇で復讐のメッタ刺し。


 自らも妻の遺体の前で自殺している。


 少年にとって、人生の指針は僅か2歳のときに完全に消失してしまった。

 

 その後の人生は推して知るべし。


 触れる物は全てを焼き尽くす勢いで、彼は泥水をすすりながら……

 今日まで生きてきた。

 ……いや、そう生きて行かざるを得なかったのだ。


 後ろ盾のない幼い彼にとって、選択肢はふたつとしてなかった。



「……あ、あの……俺、姐サンのために……オレ、これから……」


「ふふっ……『アネさん』はよしとくれよ……あてぇなんかはまだ、

 生娘に毛が生えたようなもンさね……」


 榊原タクミに母親の記憶はない。

 その欠片すら、持ち合わせていない。


 自分を優しく包んでくれるような、その陽だまりのような眼前の女性に、榊原タクミは、記憶に存在しない自らの母を……見出していたのかもしれない。


 男谷涼はそんなボロボロの野犬のようなタクミの思いを、出来る限り受け止めようと決心していた。


 ただ「榊原」という苗字を、そのときは深く考えもしなかったのだが……。



 ――あんた、好きな娘はいるんかぇ……? えっ? 

 そのチビッコが、命より大切だって?


 ふふっ、……守るものがあるってなぁ、いいねぇ……とだけ告げると、彼女はまるで似合わない、薄汚れた軽トラックに乗り込んだ。




「……当分の間……タクミ、あんたはメシの当番だネ」

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