第六話 丈太郎、炎上す (挿絵)
本物語は「タテ書き小説ネット」のPDF縦書きのみですべて文章調整しています。横書き、携帯ですと読みづらいかもしれませんがご了承ください(挿絵は横書き、携帯のみで閲覧できます)。
この変態じじいが真の主人公です。ええ、女子更衣室の前でヘラヘラしてても主人公です。焼きそばは伸びません(じじい談)。あ、三つ編み忘れた……ラクガキはまた描き直しますゥ……。
次の朝。
意を決して東菊花に再度、オリジナル手作り弁当を渡すことにした丈太郎。とりあえず準備は万端、である。
草食系・弁当男子などというミーハーな見解はともかく、イマドキのナウな若者の愛の告白に、手作り弁当を渡すというのも珍しい。丈太郎なりに自分の得意分野で勝負したかった……というのもあったかもしれない。
「兄者、今日はずいぶんと大きい手荷物のようじゃの?♂」
忍がさっそく後ろからけしかける。
もちろんその言葉の裏側は、煩悩にまみれているのは間違いない。
「あったくしはァ、小腹が満たされればそれでよくってよォ☆♂」
悪魔の微笑でニヤつく妙。
「お前らの『小腹』は、成人男性何人分の胃袋なのか教えてくれ」
「あらァ、いやだよォ~おまいさんっ♪
あたしゃ小食よぉ♂♪ ケッケッケッ♂♪」
その大きい手荷物を見ながら、忍がケラケラと、ドス黒い笑顔で丈太郎に詰め寄る。
「安心せいッ……暇つぶしにお前らの分も作った。
ただ、メインはお前らの分じゃあない。
こっちには手を出すなよッ!?
手を出したり、何らかでも俺の邪魔をすれば、亞蘭家・そして本家へのパイプをシャットアウトするからなッ!」
少し冷めた表情で丈太郎は言った。結構マジな顔つきである。
…………実は亞蘭丈太郎、亞蘭忍、亞蘭妙は苗字は同じだが、兄妹ではない。
同い年ゆえの、幼なじみというやつだ。
ありがちな設定で恐縮だが。
本家筆頭はもちろん丈太郎の父だが、忍と妙は本家ではなく、下から数えたほうが早い分家の「亞蘭」姓。丈太郎の屋敷を中心に何十軒か亞蘭家宅があるが、忍と妙はその中のひとつにすぎない。
本家とのパイプを遮断する……それは当然、丈太郎のサジ加減ひとつなのだ。大財閥の本家に近しいことが、どれだけのメリットがあるかは、アホのチャンピオンシップで無敵を誇る、傍若無人な彼女たちでも判らないはずは無い。
「あ~ら……脅迫するのかしらァ?
この腐れビッチ野郎は♂? ヒッヒッヒッ……♀☆」
「ケッケッケッ……やれるもんならやってみなァ……
糞漏らしのジョー太郎くんッ?♂」
明らかに2艇のスターデストロイヤーは、丈太郎の弱点を複数握っているようだった。丈太郎もまた、それを忘れていたのだろう。全身の汗腺から水分が噴き出す。
「……こ、これは失敬した。……は、ハッハッハッ……
ま、あれだ、えーとぉ……、
僕と菊花さんの間を邪魔しないでくれたまへ……
麗しの天使たちィ………っ………」
丈太郎の顔が強張る。唇の端がヒクつく。
最凶の象徴・痛恨の八汰烏カードを10枚同時に叩きつけられたようなものである……嗚呼、後悔。
「ウッキッキッキッ……ヒッヒッヒッヒッ……
邪魔なんかしないよォ~しませんよぉ♂♀」
世界終焉を告げる悪魔のユニゾンが、このあともずっと……丈太郎の脳裏に響いていた。
「そう言われれば……確かにどこに行かれていらっしゃるのでしょうなァ?」
流石の爺も、昼休みの東菊花の食事場所について、その日まで未調査だった。
お昼休みに東菊花が何処へ行くのか?
彼女がお弁当らしきものを持っている姿、そしてお弁当を人前で食べている光景……それらは、今まで誰も見たことがなかったのである。
《……あら、丈太郎さんたら……お料理お上手なのねっ♪ じゃあ……代わりにわたしのお弁当でも、お味見してくださるかしら?》
明らかに非現実極まりない、東菊花の自己満足仮想バージョンに、ヘラヘラにやける丈太郎。それが、天と地が逆になろうとも起こりえない幻の姿であることは……丈太郎本人も、勿論分かっていた。彼はお坊ちゃんではあっても、楽観論者ではない。
「イイとこ無言で弁当を受け取ってくれるか……
まぁ、そんなトコじゃないのかな?」と、極めて現実的な予想。
とりあえず拒否られなければ……オンの字だろう。
チャイムと同時に、一斉にお昼の用意を始める生徒達。
東菊花はやはり教室を出た。丈太郎もパールホワイトの制服をひるがえし、追跡開始。巨大な弁当箱……黄金に輝く人間国宝・鈴木五郎吉が作り上げた、場違いな重箱を片手に。
菊花はすたすたと階段を登り、3階に……そして音楽室に入った。
窓を空け、ベランダに出る。
そして弁当箱らしきものを広げ、少女は雀が飛び交う、お昼休みののどかな青空をのんびりと眺めていた。
音楽室の扉からストーカーの如く彼女を見つめる丈太郎。
(ま、まぁここは男子たるもの、行って来るぞと勇ましくぅ……)
汗が噴出し、赤面の丈太郎。
……ぐっ、と思い切って東菊花の前まで走り寄る……つもりが足がぴたりとも動かない。たかが女子ひとりに……思わず自分が情けなくなる。
(――――……っ、……ぐっ、くうぅぅぅっ…………お、
俺としたことが……っ……)
このままではどうしようもない。
空気が凍る。凍りつく。寒い……震える。凍え死にそうだ。
ベランダから覗く、彼女の後姿に後光が差すように……見えてきた……俺ェ、大丈夫かッ?
しかし丈太郎は意を決した。つんのめるように、
反復横飛び気味に…………トトトトトトッ……
トトッ……トッ……トンッ!
少年は東菊花の斜め前に躍り出た。
「……あ、あはははっ……アハハハッ……あ、
あの、いい天気だネ……あっ、アハ……」
残念だがお姫様はノーリアクション。
視線がまったく動いていない。
無視……ではなかったのだろうが、ファーストコンタクトは撃沈模様。
しかしめげない亞蘭丈太郎。場違いな黄金の重箱がきしむ。
時価五千万円の国宝級の弁当箱だ。
「……あ、貴女も、なかなか上品なランチをお召し上がられて……いらっしゃるようでござそーろー……でっ、あり、あら、あれ、ますゥ…………っ………」
ガチに緊張。まぁ、仕方がない……しかし、ここで遂に女神が口を開いた。
「―――あんたさ、お金持ちなんだってね……?」
抑揚の無いセリフ。知り合いでも友達でも、もちろん恋人でもない。
好き&嫌い、どちらの感情も湧かない相手に対する冷たい口調。
ただ、自分に対して初めて言葉をかけてくれた事に、丈太郎は心の中で小さな小さなガッツポーズ。丈太郎スタジアムに小さな歓声が沸く。
まぁ、「金持ち」としか、彼女内部の「亞蘭丈太郎アイコン」にはプロフィール情報が含まれていないことに落胆はあったが、しかしそれでもなんとかリセットボタンを押す。
「……ぶ、ブルゴーニュ風かとお見受けし……ブッフ・ブルギニョンの香しき……」菊花の弁当箱など見てもいない。セリフも無茶苦茶だったが、丈太郎なりの必死さもあったのだろうか?
「……あの、僕の作りしプランゾでも……お口に合うかどうか、は……」今まであまりに恥ずかしくて、丈太郎は彼女の顔をほとんど正面から見られなかったが、そのとき生まれて初めて、少年は東菊花の正面顔をまじまじと見た。
――――――――――――う、………っう、………う、
……………………美しい…………。
丈太郎は、ぐっと思わず息を呑んだ。
咥内が、一瞬の内にカラカラに乾く。
喉が硬直し舌が動かない。
唾を飲み込みたくても飲み込めず、まさに口あんぐり状態。
数多くの女優やタレント、アイドルと飽きるほど見てきた丈太郎にとって、これはまさに奇跡の……驚異的な……あり得ない美しさだ――――――と、口を痙攣させながら思った。
透き通る青白磁のような美しい白肌、薄ピンクに染まる愛らしい唇、キラキラした大きな蒼い瞳に長く煌びやかな睫、艶々と光り輝く漆黒のロングヘア……。
しかし、事態はそんな悠長なことをヘラヘラ言っていられない、深刻極まりない状況であることが判明。
彼女の可愛らしい眉毛と目尻が、ピクピクと吊り上っていたのだ。
「……あたしのお弁当、ぶるごーにゅだかなんだか知らないけどさ、
馬鹿にしてんの?」
その美しいかんばせに見とれてしまい、
丈太郎は彼女の弁当箱を全く見ていなかった。
よく見ると、その弁当箱の中身は、白米がほとんどを占めている。
それはつやつやとした今朝炊いた新鮮な白米ではなく、むしろかなり痛んでいるような……劣化した黄ばみのある白米だった。
パサパサ乾燥し、ところどころ茶色く硬質化している。普通なら誰もが捨ててしまうような、それほどまでに変質し切ったご飯だった。
丈太郎が自分の弁当箱に視線を移しているのに気づいたのか、
少女は小声で語り始めた。
「家族がさ……ご飯残すんだよね。
ちょっとでもさ、もったいないじゃない……?」
先程のやや険悪な雰囲気とはうって変わり、うつむきながらローテンションで語る東菊花。昨夜の残りの白米なのか、それとも、かき集めた残飯を冷凍保存しておいたものか………。
さらに、おかずはひとつだけ。
大根おろしのようなものが、ちょこんとご飯の横に並んでいる。
「……これ……大根おろしとさ、お醤油とマヨネーズを混ぜたの。
……もしかして、その、あの…………
これが、ぶるごーにゅなの?」
少し機嫌が直ったのか……
まじまじと丈太郎の顔を見つめながら、質問する菊花。
それは、ダイコンおろしの新たなネーミングを発見したかのような―――――哀しい13歳の少女なりの……ピュアな質問だったのかも、しれない。
かろうじて、ニンジンの輪切りを桜の花の形状に切り抜かれたものが、ひっそりと大根おろしの上に置かれている。
それは女心のせめてもの……抵抗だったのかもしれない。
「……だ、だいこんは……らっ、らで、しゅと申しまして……
ふ、フランス王ちょ、朝……」
段々と声のトーンが小さくなっていく丈太郎。
とりつくろうにも限界はある。
憧れの彼女との会話が僅かでも成立したのは確かだったし、
それは喜ぶべきことだった。
しかしそれ以上は、丈太郎も絶句するしかなかった。
彼女の弁当箱を冷静に見つめると、言葉が出てこない。
大根おろしだけがおかずなのも驚いたが、明らかに悪くなっていそうな米を、弁当箱に詰め、そして皆から避けるような場所で、隠れるように少女は昼食を取ろうとしている。
東菊花が、可哀相で可哀相で可哀相で可哀相で……仕方がなかった。
いや、そういう感情を持つこと自体、失礼なのだとお坊ちゃんの彼でも知っている。しかしこんなとき、どんな言葉をかけたらいいのだろう。
誤魔化すべきか……いや、話題を変えるべきか?
東菊花は海瑠璃色に輝く大きな瞳と、長く美しいアイラッシュを丈太郎の方に向けた。
「……あたし料理は得意だけど、高級な材料とかあんまり知らなくって……」
少女は同時にその視線を、さらに丈太郎に向けてくる。
さらに距離が詰まる。
丈太郎の息遣いも荒くなり―――――
なんて返事しようか……?
考えても考えても、的確な答えが見つからない。
顔が真っ赤に染まり、遂に丈太郎は背中に音楽室の壁を背負ってしまった。
もう、限界だ……と、思ったその刹那―――――。
「るるるん♪ るんるん♪ るるるん♪ るんるん♪」
「るるるん♪ るんるん♪ るるるん♪ るんるん♪」
後ろから悪夢のクリーチャー2匹が、
我がモノ顔で音楽室に飛び跳ねてくるのが見えた。
嬉々として、嬉しそうにスキップして近づいて来る。
……近づいて、来やがる……
気持ち悪い程、超スーパーご機嫌だ。
また俺を強請りに来たかッ!?
「るるるん♪ るんるん♪ るるるん♪ るんるん♪」
悪魔の園に咲く花の子たちが、
氷の微笑を振りまいて近づいて来る。
―――――――――最悪だ。
………ヤバい……この超微妙な状況に、
遊星からの物体Xが大気圏内に突入したら………
オーラロードが切り開かれて、別の小説になっちまっても……
俺はしらねーぞ!?
しかし、そういうレベルすら超越した大惨事が、
このあと丈太郎に降りかかる…………。
……地球の皆さん、さようなら…………。
「……あ~なんだこれ、このメシ腐ってねーか?」
瞬間冷凍が可能なら、数秒前にこのエイリアン2匹を捕獲、
絶対零度で完全拘束したかった。
少なくとも隔離しておくべきだった。
ラヴクラフト御大もきっとそうしろと言っただろう。
しかし『その場の空気』は瞬時にして完全凍結状態。
カチカチカチ……辺り一面……氷河期にも冬休みはあるんだと、エスキモーの皆さんが教えてくれたかのような、恐ろしい静まり具合だった。
東菊花は顔を下に向けて静止している。
動かない。
いや、少しだけ可愛らしい両肩が、わななわと……震えていた。
「―――――――――く、……くさってなんか……
い、いないもんっ……………………」
俺は、一生忘れないだろう。
東菊花のそのときの表情を。
とても悲しげな、でも怒るわけでもなく、寂しそうに…………
しかも、その綺麗な碧々としたその瞳に、
うっすらと輝く雫を溜めて……。
「…………………………っっっっっっっっっっっっ!!!」
俺は思わず、声無き悲鳴を上げた。
(くっ、くぅうぅぅっ……ってゆーか、
なんつーか……俺えぇ……し、死にたいッ……)
(ご、ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……)
(この腐れ外道のグレムリン2匹を、
どうか許してやって下さい……よぉぉッ!!)
東菊花は自分の弁当すら放り出して、
下を向いて音楽室を小走りで出て行った。
コレは……明らかに言うまでもなく、
失恋フラゲ・フルスロットル状態だな、たぶん。
その後、しばらくは……
俺は東菊花と会話どころか接触すら、叶わなかった。