第四十三話 焼きそばは、伸びぬのだ
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―――――…………トクトクトクトトッ……ッ、
……トクトクトクトク……トトットクッ、トクトク……
―――――ッ、バシャァ――――――ガコンッッ!
…………ぽたん、ぽたん…………安っぽい薄いステンレス製のシンクが、大きな音をたてる。熱湯がその空間に真白な幕を作り出し、ふたりの武士を取り囲んでいた。
「……む、むぅ……京也、そうそう……それよ。
4分ではないぞ。2分半こそが王道だな」
関東北部……田園風景の真っ只中に、広大な敷地を持つ亞蘭家大屋敷。その大屋敷地下の一角に、こじんまりとした一室がある。
畳敷きで薄暗く、地味な六畳ほどの部屋。
「和風」と言うと聞こえは良いが、元々は屋敷内の物置のひとつだったらしい。
しかし今井信次郎は、好んでこの一室を自分の邸宅として寝起きしていた。
公安、察庁のお歴々、総監から長官まで、この小汚い一室に呼びつけ、国家最高機密会談まで行ってしまう。ちなみに国民支持率68パーセントの現・総理はお茶汲み係らしい。
「爺ちゃんが……『わさびマヨ超出し抜け大盛り』で……
俺ッチは……パヤングだぁナ……」
京也と信次郎は……液体ソースの小袋を片手に、インスタント焼きそばの競演を心から楽しんでいた。
病院では、キツくジャンクフードの類は止められ、京也が差し入れしても、すべてシャットアウト状態だった。
湯切りのスリットが、独特の水切り音をたてて滴を垂らす。
「…………あれで……良かったんだよな? じいちゃん。
―――――……父さん……、
…………喜んで、いるんだよな?」
焼きそばをすすりながら、
京也はあの新宿での場景を思い出していた。
結局……今井家の敵討ちは今井家の人間には果たせず、東菊花の白刃の下に、岡田雷濠は新宿の夜風の向こうに消失していった。
「直心影の志の赴くまま…………
ご先祖様は、近江屋で坂本龍馬の捕縛に当たったのだ。それが結果的に復讐の根幹に成り得ていようといまいと、武士とは本来、そういうものだ」
割り箸を持ったまま、今井信次郎は焼きそばに手をつけようとしない。
「お上から御沙汰があれば、遵奉するのがモノノフというものだ。当時は、それが当たり前で、ご先祖様に何ひとつ迷いは無い。何より、坂本龍馬は前年の寺田屋で発砲事件を起こし、2名の捕方を射殺しておるのだ。暗殺でもなんでもない……松平容保様より褒賞も出ているのだぞ。それに…………」
話が止まらない信次郎。
坂本龍馬の暗殺の話になると……まぁ、いつものことだと京也もため息をつきながら、『わさびマヨ超出し抜け大盛り』の容器を信次郎に差し出した。
「……爺ちゃん、のびちゃうぜ、焼きそば……」
麺を頬張りながら京也が言うと、
「焼きそばは、伸びぬ。伸びぬのだ…………」
……何言ってんだか、と京也も苦笑すると、
「どれほど待つことになっても、わしは待とうと思った。
この身が果てる、その日まで……。
精一郎様の魂が、現世に現われるその日が来ると……
かならず来る、と信じておった」
真面目な口調で言い終えると、
おもむろに……ズルズル焼きそばをすすり出す信次郎。
しかし、京也はすべてに同意はできねぇな……と言った
怪訝な面持ちで、
「俺は、さ……直感的にだけどさ、
あいつは剣聖って感じじゃねェ、と……
思ってンだけどね……。
……あいつ、東菊花は……男谷精一郎という剣豪の血は引いてるにしても、男谷の姐サンとは全然ちがうぜ?
爺ちゃんだって、そんなの十分、判ってんだろ?」
信次郎は京也の洞察力に感心しながら、可愛い孫の横顔を見つめていた。
しかし……東菊花の真実……あの少女の、未来、そして過去。
それらに思いを馳せるたび、積年の……
ある、ひとつの思いに捉われるのだった。
《母からは……剣聖の血筋を受け継いでいるにせよ……
しかし、―――――――父親は?》
今井信次郎の昔からの戦友のひとりである、男谷涼。
あるときは親子、ある時は友人……。
信次郎と涼は、肝胆相照らす仲でありながら、
菊花の父親の事だけは…………彼女は、
一度も信次郎に向けて、口にした事はなかった。
信次郎もまた、それを問うこともなかったが……。




