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第三話 丈太郎、思案中につき (挿絵)

本物語は「タテ書き小説ネット」のPDF縦書きのみですべて文章調整しています。横書き、携帯ですと読みづらいかもしれませんがご了承ください(挿絵は横書き、携帯のみで閲覧できます)。


挿絵(By みてみん)

 町立極東葛東中学校。


 同校は、田畑が地平線の彼方まで延々と続くのではないか……と、錯覚するような関東平野のへんぴな片隅に、ある。

 周囲には商店等もあまりなく、娯楽を求めるなら腰ヶ谷・粕壁あたりまで出張るしかない。


 朝7時40分。

 朝練・部活動に勤しむ健全な学生であれば、すでに遅い時間帯だが、特に部活動もない生徒にとっては、朝早い時間帯である。教室内にも数人しか居ない。


 1年D組の教室では、先程の大マゼラン星雲討伐艦隊がその勢力を強め、辺り一帯を、その超大質量ブラックホール内に飲み込もうとしていた。


「……真田丸は鉄壁の布陣であるッ! 

 前田、井伊何するものぞッ! 近づく者あらば、

 この拡散メガビーム砲でッ……!!」


 きえぇぇっいッ! そりゃあぁぁぁッッ!


「フッ、賢しいな……小僧ォ―――ちえぇぇいッッ!!」


 シャキキキイイィィンッッ!

 

 荒ぶる魂をその青春にぶつける。

 いや、単なる子供のチャンバラにしか見えなかったが、それを背後から見ていたあの少年は、眉間をピクピクとひくつかせ、そのチャンバラ女子中学生ふたりに、先ほどの復讐報復セットを当日配達で、もれなくお届けすることに決めた。



 …………――ッ――――――――――――どげしッッ!


 ふたりの女子中学生は、少年に後ろから思いっきり蹴りどつかれ、

「慶長十九年に拡散ビーム砲ねぇし…………お前ら、

 国道のど真ん中で俺をどつき殺したまま、

 犯行現場からそのまま立ち去るんじゃねぇよッ!」


「……っあ、兄者ァ♪♂」

「兄様ァ♪♀ ご機嫌うるわしゅう…………のほほほっ♪☆」


 先程、国道上でほぼ殺しかけた相手に見せる表情ではない。


 待ちに待ったシュークリームを見やるような満面の笑みをこぼしながら、瞳をうるうるさせて彼の手を取り、抱きつきながら同時にスリーパーホールドの体勢に入るふたりの少女。


「……ぐッ、ぐはッッ! ……やめッ、やめれッ! 

 ……変態やめえぇいィッッ!!」


 朝方、かぶとを装着していたおさげ髪の小柄な少女が

亞蘭忍(あらんしのぶ)」。

 その性格は傍若無人極まりなく、誰もが恐怖する生粋のストリート・ファイター。大きな瞳がランランと輝き、ヒアルロン酸でも注入したかのようなぷっくり唇が特徴。胸囲は捕獲された金星人並みに寂しい。 


もうひとりは忍よりさらに小柄な、おかっぱ少女

亞蘭妙(あらんたえ)」。

 忍ほど凶暴ではないが、凶悪無類な知的犯行を得意とするデンジャラス・クィーン。その前髪から覗く長い睫と、忍よりやや垂れ目気味の瞳が、独特のコケティッシュさを醸し出す。胸囲は年金問題より絶望的である。


 ふたりとも小柄だが、妙などは小学4~5年生にしか見えないほど小さい。


 しかも性質の悪い事に、彼女たちは美少女と呼べるだけの美貌を兼ね備えており、その超アグレッシヴな行動様式と共に、入学式から僅かな間に本校の名物珍百景となっていた。



「んぐぐッ……んでぇ……どうだっ? 彼女のご様子は?」


 プロレスごっこは慣れた雰囲気の3人。

 少年は続けて忍と妙に問いかけた。


「彼女……東菊花ってやつ、もう既に校内におりますぜ? 

 7時半には登校したはず♪♀」


「目的地は?」


「……おそらく昨日までの調査データを鑑みるに、1年A、C、E、Fクラス、そのあと2年B、D、Eクラス、最後に3年A、B、C、Fクラス……☆♂」


「……で、やっぱり淡々とおしゃべりしてるだけ……か? 

 何か変化は?」


「多分、変んないよォ……あ、

 あと昨日は紅い彗星のヘルメット、限定電王ベルト、サバゲー装備一式らしきもの、BLコミック、同人誌等を渡されておりましたナァ……♀」


「……んあっ? BLって、なんだ?」


「有体に申せば……

 酒池肉林のホモ漫画でございますわナ♂♂♂♂」


 秘蔵のメモ帳らしきものを取り出し、さらに語りだす妙。


「あとォ……

 先程は600ページほどの《昭和47年3月改正貨物時刻表》のようなものを、無表情に頭頂部に乗せて、てくてく廊下を歩いておりましたような♂☆」


「……のようなもの、の割には微細に渡り詳しいな……

 お前も鉄男クンかぁ?」


「それに加えて校庭をランニング、なぜか懸垂、応援団の如き声出し練習、そりから……魔法陣の研究と実践。辣椒紅龍のエラめくれ手術談義なんてのもありましたにィ……♂」

 

 腕組みをしながら、考え込む少年。

 ……ふと、思い出したかのように、地元スーパー・Jホンダの紙袋をふたりに差し出した。


「……今日の報酬だ。

 シシリー風・スペシャルパスタ。今日はフェデリーニあたりが併せた根菜類と相性も良かった。アンチョビと各種オイル、ケッパーとのマッチングには腐心したのだが……パスタはやはり実に奥が深いな。ビスコッティ、カップチーノは爺に持たせた……」


 意味もなくツラツラと語りだす少年。

 くどい薀蓄には少女たちは耳を貸さない。


「ほう……異人とはこのようなものを食すか……

 まずは見た目からして面妖じゃ♂」


「………おまえは喰わんでええわ」


「いぇいぇ、有難く頂戴しておきまするゥ……♂♪」


 彼女たちに遠慮という概念は一切ない。

 彼の料理が美味であることを知っているのもある。


 スキを見て、サッ、と2人分の朝食が入った紙袋を持って逃走する妙。


「待てやゴラぁッッ!」

 忍が肉食獣の体で、妙の後を追いかける。


 少女たちには二等分、はんぶんこ、譲渡の概念も……

 また、なかった。



「――――――ホモ好きに……鉄道オタクに魔法陣……

 共通項は、一体…………なんだ?」



 

 彼の名は亞蘭丈太郎(あらんじょうたろう)




 国内屈指の大財閥・亞蘭家ただひとりの跡取バカ息子である。


 しかし……『彼女』が、亞蘭丈太郎の前に出現したあの日の朝から……彼の内面に、ひとつひとつ迷いが、混乱が生じていった。

 

 ただケセラセラに日々を過ごし、ただなんとなく人生を過ごす。


 女性など腐るほど寄ってくるし、また自分自身の端正な顔立ちにも自信があり、勉学もまあまあ。スポーツもそれなりに。料理も得意。趣味も娯楽も楽しみたい時にそれを満喫。


 俺の人生に隙はない――――――一点の曇り無し、

 とさえ思っていた。


 まして特定の女性に惹かれるなど、自分の人生にはありえない衝撃であり、異性に惚れる、という極めて動物的能動的行為が、自分の中ではとてつもない違和感だった。


「―――爺。

 彼女の……『東菊花』の例の施設周辺は調査し終えたのか?」


「いえ、まだ……」


 彫りの深いロシア系を思わせる顔立ち。陶器の様な蒼白の肌。


 鮮やかな紫色の背広で堂々と校内を徘徊するのも異様だが、「爺」と呼ばれているこの老年男性は、白髪のロングヘア+数本の三つ編みをひるがえし、常に丈太郎の傍に佇んでいた。彼が大財閥・亞蘭家の関係者ということで、学校側も見て見ぬふりをしている部分も大きい。


 亞蘭家を敵に回すことは公務員にとって、ほぼ断頭台に自らその頭部を差し出すのと同義である。亞蘭家の国内外に於ける影響力は、一言では言い尽くせないほど巨大なのだ。


「……今日も頼む、爺。

 下校時間周辺も、彼女は延々とその活動を続けているようだ。

 俺自身、ストーカーになるわけにもいかんし」


「御意……」


 自慢のひげを撫でながら答える爺。

 ……と、同時に目をパチクリさせながら、


「あ、そうそう……

 彼女の両肩に入っていた模様ですが、な……」


 爺は思い出した様に続ける。

 フトコロから、東菊花の両肩が映り込んだ写真を取り出した。


「あれは家紋を刺繍したもの。

 八重沢瀉紋(やえおもだかもん)……

 まあよくある普通の家紋ですが。

 この周辺の地元民、農家等は使用してはおりませんでした。

 沢瀉と言えば、オモダカ科の多年草をモチーフとし……

 『勝ち草』とも呼ばれましてな。

 百戦錬磨の毛利氏など、

 数多くの武将達が使用していた家紋でございまして。

 お武家、と考えるのもよろしいかと……」


「――――お武家さんねぇ……?」 


 東家なんて、歯磨き芸能人でもあるまいに……と、

 少年は前髪をいじりながら……




 亞蘭丈太郎は、彼女の麗しの横顔を思い出していた。

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