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第三十八話 あんたなんかに、分かってたまるものか

本物語は「タテ書き小説ネット」のPDF縦書きのみですべて文章調整しています。横書き、携帯ですと読みづらいかもしれませんがご了承ください(挿絵は横書き、携帯のみで閲覧できます)。

 この世界から…………。


 存在すら消し去りたかった――――母親という(えにし)



 その悪夢の塊は、残酷にも菊花の眼前に……置かれている。


「………………っ……き、菊花……」


 全身赤不動のように血まみれになりながら、うつろなその瞳を少女に向ける着物姿の女性。ゆっくりとその身体を起こしながら、男谷涼は、重々しくその口を開いた。



「……フッ、お菓子のタバコ(ココアシガレット)……―――――――――

 …………マールボロの……マネなんだろ?


 ……っ、……くっ、くだらねぇ人助けなんかに、

 うつつを抜かしやがってッ……………………

 虫唾(むしず)が、走るぜ………―――――――


 ……あてぇはあんたを、――――――――――

 (自分の子供)だと思ったことなど…………


 一度も、ない……………………」




 東菊花は、その着物姿の女性の言葉ひとつひとつを……新宿の茜色の夕闇を見つめながら、凛とした表情で……聞いていた。


 少女には、傍らの凶悪な野獣(雷濠)など、忘れ去ってしまったかのような表情で…………。


 しかし、

 脳裏に焼き付けられた、幼き日の数々の悪夢が…………

 少女を――――――――――業火の炎へと、陥れた。


「……わたしは、母親に捨てられても、

 ひとりぼっちでも、

 …………殺されようとも……構わないッ!


 ズダズダに引き裂かれたって、いい!


 ……わたしは、

 あんたに、これっぽっちの憎しみすら……感じないッ!


 親子の繋がりなど……そんなもの、どうでもいい!



 ……でも、――――っ――――――――でも、

 なぜ………………――――――なぜ、


 千春と小春まで、捨てたんだ!


 なぜ施設に置き去りにしたんだ! 


 あの子たちの悲しみが、苦しみが……――――――


 

 あんたなんかに、分かってたまるものか!」





 ……おねいちゃん、きょうはいつかえってくるの? 


 ………おねいちゃん―――――――



 親のいない、そんな悲しみは絶対に消し去ってあげたい…………

 ふたりの妹を、必死で守り続けた6年間。


 児童養護施設という環境で、千春と小春が少しでも…明るく、元気に育って欲しいと願い……日々努力し、また犠牲を払い続けた東菊花。


 この命に代えても、絶対に守り抜くと誓った妹たち…………


 悲しみと怒りで、菊花の感情が張り裂けんばかりに絶叫し、何もかもが、少女の精神内部を残酷なまでに……ボロボロに切り裂いていく。


 新宿の、あのうずたかく積み上げられた死体の山……母親との血まみれの邂逅。憎しみに駆られる醜悪な己が、怖い……それ以上、男谷涼の顔を見つめることは出来ない。



 

 その時、真紅と白銀の閃光が、少女の眼前に煌く。



 …………己の(ごう)を――――――――

 征することが出来るか? 剣聖よ………………


 お前は、その女(男谷涼)(ゆる)せるのか?


 …………無数の屍を前にしても、怒りに捉われることなく、

 憎悪に飲み込まれることなく、


 …………義人たる己の魂を最期まで……

 貫き通すことができるか―――?



 再び少女の脳裏に舞い降りる、(つがい)の狐。


 東菊花の脳髄を喰らい尽くすかのような勢いで、女狐(二人の剣聖)はその言の葉々(ことのはば)を投げかけた。鋭利な刃物で脳内を切り裂くが如く……雷鳴の煌きが、菊花の内を……一瞬間走り抜けた。



 ……………………わたしは…………わたし、……は…………

 ―――――許すも、許さないも、ない………

 ……わたしは、わたしだもの………

 わたしは守りたいものを護りたい、だけ……

 ……唯、それだけ………



 無我に返答した言葉の裏で……しかし、

 その少女の怒りの炎は僅かに揺らめいていた。


 ――――――………ッ…………………ギリッ……ギッ……


 その両拳に力を込めながら、菊花は左足を引き、目前の怪物(岡田雷濠)に対してステップインの戦闘体勢に、無意識に入りつつあった。


 男谷涼(母 親)からは視線を外し、菊花は雷濠に向きを変え、

 その鋭い海瑠璃色(ウルトラマリンブルー)の瞳を重ね合わせた。



「もう一度聞く。

 お前は……これからも数多くの街を焼き、

 人間をたくさん殺すのか?

 人があれだけ死んでも、何とも思わないのか?」


 少女からの……菊花なりの最後通牒。

 ……額から、一筋の冷たい汗が滴り落ちる。


「………ッ、クックックッ…………お嬢ちゃんには、

 あの悪夢の光景が刺激的すぎたんだな?


 俺はもう、現世には存在しない化け物だ。

 人が死のうと、誰が殺されようと何とも思わん。

 お前の怒り狂うその青い瞳が、何をしたいのか……

 俺には、手に取るようにわかる。


 ……殺すがいい。俺を殺せッ!


 八ッ裂きにして、冥府に送り届けてくれッ…………!

 悪魔に魂を売り、醜怪な魔物と成り果てた……

 岡田以蔵を見届けるがいいッ!!」


 ――――シュッ――――――ッゴ、……ッッ、

 ――――――――シュゴオオォォォォッッッシュッ!!


 ……速いッ! 

 でもこの軌道なら―――


 雷濠の解き放った超高速のスイングブロー。

 しかしその回転半径は大きい。

 数百分の一単位で左右の足首を軸に、高速のステップを重ね、その攻撃のポイントを見切る菊花。少女の驚異の動体視力は、人間の範疇を超える眼前の怪物すら、凌駕しつつあった。


 

 ……よけて……踏み込むッ! 


 ―――ッ…………ザッ――――――ズザアアァァァッッッ!!


 ……菊花の踏み込み速度が、さらに数段加速していく。


 前後左右の超高速の足さばきから、

 …………ズシャアアァァァァッッ――――

 上半身は低空飛行、床面を滑るように距離を詰め、雷濠の左手刀を絶妙なアウトサイドダックで僅かな間隙をすり抜け、更に雷濠のフトコロ深く、超接近戦で挑みかかる菊花。





「―――――あたしは、誰も殺さない! 


 ―――――――貴様の魂に宿る…………その怨念を殺すッ!」


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