第三十六話 激闘・邇邇芸(ニニギ) 信次郎、奮戦
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今井信次郎は剛刀・回天丸をすらりと抜き放つ。
防御など思考の外、
大胆不敵な上段からの打ち込み体勢を見せると、
―――――――――せええええぇぇぇいィィィッッ!!!
素早い足捌きから、柄を握る左手の五指に力を込め、さらに半身の姿勢に移行していく。
身体軸にひねりを加えつつ、全身のその膂力を……討ち込み添え手の右手と回天丸を握り締めるその左腕に込め、よりその刀身を高く掲げた。
階段を昇りつつ、手刀を打ち込む姿勢で迫り来る岡田雷濠に向け、今井信次郎は必殺の「片手打ち」のモーションに入った。
あの近江屋で……鞘ごと坂本龍馬の頭骸骨を叩き割った暗殺剣・今井信郎の片手打ち…………。
――――奴には効かぬッ!
……いやさ、勝てぬともッ…………――――――――!!
中央環状線から降りると、幾つものドス黒い噴煙が新宿の街並に上がっていた。
爆破テロは、あの連続爆発以降も小規模な爆破工作が繰り返され、新宿駅前を中心に、同心円状に火の海と化すほどの惨状だった。
倒れかかった電柱、信号機、無数に飛び散ったガラス破片、崩れ落ちたビル…………虚しく響くサイレンと赤色灯だけが、ひっきりなしに新宿の街を駆け抜けていく。
消火・救出活動も懸命に続けられてはいたが、おびただしい数の遺体と、瀕死の状態で助けを待つ人々が至るところに転がり、さながら阿鼻叫喚の地獄絵図が其処此処に広がっていた。
コンビニの店頭が簡易的な死体置き場となり、仏ひとりひとりに掛けられた白いシーツが、今井京也の駆る、ヨンフォアの疾走でふわっ……と浮き上がっていく。
焼け焦げた漆黒の塊。
かつて生命の灯火を輝かせていたはずの……
ブルーシートに横たわる、ひとつひとつの煤けた黒い塊。
「――――――――な、なに?
……これ……な、なんなの、一体ッ!?」
ヨンフォアの後部シートから、変わり果てた新宿の街並、転がる数多くの遺体、死屍累々の惨劇を……見つめる東菊花。
ただ呆然と……
少女は、その凄惨なシンジュクの光景を受け止めるしかなかった。
人々の悲痛な叫びが菊花の体内に入り込み、沁み渡り、とめどなく涙があふれてくる。
彷徨う魂が、次々と消失していく…………
……ひとつ、―――ひとつ……この地上から、消えていく……。
―――っ……あ……あぁっ……―――私は、
…………私は――――――――――――
その悲しみの大きさは計り知れないほど巨大で、
少女はあまりにも無力だった。
(……――――わたしは……どうすればいい……?
どうすれば…………いいの………!?)
悲痛な表情で涙に咽ぶ、ヨンフォア後席の菊花に……
京也は、ヘルメット越しに叫んだ。
「――――世の中には、
こんな酷いことを平気でやらかす奴らはたくさんいる……!
東菊花、よく見ておくんだ!
人間の残酷さを!
人間の非道さを!
――――人間が悪魔になったその瞬間を!
人間は、神様になんか……なれっこない!」
…………ッ…………
――――――――ッ、ゴォォォシャャャャッッ!!!
―――ズシャアアァァァァァッッ―!―!!!
…………ぐ、っぐふッ!
―――――――ぐはああぁぁぁッッッ!!!!
白銀色の三つ編みとその長髪が、大量の血液で染まり―――――超硬質な金属の塊で、全身を殴りつけられたかのような錯覚に陥るほどの……強烈極まりない衝撃。
屋上のEV管理室まで、身体ごと吹っ飛ばされる今井信次郎。
壁を這う排水パイプは粉々に砕け散り、鋼鉄製の欄干もグニャリと湾曲していた。
「……フィリピンのエグゼクタービルでは……
よくもやってくれたなァ、今井の爺さんよォ……」
血走る悪魔的な両の眼。
それはこの大男を、この上なく不気味に演出していた。
理性など欠片も持ち合わせないかのような、その岡田雷濠の相貌は、今井信次郎をさらに絶望に追い込んでいく。
……く……くッ、おォ……ッ、
……っこ、このままッ……このまま引けぬッ!!
必殺の片手打ちも軽々と雷濠の手刀で弾き返され、追撃の二の太刀、三の太刀も簡単に叩き落とされてしまう。
剣を交えての攻守すらままならず、
このままでは……なぶり殺しになる………。
岡田雷濠の強さは、人間の能力を遥かに超えた次元にあった。
「…………ちィィッ!……敵わぬと判っていながら、
しかしここまでとはッ……」
坂本龍馬を殺害した先祖・今井信郎が、戊辰で奮戦した時の佩刀・回天丸も、雷濠の身体には傷ひとつ付けることは出来ない。
それどころか、鍛え抜かれた玉鋼が刃こぼれしている。
「生身の拳」相手に、鍛錬を重ねた刃金が欠けるはずはないのだが……それは雷濠の素手による斬技が、それほどまでに恐ろしい破壊力を持っている証左でもあった。
……これではご先祖様に顔向け、できぬ……
今井信次郎は、グッ……と悔しさを噛み締め、
……京也を、姐様を守らなければ………………
そして、剣聖を――――――――!
「ここだ! このマンションだ、急げ菊花ァ!」
息を切らせ、今井京也が菊花の手を引いてひた走る。
マンションの大門前には地下駐車場入り口と、住居人エントランスのセキュリティシステムボックスがあり、鋼鉄製の大型門の開錠は容易ではなかった。
素早くマンション裏側にある非常階段の入館門を見つけたが、その覆いは20メートルほどの高さがあった。
「乗れッ! 菊花ぁッ!!」
すると京也は、ヨンフォアをウィリーさせ、階段の手すり目掛けてフロントタイヤを着地、エンジンを一気にレッドまで回してバーンナウト、垂直に車体を飛翔させる。
――ッッ――――グッギャギャギャアァァッッ―――――!!
ガッガッ、…………ガシャアアアアアァァンッッ!!
ヨンフォアは入館門を飛び越え――――
ひらりとバイクから飛び降りる京也と菊花。
非常用の螺旋階段を踏みしめる。
……爺ちゃんはどこにいる!?
何階にいるんだッ!?
呼吸荒く叫ぶ京也。二人はどんどん階段を掛け上がっていく。
その時、
……カシャアァァァンッッ―――――――――――
微かに聞こえてくる炸裂音。
「……上から聞こえるッ!
きっと屋上の方だ!」
……ザァッ!
タッ、タタン、タタタッ!
17階を一気に駆け登っていく東菊花。
少女のあまりのスピードに、京也はついていけない。
「ちィッ、あいつ……速えぇッ!
…………―――――――爺ちゃん!
待ってろッ!!
今……――――――――行くゼッ!!!」




