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第三十二話 以蔵と雷濠 死神と呼ばれた男

本物語は「タテ書き小説ネット」のPDF縦書きのみですべて文章調整しています。横書き、携帯ですと読みづらいかもしれませんがご了承ください(挿絵は横書き、携帯のみで閲覧できます)。

「――――――――まだか…………

 彼奴らの情報は、未だ入らぬか?」



 この状態では、クルーザー内でひたすら連絡を待つしかない。


 亞蘭家本部の情報収集部隊、隠密部隊、某欧州国と共同運用の解析衛星「プロメテウス」。


 警察権力も一目置く、流石の亞蘭家・情報収集群も、未だその予兆すら見せぬテロ事件を、事前に察知することは極めて困難だった。


 今井信次郎も、血走った眼で探索指示・修正を繰り返す。


 紛争地域で傭兵歴を重ねた現役兵士や、各国の特殊部隊で活躍している(ツワモノ)たち……屈強な戦士が揃う亞蘭家私兵も、しかしこの状態では如何ともし難い。


 その不甲斐なさには、信次郎も歯軋りを重ねるしかなかった。



「…………空からの強行突破ではない? 

 やはり事前に、先発部隊を国内に送り込んでいたか……」


 しかし、この昂ぶる緊張感の中、今井信次郎の内面の中心にあるものは……それ(・ ・)ではなかった。




 ……京也は、あの女神様を説得できたのかどうか……




 亞蘭家筆頭の老剣士は、坂本劉(さかもと りゅう)が放った先発隊の動きと同様、京也と東菊花の動向が……最も気になるところだった。









「ソロソロ、……ダナ……」








 新宿駅前。


 カメラ販売の大型店舗が、

 その大男の頭上に大きくその看板を掲げている。



 男にとって、この新宿と言う猥雑極まる人間達の息遣いは性に合っていた。

 ただ、これから始まる惨劇の晴舞台を想像すると、勢い……欲情し、イキリ勃つのも致し方無かった。



 ブラウンの麻布のコートは浮浪者のようで、

 歩く姿はみすぼらしい。


 ただ、2メートルを超える長身と、素顔が隠れる程の長髪が風にたなびくたび、周囲の人々はその姿に圧倒された。


 彼は何度と無く職質を受けたが、武器らしいものは所持しておらず、単なる体格の良すぎる浮浪者として、それ以上警察官からの追求はなかった。



「……ハラ、……ヘッタ…………」



 新宿ガード下の牛丼屋の自動ドアをくぐる。

 しかし、店内の容積はその男にとっては狭すぎた。



 ………………メシ―――――――――クレッ…………。



 ボソッ、と店員に声を掛けながら、カウンター席に座る。

 大きいその身体は、隣り合う座席の客の荷物を押し出し、


 ―――――ドスッ。 ………………その荷物は床に落下。


 気弱な大学生あたりなら、それ以上コトは大きくならなかっただろう。暴対法以降も、新宿界隈には未だヤクザ、チンピラ、ジャンキー程度は幾らでもうろついている。


 この男もそんなひとりだった。



「――――コラァッ!? ……あんチャン、

 ナニしてくれてンのやァ……!?


 あぁんッ!?


 ワレェの足元に落ちたモンはッ…………、

 誰サマのお荷物かと、聞いとるんやッ!!」



 そう言い終える前には……そのヤクザ風の男は、

 隣席の大男の胸ぐらをつかみ、



「―――拾えやぁッ!! ゴラアァァァッ」


 つかんだ……までは良かったが、その大男の胸ぐらをつかむ右手が瞬時に弱々しく……まるでその場にとろけるかのように…………。


「………あ、………っ? …………あっ、っぅひ、

 ――――――……っぁ、…………ひぇ…………」



 胸ぐらをつかんで因縁をつける前には、既に…………

「彼」の生命の灯火は消失していた。



 ―――――――――――――――――――――シュッ



 微かな……音らしきものは発せられていたのかもしれない。

 しかし店内の客、従業員は誰一人として…………

「それ」を確認できなかった。


 牛肉を煮込んだ甘ったるい食欲を誘う芳香。

 足早に客にどんぶりを運ぶ店員。

 噛まずにどんどん牛丼をかっこむサラリーマン。

 学生、フリーター……。



 ベチョ――――――――――――――――――――



 だらららららららららららららららららっ………




 そのヤクザ風の男の、第七頚椎から上……首と頭部が、

 春季特別メニューのポスターに叩きつけられ、

 ……ずるずると壁を滑り落ちる。


 椎骨の切断面からあふれ出た、様々な色の大量の液体が、

 店内じゅうに飛び散った。




 ―――――――ぎゃっ、……っぅふ、

 ……ぎゃああああああああああぁぁぁぁっっっ!!



 

 店員、客、その幾重にも重なる恐怖の悲鳴が室内に響き渡る。


 その大男はこぼれそうになった客の食べかけの牛丼のどんぶりを死守すべく、小刻みに店内を跳躍、空を舞い、同時に、

 

 その右手は水平方向にスラッシュ―――――――――――――


 シュッ―――――……シュッ―――……

 ――シュッ……シュッ―――――

 シュッ―――――……シュッ―――……

 ――シュッ……シュッ―――――



 次の瞬間には、店内全ての人間の首が消えた。


 牛丼屋店内のアイボリー色の壁、木目のテーブル、人々の衣類…………全てが真紅に染まり、飛び散った大量の液体を浴びながら、嬉しそうに男は笑う。滴り落ちる真紅。


「……ッ…ヒッ…ヒッ――――……ッ…ヒッ……

 ヒャッハッハッハッハハハッハハッッハッハッハァッ!!!」


「……殺シテいいんだよなァ! 

 もォいいンだよナァ……!? 


 トモダチなんにんデキルカナッ!?」


 店内にあった牛丼のどんぶりはトマトソースをぶっかけた様な惨状だったが、さらにそのドンブリひとつひとつをかき集め、


「もったいないデスネ―――――きみタチ、

 ギュウ丼ウマイのに……ノコシチャッテ……」


 物言わぬ20体あまりの首無し死体に、

 笑いながら大男は語りかける。


 真っ赤になった汁だくもろとも、店内の牛丼をガツガツと更にかきこみ、変色した肉汁を啜り、男は血まみれの口元をニヤッ、と開きながら満足そうに、しかし影のある笑みを浮かべた。




(……――――俺は坂本の奴隷でも私兵でもナイ……

 俺は仕事を終わらせて、いつか土佐に還ル……――――)





 


「司令、そろそろ……」



 その大男の背後には、

 いつしかサラリーマン風の男数人が控えていた。


 彼らの胸に光る組合角に桔梗紋……

 その下に敷かれた十字架。



「―――――あぁ…………お前達の好きにやるがイイ。

 派手にヤッチャッテ。


 ……シンジュクに岡田雷濠(おかだ らいごう)が帰ってきたと…………、

 今井の爺サマに判らせてやるだけで、イイ」



 



 岡田以蔵。(おかだ いぞう)


 幕末期、土佐勤王党の最も凶悪なヒットマンとして武市瑞山によって操られ、哀れな傀儡としてその身を滅ぼした小野派一刀流・鏡心明智流の殺人専門要員である。


 武士、町人、識者とその相手を問わず、数多くの死体の山を築き上げた狂気の殺人鬼として知られる。


 脱藩後、坂本龍馬に拾われたが……


 故郷・土佐に於いて無宿者として斬首。


 


 彼の直系の子孫は、


 現世において誰一人確認されていない―――――――――。


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