第二話 菊花と双子と御曹司
本物語は「タテ書き小説ネット」のPDF縦書きのみですべて文章調整しています。横書き、携帯ですと読みづらいかもしれませんがご了承ください(挿絵は横書き、携帯のみで閲覧できます)。
田園風景広がる関東平野……北部。
季節は春。南北に伸びる、国道四号線のとある交差点手前五十メートル付近。
ケダモノのような少女の怒号と、妖しい少女の奇声とが交錯していた。
そのシルエットは……たぶん、ふたつ。
「―――――今日も馬鹿が大名行列でやってくる……………フッ、
それもまた、この世界のことわりと言うべきか……」
ライトブラウンの緩いウェーブの前髪を、指先でくるんとつまむ。少年は、交差点の白線上に立っていた。田舎の風景には場違いな、全身純白・煌びやかなパールホワイトに輝く制服を身にまとう。
その怒号と奇声に気づきながらも、彼は余裕の表情で後ろを振り返ろうとした。
「お坊ちゃま、多分……危険でございまするぞ?」
その少年の背後には付かず離れず、鮮やかな紫色の背広を着た老年の男性が立っていた。
純白と……紫。
チバラギ仕様の若者も多数闊歩する土地柄ゆえ、下手をすれば、違う方向の人種に見えなくもないカラーコンビネーションではある。
……ただ、彼は信ずるべきだったのだろう。その老年男性の忠告を。
次の瞬間、
「―――どぉおおぉぉッッ! ……―ッ――ッ、どォひイィッ!!」
その少年は、老年男性の予想通りの事態に間違いなく巻き込まれた、らしい。
――――天空に輝く黄金色のシルエット。
戦国武将の「かぶと」のような物体が少年の視界に入ったが、それ以降は記憶になく、彼はコンクリートの砂を噛み、その場につっ伏した。
中央分離帯のほぼ中央に不様に転がった、
ある少年のシカバネひとつ。
「―――ッ、―ッこ、―ォッ――こ、
こじゅうろォォッ☆♂☆♂」
「……ッま、まァ―――ッ
まさムネむねムネむねムネさまあぁぁッッ♂♪♂♪」
叫び、吠え、飛び、回り、走り、止まり、
歌い、笑い、泣き、喜び、舞う………
総距離740キロに達する、その陸上距離・国内最長の国道四号線。この時間帯は渋滞も多く、ドライバーは総じてイライラムード満点な状況となる。
にもかかわらず、そのふたりの女子中学生は、悪夢の如き異次元空間を――交差点のど真ん中に形成しつつあった。先を急ぐドライバーの罵声など、我関せず。
嵐の暴君が如く、いちゃいちゃしまくり……
その変質者モードはレヴリミット全開。
「うい奴じゃ♂♪ うい奴じゃ♂♪
うい奴じゃのォォ♂♪~~♂」
「………あッ♂、……な、なりませぬゥッ♂♪
なりませぬゥ♂♪ せぬせぬゥ~♂♂」
五月人形のカブトのようなものを、頭にくくりつけた小柄な女子中学生と、制服のブラウスの腕部に振り袖状のパーツを付けた、異様な出立ちの女子中学生が、交差点のド真ん中で……ふにふに抱きしめ合い、頬擦りし、妖しい手つきで互いの身体をまさぐり合う。
「……三千世界の三成殺し……ヌシと寝酒が……
ぬッふッふッ……フッはッはッはッ♪♂♂」
腰に両拳を当て、天空に向けてケラケラ笑うその姿。
狂った魔女か奇天烈王女か……
ふたりの狂気をはらんだ奇声と出立ちに、罵声を浴びせていたトラックドライバーも、その超亜空間な光景に完全に言葉を失っていた。
カブトの少女は、その場で五番ポジションから一気に垂直飛翔、バレリーナを思わせるフレンチアクションから一転、ケタケタ大笑いしながら両こぶしを何度も大空に突き上げ、
「――――………あたいの生涯に、一片の悔い無しィィッッ☆☆」
……叫びつつ、我が物顔でクルクル回転しながら、交差点内を楽しそうに移動し始めた。
「……てめえらァ、ぶっ殺すぞォッ! このガキゃああぁぁッ!」
はっ、と我に返り、再び殺気立つドライバー達の罵声。
「マジで死なすぞッ! このクソ野郎ォオォッッ!!」
無理もない。
通行を邪魔された一般市民の、至極当然な感情である。
さらに傍らの振袖おかっぱ少女は、下着が見え隠れするほど短めのスカートをひらりひらりとひるがえし、さらに業火にガソリンをどぼどぼ注ぐが如く、ほっぺたとおしりをさらに超ハイスピードで振りまくりつつ、
「……わぁたくしもォ~☆
常世にてェ~
愛まみえるのでございますぅぅ~~☆☆」
陽気な笑顔を見せながら、カブトの少女をスキップで追いかけてゆく……茫然と……時間だけがストップした、国道四号線のとある交差点。
完全に無視された信号機だけが、その連続発光を止めることはなかった。
「……べ、弁当忘れてんぞぉ……、おまえらァ……
今日はパ、………パス……ッ………
――――――――ッ…………――――――――ぐふッ……」
交差点の中心で哀を叫ぶ少年。
派手なパールホワイトの制服の少年は倒れたまま、
ついぞ立ち上がることはなかった。
物語の進行上はそういうわけにも、いかないが……。
やや遅れて、もうひとり……少女が横断歩道の前に立った。
彼女もまた、女子中学生である。多分。
先程の暗黒銀河征夷軍・精鋭2人組と同じ学校の制服を着ていたからだが、その海瑠璃色に輝く優しげなその瞳は……やや大人びた雰囲気。
青白磁のように透き通る美しい白肌と、しなやかな肢体。
背もすらりと高く、175センチ前後はある。
ひざ裏下まで伸びる漆黒に輝く長髪が、
地面とこすれ合わんばかりにサラサラと春風に揺れていた。
加えて―――ブラウンの色味を帯びた、
口にくわえたタバコ……らしきもの。
煙は……ない。
そのタバコのようなアイテムだけは反社会的趣きを醸し出していたが、しかし他の全身に標準装備された数々のアイテムは『別の意味で』アウトロー的な方向だったかもしれない。
腰にはメッキシルバーに輝く、
「ベルト」と呼ぶにはあまりに太いシロモノが巻かれていた。
「……い、イマ……憑……依モード?
ってか、ボタンたくさんあるしィ……」
頭部には純白のヘルメット。
2つの鋭角な「つの」状の部品が額上に装着され、グレーカラーのアイマスクが同時装着されるようになっていた。
また両手には指抜きの黒革製ドライビング・グローブ。
上半身にはRothco社のギリースーツ。
ロングレンジの狙撃には必須だよ! ……と、ある男子生徒の言われるがまま装着してみたが、擬装用ネット&ジュートが歩く毎に、危険なオーラを周囲に振りまいていた。
これら異質異様なアイテムと共に、左手には企業ブース限定の巨大な紙袋。その中身は雑誌・コミック・同人誌・各種小説・ラヴクラフト全集・今日からはじめよう黒魔術……。
……とりあえず言えることは、これら装着アイテム・所持品について、彼女は何ひとつその内容・使用法・知識・情報を持ち合わせていない……それは事実であった。
それらのアイテムが何故「ある」生徒たちから支持され、愛されているのか?
彼女はそれを確かめるために、その理由を体感するために……
生徒たちから一泊ニ日で借り受けていた?
いや、正確に言えば、「借り受け」ていたのではなく、
「押し付け」られていたのだが。
真紅の彗星のヘルメットや、テニス少年同士のくんずほぐれつの同人誌、大きいお友達専用サイズの限定変身ベルトなど……「ある」生徒たちは彼女に好意を寄せるあまり、より自分の趣味を理解して欲しい、とばかりに彼女に各種アイテムをどんどん手渡していくのである。
彼女はそれを断ることもできず、
またこれも勉強であると、
進んでアイテム研究に勤しんでいる面もあった。
ヘルメットやベルトは通学の途に於いてまで、装着し続ける必要性も一切なかったのだが、それが彼女なりの優しさであり、「ある」生徒たちへの心配りだったのかも、しれない。
さて、交差点の信号は赤である。
歩行者はとまれ、がジャパニーズスタンダード。
彼女は急いでいた……わけではない。
いや、始業時間を考えると青信号になるまで待っていても、何ら問題はなかった。
「――人間に優しくないねぇ。
車ばっかりたくさん通っててさ…………
ね、おばあちゃん?」
少女は、先に信号待ちしていた車椅子の老人に優しく笑いかける。
おそらく近くの老人保健施設あたりから来たのだろう、電動車椅子が3脚。3人のお年寄りは、彼女のあまりに異様な姿に一瞬ギョッとしたものの、イマドキの若者はこんなものかと、ニコッと苦笑いしながら、
「ここの信号は待つのは長くて……渡り始めると早いからねぇ……」
3人のお年寄りは少々不安げな表情で、車椅子を横断歩道の手前ギリギリまで詰めるようにして待っていた。一緒にいるはずの随伴の施設スタッフも、なぜかこの日はいない。
「この横断歩道、以前もどっかの御仁が車にはねられてんだよなァ」
白髪老人男性の声。
この付近の国道四号線は自動車の通行量も多く、片側二車線・計四車線であり、横断歩道の移動距離は長い。左右折専用レーン・中央分離帯を合わせれば、相当な距離である。安心して3脚の電動車椅子が、この長い横断歩道を渡りきれる保証はなかった。
いや、おそらく横断歩道の後半あたりで信号が変わり、気の荒い物流トラックあたりに、
「どけやぁクソババア! 死にてぇのか!」
と怒鳴られるのは、ほぼ目に見えていた。
しかも後から、小学生の通学班がぞろぞろと、加えて保育園にでも連れて行くのであろうか、幼児と手をつないでベビーカーを押す母親も、横断歩道に並び始めた。
「…………―――っ―――――ふむ……」
ため息と同時に、少女の瞳が僅かに動いた。
少女は何気なく、口にくわえたタバコ状の細長い物体を、黄色い歩行者用のスイッチボックスに向けて吐き出した。
それは見事に的中。
……だけでは済まなかった。
タバコ状の細長いそれは、金属製のスイッチボックスの赤いボタンを突き破り、ボックスそのものを貫通、見事に突き刺さっていたのである。
しかし、少女の意図するものはスイッチボックスの破壊ではなかった。次の瞬間には、交差点の歩行者信号は「青」を表示。
反対に、自動車側は黄色をすっとばして突然「赤」となる。
トラックやトレーラー、各自動車は必然的にいきなりの急ブレーキッ!
―――ッ―――キュ、キュワワワッ……
キキッキッ……―――ッキィキキキキキキィキッッ!!
「――――どわあああぁぁぁッッ! し、死ィぬゥゥッ!!」
スイッチ内の電気回路がショートし、火花がパチパチパチ……とはじけ飛ぶ。
歩行者用のスイッチが破損したせいなのかどうかは、判らない。
が、そのままずっと、歩行者用信号は青から赤に変わることはなかった。
「ORIONも泣かせるぅ……ひと箱三十円のお菓子に、
こんな利用法があるとは、ね……」
何事もなかったかのように、ゆっくりと横断歩道を渡り始める車椅子の老人御一行。通学班の小学生たちも、ベビーカーの赤ん坊も……キャッキャッと無邪気に笑いながら。
その不思議な格好の女子中学生は、彼らが横断歩道を渡り終えるまで、
「―――さ、皆さんゆるりと参りましょう……」
国道四号線の中央で、ずっと見守っていた。
その左手に企業ブース限定の巨大な紙袋を、
横断用の黄旗代わりに握り締めて。
そっけない表情で何事もなかったかのように、再び歩き出す少女。
その右手には、妖しげなアニメムックが一冊。
それを、参考書でも読みふけるかのように。
真剣な表情でブツブツと、ひとりごとを言いながら……。
全員が横断歩道を渡り終え、その少女もあと数メートルで交差点を渡り終える頃だった。
―――ッ―ズズズズズズズズズズズズ――――ンッッッ!!
「……っ…………ぴっ、ぴぎぃッッ!………」
ほぼ同時に、凄まじい轟音と奇天烈な擬音らしきものが交錯。
ニワトリを絞め殺したときの断末魔のような、か細い死に際の人間の声。
あの少女が飛ばしたオリオン謹製ココアシガレットは、歩行者用の黄色いスイッチボックスを突き破っただけに留まらず、主柱である電信柱をも貫通し……遂には柱そのものを――――
豪快に、なぎ倒していたのである。
「――――なんか……踏んだっ?
………………つか、マジゲロきもっ……」
彼女にとっては電柱が倒れた凄まじい轟音よりも、交差点内でその屍をさらしていた、あの少年の太ももの付け根あたりを、思いっきり踏んづけた事実のほうが印象深かった。
踏みつけたときの太ももの肉感が、どれほど気色悪かったかは……知る由もない。
「―――――っ、………東ァ、
…………菊花ァ………
弁当ォ、忘れてる、…………ぞぉ……」
ぜーはーぜーはー呼吸も荒く、
哀れな少年の屍は、プルプルとその全身を震わせていた。
彼は国道四号線上に横たわりながら、そのブラウンの前髪をくるりと人差し指で巻き上げ、
「フッ……心優しき女神様、いまだ心開かず、か……」
――――――………………ガクッ。
そのままその少年は、
再び大地から立ち上がることはなかった……………
ほうが、良かったのかもしれない。
《………………おいたが過ぎますな………………菊花殿………》
フッ、……と少女の脳裏に浮かび上がる、
半透明に輝く逞しい男性の姿。
しかし東菊花は再びムック本を見やり、
何ゴトもなかったかのような表情で…………
……また、歩き出した。