第ニ十五話 双頭の女狐 ~剣聖降臨~ 菊花の右腕 その2
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真白と真紅の狐面が、ジリジリとにじり寄る。
双方の距離が詰まる。
奇怪なシルエットは、更に大きく膨張していく。
その場の空気が固められたコンクリートのように硬質化……
と同時に、柔らかな風が、少女に重なり合うかのように頬を叩く。
そしてその「風」が凪いだ――――――――――――刹那。
――――――――――――――慈悲の心とは……………………
――――――――――――――如何に!
裂帛の気合が、菊花の脳髄に響き渡った。
「…………――――――慈悲の、……心?」
凄まじい速度で、菊花の上半身を何かがすり抜けて行く。
右に控える真紅の狐面が、その腕部をスラリと伸ばすと、瞬時に刀剣のような形状に変化。超硬金属質の鈍い光……その小乱れの刃紋は、ギラリと鉄の閃光を放つ。
稲妻のような踏み込みと同時に、菊花の頭上数メートルを飛翔、
――――シャアアァァァァ―――――――――――
…………シュシュッ……サァァァァ………
スローモーションのような、その刃の幻影。
同時に垂直方向と水平方向同時に巻き起こる奇妙な乱流。
刃陰は微かに視認は出来ても、フラフラと左右に揺れるその刃衣の輪郭が、余計に迷いを生じさせた。
剣筋は読めない。
フェイクともつかぬそのトリッキーな動きは、流石の菊花もどうすることも出来なかった。
「……か、風が……こ、……この変な、風……!?
な、なんなんだッ……!? 一体!?」
女性のような細身のシルエットは、
紅いマスクの下から微笑を浮かべた。
刀の軌跡すら読めず、狼狽する菊花。
――――――――殺られるッ!
その脳天めがけ、狐面はその切っ先を…………、
大上段から一気に振り下ろすッ――――――……ッ、
……ズシャアアァァァッッ――――――――――――ッ!!!
東菊花の動体視力を遥かに超越したスピード。
回避は到底不可能。
セーラーの右肩部が切り裂かれ、
その紺色の生地が地面にはらりと落ち、
…………と、同時に―――――――――
菊花の右腕がぼとり……と、
その場に落ちた。
――――――――――――プシャアアァァァッッ…………
少女は真紅を纏い、
周囲も自身の血しぶきで真っ赤に染まっていく。
切り裂かれた右肩の肩甲棘、上腕骨、鎖骨が剥き出しとなったばかりでなく、その剣閃の凄まじいスピードは、その筋繊維から滝の如く大量の血液を吸い出していった…………。
「―――――――フッ―――この程度、
見切ることすら……出来ぬか。
―――……愚か、愚かよの……」
白狐の面がその鋭い牙をギリギリと鳴らし、
空中から菊花を見下す。
「姉者、どう致しまするか……?
この無様な末裔を」
二匹の狐は、砂を噛み……地を這うその少女を見下ろしながら、
残酷に冷笑を浮かべる。
「生くるか黄泉に送るかは―――――――
我らの判断するところではない。
…………が…………冥府魔道、
その魂をもって現世の濯ぎを完遂する決死の覚悟が………
この娘にあるとは到底思えぬ、――――――な」
「―――――――っ――……………………くっ、
…………く……そ、おぉ………ッ」
脊髄を走り抜け、脳天まで貫くような……
立ち上がれないほどの激痛が、全身を覆う。
体中の血液が排出され、意識が薄れていく……。
喉から吹き上がる鮮血が一筋唇を伝う。
立てない……攻撃はおろか、その身を防御することすら、
ままならない。
菊花の恐怖と焦燥感は、先程とは比較出来ないほどに、
膨れ上がっていった。
―――――――――――――殺される…………
あたしはこんな処で、死ぬのか…………
ふと見上げると、
真紅の狐面が右手に持つ、刀剣の鞘には「見慣れた」……
円形の模様が、あった。
(……あれは、わたしのセーラーの肩の刺繍と同じ……)
(シスターが刺繍してくれた、……あ、あの……)
全身は硬直し、鎖で縛り上げられたように動かない。
それでも無理やり上半身をそらすように、
その狐面を睨みつけながら、菊花がつぶやいた。
「……お、……お前ら……
し、シスターの知り合いか……? な、
何故こんなことを……」
月明かりがその悪魔の微笑を、より鮮明に映し出す。
「有難き男谷家の家紋など、
貴様には余りに不釣合いというもの。
先程は右側を切り取らせて頂いたが…………。
左側の「家紋」も引き千切らせて頂こう…………
もちろん、
……お前の左腕もろとも、……な……―――――」




