第ニ十二話 衣食足りて礼節を知る その2 それが、普通なんだ
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その子の名は辻本陽人。
母親はいる。
父親はいない。
お父さんはいわゆる『売人』で、チンピラ以上ヤクザ以下の一番厄介な種類の人間だったらしい。
そんな父親が仕事上の失敗だか制裁で、自宅に同業者に踏み込まれ、相当なリンチに遭い、死亡した。
この男の子も、母親もその現場にいたらしいけど、ね。
そんな過去もあってか、この子は精神的にとても不安定で、一旦暴力的になると手がつけられない。
この男の子もリタリンを中心に、数種類の薬を日常的に服用していた。
「……おっちゃん(辻本陽人は俺をそう呼ぶんだけど)、
あんさぁ……あんたさぁ……カネ持ってねえ?
あした給食のカネ持っていくんだよ」
生意気にも、俺のスネを蹴り上げながら……これがまた痛いんだけど、このチビスケ、偉そうに言いやがるんだよネ。
「……給食費は保育士さんが直接学校に渡したりとか、
銀行振り込みとかじゃないの?」
俺はその男の子に逆に聞いた。すると悪びれる様子もなく、
「おれ、あのカネ使い込んじゃってさ……
いまスカンピン、なンだよ」
聞いてみるとお菓子やらゲーセンやら、給食費全てを使い切ったらしい。
「……それ、まずいんじゃないのぉ?
保育士さんに謝ったら?」
俺が諭すと、
「ボケェッッ!!
使い込んだ奴がマジにゲロしてどうすんだよッ!
ナメてっと死なすぞッッ!?
ああっ!?
ぶっ殺すゾ!?
この、糞ヤロォ!」
誰も……信じようとはしないだろうね。
絶対に。
これは―――――ノンフィクションさ。
俺がこの目で見た、悪魔のような表情。
この耳で聞いた7歳児の凶暴なセリフ……。
でもこれは現実なんだよ。
街のチンピラも驚くような、スゴイ言葉遣いだった。
ドスの効いた、迫力ある言い回し。
7歳で恐喝で捕まるくらいだからね。
この子は給食費をネコババしても、良心の呵責すら微塵もないんだ。でも辻本陽人という7歳の男の子は、生まれながらに「こんな」子供だったわけじゃない。
施設入所以前の生活はリアルに地獄そのものだったらしいし……その悪影響は大きいと思う。
俺はこの男の子を怒ろうとは思わなかったし、この子にはなんの罪もないんだ。
すべては、この子なりに一生懸命生きようとしている……
頑張っている姿だからさ。
法律上はアウトでも、生きるために、
7歳なりに必死だったんだ……。
衣食足りて礼節を知る―――――――――
この男の子に、どうやって人間社会のマナーを学ばせろ、
って言うんだい?
人間としての最低限の幸せすら感じられない状況に放り込まれ、それで万引きしたり、暴力を振るったら、人間のクズだのなんだの……罵られるのって、それは本当に正当だろうか?
この子が『悪』だと責められて―――――当然なんだろうか?
東菊花が、なんてみじめな弁当を隠れて食べているんだ……と哀しくなったことがあった。けど、この施設の現状を見せつけられた俺は、それを理解出来たし、彼女を神様扱いするのはヤメにした。
まぁ、彼女の場合は年下の子供達に自分のおかずを全部あげちゃっていたから、あんな弁当だったみたいだけど……。
少なくとも彼女にとって、
粗末な弁当は当然で………………迷いすらないんだ。
ここでは、偉くもなんともない。
それが、普通なんだ。




