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第ニ十一話 衣食足りて礼節を知る その1 

本物語は「タテ書き小説ネット」のPDF縦書きのみですべて文章調整しています。横書き、携帯ですと読みづらいかもしれませんがご了承ください。

 衣食足りて礼節を知る――――――――――――





 そんな言葉が、あるけどさ。


 隣人に敬意を払うとか、礼儀を重んじる心とか……譲り合いの精神だとか、ね。


 そんなたいそうなことは……生活に、人生に余裕のある人間が出来ることであって、腹を空かせて困っているのに、寒くてブルブル震えて住むところもないのに……他の人間に優しくしたり、自分の幸せを分け与えることなど……出来るはず、ないよね?


 自分の生命・生活に危機が訪れれば、人間も動物も所詮同じだ。

 何も変わらない。


 人間は、基本的に動物と何ら変わらない部分がある、と俺は思う。




 精信学園に来るようになって、数週間が過ぎた。


 放課後、そして週末土日にお手伝いする、との約束で。

 俺は、調理師免許を持ってると嘘をついて、調理ボランティアとして潜り込んだ。そう、東菊花をもっと知りたい、彼女の本当の姿を知りたい……と思ったからだ。


 ただ残念ながら、俺は東菊花にはまだ直接触れ合っていない。というかその姿を見ていない。彼女は週に何度かコンビニのバイトをしているらしく(中学生なのに?)また、相変わらず校内巡回を朝だけでなく放課後も行っているようで、また不登校生徒の家なんかにも、さらに頻繁に通い続けているらしい。


 だから帰宅時間も、一段と遅くなっているみたいなんだ。


 ちなみにあんなヒドイ目に遭わされたはずの忍と妙と組んで、インターネット上の、いわゆる学校裏サイトの調査まで行っているらしい。ほんと、徹底的にやるつもりなんだろうなァ……。


 そんな……東菊花の一連の行動を見て、あらためて俺は思う。


 彼女は、この世界を救いかねないとね。


 馬鹿げている妄想だと言われてもいい。

 少なくとも俺はそう信じていたんだ。


 でもこの中央大舎、そして菊花たちのグループホームなど、この施設を色々巡って初めて知ったんだけど……。


「聖人」と呼べる存在は、菊花だけじゃなかった。


 他にもいたんだ。


 子供達の「母親」代わりである保育士さん。


 彼女達は、自分の人生を完全に捨て去って働いている。

 彼女たちの自己犠牲は、東菊花を超越していると俺は思った。


 施設に住み込みで24時間労働。

 ボーナスは全額寄付。

 毎月の給料はすべて担当児童の衣類、お菓子、玩具、生活用品……担当児童が大きくなれば進学費用と、収入はすべて施設の子供達のために消え去っていく。でもこれって親とおんなじなんだよね。


 収入全部子供のために使うってさぁ……これってどうなの? 

 一般常識的に「アリ」なの?


 児童養護施設に寄付だのなんだの……ニュースでよく聞くけど、そんなのチャンチャラおかしいと思ったくらいの衝撃だったよ。


 この人たち一体何考えてんの!? ……ってさ。


 でも、悲しいけどそんなに事は単純じゃなかった。

 そんな聖人レベルの保育士さんたちが毎日がんばっているにも関わらず、人生全てを捧げているにも関わらず、施設の子供たちの状況は一筋縄では行かないんだよ……。


 児童養護施設は、色々な面で苦しい。

 食べるものが豊富にあるわけじゃなく、おもちゃも漫画もテレビも……遊びたい時に、見たい時に読みたい時に、食べたい時に――自分の「家」であるはずなのに、厳しい決まり事があり、全てが思い通りにはいかない。


 甘えたい両親を探したってどこにもいない。

 思春期の子供達にはプライベートすらなく、完全な個室などあり得ない。共に暮らす相手との相性が悪いと、それだけでストレスが溜まり、精神的におかしくなってしまう子供もたくさんいる。


 寄付品として全国からダンボールで送られてきた衣服には、知らない子供の名前がマジックで書いてあったり……穴が空いてボロボロだったり、食べこぼしのシミとかさ……。子供達の人権なんて完全無視、と言ってしまっては言い過ぎ……かな?


 俺が、想像を絶するこの空間に、驚いたのはそんな悲惨な状況、現状だけじゃない。その地獄に慣れてしまっている子供達の姿だった。


 昨日は万引き・今日は暴力事件、施設内では6年生の男子が、自分の漫画を勝手に読んだ3歳幼児を手加減無しに殴って気絶させたり、台所の包丁で児童指導員を本気で脅す女子中学生とかさ……そんなのは日常の光景でしかない。


 精神的に不安定で、暴力に走りやすい子供達には、精神科で出るような種類の薬(中枢神経刺激薬・メチルフェニデート製剤)を飲ませて肉体を弛緩させ、よだれを垂らすようなヘロヘロの状態にして対処したり……リタリンとかデイトラーナ、コンサータとかね。


 でもそんな薬を投与しないと、他の子供達や施設職員が危険なんだ。

 実際悲しい事件も起きている。


 また死別ならともかく、共に暮らせない親達も様々で、精神病院から脱走して来た母親が施設職員や病院スタッフに取り押さえられたり、あるいは仮出所でやっと自分の子供に会えるかと思ったら、出所を待ち構えていたヤクザが施設前でナイフを持って飛びかかって来たり……。



 全てに絶望して…………施設前の道路で、

 自殺未遂を冒した母親もいたとかいないとか………。



 ――――――――――――なんて言うか…………。



 俺も最初は目が飛び出るほど驚くことばかりで、正直最初の5分で逃げ出したくなった。いや、もっと正直に言うと、そのときは今日でボランティア辞める……と決めていたんだ。


 包丁握りしめて振り回されちゃ、俺もたまんないし、シャレではすまないしさ。だけど……。



 俺は、ある小学校一年の男の子と出会い、

 なぜかそれ以上怖くなくなった。



 この地獄のような空間に、俺自身が当事者として放り込まれていない、第三者的な立場、卑怯な立場であることが、とてつもなく…………



 俺には、とてつもなく恥ずかしく…………思えたんだ。

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