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第一話 光を継ぐものたち (挿絵)

本物語は「タテ書き小説ネット」のPDF縦書きのみですべて文章調整しています。横書き、携帯ですと読みづらいかもしれませんがご了承ください(挿絵は横書き、携帯のみで閲覧できます)。


挿絵(By みてみん)


 物語から十四年後。



 歓喜の雄叫びをあげる巨人ファン。大歓声の新東京ドーム。

 巨人ー阪神9回戦。


 今や押しも押されぬ巨人の、いや球界の絶対的エースに君臨する青木投手が、今シーズン4回目のノーヒット・ノーランを達成。ドーム内は、その快挙に騒然となっていた。

 ヒーローインタビューは重なり合う歓声と青木コールに、かき消されんばかり。

 背番号14。伝説のエースナンバーが入った巨人の帽子を片手に、観客に挨拶する青木選手。その帽子の右側面には「精信」と刺繍があった。 


「……ノーヒット・ノーランおめでとう御座います。

 青木選手、どうですか今のご感想は?」

 騒然とした周囲とは裏腹に、彼の表情はいたって冷静だった。

「今日は右を封印しました……左だけでもいけましたね」

 左右両手利き。世界でも類い希なるスイッチピッチャー。

 その左腕は、150キロ台を試合終盤まで投げ続ける超剛速球投手だ。

 そして長年にわたり手首、肘の手術を繰り返して来た、温存することの多い右腕。

 利き腕でもある右腕は、練習時160キロ代後半を記録していたという恐ろしい話もある。

 右の超高速スライダーを始め、捕球できるキャッチャーも限られるが、今まで実戦投入された公式記録上、彼の右腕から安打を生み出した選手は日本球界ではひとりもいない。

 日本シリーズで3試合連続の完投勝利を成し遂げた伝説の試合など、その右腕は球界の至宝とまで呼ばれた。

「ウィニングボールは……また、チャリティオークションに?」

「……まぁ、ノーヒットノーランなんて普通ですから……」

 至福の……と言った喜びの表情ではなく、淡々と無表情に答える青木と言う男。

 投手ならば、生涯かけてでも成し遂げたいノーヒットノーランの記録、そして栄光。

 その記念ボールをあっさりと手放す、巨人のトップエース。


 のみならず、彼は年棒の実に9割以上を……その大半を毎年手放していた。

 児童養護施設、障害者施設、あらゆる福祉施設への寄付というかたちで。志は素晴らしいとしても、しかし自らの家庭まで犠牲にするその行為。電車で球場に通い、生活そのものは一般庶民よりずっと質素だった。

 このままそんな社会的援助を続けて行けば、愛するひとり娘は将来、進学すら厳しい。

 寄付に偏重する余り、自らの家族は完全に犠牲となっていた。


 しかし……青木と言う男は、胸を張っていつもこう答えていた。

「――――きっと……娘も大きくなったら判ってくれると思います。

 高級マンションに住むとか、贅沢なメニューに囲まれた食事。お金を湯水の如く使い、遊興にふけり、娯楽を際限なく楽しむ……そんなことは人間として生きて行く上で何の価値もない。

 父親と母親が子供のそばにいることが、どんなに贅沢で、幸せなことか……

 その実現のためにも、お父さんには世の中のためにできること、

 やらなきゃならないことがあるだろうって……」


 ―――お父さんは生きていく価値を見つけたんだよ、って……

 教えてあげたいんです……。

 



 物語から二十年後。




 東京ー大阪間をわずか27分で結ぶ、世界最速のファーストエクスプレス「幻像」の記念すべき航行記念式典が、上野駅で行われていた。

 幻像運行教導隊長・田口裕信は、厳しい表情で配下の幻像パイロット達を見つめていた。

 三十代にして教導隊隊長となった田口は、式典のインタビューに答え、

「昔から鉄道、電車が好きでね。わたしの人生はそれだけでした。幻像は、わたしの夢でしたから。血のにじむような訓練の日々と、東武鉄道全社をあげて取り組んだ幻像運用に向けての努力と継続。ご協力頂いた皆様に、心より感謝申しあげます」

 小柄だが、逞しく引き締まったその体躯と精悍な面持ち。

 集まった数多くの鉄道ファン、観客が彼に向けて拍手を送った。


 昭和四十七年三月改正貨物時刻表。


 田口は照れながら、そして恥ずかしげに、女神様に手渡したあの日を思い出す。

 彼女だけはいつも自分の机の前まで来てくれて、優しく、ほのぼのと語りかけてくれた。


「……あ、あのォ……鉄道って……好きですかっ? 

 重連貨物とか、国鉄色車両とか……

 あ、……僕……き、キモいィ? かなっ? 

 ……っ、あ、あっ、あは、あはははっ……」


「―――――――――好きなことは…………続けた方がいいよ。

 趣味だって何だって、将来役に立つ機会はきっとあるさ。

 わたしは気持ち悪いだなんて全然思わないし。

 ……でもまぁ、わたしには……

 どの電車も同じにしか見えないけどね……」


 クラスには誰も話し相手がいなかったあの日。


 毎日クラスメイトから殴られ、蹴り飛ばされ、大切な鉄道の雑誌をボロボロにされ、下着まで脱がされて……廊下で晒し者にされた、あの日。

 もう……死んじゃおうかな、って……―――この人生を終わらせよう、と決めていたあの日。

 数人に殴られ、蹴られ、眼前が流れ出る鮮血で全く何も見えなくなった、あの瞬間。


 校庭のバックネット裏に、彗星の様に現れた女神様……。


 彼もまた、毎年福祉施設へ多額の寄付を行い、東武鉄道資本の各福祉施設樹立に奔走。

 鉄道ファンからは違う方向でも英雄視されていた。

 鉄道ファンあこがれの、第一教導隊・教練主任隊長の階級マークと紋章が入る田口の制帽。

 その裏地の右側面には、

「男谷信友の魂とともに」と、小さく刺繍が入っていた。



 週刊少年ハリケーン連載・1200万部を売り上げた天才漫画家・乃口結乃。

 漫才コンビ・小春日和の山田恭太郎。

 Jリーグ旭川バイキングスのレフトウイング・佐々木拓。

 BLコミックの巨匠・脚本家としても有名な安西紫苑。

 極東航空方面隊・F23SSパイロット二等空佐・シロー山下。


 彼らに共通するのは、特定のある中学校を卒業していること。

 自らの生活を犠牲にしてまで、社会福祉方面に多額の寄付を行っていること。

 

 加えて……全国各地の児童養護施設に……

 月に何度か、定期的に訪れていること……。

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