第十八話 決戦! 第二校舎屋上 その1
本物語は「タテ書き小説ネット」のPDF縦書きのみですべて文章調整しています。横書き、携帯ですと読みづらいかもしれませんがご了承ください。
朝8時。
極東葛東中学校・第二校舎。
こちらの校舎は教科毎の特別教室のみ内抱されており、生徒たちの教室はなく、朝一番に施錠が解かれていることは少ない。内部に入るためには、第一校舎二階の窓から一旦降りて、第二校舎への連絡通路に降り立つ必要がある。
言い変えれば、誰が第二校舎に入って行ったか簡単に確認出来るということだ。しかも、第二校舎の屋上は入口&出口がひとつしかなく、また危険防止……というより、ある事故の一件から、有刺鉄線が周囲に張り巡らされ、まさに逃げ場のない、簡易コロシアム状態となっていたのである。
「……大したもんだよ。あの京也って奴……」
菊花も、このお膳立ての周到さ、その的確な選択眼には感心するしかなかった。あらためて思う。今井京也の本心は―――
彼の狙いはいったい何だったのか?
今となっては、想像だにしないが……。
屋上へ続く廊下の曲がり角で、京也の言う通り、忍と妙が声をかけてきた。プラスティック製の木刀のおもちゃを腰に差し、討ち入り前の如く、鉢金を額に巻いている。
子供のチャンバラごっこの様な出で立ちに、菊花の口元も一瞬緩んだ。
「―――助太刀は……いらぬか? 東菊花?」
「ま、お前からも報酬は頂くがの……きっひひひっ……」
どこまで本気なのか、この姉妹の珍妙な表情には流石の菊花も言葉がなかった。しかし部外者が接近して来たときの緊急連絡、そして最終的な屋上出入口扉の施錠。それは是非お願いしたかった。
「……あたしが屋上階へ入ったら、
鍵を掛けてくれるだけでいい。
あとは――――――あたしが、やる……」
すたすたと、まるで日常の教室間移動のような雰囲気で、屋上に近づいていく菊花。菊花の視界に、既に傍らの姉妹は入っていなかった。
「……お手並み……拝見だナ?
――――アズマ、……菊花ァ……
クックックッ……」
ふたり、顔を見合わせる忍と妙。
…………ふん…………――――――ッ
――――――グシャアアアァァァァァ――――――――ッ!!
不意に振り回した木刀のおもちゃが、
コンクリートの壁を粉々に粉砕した。
「…………いきなりさぁ、
お手する野良犬はいねェんだぜェ……………?
………フッ、見せてもらおうかァ……?」
菊花に焦りの表情などなかった。
冷徹なそのウルトラマリンに輝く両眼が、徐々に据わっていく。獲物を狙う猛禽類の瞳……ではなく、あと少しで寝付いてしまうような、赤ん坊のような優しい左右の瞳。30以上もの猛獣を直前に控える表情ではなかった。
既にガヤガヤと、屋上方向から猛者連達の声が聞こえてくる。
ドアにはふざけた……張り紙があった。
『さかきばらタクミ ごいっこうさま』
つたない平仮名、カタカナ……。
それは赤のクレヨンのような画材で殴り書かれていた。
ゆっくりと……東菊花は屋上へと繋がる金属製のドアを開く。
「……なんだァ……!? 女かよッ!?」
「タクミさんの……れこかァ!?」
「……タクミの兄貴は女嫌いで有名だぜぇッ……!?」
「何しに来たんだぁ……あの女ァッ!?」
珍客にざわつく男子生徒たち。
いや「男子生徒」という表現は違うかもしれない。赤髪、金髪、銀に青にピンク……髪色だけでも、公立学校において奨励されない出で立ち。
派手なタトゥーに無数のボディピアス。着用物も威圧のみを考慮したベストセレクト。どぎつい柄のアロハ、メッシュの革ジャン、ボロボロのパンクスタイルに、風神雷神が描かれたスカジャン。暴走族そのままに、纏・特攻服で来ている者も数人いる。
ツラガマエも錚々たるメンバー―――――
まさに百鬼夜行。
これ以上のメンツが集められるのかどうか、と思えるほどの不良&ヤンキー御一行様だった。
「………………えーっ、
皆様に本日お集まりいただきましたのはァ……」
選挙演説のような口ぶりで、彼らを見渡す菊花。
同時に視線がチラチラ動く。
その眼光は、彼らの人数をすかさずカウントしていた。
小川直美の一件の……あの少年たちも確認出来た。
そして校内粛清の本懐である、一番後ろに控えている大柄な特攻服の少年。その少年の顔を見たとき………判っていたとはいえ、菊花の内面は全身の血液が逆流するほど激高していた。己を制御しなければ、内なる阿修羅に飲み込まれていたかもしれない。
「……3名ほど、
いらっしゃっておられないようですが……」
不良たちは合計32名。
「宴も盛り上がって参りましたところで……
本題に入らせていただきますッ……!」
視線は水平に。
感情を抑え、抑揚のない口調で語り始めた菊花。
屋上入り口のドアの窓から覗き込む、忍と妙。
忍がケラケラ笑っている。
そして屋上横の、給食配膳用EV管理室の屋根上には……あの今井京也が、ジャックダニエル・モノグラムを片手に、首を傾げてふんぞりかえっていた。
「……フン、なかなかの……胆力だナ。
本気になったら別人………ってわけかィ?」
32名の猛獣を前にして、菊花がここで一転、睨みを利かせる。口調も一変。
「―――――ここに来ていやがるお前らは、
社会のクズでありましてェ……」
その瞳は血走り、三白眼に変貌。
小川直美の……あの少年たちをギラリと睨みつけた。
「……あえて言おう。
おまえら、は――――――――――
カス……であると」
当然、怒り狂い出す……猛獣御一行様。
「……ッんんんっだぁああァァ、
ゴラァッッ?!!!」
「このアマァッ!! 殺されッゾォおぉぉッッ!!!」
「……てめッ、マジにズダズダにしてくれっぞォ?!」
いきりたつ未成年の暴走列車たち。しかしその気持ち、判らないではない。突然現われた人間にカス呼ばわりされれば、誰もが同じ感想を持つことだろう。
「お前らが何故カス……なのかは、あたしなりにひとりひとり調べてきた。脅迫、暴行、傷害、窃盗、集団暴走…………その他諸々。
お前ら、さぁ……――――――――――
今すぐ……すべての被害者に謝罪してきなッ!
そして……今までの自分の行為を、
深く……深く……反省しやがれッ!!」
無造作に吐き出した、
ココアシガレットが壁に突き刺さる。
「――――――んで。
今日からてめえらはあたしの友達だ。
……それで、どうだィ?」
上から目線にも程がある。
多勢に無勢。
形勢不利な状態で…………
この提言はあまりに無謀な、まさしく自殺行為に思えた。




