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第十六話 剣聖・男谷精一郎信友

本物語は「タテ書き小説ネット」のPDF縦書きのみですべて文章調整しています。横書き、携帯ですと読みづらいかもしれませんがご了承ください。

 今井京也の件で、アルバイト先のコンビニには少々遅刻。



 それでもテキパキと仕事を終え、第二精信学園に帰宅した東菊花。帰宅してみると、すでに子供達は夕食を済ませていた後だったが、何故かいつもと違う雰囲気を、菊花は夕食のテーブル上に感じ取っていた。


 材料はさほど変わった様子はなかったが、明らかに味付けが違う。特に醤油・砂糖の使い方、みりん、料理酒等の配合割合がいつもと異なっている。使ったことがない未知の調味料も加えられているような……魅力的な芳香にも少々驚いた。


 また単なる野菜の千切りにしても……小口切り、半月切り、いちょう、短冊、乱切り……切り口も形状も明らかに違う。包丁を変えたとか、そういうことでもない。


 間違いなく調理した人間が違う。

 腕は……まぁ、悪くはないと菊花は思った。


「……山ちゃんじゃないよねぇ? 

 ……今日の夕ご飯、って……」

 菊花がシスターに聞く。


「山下さんは今日は大舎のほうで作業してたわよ……」


 山下恵子は保育士のひとり。

 菊花たちのグループホームにもやってくるが、保育士、児童指導員等のローテーションで、中央大舎のほうに行くことも多い。


「今日は……シスターじゃないでしょ、これ」

 と夕食を指差す菊花。


「……あ、あらあら……そ、そうなのよ……

 新しいボランティアさんが来てねェ」と、さも関心のなさそうな表情で、冷蔵庫を整理しながらシスターが答える。


「今日は……もう帰ったけどね、あの子……」

 それ以上シスターは、そのボランティアについては触れなかった。菊花もそれ以上は聞かなかったし、今の心境はそれどころではない。


 あの今井京也のあまりに強引なお膳立ては、正直、その全てを信用するわけにもいかない。しかし、京也の言うことが真実であれば、それこそ一気に校内粛清を推し進められる好機でもある。


 …………明日のことを考えると、菊花の胸中は複雑だった。


 ――――……パタン。

 薄い壁で仕切られる四畳半。

 そのふすまを閉じる。


 夕食の前に、制服を着替えようと私室に入る菊花。

 私室、と言っても小春、千春、山下保育士と共に4人で四畳半の部屋に寝泊りしている。人数と面積の比率で言えば、かなり狭いことは確かだが、児童養護施設ではこの程度は珍しくない。


 明日は……30人以上を相手に、大切なセーラー服がこれ以上ボロボロになったら……などと心配しつつ、両肩に刺繍されたお守りを見つめる菊花。

 制服の両肩には「お守り」と称して、シスターお手製の刺繍が施されていた。


 縦横4~5センチのほどの、ほぼ円形の刺繍である。

 楕円のような形状が組み合わされた、シンプルなマーク。

 菊花はこれが何を意味するのか、まったく知らなかった。

 知らなかったし、知ろうとも思わなかった。

 お守りならお守りで、それ以上興味を持たなかったし……。


 ただ、胸元のクロスにも同じ彫刻が施され、「信友」の文字も菊花には意味不明だった。


 気になるのは……プール更衣室で、

 亞蘭妙が不意に投げかけたあの言葉。



 《……やはりあの家紋!》 



 ――――――――あの言葉が、なぜか耳から離れない。


 食卓に戻ってきた菊花はふと、シスターに思わず言葉をかけてしまった。


「あのね、シスター……これって……

 このセーラーの肩のね、お守りの刺繍って……

 あとさ、クロスの裏側の……漢字って」


 胸のクロスを手に取り、菊花は続ける。


「……『信友』って……友達を信じなさい、

 ってことなの? そんな意味? 

 わたしにはよくわからないけど……まぁ、

 これもお守りのひとつみたいなもの……?」


 立て続けの質問。


 分からないことだらけだったが、今までそれほど気にしたこともなかった、数々の疑問。


「あとさぁ、『家紋』って……何かなぁ? 

 東家って、家紋とかって……あるの?」


 振り返りながら、驚いたその表情を隠し切れないシスター。数秒間、戸惑いの表情を目じりに僅かに見せたが、フッ、と息をつくと……シスターは菊花に優しくゆっくりと語り始めた。


「――――――夕飯を済ませたら……

 礼拝堂にいらっしゃい、菊花……」




「礼拝堂」と言っても、リビングの奥に在る、十字架が壁に掛かる部屋のことである。

 毎週日曜日の礼拝は中央大舎の礼拝堂で行うが、支援教会・支援者へキリスト教に対する畏敬・尊敬の念を表す意味でも、この一軒家形式のグループホームにも、簡易的に礼拝堂は設置されている。

 六畳程度の、狭い空間だった。


 そのフロアの絨毯の上に正座すると、視線を床に向けながら、シスターは語り始めた。


「……あなたが、北海道の児童養護施設に入り、

 親戚の家々を転々として…………

 苦しい道のりを歩んできたことは私も知っています。

 そして、あなたの素性も」


 何事か、隠し通そうとしているかのようなシスターの雰囲気。

 声が少し震えている。


 シスターの顔の皺が、目じりが僅かに歪む。


「……わたしの生まれた環境とか、

 家族とか……関係あるの? 

 よくわかんない……その刺繍のマークも……?」


 シスターの瞳から一瞬たりとも視線を離さない。

 菊花は真剣だった。


 シスターはその海瑠璃色(ウルトラマリン)の瞳をゆっくりと閉じた。


 呼吸が少々早まる。

 心臓が高鳴る。

 迷いと後悔が渦巻いていた、あの日の自分――――





「…………むかしね……

 それはそれは神々しい……

 素晴らしい、おさむらいさんがいてね。

 江戸の人々から、神様と崇められるほどだったの…………。



 …………男谷精一郎信友おだにせいいちろうのぶとも…………



 ――――剣聖とも称された、

 この日本で最も強く、

 最も心優しいお侍様………………」


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