第十五話 酔狂なり今井京也 (挿絵)
本物語は「タテ書き小説ネット」のPDF縦書きのみですべて文章調整しています。横書き、携帯ですと読みづらいかもしれませんがご了承ください(挿絵は横書き、携帯のみで閲覧できます)。
太陽がゆっくりと傾きつつある午後の木漏れ日の中、駆け出していく生徒たち。
下校時間ともなれば、部活動に勤しむ生徒たちは皆、体操着、ジャージ、ユニフォームに着替え、われ先にと、部の活動場所へ駆け出して行く。
3時50分。
約束の時間が近づいていた。
菊花はゆっくりと、誰もいない音楽室の椅子から立ち上がる。
ココアシガレットが不意に、ポキリ……と折れた。
そろそろか……と音楽室から出ようとすると、
小柄な女子生徒がこちらを覗き込んでいる。
あの―――プール更衣室事件の首謀者2名だった。
菊花にとっては弁当事件も忘れられないが……。
「東菊花……校門で待ってるのは、あいつらじゃないぜぇ……?」
亞蘭忍が切り出した。
同時に亞蘭妙が、菊花を見上げる。
「まァ……あの爺さんも喰えない奴だからさぁ……
気をつけたほうがいいよん……?」
何ともつかみ所のない、不思議な奴らだな……と菊花は思った。更衣室の件や弁当への暴言など、色々な思いが菊花の頭の中を駆け巡ったが、
「……何でお前らまで、あたしの話に突っ込んでくるんだ?
あの紫の爺さんといい……」
次々と変な奴らばっかり関わってくる……菊花は少々混乱しつつも、今井信次郎が言っていた4時の約束を思い出した。
「ま、いいや……じゃあ……校門で待っているのは……
いったい誰なんだ?」
あまりに小柄なので、菊花は腰を少々かがめながら、
ふたりの少女に聞いた。
「今日付けをもって、極東葛東中学……本校に転入してきた
今井……京也と申すもの」
亜蘭忍がコレが本題とばかりに、菊花の瞳を片目で睨むように伝えた。
「あの……じいさんが、孫とかって……
言ってたけど……それか?」
犯人を引き合わせると言って、結局出て来たのは孫ひとりだけか、
と菊花は呆れた。
しかし何らかの情報を持って来ているかもしれない。
会ってみる価値はある。
「……じゃな。あたしは行くから」
と菊花は足早に、すたすたと音楽室を出て行った。
「……最強の変態スケコマシ野郎なんですが……って、
助言しなくて良かったのかなァ?♀」
忍の顔を横目で見ながら、妙がつぶやく。
「……ま、セクハラ程度で済めばいいがな。
惚れっぽいからなァ、あいつは……♂♪」
4時。
確かに校門前には、その不良少年たちは来ていなかった。
夏季も近づく生温い風が、菊花の頬をなでる。
「……てか、その孫だか何だかしらないけど、
そいつもいないじゃん……?」
菊花はあたりを見回す。
しばらく待ってみたが、誰も来ない。
帰宅部の生徒だけが、校門を通り過ぎるだけだ。
あの爺さんと、お馬鹿2人組に騙されたか……と、
菊花もうなだれてしまった。
まぁいいや、一旦校舎に戻ろう……と思ったその時。
中学校門前の狭い道路……遠くから、
けたたましいバイクの排気音が聞こえて来る。
―――――バッ、バラバババッ!!
バラバラッ! ババババッッ!! パァンッ!
古い4ストローク特有の、バラついたエグゾーストノートが校門前に響き渡った。真紅のタンクに、金フチ・ブルーの「HONDA」ロゴ。黒いヨシムラ製の直管マフラーが、キンキンと金属的な炸裂音を奏でている。しかし流石に当時モノではなく、サードパーティー製のレプリカ物のようだった。
何ともクラシックなバイクが、菊花の横に停車。ヘルメットは傷だらけの真紅のM30。バイザーを上げ、シンプソン製の今では骨董品扱いのヘルメットを脱ぐ。レッドブラウンに輝く、肩まで伸びたその髪を左右に振り乱し、少年はバイクを降りた。
アシンメトリーの洒落たヘアスタイル。
前髪から、その褐色の瞳が覗く。
「ヨンフォアってさ……アレだな、
もう腰下のパーツがホンダから出ないんだよなァ」
突然現れて、意味不明の会話を菊花に投げかける。
ダイネーゼ製レーシングジャケットの背中のデビルズ・スマイルが、不敵に微笑む。
―――コイツ、ふざけてんだな、と菊花は直感的に思った。
「……人をナメるのもいい加減にしろよ。
あの爺さんの孫って……お前か?」
ぐっ、と少年を睨みつける菊花。
「……―――あれっ? …………おたく、
……………さぁ………」
菊花の顔をまじまじと見つめる。
その視線を、菊花の足首から脚部、腰、腹、胸部……と、
なめまわすように動かす少年。
そしてもう一度、菊花の顔をじっと見つめる……
すると、右拳で左の手の平をポンと打ち、
菊花の顔を笑いながら指差す少年。
「……いやぁ……ソーユーコトかァ、
あンの変態じいちゃん、結構見る目あンじゃんッ!」
と、笑顔満面の少年。
うんうん頷きながら、
「おめェー……要するにだな、
……俺の嫁ってことだよなァ、うん、うん。
俺ってばサァ、死ぬ程モテんけどさァ、
お前みたいな綺麗なオンナ、見たトキねーよッ?
いや~美人だなァ……お前。嫁にすンなら、
マジゲロ☆サイコォ~ッて奴だなッ♪」
少年のレッドブラウンの長髪は左右非対称にカットされ、
片目がほぼ覆い被さっている。
自身満々の切れ長の瞳……
確かに色男の自称も頷けるほど、美しく光輝いていた。
「……はぁ!? はぁ!? はぁ!? はぁ!? はぁ!?
はぁあああああああああああっ!?
……あんた何しにココに来てんだ!?
事と次第によっちゃ、アタシも許さないよォ!」
突然嫁だの何だのと、イミフ・スロットル全開の少年に、
あきれ顔で怒り出す菊花。
怒りに震えるその瞳を、少年に睨みつける様に突き出すと………
「―――――♂♀―――……じゅてェ~むッ♪♂♀
……東、……菊花ァ……♂♀」
少年は菊花がくわえていたココアシガレットにパクッ!
とかみつき、そのまま菊花の唇に自分の唇をあわせていく……
――――呆気にとられる菊花。
菊花の唇に、少年の唇が触れる……ふっ、触れそう……
スローモーションの様に時が流れる。
少年から発せられる強烈なフェロモン攻勢故か、
菊花の思考が瞬間静止。……唇と唇が、
あとコンマ数ミリと思える程まで急接近ッッ!
「―――――――……っ――――……っ……、
きゃぁぁぁああああああああァァァァッ!!!」
思わず腰を抜かす菊花。
一瞬のうちに己の懐を取られた、その衝撃も大きかった。
時間を止めるかのような少年の素早い身のこなし。
不覚にも菊花には全く読めなかった。
「……きひひッ。いいねぇ、オタクゥ。
俺ってばさ、めっちゃ気に入っちゃったよォ?
いつか……お前を俺の嫁として迎えにいくかんサ。
…………あ、そりからそりから……」
ゴソゴソとA4用紙数枚と一葉の写真を、
ライディングジャケットから取り出す。
「……これは……お前がお仕置きしたいと思ってる奴らの……
極東葛東中のリストだナ。
今朝の小川直美の事件に関わった奴らも当然入ってる。
そいつらの顔写真……が、これナ。
こいつらほとんどガッコ来ねぇから、しらねーと思うけど。今日、
この校門前でそいつらを引き合わせても良かったんだがよォ……」
ペラペラしゃべり続ける少年。
さらに上目遣いに少女を見据えながら、
「じっちゃんがさ……なんか東菊花って奴が、
スンゲェ強い奴だって言うからさァ……
まとめてこいつら、集める事にしといたから。
……明日の朝8時。第二校舎の……屋上ナ?
忍と妙もフォローに回ってもらっておいたからよ。
色々重宝するだろうさ」
菊花には意味不明の会話が続く。
「……なんだよ、そのリストって……?」
少年から受け取ったそのリストを見ると……
思わず衝撃が走った。
菊花は自分の行動をすべて見透かされている様な、そんな心境に襲われた。この2ヶ月ほどの間に調べ上げた、菊花が巡回予定だった札付きの不良、ヤンキー35人が、そのリストにくまなく列記されていたのである。しかも驚くべきことに……菊花が詳細に渡り調査していた、被害者リストまで同時併記されている。
―――――そして……あの事件の首謀者である、少年の名も。
菊花は思わず息を呑んだ。
僅かに血が騒ぐ。
リストの存在自体にも驚いたが、自分の行動をくまなくフォローし、調査している人間の存在。そんな奴がこの世にいるなんて……。
しかし少女は思い直したのか冷然の表情で、
「……この35人。明日、朝8時……
第二校舎屋上に、本当に全員集まるんだな?」
強い視線でその少年を見つめる菊花。
「……あぁ、こいつらの頭領、
榊原タクミのご指名ってことにしといたから、
ぜってぇ集まらないわけがない。
――――――ってか、さぁ……」
傷だらけのシンプソンM30を手に取り、
少年は真剣な表情で続ける。
「お前……こんな人数相手でも、ホントにやれンのかァ?
俺っちがやっちゃってイイなら……全員ブチ殺しておくけどォ?
……どーよッ?」
余裕の表情で言ってのける少年。しかし冗談ではないのだろう。
さっきの身のこなしといい、
普通の少年ではないコトは菊花も理解している。
「殺すだけでいいなら簡単さ。
ただ、あたしは―――――ね………」
と、それ以上言葉は続けず、
東菊花は無表情のまま、踵を返して校舎に戻って行った。
「……けっ、ツレないねェ。麗しの女神様…………」
408・海外仕様のヨンフォアのエンジンをかける……
今井京也15歳。
(あれ……免許は? ※注・国内では免許は16歳から)
NR用のハイコンプ楕円ピストンを、特注シリンダーヘッド&ブロックごと強引に組んであるため、極端に掛かりが悪い32バルブエンジン。FCRキャブもセットが出ていなかったが、シュルシュルシュル……と、心地良い流入サウンドだけは小気味良い。
京也は真紅の愛馬に跨がり、ジャケットのフロントファスナーを閉めながら、胸に輝く白銀色の十字架を見つめていた。携帯のメール内容を確認し、思わずにやりとほくそ笑む。
「……孫弟子の今井信郎が見たら、
あの剣聖はどうなっちまうのかねェ……?
あんなんでイイなら、俺っちも剣聖名乗ってもイイ、
ってことだよナ?……クックックックッ……」
笑いながら、今井京也はM30のバイザーを閉じた。
ハイカム特有の残響音が炸裂する。
――――まぁ、爺ちゃんの思惑通りにはいかねェだろ……
奴を倒すにはとてもじゃねぇが、あの娘じゃ力不足だ。
なんで爺ちゃんがあんな娘を買ってんのか、わかんねぇ……。
……どちらにせよ……
今井家のケリは、俺がつける――――!
今井信郎……直心影流免許皆伝・幕末の京都見廻組の剣客である。
練習用の竹刀で、堅牢な防具面もろとも…………
道場破りの水戸剣士の頭骸骨を一撃で砕き、
殺害に至らしめた殺人技「片手打ち」の名手。
あまりに強烈すぎる、その必殺の片手打ちは、師の榊原健吉に封印されたほどだった。あの坂本龍馬を討ち果たした時も、この禁断の必殺技をもって殺害なさしめた。
維新後、戊辰を戦い抜いた後は、
キリスト教にその心の置き所を求め……。
剣客・今井信郎は、救世主の声を聞く――――――――――――




