第十二話 よくある腐女子中生・小川直美
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「バイキンパーンチッッ!!」
―――アンパン小僧をぶっ飛ばせッッ!
児童養護施設・第二精信学園。
興奮する子供たち。
小春と千春は、他の施設の子供たちと一緒にテレビ鑑賞中だった。
特に小春は口を大きく開け、テレビ画面に見入ったまま。
大好きなバイキン君が辛辣なブラックジョークを吐くたび、ケタケタ大笑い。
施設のルールでは、テレビはみんなで仲良く、が基本で、チャンネル選択は順番、じゃんけん、またはくじ引きが基本だった。
東菊花は少し離れた居間で座布団の上に座り、自分のセーラー服をじっと眺めていた。あの悪夢の姉妹に襲撃時に引っ張られ、取れたボタンは自ら修繕したのだが……しかし他にも少々切り裂かれたり、破れかけた箇所がいくつかあり、自分の技術では綺麗に修繕出来そうになかった。
このセーラーの両肩には、大切なお守りの刺繍が入っている。自分で適当な修繕を行って、制服を醜いツギハギだらけにしたくなかったのもある。
「……あっ、ちょっとこれさぁ、引っ掛けちゃって…………
あはっ、あはははっ…………」
キッチンに向かうシスターの視線を感じ、申し訳なさそうに照れ笑いを見せる菊花。どこをどう見ても、引っ掛けただけで出現する損傷痕ではない。
他にも細かな傷痕はスカートにも、スカーフにもあちこちに……。
シスターは大量の洗濯物が入ったカゴを抱えながらその菊花のセーラー服を見やり、
「わたしが綺麗に直しておくわ……そこに置いておいてね。
……あと、スカートとスカーフも……ネ」
と、微笑みながらシスター。
ズバリ、損傷箇所はすべて見透かされている……菊花は思わずドキッとしたが、その場は照れ笑いで誤魔化すしかなかった。それまでは適当な巻き縫い、安全ピンでそれらの傷跡を誤魔化していた菊花だったが……。
東菊花が不良生徒&ヤンキー少年に対して日々行っている『校内外巡回』は、平和裏に終わればともかく、やはり多少なり戦闘モードに移行せざるを得ない場面も多い。出来るだけ制服の損傷は増やさないように気は遣っているが、なかなかノーダメージとはいかない。
―――しかし、数日後の思わぬ展開で、その校内外巡回は一気に収束に向けて動き出す。制服への傷跡は、さらに増えることになるのだが……。
後に聞かされた両肩のお守りの真実。
そして……。
少女に託された運命の歯車は、否応無しにその回転速度を加速していくことになる……。
朝8時。
いつものように校内をテクテク歩き回っていた菊花は、あまりに室内にこもりっきりになる、小川直美と中井理恵子の2人組を、校庭の花壇前のベンチに引っ張り出し、彼女たちのスケッチブックを片手に、取りとめのない話題に終始していた。
太陽光が眩しい。
夜型少女たちのうつろな瞳は、やはりアウトドア向きではない。しかし、これでも彼女たちは以前よりも明るく、外交的になったのだ。
「………ふぅーんっ、これが登場人物のひとり?
……懐かしいねぇ………せーらーナントカみたいな奴だネ。
……ほら、この髪型とかさぁ……」
「……ツインテールは定番だから外せないにょ……」
と、ボソボソ小川直美。
「J禁P禁ナマモノ系はやめられないなァ、
小悪魔受けは基本ですッ」
と中井理恵子。
その異様な話し方・内容は、どことなく忍と妙を思わせたが、彼女らは漫画好き・同人誌好きの、一般的な(多少へヴィだが)腐女子中生であり、攻撃性は一切ない。
手持ち無沙汰な菊花は、おもむろにスケブにどらえもん……らしきモノを描き始めた。あくまでも、それは「どらえもん」のつもり、である。が、
「それは……世間一般的にはオバQにょ、菊花氏ィ……」
「……あ、あははははっ、あっ、そ、そーね、
あたしもそーだと思ったんだよなァ……」
キャラを間違えたのはともかく、とりあえずオバQだと好意的に理解・解析してくれたことには感謝しなければならない。それくらい菊花の描写力・デッサン力は酷いものだった。
「あ、あのさ、こーゆーまんがとか、イラストって……どうやったら上手くなるのかなァ? 直美ちゃんってばさぁ、将来漫画家になるってことなの? ほらっ、プロってやつ? コンビニで売ってるジャンプとか、ハリケーンとか、さぁ……」
照れつつも会話を広げる菊花。
「……うーにょ、菊花氏は漫画家を甘くみているにょ。
ジャンプは神々が住む領域だにょ」
おかしな言葉遣いのまま、愛用の赤メガネを人差し指で少々ずらしつつ、イラストを描き進める小川直美。
その生き生きとした瞳が、菊花には印象的だった。
漫画やイラストを描き進めているときは得意げな、満足そうな表情をしてはいるが、クラスに戻ると一転、小川直美は無口になってしまい、他生徒とは会話がない。
気弱な彼女は、クラスの女子グループを中心に格好の標的となり、陰湿ないじめが続いていた。
正確には、小学校時代からその酷いイジメは続いている。
生まれつき毛髪の縮毛ウェーブが酷く、また血管腫による赤あざが右頬に大きくあり、彼女の人生最大の苦しみとなっていた。小川直美はイジメへの反動として、得意なイラスト・漫画分野に熱中することで、そのアイデンティティはかろうじて守られていた。
唯一、幼稚園から気の合う中井理恵子だけは、彼女を幼なじみとしてサポートしていたが、流石に守りきれないときもある……。
1年B組の女子グループの中でも最も攻撃的な、ソフト部の渡辺霧子が牛耳っている5人グループ。
彼女達が小川直美の机を取り囲み、外側からはブラインド状態にして彼女をいじめるのが常套だった。
周囲の生徒もそのイジメを見て見ぬふり。
少しピンクがかった、アッシュブラウンの渡辺霧子の美しい髪の毛。それを、毛髪のコンプレックスに悩む小川直美に、これ見よがしに魅せつけるように、後ろに髪を跳ね上げながら、女子グループらが笑う。
「なんかさ、この辺りに……カミナリ様がいるなァ……
人間界に迷いこんだかァ?」
「キャハハハハッ、クルクルパーマのドリフ野郎が、
このクラスにいるみたいだじぇ~?」
「顔にきったねぇクソゴミがついて、
ゼンゼン取れネェみたいだしなァ、ひっひっひっ……」
「……おらよッ!
……そのきったねぇゴミィ、あたしが取ってやるよッ……!」
そんな毒舌を吐きながら、雑巾を押し付けるように小川直美の顔面を拭き、四方から机を取り囲んで、スネやふとももを蹴り飛ばす。
靴の裏で踏みつける。
上履きを取り上げて窓から校庭へ投げ、
かばんを廊下に投げ捨て、
その気にしている縮毛の頭部をシャーペンでつつき、
唾を頭頂部に吐きかける……。
「……つーかさァッ、あたしだったら速攻死ぬネ……
死ぬっきゃねージャン、地獄だネ。
こんな爆発アタマと、きったねぇアザ顔じゃさァ…………
ってか、これって天罰ゥ!?」
キャハハハハッ、きっひひひィッ……キャハ、
きゃハハハハハハハハッ…………。
渡辺霧子がさらにその赤いメガネを取り上げ、床に思い切り叩きつける。
………―――――――カシャアァァァン…………
右目のレンズが、教室の床に砕け散った。
「………」
小川直美は無言で硬直したまま。
「―――……ごめん、……ごめんね……なおちゃん…………
ごめん……あた……しィ………」
教室の奥で……何も出来ずに震えて涙ぐむ中井理恵子。
そのとき、ゆっくりとした足取りで、
ひとりの女子生徒が近づいてきた。
渡辺霧子の背後・やや上方から、冷徹なトーンの声が響き渡る。
上下に上げ下げする、口元のココアシガレット。
「――――――――――へぇ……みんな、
仲良くやってんじゃん…………?」
渡辺霧子の左肩にポン、と手を置く東菊花。
一瞬にして恐怖に凍りつく、渡辺霧子……女子グループ5人。
既に東菊花の噂は、一年生の間でも広く知れ渡っていた。
高身長と漆黒の長髪、そして類い稀な美貌。
既に女子生徒からは憧れでもあり、生徒によっては恐怖の象徴とも成り得た。女子グループの中には逃げ出そうとした者も居たが、
「――――……おぉっと、……動くなっ………
………そのままお前ら全員……廊下を出て、
右の配膳室に入れ。逃げたら…………あたしもそれなりの対応を、
させてもらう……」
現行犯での問題提起・その追求が、東菊花なりのやり方であり、方法論のひとつだった。配膳室に入るなり、菊花は彼女達5人から少し視線を外しつつ、語り始めた。
さっきまでの鋭い視線はやや緩和していた。
語気は荒くない。
「……いいことか悪いことかは……わかるだろ。
少なくとも、あれが間違っているかどうか、くらい……は、さ。
わかるなら……もう今日を最後に、
あんなことはやめにしてくれないかな?
小川直美が可哀想だからじゃない。
あんたらを見ていて可哀想だと思う。人間としてさ………
少なくとも、あたしは見ていてそう思ったよ。
あたしは小川直美をガチガチに守ったり、
擁護したり……はしない。
あの子の……ひとりの友達として、そばを通りかかっただけさ。
――――――――――……よかったら…………
あたしと友達になってくれないかな?……小川直美の、
……友達の友達として…………」
配膳室での問題提起は、僅か45秒ほど……だった、らしい。
恐怖の心理状態から、別の感情方向へと劇的に変化していく5人の少女たち。菊花の吸い込まれるような、美しい瑠璃色の瞳に見つめられ、彼女たちは皆、その頬を赤らめていた。東菊花の宝塚星組風・貴公子然とした麗しいかんばせに、そのオーラに、メロメロになってしまった、と言った部分もあったのかもしれない。
菊花なりの各種の対処法・方法論。
特に女子グループへの対応は最も注意が必要だった。
制裁は簡単でも、その後の恨み・怨念から発生する陰湿な、証拠を一切残さない女子特有の執拗且つ残酷な行為は最も性質が悪い。殴り飛ばしてあたしの言うことを聞け、と言ったスタイルは絶対に避けるべきだし、絶対に通用しないと菊花は認識していた。
その後も、菊花の小川直美と中井理恵子への早朝訪問は続いたが、5人の女子グループは配膳室でのやりとりのあと、他のクラスでも同様の対応が多数行われている事実を知った。
菊花の真意を知ってしまうと……グループ5人のうち、ひとり、ふたり……そして最後はリーダー格の渡辺霧子が、数日後には東菊花と小川直美の横に座り、どうでもいい会話を……彼女たちが昔からの友人であったかのように、ガールズトークに興じるまでになっていく。
他の女子グループのイジメ問題も、大抵このようなパターンに収束することが多かった。それは東菊花の不思議な人間性、あるいは人徳……だったのかも、しれない。
ちなみに、小川直美の生まれもっての苦しみは、亞蘭財閥の国内最先端医療グループによって完全解消されるのだが……
まぁ、これは後々のエピソードである。




