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プロローグ 剣聖と呼ばれた姉妹 (挿絵)

本物語は「タテ書き小説ネット」のPDF縦書きのみですべて文章調整しています。横書き、携帯ですと読みづらいかもしれませんがご了承ください。

挿絵(By みてみん)







「……っ、あ……姉様、……! ――――ぁ……っ……」


 ――――――…………鮮血が滴り、

 飛び散った血汐が、

 真紅に染まった少女の頬を、冷ややかに……

 そして残酷に装っていた。


 両肩に備わる大きな丸十字紋(島津家紋)

 胸元に輝く《抱き菊の葉に菊紋》の稀有な紋を酷血で濡らし、少女は五尺八寸の轟刀・備前長船兼光びぜんおさふねかねみつを杖のように右手で薩摩の地に突き立て、ゆっくりとその視線を桜島方向へと向けた。

 

 その少女の凶暴な眼光は「殺意」に似た剥き出しの獣性を感じさせつつ、しかし瞳の中心に輝く彼女の「意思」には、それらを遥かに超越した神々しい光と―――

 

 そして、蒼き炎(ウルトラマリン)が……粛々とその輝きを放っていた。


「……せ、せいいちろう(剣聖)……様の……云う通り…だった、―――な」 

 

 神と悪魔。


 男谷静(おだにしずか)は、全身全霊を賭して自分の姉がこれから果たさんとする、その人類救済久遠の(すべ)を、黙して見つめることしか出来なかった。


 ……出来なかった自分に、それしかできなかった愚かな自らに、後悔するであろうその未来に、静は、自らの唇を噛み締め続けるしかなかった。



 1877年・明治十年。


 田原坂。

 国内最大・最後の内戦と呼ばれた西南戦争。


 度重なる戦闘で、日乃本一と呼ばれた姉のその美貌は、硝煙と爆煙で薄汚れ、紅色の艶やかな唇は生命感すら失われている。


 ランダムに結ばれた黒髪の間から覗く、可愛らしい三ッ編みの数本が、鹿児島湾から到達するはずのない海風に、僅かに揺れていた。


 西南の役・最大最悪の決戦地と呼ばれた「田原坂」は、現・熊本県北部にある丘陵地に位置する。なだらかな坂地が続く、穏やかな田園風景……しかし、毎分数千発の銃弾が飛び交い、世に有名な

「かち合い弾丸(たま)」と呼ばれる、官軍兵と薩摩兵が互いに撃ち合った弾丸と弾丸が見事「ひとつ」に一体化している銃弾が、其処此処に転がっている……。


 それが、数万の死傷者を飲み込んだ西南戦争最悪の舞台「悪夢の田原坂」と呼ばれる所以である。


 しかし、その雨のように降り注ぐ弾丸を神の如くすり抜け、約一ヶ月間に渡る田原坂攻防戦を、たった「ふたり」で薩軍の人々を守りきった奇跡の少女達(剣聖)がいた。


 官軍兵士はその姿を「桜島の神威(カムイ)」と呼び、

 或る者は「耶蘇教の悪魔(デビル)」とも呼んだ。


 何度撃っても、少女達に銃弾は当たらない。

 官軍最新後装銃・スナイドル銃の精密射撃から繰り出される弾丸すら簡易にすり抜け、官軍最強と呼ばれた「会津抜刀隊」の振り下ろす刀剣は、ふたりの少女達の素手に、簡単にへし折られた。


 数週後には、このふたりの姉妹のために明治政府・官軍側の投入戦力はほぼ壊滅状態となった。


 しかし、そのふたりの日本人離れした、すらりとした長身・輝く黒髪と美しきかんばせに、官軍兵士達は畏敬の念をこめ、後にこの姉妹をこう呼ぶように……なった。


 ――――――「双頭の剣聖」…………と。


 ただ、屈強な剣豪であれば誰もが「剣聖」と呼ばれるわけではない。

 剣聖と呼ばれるからには高位の人徳と、品性、あるいは慈悲の心すら……求められることもある。


「……わたしは、ひとりも殺さない。

 彼の者(かのもの)達の怨念を殺すだけ、だ。

 せいいちろうさまも、西郷先生も……

 死を求められては……おられなかったではないか……。


 しかし、彼奴(きゃつ)だけは……あ、

 あの魔乃者(来世よりの使者)だけは……わたしの手で……」



 男谷京は、死生観漂う朴訥とした表情を見せながら、鹿児島湾から直線距離・百キロ以上は離れる此処・田原坂で、鹿児島湾からの海風を感じていた。


 男谷静も、姉が未だこの田原坂で誰ひとり殺すことなく、押し寄せる明治政府軍を見事撃退した、途方もないその戦闘能力(剣聖技)に驚くより……。


 今はただ、この不思議な海風に……胸を、締めつけられていた。




「―――あ、あの悪魔を倒さね……ば……こ、の……現世(うつしよ)は……

 ……この世は、この汚らわしき現世(げんせ)は――――…………

 …………かならずや、漆黒の闇に包まれる…………」


 血まみれになりながら、膝裏まで伸びる黒髪を振り乱す少女。


 フランス軍製の軍服を元にあしらえたその上着(シェルジャケット)と、この時代には極端な短袴(ミニスカート)からすらりと伸びた素足に、見慣れない頑丈そうな革靴を履いている。

 頸に巻かれた純白のスカーフが、少女の荒々しい息遣いのたび、僅かに揺れ動く。


「――――――わ、わたしは……静……お、

 お前に……伝えねばならぬ、ことが……」


「あ……姉様、今は喋りますと……ち、血が……」 



 男谷静は、傍らに跪く披露困憊の二歳年上の姉を見下ろしながら、その左太腿の引き裂かれた肉片と流れ落ちる血潮から、一瞬たりともその目をそむける事は出来なかった。


 姉の、その轟々と燃えあがる炎のような蒼い瞳を、そっと横から覗きこむたび、自らの魂の奥底に眠る『あの言葉』が疼き、右手に携えられた戊辰の剛刀「回天丸(かいてんまる)」が僅かに、震えた。




 そのとき。


「―――――………おねいちゃん、ぼ、ぼく…………ぼくも……っ」


「…………あ、あたしも。……た、っ、……たたかうもんッ!」


「お、俺だってさ、か、官軍の奴ら、ぶちのめしてやるんだッ!」


 僅か五歳、七歳……中には四歳の、年端もいかぬ幼児まで含まれた子供達の影が、その少女の背後にあった。


「―――――………っ、う、うそ……え、えぇッ!?

 ……あ、あなたたちッ!? な……なぜ、ここに………ッ!?」

 爆焔で薄汚れた男谷静の表情が、驚きに変わる。


「さ、薩摩のひとたちが……たくさん死んでるんだろっ!? 

 せいいちろうさまが見ていたら、ぜったいぜったい、

 たすけたとおもうッ!!」


「だって、いのちって……すてるためにあるんでしょ?」

 いのちなんて、あたし、いらないもん! 

 もっと大事ものがあるんだもん! 

 この世界には、

 もっと大事なものがあるって西郷先生も…………」


 純白に輝くその偶像たちは、

 ふたりの姉妹の横顔を明るく……照らし出した。


「……あ、あなたたち…………

 そ、そんな悲しいこと……言わないで………」


 男谷静の蒼い瞳の輝きと共に、一筋の雫がほとり、

 と薩摩の地に流れ落ちた。


 もう現世(この時代)にはいない、

 その氷河のように冷え切った迷い子達の魂は、

 男谷静の魂の奥の奥に、優しく、やさしく……

 

 どこまでも染み渡った。






 あの日、あの時……あの、瞬間。


 隅田川の……葦原の泥と消えていたはずの姉妹の魂は江戸を離れ、遠く鹿児島私学校の、そして大西郷の恩情に頼る他……なかった。



「…………静、こどもたちを……頼むぞ。

 盆に、逢おう…………迎え火はいらぬ。

 我が手となり足となり、

 子供達はきっと……………………わたしを導いて(招魂)くれる……」


「――――――………っ、あ……姉様ッ!!」


ヴァルハラ(来世)にて我は軍神となり、

 現世(うつしよ)を見届けようぞ。

 静、お前はただひたすら、

 子供達の未来を慮っていればよい。


 ――――――………決して死ぬでないぞ。

 せいいちろうさまも……きっと……」


 肺からとめどなくこぼれ落ちる鮮血が、

 少女を、むしろ清浄の地に導くかのように…………。


 夕陽に美しく、それは……いつまでもいつまでも………………

 

 光輝いて、いた。


「―――――あとは今井様だけが……頼りだ……」



 せいいちろうさまはだれよりもおやさしいひと




 せいいちろうさまはだれよりもじひぶかいおかた




 せいいちろうさまはだれよりもつよくだれにもまけない




 せいいちろうさまはわたしたちのたましいをすすってくださり




 せいいちろうさまはわたしたちのけがれをもすすってくだされた




 とこしえにつたえよう




 せいいちろうさまのかみのいぶきを

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