†倹約の天使
マリアがスージーを抱えたまま部屋を出ると、まず最初に暖かい空気が肌をかすめ、芳しい香りが鼻孔と胃袋を刺激する。思わず口の端からよだれがたれそうになる。
焼きたてのパンのほのかな柔らかい香りに、甘いストロベリージャムの香り。脂ののったベーコンが、今まさに焼かれようとしていた。
「今日はトーストとベーコンエッグか」
「今日は、って言うより今日“も”でしょ?」
軽やかにフライパンを振るう少年が答えた。 そう言うのも、この一週間毎朝同じメニューだった。たまにトッピングのジャムがナッツバターだったり胡麻だったりするくらい。
「ぼくとマリアの稼ぎじゃこれが精一杯だもんね」
困った笑顔を浮かべる少年はユアン。マリアより一つ年下の13歳。体格はちょうどマリアと同じくらい。お互いに服を共用している。黒髪に子犬の様なつぶらな瞳の、穏やかな雰囲気の少年だ。特技は家事全般という頼もしい家族の一人。
いい加減偏った食生活に潤滑をもたらすため、サラダが登場する日もあるが、だいたい葉野菜は生でサラダにして食べる。『だって茹でるとわた菓子みたいに体積が減るんだもん』と、決まって彼は言う。
ごもっとも。
「今はまだ生活カツカツだけど、金が貯まったらユアンの店を開くんだ。スージーだって大きくなれば働いてユアン兄ちゃん助けてやるもんな?」
「うん。スー、いっぱいお手伝いするー」
「やだな…コックになるのは夢だけど、みんなに迷惑はかけられないよ!」
マリアの言葉を聞いて、ユアンは少し慌てる。
「いいんだよ、迷惑かけて。だっておれ達“家族”なんだぜ!」
「だぜー!」
スージーも可愛くウインクしながら、マリアを口真似して繰り返す。
「それに…おまえが店構えれば人手もいるだろ。おれも働かせてもらうし? みんなでやれば店も繁盛、左うちわでウハウハだ」
「マリア、ウハウハ?」
「そうだ、なーんでも好きなものたくさん食えるぞぉ?」
その言葉に、スージーのエメラルドの瞳がキラキラ輝く。
「何でも? スー、ケーキ食べたい! いっぱい、いーっぱい食べる!」
「スージー。ケーキなら明日食べられるだろ? ぼくのケーキは『鼻曲がりの猫通り』にある甘味処のケーキよりおいしいんだからね」
少し得意気にユアンが答える。確かにユアンはお菓子作りにも長けている。貧しい故に手に入る材料も乏しいなりに、蒸しパンやドーナツなど素朴かつ懐かしい味を演出する。マリアはユアンの手を“神様がくれた魔法の手”だという。
「明日何かあったか?」
「マリア、たんじょうびだよー」
「そうかー、すっかり忘れてたよ。おめでてう」
ユアンがにわかに困った顔になる。
「…やだなぁ、マリアの誕生日だよ」
笑顔のまま、マリアの思考が一時停止をする。目が『えっ! おれ、14の若い身空で自分の誕生日忘れてる?』と訴えていた。
「マリア、若年性健忘症ってやつ?」
†二人目の天使の登場です。家事全般をこなす、とてもありがたい子です。お兄ちゃんというより、お母さんな雰囲気をイメージしてます。まだまだだらだらと続く紹介ページですが、どうぞお付き合いください。