†もう一つの物語 2
†またまた番外編です。話がますますややこしくなると思いますが、今後重要になってくるので、『もう一つの〜』は飛ばさずに読んでいただければ幸いです。
「姫様。どなたかいらっしゃったのですか?」
控えめな声がノックに続きドアが開くと、中年の女官が一人入ってきた。
「マルグリットか。いや、誰もおらぬが?」
姫君は柔和なほほ笑みを浮かべて首を振った。
そうですか、と言いつつも腑に落ちない表情の女官。
「いえね、姫様のお部屋から殿方の声が聞こえましてね。でも気のせいですわよね」
そう言いながら、姫君にお出しした紅茶のカップとソーサーを片付ける。
「わたくしったら、空耳でも聞こえたのでしょうか。そうですわよね、お部屋は廊下が一本道。誰かいればわたくし、すれ違いますもの」
恥ずかしそうに頬に手を当てる。
「恥じることなどない。ここには私しかいないのだから」
誰にも言わないでくださいませね、と言い残し、女官はそそくさと姫君の部屋を退出した。
「ま、もっとも。男子禁制の姫巫女の塔に立ち入るなど死罪に値するのだがね。我が臣デューよ…」
姫君はガルブラッドの賢人に皮肉を言った。
「一体どういうつもりなのだ、ラシエル! この私に向かって『王にはなれない』だと?」
テラドーナの王宮の一室に、苛立つ男の声が響いた。
声の主は名前をリュドミールという。現テラドーナ国王グラーツ二世の息子にして、期待の王太子。
青みがかった髪を掻きむしり、野心に満ちた黒い瞳をしたこの王子は御年二十歳になる。
「どうもこうもありはしません。ただ、今のままでは確実に国は…いや、世界は衰退すると申し上げたまで…」
リュドミールの矛先にいる男は、一国の王子を前にして尊大な態度でたやすく言い放った。
彼の名はフェリックス・デュー・ラシエル。前王の時代にあっては最高顧問を務めていたガルブラッドの男だ。
「王の資格無き者が王になれば、いずれ滅びてゆくまで。殿下もわかっているのでは?」
「くッ…」
リュドミールは言葉に詰まった。確かにラシエルの言うことにも一理ある。父が王位に就いて以来、大地が枯れてゆくように作物が採れなくなった。いくら治水工事に力を入れても、水が意思を持ったかのように毎年氾濫する。
「ラシエル、貴卿もカレンシアが王になれば良いと思っているのか? 精霊憑きの狂った姫を…」
ラシエルは煉瓦色の頭を上げて、悟りきった琥珀色の瞳が王子を捉える。
「私ではない。世界がそう望んでいるのです」
「なぜ…なぜカレンシアでなければいけないのだ! なぜ、私は…」
王子の双眸から熱いものが頬を伝った。それを見ぬフリをしてラシエルは言った。
「では、契約をするのですね」
「…契約?」
リュドミールは言葉を反芻する。
「古に、人間の王は精霊王と契約を交わし、世界を手に入れた。その子孫が代々王となることで、血が契約を繋ぐ。ならば今一度、精霊王と新たな契約を交わせば、殿下が王になれる可能性もゼロではない」
「時に、その精霊王はどこにいる!?」
やはりそう来るか、予感していたラシエルはリュドミールに優しくほほ笑み、一言。
「こちらの世界に…」
そう言い残して手品のように姿を消した。
「精霊…」
リュドミールは呟くとハッと思い立ち、扉を開けて臣下を呼び付けた。
「姫巫女の塔に使者を出せ! カレンシア・ローズに執り繋ぐのだ!!」
†新キャラとか出て来てしまいましたね…マリアのお話の裏で動く彼らは、どのようにマリアと係わるのか…マリア、最近お疲れ気味です。