1日目 6
「そろそろ腹も空いて来ただろう。話は後にして食事にしないか。大したものは出せないがこうやって会ったのも何かの縁だ、食べて行くといい」
ディゲアさんはそう言って立ち上がった。
が、実を言うと私はさして空腹を感じてないんだよね。
よく考えたら合コンの席でそれなりにご飯は食べたし。
だからコンビニでもからあげしか買わなかったのよ。確か。
からあげ。
「あ、すいません!食べ物は少しならあるんでお気遣いなく!」
からあげの存在をあやうく忘れるところだった!
電気の無いこの家に冷蔵庫なんてある筈ないから、このからあげは今日食べてしまわないと明日には絶対傷んでるだろう。
何と言っても外は真夏なみの暑さだ。
「......その持ってる食料、よかったら交換しないか。異世界の食べ物を口にする機会なんてこれが最後かもしれないしな」
しかしディゲアさんは私の発言にキッチンに向かわせていた足と止めると、くるりとこちらを向いてそんなことを言って来る。
突然のディゲアさんの申し出に少し考え込む私。
確かにこうやってトリップしちゃわない限りそんな機会は無さそうだ。
しかし今ここで私の世界の貴重な食料を手放してしまってもいいものか。
「もしかしたら似たような食べ物を知ってるかもしれない」
なるほど、そういう考え方もあるわよね。
今のところ帰れる見通しが立ってるわけでもないし、もし何日もこの世界に居なくちゃならないとなると、いつかは自分の慣れ親しんだ味を食べたくなるに違いない。
卒業旅行でオーストラリアに遊びに行った時だって、3日目には寿司食べてたくらいだし。
もし似たような料理、食材があれば頑張りようによっては限りなく地球の食べ物に近い食事が作れるかもしれないし。
本音を言えば私もこちらの食事にちょっとは興味があったので、ありがたくその申し出を受けることにする。
「わかりました。でも本当にちょっとしかないんで、交換じゃなくてこちらは差し上げます。さすがにこれだけじゃ足りないだろうし」
そう言って私は脇に避けていたコンビニの袋から少しくたっとなったからあげの袋を取り出した。
ディゲアさんは袋を受け取ると少し顔を近づけて中を確認している。多分臭いをかいでるんだろうなぁ。気持ちは分かる。
「何かを揚げた料理のようだな」
「鳥肉という白身の肉に味付けをして揚げたものなんですよ。本当は熱々の時が一番おいしいんですけど、もう冷めちゃってますよね」
「いや、このままでも十分においしそうだ。皿に移して来よう」
からあげはやっぱり出来立ての熱々がおいしいよね。
まぁ私が買った時ですら出来立て、というほどでもなかったけど。
ディゲアさんが再びキッチンへと消えて行ったので、手伝うべきかなーと着いて行こうとしたけど、あまり人様の家を勝手に歩き回るのも気が引ける。
立ち上がったところでどうしようかと悩んでいる間に、ディゲアさんが手に大きなトレーのようなものを持って戻って来てしまった!
私ってば「お手伝いします」って簡単な一言が何で言えないのよ!!
ディゲアさんがトレーをダイニングテーブルと思わしきところに置いたので、私もそちらに移動。
今度こそさりげなくお皿なんかをテーブルに置くのをお手伝い。飽くまでもさりげなく。
テーブルの上には何やらスープみたいなものと、野菜炒めみたいなの、あとはナンに似た平べったいパンのようなもの、そしてからあげ。
こちらの世界の料理は見た目だけで言うなら、そんなに地球のものと違ってないように見える。
匂いもおいしそうだし。
「好きなとこに座ってくれ」
とディゲアさんに勧められ、4脚ある椅子のうちのディゲアさんの向かい側に腰を下ろす。
まず食べ方がよく分からないので、ディゲアさんをじっくり観察させて頂こう。
「こうやってこれにこっちの具をのせて、巻いて食べるんだ」
そう言ってナンのようなものに野菜炒めのようなものを適量のせ、くるくると巻いていく。
おお、なんか春巻きみたい。
スープみたいのはまんまスープかな。スプーンぽいの付いてるし。
と思ったらディゲアさんがスプーンぽいのでスープみたいなのを掬って食べている。当たった!!
ふとここで疑問。
「ディゲアさん、これってこっちでは何て言うんですか?」
私はスプーンぽいのを持ち上げてディゲアさんに聞いてみた。
このスプーンぽいのは金属らしきもので出来ていて、形も地球にあるスプーンと変わらないように見える。
「スプーンだが、そちらの世界では違うのか?」
おおお!ナイス翻訳機能!!!
言葉は通じてるから日本語はそのままでいけるかなーとは思ってたけど、外来語もセーフだったか。よかったー。
「いえ、一緒でした。言葉は通じてるけど名詞も一緒なのかどうか疑問だったんで」
これで大抵の言葉は通じることが分かったし、とりあえずは食事に集中しよう。
私はディゲアさんが見せてくれた通りに春巻きもどきを作る。
ちょっと不格好になっちゃったけど、まぁ食べれなくはない。
ではではいただきます。
声には出さず、手を合わせてからパクリと一口。
お、お、おいしいじゃないかぁぁぁぁ。
「これ、すっごいおいしいです!!」
味はどっちかというと中華料理に近い感じ。甘辛い味付けで、ところどころにシャキシャキとしたもやしのような食感がある。
「気に入ったようで何よりだ。これはコル巻きという料理で、こっちの平べったいのがコル。これで巻いて食べるからコル巻きと言う。中身は色々あるんだが、肉や野菜を炒めたものが一般的だな。それでこっちのがミアンのスープだ」
そう言って今度はスープの方を指した。
スープを覗き込んでみると、何やら浮いている。
「あ、この花さっき見ました」
林の前に広がっていたお花畑で咲いていた、れんげに似たピンクの花。
それがスープにぷかぷかと浮いている。
スープ自体はコンソメスープのように透明で少し黄色っぽい。
他にも何か野菜のようなものが入っている。
「この花がミアンだ。花はスープに入れるだけでなく、さっきのコル巻きの具にしたりもするな。今日は茎の部分を使っているんで歯ごたえがあっただろう。根の部分はコルの原料だ。このあたりではこの花は主な食料だから、毎食何かしらは口にする」
そんな万能なお花が!
見た目はあんなに可愛らしいのに、捨てる部分も無く食べれちゃうなんて。
しかも美味しい。そりゃあんなに育ててるはずよね。
スープはあっさりとした味付けで、お花はちょっと甘い後味が残る。
空腹を感じてなかった筈なのに、こっちのご飯が予想以上においしかったせいか箸が進む。いや、箸使ってないけどさ。
ふと前に目をやると、ちょうどディゲアさんがからあげにフォークみたいなの(多分フォークであっていると思う)を伸ばしているところだった。
うん、ちょっと緊張するわ。
謀らずしも『私の世界の食べ物代表』になってしまったコンビニからあげ。
あんたにこんな重責を負わせてしまって申し訳ないけど、全力を尽くせ!!
戦々恐々と成り行きを見守っていた私をよそに、からあげは見る者をうっとりとさせるようなツヤツヤピンクの唇の中に消えて行った。
初・異世界の食べ物とか言ってたくせに、一口で食べたよこの美少女!!
ちょっと復活したので更新です。
今日中にもう少し進めておきたい...