1日目 5
ディゲアさんは、バッサバサの金色のまつ毛に縁取られたそのくりんくりんの双眸を真っすぐに私に向け、小さく息を吐く。
私は一言も聞き逃すまいと少し前傾姿勢になりながら傍らに立つディゲアさんを見上げた。
「結論から言うと」
数秒の沈黙の後、目の前の美少女は再び口を開く。
「帰れるかもしれないし、帰れないかもしれない」
なんか曖昧な答え返って来た!
まさか一番無難な返答しただけじゃないでしょうね......
私がいささか胡乱げな目つきになっていたのに気がついたはずなのに、ディゲアさんはさして気にしていない。
もうちょっと私を労るそぶりを見せてくれてもいいのに。ちぇ。
「こちらに運ばれて来た人間には、みな『理由』があるんだ」
ディゲアさんは顎に手を当て、ひとつひとつ言葉を選ぶようにゆっくりと話す。
「有名なのだと、数十年前に運ばれて来た男の話だな。彼は医者で、運ばれて来た『理由』はこの世界で当時流行していた伝染病の原因をつきとめ、治療薬を完成させることだった」
なんでも彼の偉業は歴史の本にも載っているくらいらしい。
「その男は治療薬を完成させた後、自分の世界に帰ることが出来た」
「本当ですか!!?」
それはなんとも希望が持てる話。
過去に帰れた人が居るなら、私の帰宅だって可能かもしれないもんね。
しかし私の希望は続くディゲアさんの言葉に、いきなり半分ほど打ち砕かれてしまった。
「ただ、その男は帰らなかったようだが」
「えええ!なんで!!」
みすみす帰れるチャンスがありながら、それを蹴るなんて!
なんならその帰宅権、私にくれたらいいのに。
ディゲアさんは私がよほど不満げな顔をしていたからか、若干苦笑しながらソファのようなものの肘掛け部分に腰を下ろした。
「彼が薬を作り上げた時には、もうすでに長い年月が経っていたんだろうな。彼はこの世界で自分の家族を手に入れていたんだ。長年携わって来た仕事も家族も置いて、元居た世界に戻るという選択肢を、彼は放棄した」
その医師だという男性はどんな気持ちで余生をこの世界で過ごしたんだろう。
元居た世界を思い出して、自分の下した判断を悔いたりはしなかったんだろうか......
正直言って、今日こっちに来たばっかりの私に、この世界に対する未練なんて微塵も無い。
でも長く居ればそれだけ情も移ることもあるんだってことよね。
なら帰るのはなるべく早いほうがいいに決まってる。
バカンス気分でもうちょっとだけ〜なんて思ってたら10年20年経ってましたじゃシャレにならない。
「で、私がここに運ばれて来た『理由』は何なんでしょう?」
私がそう質問した途端、ディゲアさんは何とも申し訳なさそうな顔をこちらに向けた。
憂い顔ももちろん美しいけども、いいお話ではなさそう......
「『理由』を知るのはお前をここに運んできた者だけだ」
「それは......」
「私たちは『天上の方』と呼ぶ」
四十肩みたい、とか思ったけど口には出さなかった。
ディゲアさんの話によると、私たちの言葉でいう創造神のような存在が作った第二の神様のような存在らしい。別名は『干渉者』。
創造する力が無いので、この世界で何か凶事や天災が起きたとしてもそれを打破するものを生み出せないとか。
それでその代わりに該当する能力や技術を持った人間をよそから連れて来る、と。
なんてはた迷惑な!!っていうかまるっきり誘拐じゃないのよ。
「ようは過保護な親ばかといったものか」
「ちょっと、自分のところの神様をそんなふうに言っちゃっていいの!?」
「この世界にとっては確かに有り難い存在なのかもしれないが、お前たち異世界から運ばれて来た人間にしてみれば疫病神もいいところなんじゃないか?」
なぜかディゲアさんの言葉に私が慌ててしまったわよ。
言った当の本人はどこ吹く風だ。口元には皮肉げな笑みまで......
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