腕輪 (ディゲア視点)
ちょっと長め?です。
翌日、あまり早すぎない時間に『サイキリッカ』の元へ向かった。
もちろん伯父のことについてだが、昨日レシュカと外出したきり部屋に閉じこもっていたことも気にかかる。
ところが部屋に彼女の姿は無く、部屋つきのメイドの話では四大老会議に出席しているという。
『サイキリッカ』に与えられた特権から言えば、四大老会議だろうが軍部会議だろうが出席する事は可能だ。
しかし何故いきなりそんなことになったのか見当が付かない。まさか伯父のことを調べるために......?
昨日ニージークに釘を刺されたまま、『サイキリッカ』には事情を説明していない。
なんとなくまずい気がして焦る気持ちを押さえられず四大老会議の行われている会議室へと急いだ。
私には四大老会議に立ち入ることは許されていない。それは例え陛下であろうとも同じだ。
我が国は立憲君主制と言えど、現行の法の元では国王の権力の方が議会のそれを上回る。
そのため国王と議会との力の均衡を損なわないように、基本的に議会に直系王族の継承権を持つ人間は関与出来ない。王家による独裁を忌避する目的で。
もし会議の最中であれば終わるのを待つつもりでいた。
『サイキリッカ』がこれ以上伯父のことで城の人間から心証を悪くする前に。
だが会議室のドアは開き、四大老会議が終了していることが分かる。
中にはエイカー以外の3人の大老がまだ残っていた。ニージークがこちらに気付き、絨毯にヒールを沈ませながら近づいて来た。
「今日は珍しい方がよくいらっしゃいますわね。サイキ様も昨日いきなり四大老会議へ参加されたいと仰って驚かされましたのに、ディゲア様まで?ですが生憎と会議はもう終了しましたのよ」
「会議に用があって来たのではない。彼女はどこだ」
「サイキ様でしたらアイヴンを連れてお戻りになられたはずですわ」
「たった今彼女の部屋から来たのに道中で会わなかった。部屋には戻っていない」
「そう仰られても、わたくしは存じ上げませんわ。大体、何をそんなにお急ぎになられてるの?サイキ様から何かお聞きになりたいことでもありまして?それで四大老会議に参加されるようにお勧めになったの?」
ニージークはその強い印象の目を眇め、探るように私を伺って来た。
私が『サイキリッカ』を利用していると?彼女の特権を利用してまで遂げたいような目的など有りはしないのに。
他の誰が彼女を利用しようとしても、私だけはそれをしないと誓って言える。
「四大老会議に参加するように言ったのは私ではない。私とて先ほど彼女の部屋で侍女からその話を聞いたばかりで驚いたくらいだ」
「まぁ......意外ですわね。サイキ様が自らの意志で会議の参加をお決めになったとしても、ディゲア様にはご相談しそうに思いましたけど。あの方は随分とディゲア様を信用なさっておいででしたし」
自分でも心の底でそう思っていたことを指摘されたようで、思わずニージークから目を逸らす。
しかし彼女は私の後ろ暗さには気が付かなかったようで、『サイキリッカ』の行動にしきりと首を捻っていた。
「ディゲア様が仰ったのでないなら、何故急に会議に参加されることにしたんでしょう?内容はお話出来ませんけれど、サイキ様は分からないことも多かったと仰っていましたし、政治にお詳しいようにもお見受け出来ませんでしたのに」
「......何か考えがあってのことだろう。明日も参加すると?」
「ええ。暫くは参加されると聞いております」
『サイキリッカ』が会議に参加することになった切欠はなんだ?伯父のことだと思っていたが、ニージークの態度からは『サイキリッカ』があれ以上ラオアラのことを尋ねた様子は無い。
一昨日の茶会ではそんな話は無かった。ということは昨日彼女にそう決意させた何かがあったはずだ。
......レシュカに言われて?それとも訪ねたというレシュカの友人の方か。
しかし四大老会議の内容など、レシュカが『サイキリッカ』を使ってまで知りたがる理由はない。友人の方もそうだ。
ならば『サイキリッカ』に何かをさせるつもりでいるのか......?
四大老会議の後どこかへ行っていた『サイキリッカ』と漸く面会を果たせたのは、その日の午後だった。
部屋を訪ねた私を出迎えた彼女の顔色は冴えない。しかもこちらをあまり見ない様にしている節がある。
「......何か気にかかることでもあったのか?顔色が良く無い様だが」
「い、いえ......何でもないです。それで......今日は一体どういう用件ですか?」
彼女の口ぶりからあまり歓迎されていないことが伺えた。
何か気に障ることでもしたのだろうか、思い返してみても心当たりが無い。
そもそも茶会の後で会うのはこれが初めての筈だ。会わなかった一日の間でこうも態度が変わるのが解せないけれど、それを問いただす勇気は無かった。
「ああ、茶会の後で言っていた伯父の事故についてだが、やはり協力は遠慮することにした。事故が仕組まれたものだという証拠も無いし、お前の手を煩わせることも無いと思う」
「そうですか......。じゃあこのことはもう関わらないでおきますね。確かに2年も前の、私がこっちに来るずっと前に起こった事を私が調べるのは不自然ですよね」
私の言葉に『サイキリッカ』がホッとした顔を見せたのは見間違いだろうか。
もしかするとラオアラを訪ねた際にニージークに何か言われたのかも知れない。
「ところで今日から四大老会議に参加するようにしたと聞いたのだが、随分と急な話だな。政治に興味があるとは知らなかった」
「えっと、あの、政治に興味があるっていうか......ずっとお城に居るんで、少しでも『理由』が見つかる切欠になればいいな~と思って.....」
「まぁ探そうと思って見つかるものでも無いが、何もしないよりはマシだろう。だが退屈だったのではないか?」
「そうですねぇ、私に政治や経済の知識がもっとあれば楽しめたかもしれません」
「参加しているうちに分かることもあるだろう。私も伯父の政務を手伝い始めた当初は書類1枚理解するのに半日がかりで調べたりしたものだ」
「書類1枚で半日だったら、会議を理解するには何年かかることやらって感じですね~」
その何年後かに、果たして『サイキリッカ』はここに居るだろうか......。
彼女が帰りたがっていることは知っているが、それを考えるとどうしても焦燥に駆られるのだ。
「自分の国の国会ですら話してる内容が分からないのに、来て10日くらいのこの国の政治を理解しようなんて無謀っちゃ無謀なんですけど」
『サイキリッカ』は眉を下げて困ったような顔をしながら、茶を飲もうとテーブルの上にあるカップに手を伸ばした。しかし右手でそれを取ったその瞬間、指が滑ったのかバランスを崩し、もう片方の手を慌ててカップに添えた。
その時、珍しく着ている上着の袖からちらりと何かが見えた。銀色に光る腕輪のようなものが彼女の細い腕に嵌っていたように思う。
私が『サイキリッカ』の左腕を凝視していたのを彼女自身も気付いたようで、持っていたカップを口に運ぶ事無くテーブルに置くと、その腕輪のあった辺りを服の上から反対の手で押さえた。
『サイキリッカ』がここに来てから先日の茶会まで、あの腕輪が彼女の腕に嵌っているのを見た事が無い。
しかし腕輪自体はどこかで見た事がある気がするのだ。一体どこで......。
口を開こうとした私に『サイキリッカ』は、青い顔を泣きそうに歪めながら必死に首を横に振る。
腕輪のことに触れられたくない様子なのは分かったが、彼女がこんな風に怯える理由は何だ?
「どうかなさいましたか?」
急に口を噤んだ『サイキリッカ』を訝しみ、アイヴンが声を掛けた。
『サイキリッカ』は何かを話そうと口を開いたが、なかなか上手く言葉が出て来ないようで、もどかしげにその眉を顰めている。
「......あの、少しお茶が指にかかってしまって驚いただけです」
漸くそれだけを絞り出すと、また口を引き結び黙りこくってしまった。
「火傷などはされてませんか?今、何か冷やすものを持って来させましょう」
「いえ!そこまで大したことないから大丈夫です!!えーっと、もしかしたら服にもかかったかもしれないのでちょっと見て来ますね。ディゲアさん、悪いんですけど今日はここまでで.....」
「ああ......そうだな、長居して悪かった。フィンエルタ行くぞ」
体よく追い出された感じは否めないが、彼女の言う事に従って今日は辞することにした。
それにしても今日の『サイキリッカ』の様子はどこか普通ではなかった。
フィンエルタも同じ様に思ったのか、私の部屋へと帰る道中もしきりと首を傾げている。
「なんか......サイキ様のご様子がおかしかったような気がしませんでした?お茶を飲もうとされた時に腕を押さえてらしたし、どこかお加減でも悪いんじゃないですか?」
「いや、そうではない。お前見えなかったか?彼女の腕に腕輪が嵌っていただろう。あれを隠していたようだ」
「は?腕輪......ですか?でも何でそれを隠すんです?別にアクセサリーとして別段変わっているものと言う訳ではなかったんでしょう?」
見た目はいたって普通の腕輪だった。女性が身につける装飾品としては些か地味な装いではあったが、隠すほど趣味が悪いものにも見えなかった。
「ただの腕輪のようだったんだが、私がそれに気付いて口を開こうとするのを嫌がっていたように思う。それに......あの腕輪に見覚えがある気がするのだ......」
「前にサイキ様が着けてらしたとかではなく?」
「彼女が着けているところをみたのは先ほどが初めてだ。私が見たのは全く別の人間で、彼女がこちらに来るよりもずっと前だったような......」
つい最近のことではない。
確か着けている人間が意外な人物で驚いた覚えがある。
あれはーーーーー
ーーーお前が装飾品を着けているなんて珍しいな。
ーーー婚約者から送られて来たのです。最近忙しくて会いに行けない私にお守りとして用意してくれたみたいです。
ーーー愛想をつかされる前に、私からも伯父に少し休みを頂けるようにお願いしてみよう。
ーーーそれはありがたいお話です。もし休暇が取れたら真っ先に会いに行かないといけませんねぇ。
蘇って来た記憶に心臓が大きく音を立てた。
私が見たあの腕輪を着けていたもう一人の人間の顔。
「フィンエルタ......ラオアラをここに呼べ」