1日目 3
いきなり私が膝をついて項垂れたものだから、美少女は再びびっくりしたようで、慌てて私の前にかがみ込んでオロオロしだした。
「すまない。やはり頭を強く打っていたんだろう。気分が悪いのか?」
ああ、美少女は全く悪くないのに。
ある意味では彼女によってもたらされた真実に衝撃を受けたわけだから、彼女のせいと言えなくもないけど。
でも美少女からしたら不審人物がよくわからないもの(傘)を持って家の前に立ってたあげく、そこでいきなり跪かれてる状況な訳で。
あまり不審者っぷりを発揮するのもどうかと思うので、精神的ダメージはともかくとしてとりあえず立ち上がることにした。
立ち上がることに。
思ったよりもダメージが大きかったのと、やはり頭を打った衝撃のせいか立ち上がった途端にクラクラとした目眩に襲われる。
貧血なんて一度も体験したことのない健康優良児の私が目眩に!
あわや再びドアに激突か、というところで目の前に居た美少女が体を支えてくれた。
うわ、なんかいい匂い。
うちで扱ってる香水とかの人工的な香りじゃなくて、お花の香りみたいな。
にしても美少女、意外に力が強い。
足元の覚束ない(ビールのせいでは決してない)私を軽々と横抱きにするとそのまま家の中に入ってしまった。
まさか初めてのお姫様抱っこを年下であろう同性にされてしまった私。
不可抗力ではあるけども、さすがに情けないのでこのことは誰にも言うまいと固く心に誓った。
美少女はドアのすぐ内側にあったリビングダイニングのようなところ(目眩のせいで上手く確認出来ず)の一角にあるソファのような場所に私をおろした。
すぐ傍にはまわりの石が煤けた暖炉があるけど、さすがに今の季節は使ってないようで火は入っていない。
さっき煙突から出てた煙はどこから来たんだろう、そんなことをぼんやりと考えながら遠慮なく横になる。
靴をどうしようか迷ったけど、日本人としては家具に土足で足をあげるのは抵抗があるので脱いでおいた。
美少女は私をおろしてすぐに奥の方へと消えた。
どうやらすぐ隣がキッチンになってるみたいで、何やら美味しそうな匂いが漂って来る。
あの煙はキッチンで使っていた火から出てたらしい。
ということは電気はないということか。
この部屋にも照明器具のようなものは何もなく、天井には梁がむき出しに走ってるだけだし。
夜になったらランプでも点けるのかな。
そうして天井やら壁やらを見ていると美少女が手に何かを持って戻って来た。
「痛むか?一応薬を塗っておいた方がいいかも知れん」
そう言って美少女はその美しい指先で私のおでこにそっと触れた。
ひんやりとしていて気持ちいい。
触られてもそれほど痛くないし、赤くなっているだけだろうけど折角用意してくれたみたいなので大人しく薬を塗られる。
NOと言えない日本人です。はい。
薬は薄い飴色で、見た感じは蜂蜜みたい。そのままだとベタつくので上から薄い布切れみたいなのを当ててもらう。
特に何かで留めるということはせずにそのままで手当は終了のようだ。
「もう少し横になっていた方が良いかも知れないな。今食事の支度をしているから出来上がった頃には気分もよくなっているだろう」
美少女は惜しげも無く微笑みをその顔に浮かべると、何か液体の入った器を渡して来た。
容器の形状からすると飲み物っぽいんだけど、ここは異世界(推定)だし。
もし飲んでしまってから実はこれも塗り薬でした、なんてオチは嫌だ。
容器を手に固まる私を見て、美少女は何やら困ったような顔になってしまった。
「うちで飲んでる茶なんだ。喉が渇いていないんなら無理に飲むことはない」
どうやら口に合わないものを出されて困ってる様に誤解されてしまった。
別にそういう意味で固まっていたわけではないので焦ってしまう。
相手がキラッキラの美少女だけに特に。
「いえ、頂きます!」
見た目は茶褐色の日本でもよく見る麦茶っぽい。
じろじろ見るのも無作法なので、ここはえいや!と思い切って一口飲んでみた。
お、おいしいじゃないか!!
お茶というよりも柑橘系の清涼飲料水みたい。さっぱりとしてて喉越しもいい。
ゴクゴクと一気に飲み干してしまった。
「すごくおいしいお茶ですね!」
「口に合ったようで良かった。まだ要るようなら遠慮せずに言ってくれ」
「じゃあお言葉に甘えてもう一杯頂けますか?」
もちろん、と言って美少女はまた奥へと消えて行った。
初めて飲んだ異世界(推定)の飲み物がとんでもなく口に合わないものじゃなくて一安心。
味覚が違いすぎると食生活に困るもんね。
さて、この異世界(推定)にある程度の文明があるらしいことは分かった。
家具や家の作りを見ても、地球にある技術とそんなに変わらないみたいだし。
そりゃ日本の住宅に比べたらだいぶカントリー調なんだけどね。
地球だって水道も電気もない場所もあれば便座だって電動で開く家もある。
ここにももしかしたらすごい科学の発達してる場所があって、そこでなら私の帰宅方法も分かるかも知れない!
とりあえず地球人とほぼ同じ外見、生活っぽいところにトリップしただけマシだと思わなきゃね。言葉も通じてるし。
ちょっと気分が浮上した。
美少女とお茶のおかげかな。
ちゃんとお礼言わなきゃね。
丁度そこへ美少女が戻って来た。
「あ、お茶ありがとうございます。あとおでこの手当ても」
「いや、元々ぶつけたのはこっちのせいだ。気にするな。そういえばまだ名前を聞いてなかったな」
「すいません!私、妻木立花と言います!!お茶頂く前に名乗っておけって話ですよね」
折角浮上した気分が再び落ち込む。
相手に言われるまで気付かないとか、社会人としてどうなの......
「さいき......りっか......?」
美少女は私の名前を聞いてぽかんとしている。
え、まさか『りっか』がこっちの言葉では卑猥な内容でピーが入るような意味とか?
それともハゲとかデブとかみたいな蔑称とか?
「お前、男だったのか......」