憤慨 (ディゲア視点)
フィンエルタから、私の従兄であるガルーダが『サイキリッカ』に会いに行ったことを聞いたのは夕食の前だった。
機転を利かせたらしく、会わせることは無かったと聞きほっとする。
「予想していたことではあったが、随分と行動が早いな。普段は王孫としての少ない公務ですらまともに顔を出さないくせに」
「やはりオルバ殿下が議会の承認を得られないのがもどかしいんでしょうね。ガルーダ様は元々そんなに王位には興味なかったようですけど、手が届きそうなところへ来たら話は別なんでしょうか」
「ガルーダは年下の私が王位に就くのが嫌なだけだろう。伯父が健在の頃は仕方ないにしても、今は状況が違うからな。権力に対する執着があるかどうかは私にも分からん」
「オルバ殿下はともかく、ガルーダ様は臣下の私が言うのもなんですけどあんまり学は無いですよね......。立太子してから相当努力されないといけませんよ?でもあの人ほど『努力』とか『忍耐』っていう言葉が似合わない人も居ないと思うんですよね。王位を狙うのはいいですけど、国が傾いたらシャレになりません」
「そこはその時の四大老に期待するしかないな」
「すっかり他人事みたいに言わないで下さいよ......」
ガルーダは確かに口はともかく悪い男ではない。
ただ勉強が苦手で、学院に居た頃も授業をそっちのけで友人と遊んでばかり居た。
人に指図されるのが嫌いなところは王になる資質ありと捉えるべきなのかどうか......。
「そう言えば、サイキ様が時間があったらお茶したいと仰ってましたよ。やっぱり心細いんですかねぇ。たった2日半とは言え、一緒に過ごされたディゲア様が居ないと」
「そうか......。では夕食の後にでも会いに行こう。後でアイヴンに連絡をしておけ」
きっと彼女はこの世界で一番最初に手を差し伸べた私を、親鳥を雛が慕うように頼っているのかもしれない。
それでも彼女の方から会いたいと言ってくれたことが胸に響く。
一日ぶりに見る『サイキリッカ』は特に城の生活に萎縮している様子も無さそうで安心した。
今日は城下も見たと言うし、それなりに王都を楽しんでいるのかもしれない。
「明日、陛下にお会いするらしいな」
「そうなんですよー。事情があって急に決まったんですけど、今からもう緊張しちゃいますね」
「ああ、今日王族が面会を申し出て来たという話は聞いた。どうせお前に口利きでもしてもらおうという魂胆だろう。今この国には王太子がいないからな」
「さっきアイヴンさんも同じこと言ってたんですけど、王様にはお子さんがいないんですか?確か直系の王族は10人くらい城に住んでるって言ってたのに......全部王様の兄弟とか?」
「いや、陛下には息子が二人に娘も一人おられる。ただ立太子していないから空位なだけだ」
「息子が二人ってことは王子様ですよね!?カッコいいですか?」
「美醜は人の感覚によるから断言は出来ないな」
「サイキ様、王子殿下はどちらも既婚ですよ。ちなみに王女殿下も」
「ええ~。カッコいい王子様がいるかと期待してたのに......」
彼女はその小さな口を尖らせる。
仕草がいちいち子どもっぽくて見ていて飽きない。
「あれ、サイキ様ってばやっぱりそういうのが気になりますか?」
「そりゃ私だって元居た世界では結婚適齢期まっただ中の女性ですよ。しかも恋人もいないんですよね、私。だからいい出会いのチャンスだと思ってたのになー」
『サイキリッカ』は性格も素直だし、私の感覚からすれば十分に魅力的な女性であるように思う。
しかし恋人は居ないらしい。
彼女の世界では『サイキリッカ』のような女性は不人気なのだろうか。
それとも周りの男どもがよほど見る目が無いか。恐らく後者だろう。
そんなことを考えていたら、フィンエルタがまた馬鹿な事を言い出した。
「奇遇ですね。俺も恋人居ないんですよ。どうですか、これでもお買い得だと思うんですけど?」
「フィンエルタ、あなたの場合『今は』『特定の』恋人が居ないだけでしょ?サイキ様、こんな男の言うことなど真に受けないで下さいね!きっと女性を見ると口説かずにはいられない病気なんです。サイキ様はフィンエルタには勿体無さ過ぎますもの。心配ならずともすぐにフィンエルタなど足元にも及ばないような素敵な恋人が出来ますわ」
フィンエルタはお買い得なんてものじゃないだろう。
私ならタダでもご免だ。
ヤツを病気と言うアイヴンは間違っていない。
治せるものなら国中の医者を呼んでやってもいいくらいだ。
「まぁ俺のことはともかく、未婚の王子様がいいなら他にもいますよ。目の前のお方もそうですし」
「フィンエルタ!!お前は本当に余計なことばかり......!!」
「え、目の前って......エルタさんが王子様......?」
「違いますよ!!ディゲア様のことです!!!厳密に言うなら王孫殿下ですけど、王族直系男子という広義で言うならディゲア様だって『王子様』ですよ。しかもちゃんと未婚です」
「王族......直系......男子......」
私が王族であるということは『サイキリッカ』には話していないままだった。
彼女の顔を直視出来なくてフィンエルタを睨みつける事で誤摩化す。
『サイキリッカ』は言葉を失っているようで、しばらく無言だった。
しかし漸く出て来た彼女の一言に、今度は私が言葉を失った。
「......ディゲアさんって男の子だったんですか......?」
てっきり王孫であることを黙っていた事を責められるかと思っていたのに、彼女にとっては私が男であることの方が衝撃だったらしい。
呆気にとられたのは一瞬だった。
「私のどこが女に見えると言うんだ!!今までそんなことお前以外に言われたことないぞ!!」
「それを言うなら私だって25年間生きて来て男に間違われたのなんて、ここで初めてですよ!!」
「まぎらわしい名前のせいだろう!!大体名前と言えば、お前は私の名前を聞いて「かっこいい」と言っていたじゃないか!!それがどうして女だと思い込むことになるんだ!!」
そうだ。彼女は私の名前をかっこいいと言ったはずだ。
私の名前に意味は無いが、『知性』を意味する言葉である『ディグル』に音が近いので、どちらかと言えば「賢そうな名前」と称されることが多かった。
だから彼女が「かっこいい名前」と言った時、本当はとても嬉しかった。
それなのに。
「だってどう考えてもかわいい名前じゃないじゃないですか!!それならかっこいいと褒めとくしかないでしょ!!占い師でもあるまいし、私は名前なんかで性別を判断できませんよ!!!それに今まで女に間違われたこと無いなんて、それはきっとディゲアさんが王子ってことに遠慮して言わなかっただけで、きっとみんな一度は思ったはずです!!ねぇエルタさん!!」
「ちょ!!こっちに振らないで下さいよ!!えーっと、黙秘します......」
「即座に否定しない時点で肯定したも同じだと思うのは私だけかしらね、フィンエルタ......」
「フィンエルタ......貴様あとで覚えていろ......!!」
くっ......。彼女の言う事には一理あるかもしれない。
なぜなら私は両親と他の王族以外には親しく話すような人間はいないからだ。
もしかしたら今まで会った中にも私を女だと思っていた者が......?
しかしフィンエルタ、お前に言われるのは我慢ならんぞ。
「でも、見た目はともかくディゲア様のお名前を聞けば、王族に詳しくなくても男だってことは分かりそうなもんですけどね。あ、俺が男ってことはちゃんと分かってます?」
「見た目はともかくとはどういう意味だ......!」
「さすがにフィンエルタさんが女に見えるような不思議なフィルターはかかってないですけど......普通はその名前聞いたら男ってわかるんですか?」
「あからさまな男名ではありますから。サイキ様の世界では男女の別で名前が分かれてたりしないんですか?」
どうやら『サイキリッカ』の世界では、名前は親が付けるものであり、そこに男女の別は無いと言う。
それなら彼女が私の名前を聞いても男と分からなかったのは仕方ないかもしれない。
だが私はそんなに女っぽい容姿をしているのだろうか?
これでも王家の男子らしく武道も嗜んで来たつもりなのに。
アイヴンはやはり『サイキリッカ』の本名を知らなかったようで、四大老ほどでは無いにしても驚いていたようだ。
こちらでは男、または息子を意味する『リッカ』という言葉も、同じ音である彼女の名前に込められた意味は全然違っていてとても美しいものだった。
大きな志を持って真っすぐに育って欲しい、か......。
もし私にそんな名前が付けられていたら、名前負けだと笑われていたかもしれない。
「さて、明日は陛下との面会も控えてることですし、サイキ様はそろそろお休みになられたほうがよろしのでは?」
「っていうかエルタさんが衝撃の事実を口にするから、こんなに長話になったんですよ。本当はもっと王様のことを聞いて明日に備えておきたかったのに」
「ええ!俺のせいですか!?いずれは知ることだったんですからいいじゃないですか」
「わたしはサイキ様がご存じなかったことに驚きました」
「だって誰も言ってくれませんでしたよ?ディゲアさんなんて今まで王様の話はしてくれても、一言も王様の孫ってことは言ってくれなかったんですから」
やはり『サイキリッカ』は私が王孫だということを黙っていたことに対して、少なからず怒っているようだ。
恨みがましい目で私の方を見て来た。
しかしその顔は睨んでいるつもりなのかもしれないが、全然怖く無い。
17のメリエヌの方がよほど恐ろしい顔が出来るというものだ。
これも彼女の性格故だろうか。きっと心の底から相手を恨んだりなどしたことは無いのだろう。
「そう言えば、何でサイキ様にご身分を明かさなかったんですか?フィンエルタも教えて差し上げれば良かったのに」
「俺は別に隠そうとしてた訳じゃないですよ。サイキ様がご存じないようなのは薄々感じてましたけどね」
「私も別に隠そうと思っていたわけではない。ただ、私はいずれ王位継承権を放棄するつもりでいるし、王孫という立場に拘りも無い。ならば敢えて言う必要もないだろうと思ってのことだ。」
フィンエルタがどういうつもりで黙っていたのかは知らない。
私が言わなかったのは、彼女の自分を見る目が変わりそうで怖かったのだ。
いずれ王族を離れるつもりであることに偽りは無いが、それよりも彼女が私が王孫と知って気構えるようになって欲しく無かった。
王族という殻が無ければ、私はもっと彼女の近くに居られる気がしていたのだ。