5日目 2
王様はさすがにディゲアさんのお祖父さんなだけあって、纏っている雰囲気が彼(違和感があるけど『彼』なんだよね......)に良く似ていた。
ディゲアさんが年とってちょっと丸くなったらこんな感じ?というくらいに。
「余の父から、運ばれて来た方の話は聞いたことがあってな。父は王権争いで幼い頃に自らの叔父に幽閉されておったのだが、ようやく外へ出ることが叶ったものの運ばれて来た方には会えず終いだったそうだ。そのことをよくこぼしていたな。余はなんとか自分の生きている間に見えることが叶うたから、思い残すことはもう無いかも知れん」
いきなりそんなことを言うもんだから、私とアイヴンさんだけでなく王様の側近らしいもう一人のおじいちゃんもギョっとしてしまった。
「えっ、どこかお体でも悪いんですか?」
「はは、そうではない。確かに見てくれは老いぼれだが、まだまだ健康そのものよ」
そう聞いて安心した。
もしかして「もう長くないから世継ぎ問題よろしく!」って意味なのかと思っちゃったじゃないの。
「ただ、余もそろそろ政務を続けるのは飽いて来たんでな、退位して妃と共に隠居しようと考えておるのだ」
「そうなんですか......」
飽きたからって辞めれるもんなの?良く知らないけど。
でもそれならさっさと王太子を決めちゃえばいいのに。
っていうかこっち(王位関係)に話持って行くのやめて欲しいんだけどなぁ......
「ところで、そなたはディゲアの元に現れたらしいな」
「はい。お花畑の中にある林のお家にちょっとお世話になりました」
「あの家はもともと余が隠居生活のために用意したものよ。いいところであろう?」
えええ!あれ王様が使うために用意した家だったの!!?
その割にはなんていうか質素な造りだったんだけど。
でもディゲアさんのUターン志向はお祖父さん譲りだったのか〜。
「確かに静かだし、のんびりしてていいところでした。でも王様が住むにはちょっと不便なんじゃないですか?一番近い町でも半日かかるって聞きましたよ」
「今まで人に囲まれた生活を何十年も続けて来たからの。王位を退いた後くらいはのんびり過ごしたいのだ。妃も賛成しておる」
「私の世界でも定年退職して田舎に移り住む熟年夫婦とかいますから、気持ちはわかります」
「そうかそうか。しかし余が隠居生活を始めるにあたり、問題があってな」
むむむ。なんか雲行きが怪しく......
「もう聞いたかも知れぬが、この国には王太子がおらぬ。余が退位するにはまず3人の子のうちのどれかを立太子させ、王位を継がせなければならぬのだ。そなたはこれが運ばれて来た『理由』だとは思わぬか?」
来たーーー!!
王位関係はやめてって言ったじゃん!
王様本人にはまだ言って無いけども!!
人好きのする笑みをその顔に浮かべて好々爺然として私を見てるけど、投げかけて来た話題は私の望むものでは全く無い。
「私には政治とか王族とか継承権とかの知識はまっっっっったく、これっっっっっぽっちも無いんで、王太子の問題は『理由』じゃないと思います!」
「そう考えるか?先に運ばれて来た方も、生業は給仕をしておったそうだ。そなたと同じく政治や王族に関する知識は無かったというぞ」
強く否定したけど聞き入れてくれません。
大体本当の『理由』なんて神様しか知らないんだから、そっちの片付けたい問題を丁度いいからって押し付けて来たりしないでよね〜。
「それを言うなら、なんで王様がさっさと決めてしまわないんですか?そうしたら王太子問題が私の『理由』っていう可能性も無くなるのに......」
「ははは。そなたはよほどこの問題に関わりたくないようだ。先に運ばれて来た方の話がやはり気になるか」
「それは......だって人が一人命を断ってるわけですから、そういう責任重大な『理由』はちょっと遠慮したいですよ......」
「しかし『理由』がそのように責任重大でないならば、そもそも天上の方は異世界より人を運んで来ぬと、余は思うのだがな」
「でも王様のお世継ぎを決めるのは異世界の人間でなくても出来ると思うんですけど。毎回王太子を決める度に異世界の人は来ていないんでしょう?」
「その通りだ。余が立太子した時には運ばれて来た方はおられなかった。だが、余は今この国に王太子が居ないことと、そなたが運ばれて来たことが無関係とは到底思えぬのだ」
ど、どうしてもそっち(王位問題)に話を持って行くんですね!!
私はディゲアさん以外の王族なんて知らないんだから、選びようが無いじゃない!!って思うんだけど、それを言ったがために直系王族を全員紹介されて「ささ、選んでちょうだい」っていう事態になってもイヤだ......
私があまりにも難しい顔で考え込んでいたのを気に病んだのか、王様は少し肩の力を抜くと、ふぅと小さく息を吐いた。
そして自嘲のような悲しそうな笑顔を浮かべると、組んだ自分の両手を見ながら話を続けた。
「この国に王太子が居ないのはここ2年の話でな」
「え......」
「2年前までは、余の息子の一人が立太子して30年、王太子の務めを果たしておった」
「その人はなんで王太子を辞めちゃったんですか?」
「辞めたのではない。ーーー死んだのだ」
2年前まで王太子に就いていたという王様の息子。
でもその人が死んでしまったってことは王様には子どもが4人居たってこと?
「余の最初の息子であるマリグェラは16で立太子し、その後王太子として30年務めたが46でこの世を去った。その後すぐに他の3人の子の中から次の王太子を決めるべきたったのだが、こうして2年経った今でも空位のままよ」
「なんですぐに決めなかったんですか?」
「一つはマリグェラが30年も立派に王太子をやっておったので、他の3人の子は王と成るべくための教育に重きを置いていなかったからだ。誰もがマリグェラが王位を継ぐものと考えておったんで無理も無いことだがな」
他の弟妹も兄がちゃんと立太子してたんなら自分の出る幕は無いと考えてたのかな。
確かに30年も経ってから自分にお鉢が回ってくるとは思いもしないわよね。
「もう一つは、マリグェラが王太子であったが為にその命を奪われたのではないか、とも考えられるからだ」
「......陛下、殿下は事故で亡くなられたのです。未だ納得出来ないのは分かりますが、運ばれて来た方を安易に不安にさせるのは如何なものかと......」
王様の不穏な発言に、ずっと黙って控えていた側近の人が見かねて声を出す。
アイヴンさんもちょっと困惑気味だ。
その王太子が亡くなった理由は公になってないんだろうか?
側近の人は事故って言ってるし、王様は殺されたかもしれないって言うし。
側近の人の発言を受けて、王様は気を取り直したのかさっきまでの自嘲的な笑みではなく、また好々爺に戻ってしまった。
「すまぬ。余が言ったことは忘れてくれ。そなたがここに現れたのは天上の方の采配。『理由』が何であれ余はそなたを歓迎する。この城を自分の邸と思ってごゆるりと過ごされよ」
「あ......こちらこそお世話になります......」
王様は先ほどまでの重い空気など一切無かったかのように、王らしく堂々とした足取りで私の前から去って行った。
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