3日目 2
私を男だと思った瞬間のエルタさんの顔は明らかにガッカリしていた。口調も変わってたし。
こいつ絶対女好きだ。ディゲアさんの「仲良くしなくていい」っていう発言、あながち冗談でも無いんじゃない?エルタじゃなくてエロタって呼んでやろうかな。もちろん心の中で。
「彼女は『運ばれて』来たらしい。今回お前に艇で来てもらったのは、彼女を王都に連れて行くためだ」
「そういうことですか。しかし異世界の名前は変わってますねぇ」
名乗るだけで男に間違われるって、ほんと私の名前大丈夫かな......
英語圏に留学した友達が、自分の名字が『fu○k your mom』に聞こえると言われて嘆いていたエピソードに当時の私は大笑いしたもんだけど、今ならその気持ちわかるよ......
今から出れば日暮れには王都に着くというので、早速荷物を積み込むことにした。
私の荷物は大したことないのに、エルタさんは手伝うと言って私に着いて来る。
それよりも自分の上司の娘であるディゲアさんを手伝えば良いのに。
結局片手で事足りる荷物なので、エルタさんの手は借りなかった。
私の手にある傘を見て、彼が不思議そうな顔をしていたのには気がついたけど、雨の説明とか面倒だし、どうみてもこの人は感傷的な話には向いてなさそうなので、敢えてスルー。
この話は私とディゲアさんだけの秘密だもんね!へん!!
荷物を持って外に出ると、何やら大きなものがデンッ!!と家の前を占拠している。
パッと見た感じでは、ちょっとメタリックな黒色の大きな自動車に似ているけど、タイヤが一つも無い。
エルタさんがその表面でなにやら操作すると、側面の部分が自動ドアのように横にスライドして開いた。
「どうぞ乗って下さい」
エルタさんがそう言って手を差し出してくれたことにも気付かず、私は間抜け面でその自動車もどきを見つめる。
「もしかしてお前の世界には艇が無いのか」
「......探せばあるのかもしれませんけど、私は見るのは初めてですね......」
さっきから二人の会話のところどころに「ふね」っていう単語が聞こえてたから、てっきりどこかの港で船に乗り換えるもんだと思ってた。
だってここには川も海もない。あるのは地平線まで続くお花畑なんだよ?
「艇というのは飛行艇のことだ。これは小型のものだが、公共の大型飛行船もこの国では珍しくない。王都に行けば見る機会もあるだろう」
へぇ〜。空路がかなり発達してるってことかな。
ちなみに生活区を覆う保護膜みたいなのが空にもチューブのように走ってて、揺れたりはあんまりしないらしい。
ジェットコースターの苦手な私には、有り難い話だわ。
飛行機は嫌いじゃないけど、あのエアポケットの揺れとか本当に勘弁して欲しい。
私は帰れることが前提の上、『理由』を解決するまではこの世界に必要な人間らしいから、事故とかの心配は無いんだろうけど、心臓に悪い思いをしなくて済むならそれに越したことは無い。
艇の中は意外に広く、2席ずつの3列シートで、最前列の2つは操縦席みたい。
そこにエルタさんが乗り込み、対面になっている2列目にディゲアさん、その向かいに私が座る。
「ここからだと王都は南東の位置になる。まずは南下して、そこから海沿いを行く予定だ」
折角空を飛ぶっていうのに、なんで最短距離で行かないんだろうと思ったら、さっき言ってた保護膜のチューブが走ってるところしか飛ばないので仕方ないんだとか。
日本に居た時も電車乗ってて「なんでこことここ直通してないの!?」って思ったことあるけど、そんな感じかな。
「それじゃあ出発しますよ」
というエルタさんの一言で、艇は静かに動き出した。
外を見てみると、胴体の上部からにょっと主翼のようなものが!
そして一瞬の後、ふわりと上昇するとまるで新幹線のように滑らかにスピードが上がって行く。
あっという間に林が小さくなって、一面の花畑しか見えなくなった。
前方に目を向けると、既になにやら建物がいくつか見える。
地上に居た時は地平線まで続いていた花畑も、すごい早さで飛んでいる飛行艇ではあっという間に通り過ぎてしまうみたい。
歩いて半日の距離が、ものの数分......
ディゲアさんの家から一番近いという町は、町と言うよりは集落という感じ。
周りは花畑なのか畑なのか、四角く区切られた緑の絨毯が広がっている。
そしてそれもすぐに見えなくなった。