3日目 1
その時、私はお昼ご飯を食べた後で、満腹感による睡魔をなんとか隅に追いやりながら、日本から持って来たファッション雑誌に目を通していた。
そこへドンドンと大きくドアを叩く音が響いたのだ。
それはもう借金取りってこんな感じ?っていうくらいの剣幕で。
リビングのソファにいた私は驚いて、必死に戦っていた睡魔なんてあっという間にどこかへ行ってしまった。
ちょっともしかしなくてもこれディゲアさん家の迎えじゃないの?
なんかまだ顔も見たことないけど、怖いです!!
丁度ディゲアさんは自室に戻ったところだったので、呼びに行こうかと腰を上げたところへ、彼女がリビングに戻って来た。
助かった!なんて思ったのも束の間。
な、なんか表情が消えてますけど、大丈夫ですかお嬢さんよ。
ディゲアさんは何も言わずにドアを開けた。
それはもう思いっきり。
そして直後に聞こえる鈍い音。
あれ、デジャヴ??
でも今のは絶対わざとだったよね......?
私はそーっとディゲアさんの後ろの方からドアの隙間を覗いてみた。
そこにはちょっとウェーブがかった短めの濃茶の髪をセンター分けにした男の人が、鼻を押さえて立っている。
私の時はおでこだったのに......!!!
いや、私の鼻が低いんじゃない、きっとこの人の鼻がデカイんだと思うことにしよう。
うんうん。
一人で納得顔の私をよそに、その男の人はキッっとディゲアさんを睨みつけた。
マオカラーのグレーのスーツは一見すると学ランのようにも見えるが、着る人のせいか所々に施された装飾のせいか、まるで上流階級の紳士のようだ。だが、その男が上品なのは着ている服だけだと気付いたのはその直後。
「今の絶対にわざとだったでしょう!!!」
うわ、背も高いし(事実)鼻も大きい(想像)からか声までやたらと大きい。
こんな至近距離なんだからそんな大声でしゃべらなくてもいいのに。
耳が遠いのかしらね。若そうなのに。
「いちいち大声を出すな」
「あなたが俺を怒らせるからでしょうが!!俺の完璧なフォルムの鼻が見るに耐えなくなったらどう責任取ってくれるんです!!」
「お前の鼻の造作なんぞどうでもいい。ちゃんとその顔に付いているだけ有り難いと思え。それにドアをまるで親の仇の如く叩いていたんだ。誰か出て来ることくらい承知の上だろう。それなのに『わざわざ』応えた私を怒るのは筋違いもいいところじゃないのか。恨むならそのドアを避けれなかった自分の無能さを恨め」
み、耳が痛いです。ドアを避けきれなかった無能な私でごめんなさい!
でも私はノックする前だったからその人よりはマシだと思うのよ。
そしてディゲアさん怖いです......!!
たった今私の中で、『怒らせてはいけない人』に見事認定されました。
ここからでは後ろ姿しか見えないけど、正面からその顔見たら、私生まれて来たことを後悔するんじゃないかしら。
だって声だけでも脚が震えそうなほどです!
しかしこの男の人、随分自分のお顔に自信があるみたいね〜。
大きい(想像)から打っただけの鼻なのに『完璧なフォルム』って、もし自称だったらナルシスト決定!!
見たところ少し目尻の下がった甘い顔立ちは、いかにも女ウケしそうではあるけど、私はあんまり好きなタイプじゃないかな。
「今まではどれだけ言われても王都に戻ろうとしなかったくせに、いきなり連絡してきて『帰るから艇で来い』って、あれの使用許可取るのに1日や2日じゃ無理だって知ってるでしょう!!それを説明も無しに途中で切ったままって、今日俺が来なかったらどうするつもりだったんですか!!!」
「お前の首が飛ぶだけだな」
男の人はディゲアさんの返答に肩を落とし、「はぁ〜〜〜」と大きくため息を吐いた。
この短いやり取りでも二人の力関係が如実に現れている。
明らかに年下のディゲアさんに敬語を使っているところからみても、彼の立場の方が弱そうだ。
長いものには巻かれた方が楽なときもあるよ。元気出せ、青年。
未だディゲアさんの後方で、無言の慰めを送っていた私をようやく男の人の目が捕らえたようだ。
その双眸がみるみるうちに見開かれて、口をあんぐりと開けている。
もちろん鼻は赤い。でもそんなに大きくは無かった。
彼は次の瞬間には再びディゲアさんに向かって詰め寄っていた。
「どういうことですか!!前回来た時には居ませんでしたよね!?まさか彼女をかこ」
彼女を過去??
何やら彼は話してた途中で突如その口を閉じてしまった。
そんなに大きな声で話すから、喉でも詰まったのかな。
「立ち話もなんだ、とりあえず中に入ったらどうだ」
ディゲアさんに促され、彼は家の中へと入って来た。
心なしか顔色が悪い気がする。
血圧でも上がっちゃったのかな。怒りっぽい男はモテないわよ。
リビングの方へ来たところで、ディゲアさんが彼を私に紹介してくれた。
「私の父の下で働いてる男で、フィンエルタという。あまり仲良くしなくて構わない」
「ちょっと!その紹介の仕方は無いでしょう!!」
この人、打てば響くって感じだなぁ。
いちいち反応が大きい。
ついからかいたくなるタイプってやつ?
日本にいたらいいツッコミ芸人になりそうなのに。
フィンエルタさんは私の方に向き直ると、ディゲアさんに向けていた顔とは打って変わって、にこやかな笑顔を浮かべた。なんだか「俺に落ちな、ベイビー」と言わんばかり。
でもどんなにカッコつけても、鼻は赤いんですよ。ぷぷぷ。
「初めまして、フィンエルタです。どうぞ気楽にエルタと呼んで下さい」
「あ、私は妻木立花と言います。今日はお世話になります」
そう言って軽く頭を下げたその上で、「は?」という気の抜けた声が聞こえて来る。
この時、私は自分の名前をディゲアさんに告げた時のことをすっかり忘れていた。
「なんだ、あんた男だったの?俺はてっきり......」
「ち、違います!!女で合ってます!!!」
そうだった!なぜか私の名前って男に間違われちゃうんじゃん!!!
3日目開始です。
新たな人物登場で、少しは賑やかになるかと。