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12.プレゼン資料の作り方

 辺境の商品には、ポテンシャルがある。


 ──そう確信したのは、メーア商会のヘルガさんとの取引が軌道に乗った頃だった。


 城下町の市場で、蜂蜜屋の琥珀色の蜂蜜を眺めている。山岳地帯の花から採れた天然蜂蜜。味は極上。前世のデパ地下で売ったら一瓶三千円はくだらない。


 隣の薬草屋には、北方でしか採れない希少なハーブが並んでいる。鎮静効果、消化促進、安眠作用。前世のアロマ専門店に置いたら飛ぶように売れるだろう。


 毛織物屋の奥には、辺境の羊から紡いだ上等な毛織物。ふわふわで温かくて、触り心地が絹に近い。


(素材は一級品。でも見せ方がまるでなってない)


 蜂蜜は木樽にどかんと入っている。薬草は麻袋に無造作に詰められている。毛織物は棚に無造作に積まれている。


(前世で言うところの、いい商品なのにパッケージが段ボールのまま。これは──ブランディングが必要だ)



      *



 翌朝、作業部屋に商品見本を並べた。蜂蜜、薬草三種、毛織物の布見本。


 ルルが目を丸くしている。


「お嬢様、これは何をされるのですか?」


「プレゼン資料を作ります」


「ぷれぜん?」


「商品の魅力を伝えるための準備よ。前世で企画書を百本書きました。その経験を活かします」


「ひゃっぽん……」


 まず蜂蜜。木樽から小さなガラス瓶に移し替える。瓶は城の書庫の奥に眠っていたインク瓶の空き容器を洗って使った。


「パッケージが大事です」


「ぱっけーじ?」


「見た目のことよ。同じ蜂蜜でも、木樽に入っているのとガラス瓶に入っているのとでは、印象が全然違うでしょう?」


 ルルが二つを見比べた。


「……あ、ガラス瓶の方がきれいです」


「でしょう? 中身は同じなのに、入れ物を変えただけで高級感が出る。前世では常識でした」


(前世のマーケティング部の受け売りだけど。あの部署、毎週「パッケージ会議」なるものを三時間やっていた。正気か、と思っていたけど、今ならわかる。あれは大事な会議だった)


 次に薬草。麻袋から取り出して、小さな紙の包みに分ける。紙は城の書庫から分けてもらった上質なもの。包みの表に中身の名前と効能を書いた。


「『北方安眠草。就寝前に熱い湯に浸して飲むと、穏やかな眠りへ導きます』──こんな感じで」


「お嬢様、すごいです……ただの草が、なんだかお薬みたいに見えます」


「商品には物語が必要なの。ただの蜂蜜じゃなくて『ノルデン山岳の花々から採れた天然蜂蜜』。ただの薬草じゃなくて『北方の清涼な大気が育んだ安眠のハーブ』。名前と説明をつけるだけで、価値が変わる」


「ものがたり……」


「前世では『コピーライティング』と呼びました。忘れてください」


「お嬢様のおっしゃることがわかりません……でも、なんだか素敵です」


 毛織物は、小さな正方形に裁断して見本帳を作った。色ごとに並べて、端を丁寧にかがる。ルルが裁縫で手伝ってくれた。


「これ、触るだけで買いたくなりますね」


「それが狙いよ。触覚に訴える販促物。前世のアパレル業界の常套手段」


(企画書百本の経験は伊達じゃない。うち三十本は佐藤部長に却下されたけど)



      *



 午後。オスヴァルトの執務室に、完成した商品見本を持ち込んだ。


 机の上にガラス瓶の蜂蜜、紙包みの薬草、毛織物の見本帳を並べる。


 オスヴァルトが、無言で見つめている。


「辺境の特産品を、高級品としてブランディングする提案です」


「ぶらんでぃんぐ」


「商品に付加価値をつけて、高く売ることです。素材は一級品なのに、見せ方で損をしています。パッケージと名前を整えるだけで、倍以上の価格で取引できるはずです」


 報告書を広げた。原価計算、想定販売価格、利益率の試算。前世の企画書のフォーマットそのままだ。


「蜂蜜は現在の三倍の価格で売れます。薬草は用途別に小分けすれば五倍。毛織物は見本帳での受注生産に切り替えれば──」


「待て」


 オスヴァルトが手を上げた。


「なぜそこまで商才がある」


「前世で企画書を百本書きましたから」


「……前世の話か」


「はい。前世の概念です」


「もはや概念というより経歴だな」


(鋭い。辺境伯様、たまに鋭い)


 オスヴァルトが蜂蜜のガラス瓶を手に取った。光に翳す。琥珀色の蜂蜜が、陽光を受けてきらりと光った。


「……綺麗だな」


「え?」


「蜂蜜が」


 ぼそりと言って、瓶を机に戻した。


(この人、蜂蜜を「綺麗」って言った。……なんかちょっと可愛い。いや、上司に可愛いは失礼か)


「任せる」


 いつもの二文字。でも、瓶を光に翳した時の目が、いつもの鋼色より少しだけ温かかった気がした。



      *



 それから一週間。


 辺境の特産品が、メーア商会のヘルガさんを通じて近隣の都市に出荷された。


 結果は──予想を上回った。


「カタリーナ殿、大変です」


 フリッツが、珍しく慌てた顔で作業部屋に飛び込んできた。


「蜂蜜が即日完売です。薬草も二日で在庫がなくなりました。毛織物の見本帳を見た貴族から注文が殺到しています」


「本当ですか?」


「本当です。ヘルガ殿が『追加生産できないか』と問い合わせてきています」


(やった。企画書百本の経験、無駄じゃなかった。佐藤部長に三十本却下された恨みが晴れる)


「すぐに増産体制を整えましょう。蜂蜜は養蜂家に増産を依頼、薬草は採取ルートを拡大、毛織物は織り手を増員──」


「カタリーナ殿、一つ質問があります」


「はい?」


「寝ていますか?」


「寝てます。定時退社してます。ホワイトです」


「目の下に隈がありますが」


「……これは興奮で眠れなかっただけです。前世の決算発表前夜と同じ症状です」


 フリッツがにやにやしている。何がおかしいのか。


「閣下にも報告してきます」


 執務室に向かうと、オスヴァルトはすでに売上報告書を読んでいた。


「読みました」


「はい。初回出荷分は完売です」


「……ああ」


 短い。だが、ペンを置いて椅子の背にもたれた仕草が──前世の上司が「よくやった」と言う代わりにコーヒーを奢ってくれた時の動きに似ている。


(いい上司センサーに反応あり。褒めてくれてるんだと思う。たぶん)


「フリッツ」


 廊下に控えていたフリッツが顔を出した。


「はい、閣下」


「養蜂家の増員と薬草の管理体制について、カタリーナの案を通せ」


「承知しました」


「あと」


「はい?」


「……城下の蜂蜜屋で、瓶入りのものを一つ買っておけ」


「どなたに?」


「…………いい。忘れろ」


「閣下、耳が赤いですが」


「黙れ」


 フリッツが笑いを噛み殺して廊下に消えた。


(何の話だったんだろう。蜂蜜を買うって、誰かへの贈り物かな。辺境伯様にも贈り物をする相手がいるんだ。……なんだろう、ちょっと気になるけど、まあいいか)


 鈍い。前世から鈍い。



      *



 その夜。


 ルルと一緒に夕食を取りながら、今日の成果を振り返っていた。


「お嬢様、すごいですね。辺境の商品が飛ぶように売れるなんて」


「すごいのは商品よ。素材がいいから、見せ方を変えるだけで売れた。私は包装紙を折っただけ」


「でも、その包装紙を折れる人が他にいません」


「……ルル、たまにいいこと言うわね」


「えへへ」


 窓の外の星空を眺めた。この辺境の空は、星が近い。前世のオフィス街では見えなかった星が、ここでは手が届きそうなほど輝いている。


(辺境の商品が売れ始めた。次は安定供給と品質管理。前世のサプライチェーン管理の知識が活きるはず。……ああ、前世の苦労が全部、今の糧になってる。佐藤部長、あなたのパワハラのおかげで私は強くなりました。感謝はしませんが)


 ──遠く離れた都市で、辺境の蜂蜜が「ノルデンの黄金蜜」と呼ばれ始めていることを、翌朝のヘルガさんの手紙で知ることになる。


 そして──その噂は、王都にも届きつつあった。

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