表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/8

第五話「新しい時代」

夜会での最後通告から6ヶ月――

ガリウム領からの使者が、ベルティス領を訪れた。


会議室の扉を開いた使者は、驚愕に目を見開く。

会議室は、52の領と都市の代表たちで埋め尽くされていた。


ガリウムの崩落後、同盟は急速に拡大した。

半額競争で離脱した領主たちが、次々と復帰を申し入れてきたのだ。

「クリーン資源」への信頼は、37名の犠牲によって――皮肉にも――確立された。


「これは……」


言葉を失う使者へ、アルドは穏やかに告げる。


「ガリウム領主殿への返答をお返しいたします」


アルドは、立ち上がる。


「我が領は――ガリウム産資源を必要としません」


使者の顔が青ざめる。


豊璃ほうり自治島の技術協力を得て、深海資源の採掘・精製に成功し、貴領を超える純度を実現しました」


豊璃自治島のセイラン代表が、言葉を引き取る。


「我々が結成した『クリーン魔導資源同盟』には、52の国と都市が参加しています」


北方商業都市の代表イルマが、商人の笑みを浮かべる。


「市場シェアは、すでに7割に達しました。価格は確かに高い。ガリウム産の2倍ですが、需要があります――誰も死なず、環境問題を起こさない「ブランド力」ということです」


使者が、一歩下がった。


「貴様ら……ガリウム領を敵に回すつもりか――」


アルドが、手を上げて制し、使者の目を真っ直ぐ見つめる。


「敵ではありません。時代が、変わったのです」


使者は、言葉を探すように視線を泳がせた。

アルドは、穏やかに続ける。


「ガリウム領の加工技術は、今も一級品です。その技術を、クリーンな資源で使えば、きっと、素晴らしいものが生まれます」


アルドは、左手を胸に当て、使者へ一礼する。


「ガリウム領もクリーン採掘に転換されるなら、同盟への参加を歓迎します」

「…返答は、承った…失礼する……!」


使者が、震えながら退出する。

荒々しい靴音が、廊下に響く。

その音が消えた後――

会議室は、静かな拍手に包まれた。


† † †


ガリウム領内では、崩落事故後から、空気は一変していた。

慰霊碑が建てられた広場で、集まった民衆が口々に囁き合う。


「37人も死んだのに、領主は口先で冥福を祈っただけだ」

「遺族への補償も、微々たるものだったらしい」

「民のことなど、何も考えていないではないか」


37の名前が、石に刻まれている。

遺族たちが、花を捧げる。


若い作業員――リオも、そこにいた。


「……すまない」


リオは、一つ一つの名前を指でなぞる。


「俺が、もっと早く動いていれば……」


涙を流すリオに、遺族の一人が歩み寄った。


「あなたが、皆を救ってくれた方ですね?」


リオが、涙に濡れた顔を上げる。


「夫は、逃げ遅れましたが――」


彼女は、リオの手を包み込むように握る。


「あなたのおかげで、夫の同僚たちは生きています。それだけでも、夫も、きっと喜んでいます」


涙を流しながら彼女は微笑み、リオは泣き崩れた。


† † †


慰霊碑に花が供えられ続ける中――

ガリウム領内では、別の動きが静かに進んでいた。


ガリウム領の若き貴族、エリアス・フォン・ガリウムは、その夜、密会を開いた。

同じガリウムの血を引きながら、現領主と父は決定的に違っていた。

彼の父は、現領主の圧政に反対して投獄されている。


「もう――限界だ」


彼の周りには、改革派の貴族たち。

良心的な学者たち。

そして――鉱山の現場監督たち。


「37人が死んだ。275人がカイル元技師長の資料で救われたが、それがなければ全滅していただろう」


エリアスの拳が、震える。


「今の領主は、民を見ていない」


エリアスは、父が残した資料を広げる。

そこには、20年前のガリウムの姿があった。


美しい森林。

豊かな農地。

笑顔で働く人々。


「父は――この国を、守ろうとしていた。しかし、現領主は、この国を食い潰そうとしている」


エリアスは、立ち上がる。


「変えよう、この国を。父が愛した、美しいガリウムを取り戻す」


その夜、改革派が一斉に蜂起した。

ガリウム領主は、抵抗することなく――


「──好きにしろ」


そう言い残して、退位した。

血は、一滴も流れなかった。


† † †


新領主エリアスは、最初の宣言で、遺族への補償を約束した。

しかし、財務官が青ざめた顔で報告する。


「領主様……現状の財政では、適切な補償を出す余裕が――」

「そんな……」


頭を抱えるエリアスに、ベルティス領から使者の訪問が知らされる。


「エリアス新領主。ベルティス領主アルドより、親書をお預かりしております」


親書には、こう書かれていた。


『ガリウム領の再生を、心より願っています。遺族への補償に必要な資金を、友好国支援として提供します。同じ痛みを知る者同士、助け合いましょう』


エリアスは、親書を握りしめ、涙を浮かべた。


「……ベルティス領主。ありがとうございます」


数日後。

ガリウム領主エリアスの名で、遺族に補償が渡された。


老婆が、使者から金貨を受け取る。


「新領主様から……」

「はい。この補償は、ベルティス領の支援を受けています」


老婆は、涙を流しながら、ベルティス領の方角へ手を合わせた。


† † †


新領主エリアスの最初の宣言に、大陸中が驚愕した。


『我が領は、過去の過ちと向き合う』

『崩落事故で亡くなった37名の遺族に、補償と謝罪を』

『全ての鉱山労働者に、適正な賃金と安全な環境を』

『環境修復を、最優先課題とする』


数ヶ月後。

ガリウム領から、ベルティス領へ使節団が訪れた。


先頭に立つのは、新領主エリアス。

そして――カイルの姿があった。


「カイル!」


ベルティスの鉱山監督が、驚きの声を上げる。

カイルは、照れくさそうに笑う。


「新領主に請われて、技術顧問として戻りました。今度こそ、誰も死なせない鉱山を、作ります」


† † †


会議室で、エリアスが深く頭を下げる。


「ベルティス領主。豊璃代表。そして、同盟の皆様。どうか、同盟に参加させていただきたい」


エリアスは、顔を上げる。


「我が領も、クリーン採掘への転換を行います」


アルドは、セイランと目を合わせる。

セイランが静かに頷き、アルドはエリアスに手を差し伸べる。


「未来を、共に作りましょう」


エリアスは、その手を握る。

そして――震える声で言った。


「我が領で生まれた子供たちに、美しい未来を残します。37名の犠牲を決して、無駄にはしません」


アルドが、エリアスの肩に手を置く。


「大丈夫です。あなたのような人がいる限り、ガリウム領には希望があります」


† † †


アルドが執務室に戻ると、エリアスが訪ねてきた。


「ベルティス領主」


エリアスが、静かに口を開く。


「前領主――彼のことを、どう思われますか」


アルドは、口元に指を添え、少し考える。


「……憎んではいません。彼なりの合理性があったと、思っています」

「……彼は、よく言っていました。『この国を支えているのは、この資源だ』『止めれば、何百万人もが職を失う』『理想で民は養えない』と…」


組んだ指を握り直し、エリアスは目を閉じた。


「彼は、恐れているようでした。そして、その恐怖が彼を盲目にしてしまったように、見えました」


アルドは、窓の外を見た。

晴れた空に、明るく太陽が輝いている。


「恐怖は人を盲目し、彼は新しい道があることに、気づけなかった」


アルドは、エリアスを見る。


「でも、貴方は新しい道に気づいた。それが、すべてではないでしょうか」


エリアスは、深く頭を下げた。


「――ありがとうございます」


† † †


会議の後。

カイルはテラスで外を眺めていた。


「技師長――いえ、カイル」


そこへ、リオ――今は技師補佐になった――とともに、やってきたエリアスが呼びかける。


「ガリウムから逃げてくれて――ありがとう」


カイルが、目を見開く。


「あなたが残してくれた資料が、現場を変えた。あなたのおかげで、275人が生きています」


カイルは二人を見つめ、目を逸らした。

震える声を絞り出す。


「……俺は自分だけ安全なところに逃げただけです。37人、救えなかった」


リオが首を振り、カイルに深く頭を下げる。


「いいえ、カイル技師長。あなたの資料は、俺たちを救ってくれました。資料がなければ、俺も助からなかったでしょう…本当に、ありがとうございました」


エリアスが、カイルの肩に手を置く。


「37名の遺志を、継ぎましょう。わたしも、二度と同じ悲劇を、繰り返さないために尽力します」

「……はい」


カイルの目から、一筋の涙がこぼれた。


† † †


エリアスが会議室に戻ると、同盟の代表たちが待っていた。

アルドが、立ち上がり宣言する。


「ガリウム領の、同盟加盟を承認します」


会場が、拍手に包まれる。

セイランが、エリアスに歩み寄る。


「歓迎します、エリアス新領主。共に、新しい時代を作りましょう」


イルマが、商人の笑みを浮かべる。


「ガリウムの加工技術は一級品だ。ビジネスが、非常に楽しみですね」


マリナが、資料を差し出す。


「深海採掘の技術を、共有します。環境を守りながら資源を得る技術を、お互い高めていきましょう」


エリカが、眼鏡を上げた。


「必要なら、財政支援の計画もお手伝い可能です。クリーン転換には、資金が必要ですから」


深く頭を下げたエリアスは、感謝の言葉を絞り出した。


「皆様…ありがとうございます」


† † †

その夜。

アルドは一人、父の墓前に立った。


「父上――ようやく、終わりました」


アルドは、蒼く輝く結晶を置く。


「10年前、あなたは遺言で『二度と、経済で負けるな』と遺された」


風が、アルドの黒髪を撫でる。


「俺は最初、それを『ガリウム領主を倒せ』と解釈しました。でも――違いましたね」


アルドの拳が、震える。


「あなたが本当に望んでいたのは、『二度と、こんな理不尽なシステムで誰かが死ぬ世界にするな』だった」


アルドは顔を上げ、遠くガリウム領の方角を見る。


「輸出制限という名の経済的威圧。政治的圧力として使われる経済力。人を犠牲にして利益を得る構造――」


アルドは、墓石をゆっくりと撫でる。

月明かりが、アルドと墓石を照らす。


「それらを、終わらせました。これが、俺の――"復讐"です」


執務室に戻ったアルドは、ひとり窓辺に立つ。

遠く、ガリウム領の方角を見ながら、アルドはつぶやく。


「始まったな――再生が」


セイランが、扉をノックして入ってきた。


「アルド。今、よろしいですか」

「ええ、セイラン」


二人は、微笑み合う。


「終わりましたね」


セイランの言葉に、アルドは首を振った。


「いえ――」


アルドは、地図を広げる。

そこには、大陸全体が描かれている。


「始まったんです。世界中に、この理念が広がるでしょう」


セイランが、頷く。


「なるほど。僕も、ともに見届けよう」


セイランは、アルドの肩に手を置く。


「アルド。君は――37名の死を、無駄にしなかった」


アルドが、顔を上げる。


「君が作った『クリーン資源同盟』は、これから何千、何万という命を救う」


セイランは、優しく微笑む。


「だから、自分を責めすぎないでくれ。君は――正しいことをしたんだ」


アルドの瞳が、ほんの一瞬、迷子の子供のように揺れた。

そして、少し困ったような微笑を口にのせ、アルドは小さく頷いた。


窓の外では満月が、二人をやわらかく照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ