第五話「新しい時代」
夜会での最後通告から6ヶ月――
ガリウム領からの使者が、ベルティス領を訪れた。
会議室の扉を開いた使者は、驚愕に目を見開く。
会議室は、52の領と都市の代表たちで埋め尽くされていた。
ガリウムの崩落後、同盟は急速に拡大した。
半額競争で離脱した領主たちが、次々と復帰を申し入れてきたのだ。
「クリーン資源」への信頼は、37名の犠牲によって――皮肉にも――確立された。
「これは……」
言葉を失う使者へ、アルドは穏やかに告げる。
「ガリウム領主殿への返答をお返しいたします」
アルドは、立ち上がる。
「我が領は――ガリウム産資源を必要としません」
使者の顔が青ざめる。
「豊璃自治島の技術協力を得て、深海資源の採掘・精製に成功し、貴領を超える純度を実現しました」
豊璃自治島のセイラン代表が、言葉を引き取る。
「我々が結成した『クリーン魔導資源同盟』には、52の国と都市が参加しています」
北方商業都市の代表イルマが、商人の笑みを浮かべる。
「市場シェアは、すでに7割に達しました。価格は確かに高い。ガリウム産の2倍ですが、需要があります――誰も死なず、環境問題を起こさない「ブランド力」ということです」
使者が、一歩下がった。
「貴様ら……ガリウム領を敵に回すつもりか――」
アルドが、手を上げて制し、使者の目を真っ直ぐ見つめる。
「敵ではありません。時代が、変わったのです」
使者は、言葉を探すように視線を泳がせた。
アルドは、穏やかに続ける。
「ガリウム領の加工技術は、今も一級品です。その技術を、クリーンな資源で使えば、きっと、素晴らしいものが生まれます」
アルドは、左手を胸に当て、使者へ一礼する。
「ガリウム領もクリーン採掘に転換されるなら、同盟への参加を歓迎します」
「…返答は、承った…失礼する……!」
使者が、震えながら退出する。
荒々しい靴音が、廊下に響く。
その音が消えた後――
会議室は、静かな拍手に包まれた。
† † †
ガリウム領内では、崩落事故後から、空気は一変していた。
慰霊碑が建てられた広場で、集まった民衆が口々に囁き合う。
「37人も死んだのに、領主は口先で冥福を祈っただけだ」
「遺族への補償も、微々たるものだったらしい」
「民のことなど、何も考えていないではないか」
37の名前が、石に刻まれている。
遺族たちが、花を捧げる。
若い作業員――リオも、そこにいた。
「……すまない」
リオは、一つ一つの名前を指でなぞる。
「俺が、もっと早く動いていれば……」
涙を流すリオに、遺族の一人が歩み寄った。
「あなたが、皆を救ってくれた方ですね?」
リオが、涙に濡れた顔を上げる。
「夫は、逃げ遅れましたが――」
彼女は、リオの手を包み込むように握る。
「あなたのおかげで、夫の同僚たちは生きています。それだけでも、夫も、きっと喜んでいます」
涙を流しながら彼女は微笑み、リオは泣き崩れた。
† † †
慰霊碑に花が供えられ続ける中――
ガリウム領内では、別の動きが静かに進んでいた。
ガリウム領の若き貴族、エリアス・フォン・ガリウムは、その夜、密会を開いた。
同じガリウムの血を引きながら、現領主と父は決定的に違っていた。
彼の父は、現領主の圧政に反対して投獄されている。
「もう――限界だ」
彼の周りには、改革派の貴族たち。
良心的な学者たち。
そして――鉱山の現場監督たち。
「37人が死んだ。275人がカイル元技師長の資料で救われたが、それがなければ全滅していただろう」
エリアスの拳が、震える。
「今の領主は、民を見ていない」
エリアスは、父が残した資料を広げる。
そこには、20年前のガリウムの姿があった。
美しい森林。
豊かな農地。
笑顔で働く人々。
「父は――この国を、守ろうとしていた。しかし、現領主は、この国を食い潰そうとしている」
エリアスは、立ち上がる。
「変えよう、この国を。父が愛した、美しいガリウムを取り戻す」
その夜、改革派が一斉に蜂起した。
ガリウム領主は、抵抗することなく――
「──好きにしろ」
そう言い残して、退位した。
血は、一滴も流れなかった。
† † †
新領主エリアスは、最初の宣言で、遺族への補償を約束した。
しかし、財務官が青ざめた顔で報告する。
「領主様……現状の財政では、適切な補償を出す余裕が――」
「そんな……」
頭を抱えるエリアスに、ベルティス領から使者の訪問が知らされる。
「エリアス新領主。ベルティス領主アルドより、親書をお預かりしております」
親書には、こう書かれていた。
『ガリウム領の再生を、心より願っています。遺族への補償に必要な資金を、友好国支援として提供します。同じ痛みを知る者同士、助け合いましょう』
エリアスは、親書を握りしめ、涙を浮かべた。
「……ベルティス領主。ありがとうございます」
数日後。
ガリウム領主エリアスの名で、遺族に補償が渡された。
老婆が、使者から金貨を受け取る。
「新領主様から……」
「はい。この補償は、ベルティス領の支援を受けています」
老婆は、涙を流しながら、ベルティス領の方角へ手を合わせた。
† † †
新領主エリアスの最初の宣言に、大陸中が驚愕した。
『我が領は、過去の過ちと向き合う』
『崩落事故で亡くなった37名の遺族に、補償と謝罪を』
『全ての鉱山労働者に、適正な賃金と安全な環境を』
『環境修復を、最優先課題とする』
数ヶ月後。
ガリウム領から、ベルティス領へ使節団が訪れた。
先頭に立つのは、新領主エリアス。
そして――カイルの姿があった。
「カイル!」
ベルティスの鉱山監督が、驚きの声を上げる。
カイルは、照れくさそうに笑う。
「新領主に請われて、技術顧問として戻りました。今度こそ、誰も死なせない鉱山を、作ります」
† † †
会議室で、エリアスが深く頭を下げる。
「ベルティス領主。豊璃代表。そして、同盟の皆様。どうか、同盟に参加させていただきたい」
エリアスは、顔を上げる。
「我が領も、クリーン採掘への転換を行います」
アルドは、セイランと目を合わせる。
セイランが静かに頷き、アルドはエリアスに手を差し伸べる。
「未来を、共に作りましょう」
エリアスは、その手を握る。
そして――震える声で言った。
「我が領で生まれた子供たちに、美しい未来を残します。37名の犠牲を決して、無駄にはしません」
アルドが、エリアスの肩に手を置く。
「大丈夫です。あなたのような人がいる限り、ガリウム領には希望があります」
† † †
アルドが執務室に戻ると、エリアスが訪ねてきた。
「ベルティス領主」
エリアスが、静かに口を開く。
「前領主――彼のことを、どう思われますか」
アルドは、口元に指を添え、少し考える。
「……憎んではいません。彼なりの合理性があったと、思っています」
「……彼は、よく言っていました。『この国を支えているのは、この資源だ』『止めれば、何百万人もが職を失う』『理想で民は養えない』と…」
組んだ指を握り直し、エリアスは目を閉じた。
「彼は、恐れているようでした。そして、その恐怖が彼を盲目にしてしまったように、見えました」
アルドは、窓の外を見た。
晴れた空に、明るく太陽が輝いている。
「恐怖は人を盲目し、彼は新しい道があることに、気づけなかった」
アルドは、エリアスを見る。
「でも、貴方は新しい道に気づいた。それが、すべてではないでしょうか」
エリアスは、深く頭を下げた。
「――ありがとうございます」
† † †
会議の後。
カイルはテラスで外を眺めていた。
「技師長――いえ、カイル」
そこへ、リオ――今は技師補佐になった――とともに、やってきたエリアスが呼びかける。
「ガリウムから逃げてくれて――ありがとう」
カイルが、目を見開く。
「あなたが残してくれた資料が、現場を変えた。あなたのおかげで、275人が生きています」
カイルは二人を見つめ、目を逸らした。
震える声を絞り出す。
「……俺は自分だけ安全なところに逃げただけです。37人、救えなかった」
リオが首を振り、カイルに深く頭を下げる。
「いいえ、カイル技師長。あなたの資料は、俺たちを救ってくれました。資料がなければ、俺も助からなかったでしょう…本当に、ありがとうございました」
エリアスが、カイルの肩に手を置く。
「37名の遺志を、継ぎましょう。わたしも、二度と同じ悲劇を、繰り返さないために尽力します」
「……はい」
カイルの目から、一筋の涙がこぼれた。
† † †
エリアスが会議室に戻ると、同盟の代表たちが待っていた。
アルドが、立ち上がり宣言する。
「ガリウム領の、同盟加盟を承認します」
会場が、拍手に包まれる。
セイランが、エリアスに歩み寄る。
「歓迎します、エリアス新領主。共に、新しい時代を作りましょう」
イルマが、商人の笑みを浮かべる。
「ガリウムの加工技術は一級品だ。ビジネスが、非常に楽しみですね」
マリナが、資料を差し出す。
「深海採掘の技術を、共有します。環境を守りながら資源を得る技術を、お互い高めていきましょう」
エリカが、眼鏡を上げた。
「必要なら、財政支援の計画もお手伝い可能です。クリーン転換には、資金が必要ですから」
深く頭を下げたエリアスは、感謝の言葉を絞り出した。
「皆様…ありがとうございます」
† † †
その夜。
アルドは一人、父の墓前に立った。
「父上――ようやく、終わりました」
アルドは、蒼く輝く結晶を置く。
「10年前、あなたは遺言で『二度と、経済で負けるな』と遺された」
風が、アルドの黒髪を撫でる。
「俺は最初、それを『ガリウム領主を倒せ』と解釈しました。でも――違いましたね」
アルドの拳が、震える。
「あなたが本当に望んでいたのは、『二度と、こんな理不尽なシステムで誰かが死ぬ世界にするな』だった」
アルドは顔を上げ、遠くガリウム領の方角を見る。
「輸出制限という名の経済的威圧。政治的圧力として使われる経済力。人を犠牲にして利益を得る構造――」
アルドは、墓石をゆっくりと撫でる。
月明かりが、アルドと墓石を照らす。
「それらを、終わらせました。これが、俺の――"復讐"です」
執務室に戻ったアルドは、ひとり窓辺に立つ。
遠く、ガリウム領の方角を見ながら、アルドはつぶやく。
「始まったな――再生が」
セイランが、扉をノックして入ってきた。
「アルド。今、よろしいですか」
「ええ、セイラン」
二人は、微笑み合う。
「終わりましたね」
セイランの言葉に、アルドは首を振った。
「いえ――」
アルドは、地図を広げる。
そこには、大陸全体が描かれている。
「始まったんです。世界中に、この理念が広がるでしょう」
セイランが、頷く。
「なるほど。僕も、ともに見届けよう」
セイランは、アルドの肩に手を置く。
「アルド。君は――37名の死を、無駄にしなかった」
アルドが、顔を上げる。
「君が作った『クリーン資源同盟』は、これから何千、何万という命を救う」
セイランは、優しく微笑む。
「だから、自分を責めすぎないでくれ。君は――正しいことをしたんだ」
アルドの瞳が、ほんの一瞬、迷子の子供のように揺れた。
そして、少し困ったような微笑を口にのせ、アルドは小さく頷いた。
窓の外では満月が、二人をやわらかく照らしていた。




