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第三話「クリーン資源同盟」

財務官エリカの報告は、悲鳴のようだった。


ベルティス領の魔導資源は、ガリウム産の3倍。

同じ商品をわざわざ高い値段を払って買うなど、普通ならば考えられない。


しかし――アルドは、微笑んだ。


† † †


深海資源の採掘が始まって、数週間が経った。


無人潜航艇が静かに海底6000メートルへ降下する。

作業員はすべて地上の操作室からモニター越しに制御する――命を守るために、それが最も確実な方法だった。


マリナの指揮の下、深海採掘チームが慎重に作業を行う。


「全員、無人機の動作を注視。些細なことでも報告を。妥協はありません」


複数のカメラで全周を監視しながら、毒素封じの円筒カラム多重防護外殻ケーシングを備えた海底回収システムが正しく動作しているか確認する。


毒素や不純物はすべて海底で安全に封じ込められ、環境に一切影響は及ばない。

彼女の厳格な管理体制が、事故ゼロ・環境汚染ゼロを実現していた。


海底泥からセイランの精製技術で慎重に抽出された魔導資源は、青く輝く結晶となる。


「なんと素晴らしい……」


アルドの執務室に届いた魔導資源を見た側近たちが、感嘆を漏らす。


「この純度なら、ガリウム産を超えているかもしれませんね」


そこへ、財務官エリカ・フォン・シュタインが慌ただしく入室してくる。


「領主様、コストが高すぎます……!」


エリカが青ざめた顔で報告する。

40代半ばの女性。

常に完璧に整えられた髪と、隙のない執務服が、几帳面さを物語っていた。


魔導資源を届けに来ていたセイランが口を開く。


「私たちはガリウム産の魔導資源と違い、作業員に適正な賃金を払い、安全を保障し、環境を守って作業するので必然的にコストは上がりますが…どの程度、差がありますか」


「3倍です……」


会議室が重苦しい沈黙に包まれた。

エリカは手元の資料に目を落とし、導かれる事実を提示した。


「採掘しても、誰も買わなければ赤字です。その場合、領の財政は3年で破綻します」


皆が眉を寄せて視線を落とす中、アルドの口元には微笑が浮かんでいた。

アルドは、机の上にあった紙束を手に取る。


「ガリウムから、和解案が届きました。『条件を飲むならば、資源供給を再開する準備がある』と。我が領が折れれば、危機はとりあえず去るわけです」


側近のひとりが手を挙げる。


「しかし、領主さま。その和解案の条件は、以前より明らかに高い価格での買取を提示されています」

「そうだな。今後はガリウムの顔色を窺いながら付き合うしかなくなるだろう。かの領の要求に従わなければ、今回と同様のことが起こる。ところで――」


アルドはエリカに水を向ける。


「エリカ。かつて父上が死に追い詰められた時、最大の原因は何だったと思う?」


唐突な問いに、エリカが言葉を詰まらせる。


「それは……ガリウムに供給を止められ、代替案がなかったこと、です」

「その通りだ。ガリウム一択の市場は、彼らに『生殺与奪の権』を握らせているのと同じだ」


アルドは振り返り、エリカの目を真っ直ぐに見据えた。


「3倍の価格差は、確かに大きい。『資源の代金』ではなく、『供給途絶への保険料』と考えるならば。ガリウムに依存し続けるリスクを、他の領も理解しているはずだよ」


側近たちが、ハッとして顔を見合わせる。

会議室の空気が、張り詰めた絶望から、未知の可能性へと切り替わった。


「我々が『第二の選択肢』を提示すること。それ自体が、ガリウムの独占による経済的威圧を無力化する武器になる。今は高くとも、採掘が軌道に乗ればコストは下がる。……エリカ、そのための『先行投資』としての計算は可能か?」


エリカはしばし沈黙し、そしてランプの光を反射する瞳で、新しい紙に力強くペンを走らせた。


「……安全保障コスト、および将来的な価格低減率を含めた試算。……やってみます。アルド様、これなら『商談』として成立します!」


エリカは計算に没頭する。

全員で見守る中、エリカが顔を上げる。


「3倍の価格なら、許容範囲です」


側近たちが、安堵の息を吐く。

アルドは手にしていたガリウム領との和解案を真っ二つに引き裂いた。


「しかし、アルドさま。我々の『クリーン資源』がブランドとして市場に認められれば……ガリウムは必ず、その利権を独占するために、我々に価格競争を仕掛けてくるのでは?」

「望むところだ」


アルドの断言に、側近が言葉を呑む。


「ガリウムの安さは、現場の命を削って捻り出した虚飾だ。私を潰すためにさらに値を下げるなら、その『歪み』は自ずと限界を迎える」


アルドはガリウムの方角を見据える。


「無理な低価格競争は、組織を内側から腐らせる。……私は、彼らが自らその限界を露呈させるまで、『正しい価格』で対抗し続けるだけだよ。そして」


アルドはふっと細く息を吐き、唇の端をわずかに持ち上げた。


「限界を迎えたガリウムに――ベルティス領は、資源を売らない」

「輸出制限のお返し…ですか…?」


アルドは領主の指輪に目を落とす。


「違う。今の領主が支配する『人の命を削り続けるガリウムというシステム』が変わるまで、渡さないだけだ。一粒たりとも」


アルドの発言に、側近たちが視線を落とした。


「……それは、救済を餌にした『合法的な処刑』です。アルド様、あなたは……やはり、10年前のあの日に心を置いてこられたのですね」

「…父上のやりにも問題があったことは理解している。しかし、どうしても…父を死に追いやった構造が赦せない」


アルドは薬指の領主の指輪をゆっくりと反対の指で撫でた。

瞳に影を落とす睫毛がわずかに震える。


「…もし俺が、ただの悪魔に成り果てそうになったら、その時は――」


アルドは声に出さなかったが、側近たちは理解し、礼を執った。

拳を握りしめたままの者もいれば、歯を食いしばる者もいる。

それでも、いつもより深いその礼は、教会での祈りに近い空気を醸し出していた。


仕切り直すように、アルドは宣言する。


「そのための計画として、『クリーン魔導資源同盟』を結成します」


側近達は戸惑い、ひとりが恐る恐る口を開く。


「アルド様、しかし…3倍の価格差では、参加するメリットがありません…」

「通常なら、そうだな」


アルドは机の上に地図を広げる。

そして、北部を中心に複数の都市へ印をつけ始める。

最初にそれらの共通点に気づいたのは、セイランだった。


「環境問題に関心が高い都市――」

「その通りです。そして、商業都市ノルトハイムは特に有望です」


アルドは中央の印を、丸で囲む。

地図と手元の資料を見比べていたエリカが、アルドを見据えた。


「領主様――本当に、勝算があるとお思いですか?」

「ガリウムは、必ず私たちを潰しにかかるでしょう。おそらく、価格を限界まで下げる。しかし、それは彼自身の首を絞めることになります」


エリカはしばし沈黙した後、小さく息を吐いた。


「……分かりました。では、財政破綻を避けるため、別の収入源を探します。領主様が選んだ道なら――財政に関しては、支えてみせます」

「ありがとう、エリカ。…それまで、『高すぎる商品』を煙幕にして、少しでも競合の目を逸らそう」


そう言って、アルドは少しだけ悪戯っぽく、片目を閉じた。

その様子を見て、エリカの肩から余分な力が抜けた。


† † †


アルドとセイランは、秘密裏に周辺の小領主や都市に呼びかける。


「『クリーン魔導資源同盟』を結成予定です」

「3倍の価格? 正気か?」


最初は懐疑的な反応ばかりだった。

しかし――賛同者が現れた。


北方の商業都市、ノルトハイム。

代表のイルマ・ノルトハイムが手を挙げた。


「我が都市は参加します。未来の子供たちに、汚れた大地は残せない」


それに、とイルマが呟き笑みを浮かべる。


「『クリーン』は、新しいビジネスの匂いがします。先行者利益を逃す手はありません」


その手元には、アルドが密かに送った『将来の市場予測』の資料が握られていた。


同盟はゆっくりと広がった。

3つの領、5つの都市、10の自治区――。


しかし――

ガリウム領主は、部下の報告に片方の眉を上げた。


「ベルティス領が、同盟を結成している、か。とんだ理想主義者だな」


ガリウム領主は窓の外、荒廃した鉱山地帯を見つめる。


「……かつて、あの地は緑豊かな森だった」


部下が息を呑む。


「私も、できることなら――」


ガリウムは、拳を握る。


「だが、この資源がなければ、ガリウム領全体が停滞する。数百万の雇用が失われるのだ」


ガリウムの拳が震える。


「犠牲は、必要悪だ。それを理解できぬ若造に、現実を教えてやろう」


部下に、ガリウム領主は低い声で指示を出す。


「魔導資源の価格を、半額にしろ。領を守るために、短期的な赤字はやむを得ん」

「はっ」


退室する部下のほうを見もせず、ガリウム領主は報告書に火をつけた。

火が回りはじめた報告書を、使用していない暖炉に投げ込み、燃える様子を見下ろす。


「あの若造の父親は、10年前に我々の輸出制限で死んだが、今度は――」


ガリウムの両手が握りしめられる。


「息子も、同じ運命を辿るとはな。ベルティス領――我が領の資源は負けぬ」


経済戦争が、始まろうとしていた。

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