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第一話「父の遺言」

復讐は、剣ではなく。

暴力ではなく。


合法的な手段だけで――。


父を殺された領主が、清廉という名の刃で覇権領を滅ぼすまでの物語。

「――完全に、潰します」


若き領主アルド・フォン・ベルティスは、父の墓前で誓った。

父を死へ追い立てた元凶を、合法的な手段で完膚なきまでに。


それは、10年前に遡る。

ベルティス領は、空前の繁栄を謳歌していた。


ベルティス領の安くて高性能な魔導具が大陸を席巻。

魔導具産業が花開き、商店街は活気に溢れ、人々は笑顔で働いていた。


しかし――


「ベルティス領への、魔導資源供給を停止する」


ガリウム領を主導とする高位貴族による共同声明。

表向きの理由は「貿易赤字の是正」。

実質は、ベルティス製品の席巻への報復――経済的威圧だった。


ベルティス領の工房は止まり、職を失った人々が路上に溢れた。


「領主が悪い!」

「無能な領主のせいだ!」


民衆の怒りの矛先は、領主府に向いた。

先代領主――アルドの父は、すべてを背負って命を絶った。


『アルド。お前に領を託す。そして――二度と、経済で負けるな』


遺書に、そう震える字で遺して。


アルドは父の遺言を胸に、領を立て直してきた。

しかし、ガリウムへの依存は、変わらなかった――変えられなかった。


アルドは領主の指輪を撫でながら目を細める。


「いつか、必ずやり遂げます。合法的な手段を用いて――完全に、潰します」


† † †


領内会議が開かれたのは、春の終わりだった。

長テーブルを囲む町民代表たちの表情は、一様に険しかった。


「領主様」


町民代表の一人が、立ち上がった。


「一つ、お聞きしたいことがあります」


若き領主アルド・フォン・ベルティスの瞳が町民を映す。

整った顔立ちに、思慮深さを宿す茶色の瞳。

開いた窓から吹き込んだ風が、彼の黒髪を撫でた。


「もし――もしも『豊璃ほうり自治島』が攻撃されたら。…我々の領は、どう動きますか?」


会議室が静まり返った。


豊璃ほうり自治島――彼らは大災害の時、真っ先に義援金と救助隊を送ってくれました」


側近が頷く。


「『恩義ある隣人』ですね」

「しかし、同時にガリウムが『反乱地域』と主張し、併合を狙う『火薬庫』でもあります」


町民代表たちの視線が、アルドに集中する。

アルドは、ゆっくりと息を吐いた。


「――『豊璃自治島』については、見守りましょう。わが領は、ただ平和的な解決を望んでいます」


アルドの答えに、町民代表は机に手をつき、アルドのほうに身を乗り出す。


「領主様は、彼らを見捨てるおつもりですか?」


会議室に、重い沈黙が落ちた。

アルドは目線を下げ、少し考え――もう一度、口を開く。


「一般論として。密接な関係にある領が攻撃を受けることで、わが領に危険がある場合は――『集団的自衛権』に相当するでしょう」


気配を消して壁際にいた男が、片側の口角をわずかにあげた。

男は静かに廊下に出ると、手元の手帳に一筆、書き殴る。

そして、陶酔したような足取りでどこかへと去っていく。


会議後、アルドに側近が問う。


「アルド様……先ほどの、『集団的自衛権』とは…」

「…友好関係にある領が攻撃された時、我が領も一緒に反撃できる権利だよ」


アルドは、窓の外を見る。


「戦争の口実だと誤解される場合があるから、使いどころは、慎重に選ばないといけない」


側近が、さらに問う。


「……なぜ、あえて?」


アルドは、振り返る。

その瞳には暗い影が落ちている。


「10年前――父上が死んだ日。ガリウム領主の言葉を覚えているか」


側近が、息を呑む。

アルドの声が、低く沈む。


「『輸出制限は、合法的な主権の行使である』『文句があるなら、王立法廷に訴えればいい』」


アルドは、拳を握りしめる。


「父上は、法廷で勝つ前に、死んだ。民衆の怒りに――殺された」


側近は、沈痛な表情で視線を下げる。

アルドは、窓の外――ガリウム領の方角を見る。


「…父の無念をはらすために、俺は復讐する」


アルドの口元は笑みの形に歪んでいる。

側近が、思わずというようにアルドの肩に手を伸ばす。


「アルド様、ご無理をなさらぬよう……」


しかし、アルドは厳しい声で静止した。


「触るな。 …心配は無用だ」


アルドの声は、冷たい。


「大丈夫だ。俺は、間違えない」

「…差し出がましいことを申しました」


側近は、痛ましげな表情を隠すように礼を執った。



† † †


一週間後は夜会の日だった。


シャンデリアの光が、会場を黄金色に染めている。

貴族たちが、華やかな衣装で会場を埋め尽くし、談笑している中、アルドは、グラスを片手に壁際に立っていた。


「ベルティス卿」


ガリウム領主が、近づいてくる。

社交用の微笑が浮かべているが、目が笑っていない。


「先日の会議での発言――ずいぶんと"理想的"でしたな?」


アルドは無言で一礼した。

教科書通りの礼を見下ろすガリウム領主は、笑顔を消した。


「我が領地の島へ、『集団的自衛権』が適用されるとは――随分と勇ましいことを言うではないか」


ガリウムは両手を広げ、貴族たちの注目が集まる。


「ガリウム領の魔導資源がなければ、貴公の領の魔導具産業は成り立たぬ。その上で"内政干渉"をするとは――」


ガリウムが言葉を切ると、会場から音が消えていく。


「――絵に書いたような『身の程を知らぬ若造』だ」


無音の会場に、ガリウムの声はやけに大きく響いた。

アルドは、頭を下げたまま、沈黙を守る。

言い返せば「無礼」、沈黙すれば「図星」。

この場でアルドにできることは皆無だ。


ガリウムはアルドへと一歩、近づく。


「――我が領の資源がなければ、貴公の工房は3ヶ月で止まるだろう」


アルドの肩が、ピクリと震えた。

周囲では、扇で口元を隠しながら貴族たちが囁き合っている。


「領民は職を失い、飢える」


ガリウムはアルドの肩に手を置き、低い声で囁いた。


「これは――『経済的自衛権』と呼ぼうか?」


ガリウムは突き放すようにアルドから手を放す。


「そろそろビジネスの条件を見直す頃合いだったな。貴公との取引は、凍結させていただこう」


ガリウムは、礼を執ったままのアルドに背を向けた。


「3ヶ月後――ベルティス領の領民が飢えて死ぬならば、それは君が招いた結果だ」


アルドは、さらに深く頭を下げた。

黒髪が顔を覆い隠す。

引き結んだ口から、歯が軋む音がした。


「――ご忠告、痛み入ります」


ガリウムが、顔だけでアルドを振り返る。


「君が守ろうとした『島』とやらが、領民の腹を満たすためのパンを分け与えてくれるとよいな?」


そう言い残し、ガリウムはアルドの前から立ち去っていく。

靴底が大理石を叩く音が、処刑の鐘のように会場に響いた。


アルドは視線を落としたまま、ゆっくりと頭を上げる。


周囲の貴族たちは、誰もアルドを見ようとしない。

視線を逸らし、グラスを傾け、会話を再開する。


だから、その瞳に絶望がないことに気づく者はいなかった。


壁際でアルドは腕を組み、目を閉じる。

その後、夜会が終わるまで――アルドに話しかける者は、誰もいなかった。


† † †


馬車が、石畳の継ぎ目を踏むたびに小刻みに揺れる。

アルドは窓の外を見つめていた。


「経済的威圧…10年前と一緒だな」


零れ落ちた言葉を、向かいの側近が拾う。


「領主様、あまりお気を落とさず…。…領主さま?」


アルドは、窓の外を流れる夜の景色を見ている。

その口元に、微かな笑みを浮かべて。


「ありがたい」


側近が、目を瞬いた。

アルドは、静かに呟く。


「ガリウム領主は、俺に最高の『理由』をくれた」

「領主様……?」

「あの屈辱で、誰も俺を責められない」


アルドの瞳は、獲物に飛びかかる前に、静かに距離を測る獣のそれに似ている。


「どんな手を使っても、『やむを得なかった』で通るだろう」


馬車が、少し揺れた。

アルドは、窓の外――遠くのガリウム領の方角を見つめる。


「世の中、物理的な暴力じゃなければいいんだ」


アルドは、わずかに震える手を見つめる。


「父上……ようやく、始められます」


アルドの声が、低く沈む。


「10年――この日を、待っていた」


側近がアルドの表情を見て、顔をひきつらせた。

それは、微笑みの形をした、何か別のものだった。


「ガリウムは今日、自分から罠に入った」


アルドは、窓の外へ視線を移動させる。


「彼が投げた手袋を、利用させてもらう」


側近は口を開きかけて、閉じた。

膝の上に置いていた両手を、指を組み合わせる形へと変えた側近は、わずかに俯く。


馬車が、夜の闇へと消えていく。

その中で、アルドは呟いた。


「…父の無念をはらすために、ガリウムを、この手で、終わらせる。それが――」


アルドの口元は、歪な弧を描いた。


「俺の、復讐だ」

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