7話『天狗と蕎麦作り』
六科の飯屋は今日も蕎麦は出さず、飯と漬物、納豆汁と一番安いハゼを買ってそれを塩焼きにしたものだ。メニューは貧相だが、安定しているともいう。作り置きも利くので適当に用意しておき後は客に出すだけだ。
あまりに六科の蕎麦が酷く、これを出し続けているとそもそも蕎麦屋としての評判が地に落ちる(まさに現在落ちている)から、彼が上達するまで提供しないことにさせた。六科は渋ったものの、腕が悪いので仕方がない。
店は開けるとして、雑に腹を満たしたい客に適当な食事を出しておきその間に六科を特訓していくしかない、と九子は方針を決めた。
店の板場では九子が初歩から指導を行っている。
「これ六科。こね方がだらしないぞ。もっと全体を練り込むのだ。じっくりとこねろ」
「むう」
「まるでマジックハンドで蕎麦を打っておるのかってぐらい不器用というか……ほれ見ろ。まだ粉を吹いておる」
六科の蕎麦で現状一番問題があるのが、麺である。いや麺の形すらできていなかったが。
こね方が悪いしのばし方も悪い。切り方だけは問題ないがそこだけ成功しても前提条件でダメだった。
丁寧にこねる。丁寧に伸ばす。言ってみればただそれだけなのだが、六科の中で「まあ、これでいいだろう」という達成条件がやたら緩い。
こねたり伸ばしたりする工程が十あるとしたら、七か八どころか四ぐらいで「もう食える」と判断してしまうのだ。
そして実際、本人は食べてもなんともない。味音痴であり、胃腸も頑強で腹を壊すこともない。食に無頓着なのだ。
(まったく、困ったものだ。かといって己れが毎回麺を打つのは正直面倒すぎる……)
九子はそう思った。彼女は別に蕎麦屋を生涯の仕事にしたいわけではなく、なるべく自分が働かないように口出しだけして繁盛させたいのだ。
そのためには代わりの料理人の雇用も考えようか、と悩む。こういった店は家族経営が一番人件費的に楽なのではあるが。
そのとき。
「こ、こねるとか、こねないとか、お房ちゃん見ちゃいけませんよう! なにをこねているんですか昼間から助平な! まさか饅頭⁉ 饅頭をこねているんですね!」
「蕎麦をこねる以外ないの」
裏口から入ってきたお雪が、言葉に反応して真っ赤になりながらお房の目を両手で塞いでいた。お房は白け声でツッコミをいれる。なお饅頭とは卑猥な意味の隠語である。
「む? お雪さんかえ。どうしたのだ?」
「お雪さん、九子が怪しいって言っているの」
「まあ自分で言うのもなんだが怪しいよな。己れ」
九子は自嘲気味に笑う。あっさりと六科が受け入れているものの、天狗という要素を除けば身元不明で大家に取り入った女である。
六科に親しい者が怪しむのも当然だろう。しかしお雪は妙に焦ったような声音で六科にしがみつきながら問う。
「六科様、こねたのですか! こねたちゃったのですね!」
「ああ、こねた」
「こねこねですか!?」
「こねこねだ」
「こねこね!」
お雪が貧血を起こしたようにふらつくのを六科が支えた。彼は真顔だが、意味はわかっていないらしい。九子にもお雪の脳内で展開されているピンク色の妄想はよくわからなかった。
お房にヒソヒソと小声で聞いてみる。
「なんなのだ……?」
「九子がお父さんを誘惑しているんじゃないかって心配になっているみたいなの」
「せんわ」
九子が心底嫌そうな顔で短く切り捨てた。なにが悲しくて六科を誘惑しなくてはならないのか。昨日の浪人のようにわかりやすい助平親父に悪戯を仕掛けるならまだしも。
しかし世間的に見れば六科か九子のどちらかが下心を持っていると思われるのかもしれない。それはあまり面白くないことではある。まあ、居候に転がり込みたいという下心を実際九子は持っていたわけではあるが。
「うーむ、しかしお雪さん……」
「なに?」
「ひょっとして……男の趣味が悪い」
「……うちのお父さんをアレみたいに言わないで欲しいの」
どう見ても、好きな男を取られまいとする健気な暴走であると九子は見抜いていた。
「……それはそうと、お雪さんは女按摩であったな」
「そうなの。凄腕なんだから。大奥に呼ばれたこともあるの」
「ふむふむ、それは良い」
九子はにんまりと笑ってお雪に近づいていった。
そして彼女の両肩を掴んで、軽く揉む。見た目は華奢でもちゃんと筋肉もついているようだった。九子は更に期待を掛ける。
「な、なんですよう?」
「お雪さんや、お主、蕎麦を打ってくれんか?」
「え?」
六科の上達は──まだ特訓一日目で見切りを付けた──あまり望めない。言われたことをできないというのが主な原因で、とにかくこの男をまともにするよりも他で蕎麦を作って貰ったほうが何倍も楽だろう。
お房が大きければお房に頼むところだが、まだ十にもならない子供に蕎麦打ち人生を送らせるのも可哀想だ。また、幼いうちから蕎麦粉に塗れていたら蕎麦アレルギーを発症するかもしれない。
そこでお雪である。殆ど六科の家族も同然なのだから人件費もかからない。
「とにかく手探りでいいからやってみよう。ほれ、ここに立って」
九子がお雪を板場に立たせる。それから目の前にある鉢に、蕎麦粉とうどん粉を半々いれた。うどん粉は当時使われていた精製の粗い小麦粉で、やや褐色をしている。
同割、と呼ばれるあまり上等でないツナギの多さである。蕎麦の匂いが薄れるとされるが、そもそも六科の蕎麦は今の状態だと香りがどうとかいうレベルではないので、造りやすさ重視でうどん粉を増やした。
水分を含んだうどん粉のグルテンが麺を千切れにくくしてくれる。食感は蕎麦粉の混じったひやむぎのようになるが、現状の蕎麦よりマシだろう。
「さあ、こうやって練ってみてくれ」
「ひゃあ! が、頑張りますよう」
九子が後ろからお雪の手を取って粉を混ぜる動きをさせると、くすぐったさにお雪は悲鳴を上げたがすぐに意図を理解して、蕎麦をこねだした。
水を入れた蕎麦粉とうどん粉を均等になるように混ぜて、押し付けて、塊にする。
お雪は蕎麦がどれほど混ざっているのか、小麦粉がつなぎになるように均等に拡散しているかなど見ることはできない。
だが手触りで判断ができた。蕎麦粉とうどん粉の違い。水を含んで固くなった部分。まだ水を吸っていない粉。
それらを感覚的に掴みながら、手の平、指、握りこぶしなども使って、腰を入れて蕎麦を練る。初めてだというのに熟練の蕎麦打ちのようだった。間違いなく、そこらで二八蕎麦を売っている屋台蕎麦屋より堂に入った姿だろう。
感心しながら九子は六科に言う。
「こうやって練るのだぞ」
「むう」
六科の雑な仕事に比べれば雲泥の差である。
なにせ按摩でこねることは慣れている。指先の繊細な感覚もある。素早さと力強さを兼ね備え、お雪は蕎麦生地を一塊にした。こねていた鉢には一切粉が付着していないぐらい正確な仕事であった。
「次に伸ばす」
九子は大きなまな板に打ち粉を振るって蕎麦の塊を乗せ、棒を手にしてお雪に握らせ、それで平たく潰すようにするやり方を補助してやった。
一度指導されればお雪も要領が掴めたようで、棒を擦るようにして形を確認し、丹念に蕎麦生地を押しつぶして纏め、再びそれを平たく伸ばす。
「六科……お雪の爪の垢を煎じて飲め……」
「むう」
それはともかくお雪によって滑らかな薄い生地になったので、今度は六科に指導してそれを丁寧に折りたたませる。
酷く不器用に見える六科だがそういった作業は別に雑ではなく、綺麗に蕎麦生地を纏めた。
「後は切るだけだ」
「うむ」
六科が幅広で長方形のような蕎麦切りの包丁で、端からトントンと切っていく。
これもまた六科の得意分野で、細く均等でズレもないように六科は麺を切っていった。
まるで機械のように正確に切る様子を見て九子はため息をつく。
「お主は器用なのか不器用なのかはっきりしろ」
「九子の指示が曖昧なのが良くないの……たぶん」
それはさておき、まともに見える蕎麦の麺ができあがった。
「とりあえず皆で試食してみるか……つゆは……おい六科。そういえばどうしてお主、味噌でつゆを作っておったのだ?」
「味噌をどうにかしたものを使うという知識はあった」
「曖昧な知識で味噌汁にするでない。房子や、味噌問屋でたまりを買ってきておくれ」
「はいなの」
この頃の江戸庶民は醤油もあまり使わないし、酢もそれなりに高いため様々な味付けを味噌で行っていただけあって、町内には味噌問屋が一つはあった。
自家製味噌を作る家は稀で、殆どの者は必要な量だけを味噌問屋で買う。
手前味噌などという言葉があるのでイメージとしては個々の家庭で作っていそうな感じはするが、江戸は火事の多い都市でありいざという時に味噌樽を持って逃げられない、焼かれれば仕込み分が台無しになるなどの理由から、自家製よりも買う方がいいのだ。
また、それだけ需要があるので味噌を大量に生産しており、値段も言ってみれば庶民的であった。
現在と物価が異なるために一概に言えないのだが、大雑把に当時の価格で言うと一両(十万円)で味噌が約百五十キログラム購入できたという。
一キログラムあたりの値段は六百六十六円ほど。
これを現代の大手味噌メーカー『マルコメ』の商品、『料亭の味 無添加』味噌と比較すると、こちらは七百五十グラム入り二つで九百円という値段(公式オンラインショップ参照)なので、一キログラムに換算すると六百円。
現代の技術で、工場にて大量生産されて値段を抑えている味噌と一割程度しか変わらない値段だったというと、余程当時も味噌の需要が高かったのだろうと推察できる。
それはさておき、近所の味噌問屋に向かったお房はそこでたまりを買うことにした。
本来のたまりは、熟成して分離した味噌の水分を取り出したもので、濃厚な旨味がある調味料だ。だが若い味噌からは取れず、そして味噌百キログラムから一リットル程度しか取れない貴重なものだった。
当然ながら江戸の蕎麦屋及び庶民の調味料にそんな貴重な高級品が使われているわけはない。江戸ではたまりを取るとき、味噌を一定量の水で解いて液状にし、それを布で濾して絞ったものをたまりとして使っていた。これならば熟成された旨味は減るが、取れる量はかなり増える。
「おやお房ちゃん。お使いかい?」
「味噌屋のおじさん、たまりをくださいなの」
「……あれ? 六科の旦那は自分の家で作ってるんじゃなかったのか? 蕎麦出してるのにたまりを買いに来ないな~って思ってたんだけどよ」
「お父さん、たまりの存在を知らなかったの」
「えええ……」
店主は呆れながらも、
「今後ご贔屓になるかもしれねえから、おまけしといたよ」
と、多めに瓶へ入れてやった。
お房がたまりを持ち帰ってきたので、六科が頷いて受け取ろうとするのを九子が阻止した。
「お主、自信満々に使ったことのない調味料で味付けしようとするでない」
「むう」
「具体的にどうしようとした?」
「それで……蕎麦を……煮る?」
「煮るな」
九子がたまりの瓶を手に竈へと立つ。
「己れもそう詳しいわけではないが……」
現代日本で働いていたときに蕎麦作りも多少したことがある。たまりを使うのは初めてだが、味見をして濃さを調節すればそう妙なものはできあがらないだろう。
たまりを鍋に入れてふつふつと沸かし、それに酒を加えた。
「ああっ、お姉ちゃんのお酒……」
従姉妹が置いていった酒は九子にいいように消費されていっている。
「本当は味醂でもあればいいのう……」
「味醂は高いの。甘いから」
「……飲むのか? 味醂」
「高級酒ですよう」
九子の過ごしていた現代では味醂はほぼ調味料として使われていて、せいぜい飲むにしても梅を漬け込んでからといったものだった。しかし江戸時代では高級酒の一つだ。甘味が貴重で高級だった時代においては糖度の高い味醂は有難がられた。
味醂や砂糖の甘味があれば蕎麦つゆの味はよくなるが、どちらも高い。九子は妥協して酒と混ぜて煮詰め、蕎麦つゆの返しを作った。
「それに浸けて食べるの?」
「これを出汁で割るのだが……出汁も無いな。ハゼでいいか」
九子は余っていた、店で出すハゼを用意して『炎熱符』を翳した。ボ、と小さい音がして数匹のハゼが煙を上げてカラカラに焼けた。体内の水分が蒸発してしまったようだ。
干したほうが味は出るものの、ひとまずはこの簡易的な焼きハゼの干物を鍋に入れ、『精水符』で水を注いで沸騰させる。一度水分を蒸発させられて濃縮されたハゼの身から出汁が溶け出る。沸騰する直前でハゼは取り出した。
そうして取ったハゼの焼き干し出汁に、味噌たまりの返しを注いで味を調整する。同時にまた別の鍋で湯を沸かして、蕎麦の麺を茹でた。
「一緒に茹でないのか」
「どこの蕎麦屋が生蕎麦をつゆで煮るというのだ」
「前に会った信州の者が『蕎麦を茹でた湯を飲む』『蕎麦つゆをその湯に入れることもある』と言っていた。それならば最初からつゆと一緒に飲めば効率的だと考えた。湯も捨てる必要がない」
「蕎麦湯のことか? ……いや、蕎麦湯はあるが、一気に全部混ぜるな。飲みたいやつだけ飲むものだ」
江戸では当時、蕎麦湯は殆ど飲まれていなかった。これは信州あたりの蕎麦が盛んな土地での文化であり、江戸後期あたりに江戸でも広まりだしたという。
まあ六科の蕎麦の場合は蕎麦湯もなにも、ドロドロに溶けた麺が入った味噌汁だったのだが。案外これはこれで、脚気予防に効果があったかもしれない。
ともあれ九子は茹でた蕎麦をザルに取り上げ、上から冷水を掛けて洗う。水は幾らでも使えるのだ。
そして丼に麺を四人分取り分けて、熱いつゆを注いだ。つゆの色はうす茶色く、麺はうどん粉が多いので色はいまいちだが蕎麦の完成である。
「よし、ひとまずできた。では試食してみよう」
「これがちゃんとしたお蕎麦……」
「房子は食ったことがないのかえ?」
「お姉ちゃんが『他所の店のちゃんとした蕎麦を口にしたら、普段食べているものとの差につらくなるかもしれないから』って食べさせてくれなくて」
「……」
六科の蕎麦の不味さは折り紙付きで身内からも言われていたようであった。ひとまず四人とも蕎麦を啜って食べた。
つゆの色はやや薄いが、しっかりと味はついている。醤油のような発酵調味料の味わいに雑味、それに純正の味噌たまりではないから味噌の風味もした。焼きハゼの出汁は蕎麦に使われる鰹節とも違う旨味なので、全体的に普通の蕎麦をイメージするとちぐはぐになりそうだというのに、たまりに酒に焼きハゼとシンプルな構成からか不思議と纏まっている。
(ニシン蕎麦に風味は似ておる気がするのう)
九子はそう思った。全体的に甘味が足りず塩辛いのだが、味噌から出る旨味が補っている。
蕎麦の麺はうどん粉多めなせいでネチッとして歯切れが悪いが、その分ぶつ切れにならずツルツルと啜れる。蕎麦粉十割の蕎麦じゃないと認めない一流の蕎麦っ食いみたいな者は少数派だし客にしなければどうでもいいのだ。
蕎麦の香りだとか歯ごたえだとか喉越しだとか、そんなこと気にせずに腹を満たすために食べる人の方が余程多い。
全体的に九子の感想としては、
「うむ、まあこんなもんだろう」
と、成功したものだと評価した。少なくとも屋台の蕎麦よりは上等な品になったのだ。十分売り物になる。それでいてそこまで原価も掛かっていない。
一方でお房は夢中になって啜りながら、
「ずずずー! ……こ、これがお蕎麦なの……」
「美味いかえ?」
「今までお父さんが作ってきたのはお蕎麦じゃないの。お蕎麦食べた人が吐いたゲロなの」
「ゲロとまで言うか!?」
「むう」
当の六科は蕎麦を食べながら首を傾げているのだったが。
なるほど確かに美味い。美味い気はする。しかし自分の作った蕎麦も同じ程度に美味いと感じるのである。彼は味音痴だった。
「どうだ? お雪さんや。お主の手伝いで六科の蕎麦が格段に美味くなったぞ」
「……じ、実はお六姉様が作っていたお蕎麦は美味しかったのに、亡くなってから六科様は謎の蕎麦味の味噌汁を作るようになったなあと思っていたんですよう」
「お主の蕎麦、肯定する者はおらんのか……」
「むう」
「ともかく、お雪さんが蕎麦打ちだけでも手伝ってくれるなら助かるのだがのう」
「それは……」
お雪は一瞬嬉しそうにした。今後、ずっと六科の役に立てるなら彼女としては幸せだ。
だが現実的な面を考えて言葉尻を濁した。
「……できることならそうしたいんですよう。でも、按摩のお得意さんに迷惑だからそうそう仕事は止められませんよう」
女按摩は特殊な仕事だ。中にはそれこそ武家の奥方のように女按摩でなくては按摩を呼べない、という客も少なくない。それでいて女按摩の人数はそう多くない。
お雪も瞽女屋敷で教育を受け、仕事を斡旋してもらい、様々な援助と擁護を与えられてきたのだからその恩という意味でも女按摩の仕事を続けなければ義理が立たないのだ。お雪を派遣することで仲介料を瞽女屋敷は得て、その儲けで瞽女たちの生活や教育を支援しているのだから。
「ふむ……だがまあ、仕事が無いときは手伝えるのだろう?」
「それは構いませんけれど……」
「麺を暇な時に作れるだけ作って乾麺にしておくか」
「乾麺?」
「こうしてだな……」
九子は余っている生蕎麦を、台所に置かれていた魚を干す網の中に伸ばして入れた。
そして網を棚型の蝿帳にいれて札を貼る。『氷結符』によって温度を下げ、『起風符』によって内部の湿気を排出する魔法を施せば低温乾燥機ができあがる。
「作った麺はここに入れておけば干せて、湯で戻すことができる。そうして保存しておけば、お雪さんがおらんときでも麺は確保できるであろう」
「へえー、麺を干すんだ。素麺みたいなの」
「蕎麦の乾麺は無いのかえ?」
九子は意外に思った。素麺は乾麺があるようだが、似たような麺類である蕎麦は乾麺……乾かし蕎麦という名で作られだしたのは遅く、明治になってからだという。
恐らく練った蕎麦粉は時間経過でボロボロになりやすい、打ちたてでないと蕎麦の香りが消えるなどの理由がある。幸いなことにこの店で作った蕎麦はうどん粉半分、蕎麦の香りは元から薄いので、乾麺にしてもそこまで悪くならないだろう。
というか悪くなっても初期の六科汁よりは確実にマシだ。
「だからお雪さんも手伝っておくれ。六科の……お主の家族のためになるからのう」
「む、六科様……家族のため!」
お雪はその単語に反応して、腕まくりせんばかりに張り切った。
「六科様! ふ、ふつつかものですが、雪は家族のため頑張って蕎麦打ち手伝いますよう!」
「うむ? ……うむ」
妙な勢いのお雪に六科はやや首を傾げるが、ともあれ手伝うというのならば拒否することでもない。
九子は嬉しそうにうんうんと頷いて、
「家族経営は良いものだぞ。人件費が掛からんからのう」
「……お雪さんをタダ働きさせるために煽ったの?」
「失敬な。本人も喜んでおる。金ではなく感謝を貰うために働くのだと、どこかのブラック企業の創業者も言っておった」
「なんか碌でもない気がするの」
ひとまず九子はこうして、一番の問題であった麺作りを分業・効率化することにしたのであった。




