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6話『天狗と少女たち』


 九子が六科の店にやってきたその日。


 問題点は色々とあるものの、言ってみれば引っ越ししてきたわけだから、長屋への挨拶周りと部屋の掃除を行った。

 百万都市とはいえ狭い江戸の町内、新顔の九子がうろついていたり、店の裏口から出入りしていたりすれば怪しまれることになる。

 長屋の住民たちに九子は挨拶をして回る際に、六科から金を借りて饅頭を買ってきて配った。初対面の印象が大事なのだ。


 概ね好意的に挨拶されたものの、何人かの女房や盲の女按摩からは六科の後妻か愛人かと勘違いされ、女按摩などショックのあまり卒倒していた。

 否定はしておいたが、なるほど男鰥(おとこやもめ)の居候として若い女が入るというのはそう見られるものかと九子も苦笑する。だが、殆どの住民は、


「六科の旦那ならまあ確かに、間違いも起こさずに安全か」


 と、笑っていた。長屋の者たちは六科がいかに朴念仁か、無表情な顔つきに相応しいほど感情というものが薄いことをよく知っていたのである。

 若い女を居候として家に上げたところで、手を出すとは思えない。そんな信頼があった。

 それから九子は自分の住処になる二階の片付け、煤払いをしてついでに店も掃除していたら夕方になっていた。

 昼七ツ(午後四時頃)を過ぎれば、仕事を終えたものたちが帰りだす。屋台や店にとっては夕食時の稼ぎ時だ。


 折角なので店も開けようということになったが、蕎麦は九子から禁止を出されたのでメニューは白飯、沢庵、長屋の魚売り平助が持ち帰ってきた結構な量のイワシ、あとは酒である。

 イワシは鉄串を打ってそのまま焼き、塩を振っただけのものだ。六科は味覚が怪しいので九子が塩加減を調整してやった。

 イワシは下魚中の下魚で、油を絞った後は肥料に使われることもあるぐらいだ。しかし食べれば美味いのは昔も変わらない。マグロと違って小さいため、水槽などで活かしやすいから鮮度の問題もある程度は海近くの江戸ならば問題ない。

 そして九子がイワシを出そうと思ったのは、イワシは焼くと煙が非常に出る。下手すれば近所迷惑なぐらいである。このイワシの脂が焼ける匂いによって、


「旨そうな匂いが……」


 と、呟きながら人々を引き寄せて客が入ってきた。

 また、普段は灯油代の節約として使っていなかったのだが、『飯』と書かれた提灯の中に『炎熱符』をいれて明かりをともし、薄暗くなっても店が開いていることを示した。

 九子も初日なので、注文を取ったり酒を勧めたりと店の看板娘のように働いた。すると客も気分がよくなって酒をおかわりする。ちなみに店で出している酒は、九子が飲んだ高級品ではなくもっと安いものだ。

 長屋の住民すら焼いたイワシを買っていったので、その日の夜営業は大した工夫もせずに飯もイワシも売り切ったのであった。


「九子! すごいの! さすが天狗なの! さす天!」

「さす天!? いや……普通に売っただけだが? 本当に……あの蕎麦が邪魔だっただけなのでは……」


 九子は頭痛を軽く堪えてそういった。本気で今日のところはただ、「イワシが入ったから飯のおかずに売るか」とやっただけである。

 不味い蕎麦を出されないというだけで客が次々に来るとは、飯屋需要はかなり高いらしい。

 店を閉めて、外は真っ暗になった。江戸の住民たちは灯りが勿体ないので夕食を食べればさっさと眠る時間になる。しかし今の店内は九子の術符によって明るい。

 夕食にしたいところだったが白米は全部使ってしまったので、九子が蕎麦がきを作って皆で食べた。蕎麦粉を湯で練っただけの簡単な団子状のものである。それに味噌を塗って食べた。


「……お父さんの蕎麦よりねっちりして美味しいの」

「むう」


 と、お房の率直な感想に六科はうめいた。九子は笑いながら蕎麦がきをつまみに酒を飲む。

 それだけでは足らないだろうと、お房にだけ買っておいた饅頭もやった。後は寝るだけの時間になったのだが……


「九子! 九子! ねえねえ、あたしも空を飛んでみたいの!」


 そう、お房がねだってきた。


「ほう……まあ、夜だから人に見られんしよかろう。ほれ、落ちぬようにお互いを結ぶ、細長くて物を縛るアレを用意せよ」

「……(ひも)のこと?」

「それは人を傷つけるチクチク言葉だ。細長くて物を縛るアレと言うのだ」

「なんでなの⁉」


 紐という言葉が九子は嫌いのようだった。異世界に居た頃は指名手配されていた彼女の通称が『魔女のヒモ』だったからだろうか。

それはさておき九子は邪魔になる着物を脱いで、青白い衣一枚になった。そして抱えるようにお房を抱いて、六科が二人を縛った。


「では軽く飛んでくる。そこらを一周したらすぐに戻るから安心せよ」

「そのまま攫わないでくれ」

「はっはっは。大丈夫だ」


 九子を天狗と信じる六科は不安そうだった。本当ならば、攫われそうなお房も不安になるのが当然なのだが……彼女は興奮した様子で楽しみにしているようだ。

 そして、店の二階窓から九子は空に飛び上がった。ただでさえ暗い夜の江戸、提灯で足元を照らすことが精一杯で、誰も空は見ていない。

 ぐんぐんと風を切りながら上昇する。


「うわあー! 飛んでるの! 天狗に連れられて! 夢みたいなの!」


 お房が手元で騒ぐが、暴れる様子はない。彼女は幾分かこういった超常の現象に憧れがあるようで、九子が見せる術符による妖術も目を輝かせていた。

 九子も夜の街並みを一望して「ほう」と吐息を漏らした。彼女が見たことのある東京の街並み。その面影すらない、過去の景色。江戸の町は点々と番小屋の灯りが見えるだけで殆ど真っ暗だ。

 ただ浅草、品川、新宿などは灯りが見え、これらは遊郭や岡場所といった夜遊びの町だからだろう。九子は現代でも夜遊びの盛んな場所なことを思い出して笑みを浮かべた。

 二人は江戸の町を飛ぶ。どうせならばと思って、九子は中心部である江戸城を目指して飛んでみた。


「お城なの!」

「ふふん。天狗ならば城もひとっ飛びだのう」


 江戸城は水堀と石垣で囲まれていて不寝番がそれぞれの門を守っているが、門よりも遥かに高いところから入れば見咎められることもない。

 そんな事実に、連れられているお房は人の世の権威、徳川将軍の威光など人ならざる、あやかしには全く通じないのだと目の当たりにして、強く印象に残った。

 いくら何十万人の侍を率いていても、何百万石の米を手にしても、妖怪にはなにも関係がない。

 お房はそんなことを思って、


「すごいの! あはははは!」


 弾けんばかりの笑顔で喜んだ。

 お房は母が死に、父は不器用。従姉妹の姉は酒に溺れてだらしない。そんな環境で、負けてたまるかと幼いながらに気を張って、周囲から利発だ良い子だと言われながら侮られないようにと頑張っていた、僅か十にも満たない少女は。


(それがどうしたの!)


 と、夜の空を滑るように駆けていく楽しさに、あらゆる束縛から開放されたようなあやかしの力に、ただ純粋に楽しくなって笑っていた。我慢していたつらさなんて吹き飛んだ。

 九子もそんな、気取ったところのない子供の笑顔にどこか嬉しくなり、


「ほれほれ、曲芸飛行だ!」

「きゃー!」


 と、江戸城の二の丸、三の丸をグルグルと回るように飛び、西の丸の城壁を急上昇し、本丸を急降下して遊んだ。



 ……余談だが、江戸城で語られる怪談には城の屋根から少女の叫び声が聞こえたり、飛び降りる子供の姿を窓から見たりという話が残されている。

 誰にも見られていないので勝手に幕府の中心部で飛び回っていた二人だったが……


「……うわ、人が飛んでる」


 本丸御殿の窓から、一人の武士が凄い速度で飛び回る二人の姿を目撃していた。


「どうやって飛んでいるんだろうあれ……」

「どうした、シン」

「上様」


 シン、と呼ばれた巨漢の武士は声を掛けてきた相手に向き直って頭を下げた。


「よい」


 と、命令を出すのは上様と呼ばれた──将軍徳川吉宗である。

 巨漢の武士は川村新六の名を持つ『御庭番』という隠密の一人で、吉宗のお気に入りとされる者だ。特注の大きな袴を身に付けている彼は、太い指を外に向けて告げた。


「誰かが空を飛んでいたんですよ。妖術かな?」

「ふむ……天狗かもしれんな」

「テング?」


 首を傾げる新六であったが、外にはもう天狗の姿は見えなかった。


 吉宗は数秒ほど眺め、諦めてその場を後にする。実は天狗なら見てみたかったな、と思う吉宗であった……



******




 その日、お雪は焦っていた。彼女は焦りのあまり、長屋の部屋で武器になる道具を探した。


 しかし彼女は(めしい)の身なので、包丁はおろか鉄の火箸すら部屋には置かれていなかった。唯一あった凶器は鍼治療に使う四寸針ぐらいで、それを手にしておもむろに突きをいれる素振りを始めた。


「えい! えい!」


 お雪は六科が大家をしている長屋の住人である。年の頃は十七。幼い頃に火事で両親を亡くし、更に目元に火傷を負って視力の大部分を失った。今ではぼんやりと人の輪郭が感じられるぐらいだ。

 両親と視力を失ったお雪は、当時火消しをしていて(町火消といった組織だったものではなく、町人たちの有志によるもの)彼女を助けた六科とその妻お六が生活の手助けをしてくれて、本人が人の役に立ちたいという意志から、江戸の瞽女(ごぜ)屋敷(盲の女性で芸能を売りにする者が集まり、互助したり技能を教育したりする場所)へ入って按摩の技能を習得した。


 お雪が一人前の按摩になるまで、六科夫婦は十両に及ぶ金子を瞽女屋敷に都合しており、お雪は頭が上がらないと同時に二人を実の両親のように慕っていた。

 そして数年前に六科の妻お六が亡くなり、幼いお房が残されたことでお雪は更に六科の役に立とうと腕まくりせんばかりに意気込んで、盲ながらもお房の世話を焼いたり、逆にまだ小さいお房から盲目で不便な暮らしを助けられたりして家族のように付き合っていたのである。

 そんな六科が、年頃の女を居候させることにした。どこの馬の骨とも分からない女天狗を。


「シャッ! シャッ! む、六科様が汚される前に……始末を……!」


 お雪は震える声でそう言いながら、針を空想上の誰かに突きこむように素振りしていた。瞽女屋敷で聞いた盲の殺し屋剣士の話を思い出しつつ、自分もやらねばと決意して。

 彼女の脳内では間違いなく六科が悪女に騙されていて、盗まれるとも殺されるとも犯されるともわからぬ危険な相手を家の中に招き入れてしまったのだ!


 六科は朴訥としていて騙しやすいことこの上ないのはお雪も納得ができる。お房も利口だが、子供なので丸め込まれる。でも自分は違う!

 自分だけが六科の家庭を守れるのだ! お雪はその使命感で、毒婦たる九子を始末しようと画策していた。

 すると、長屋の路地を歩きながらぼやく声が聞こえた。


「ふぃー……どうも女の体は小便のキレが悪いのう……いや、トシのせいか?」


 九子の声だ。どうやら長屋の奥にある便所へと行っていたらしい。

 お雪は咄嗟に口を押さえて気配を消そうとした。しかし、その動作で手に持っていた四寸針が顔に軽く刺さってしまった。ドジである。


「痛っ!」

「ん?」


 長屋から聞こえた声に、九子が足を止めた。初日の挨拶回りで誰が住んでいるのかだいたい彼女は把握しているため、声の聞こえた部屋には盲目の女が住んでいて長屋の皆が気にかけていることは知っている。

 なにせ目が見えない女のところから小さくとも悲鳴がしたのだから、転んだだけでも常人と違って危ないかもしれない。


「これ、お雪さんや。大丈夫かえ? 声がしたが……」


 言いながら九子は木戸を開けてお雪の様子を確認する。

 刺す計画を密かに立てて練習していた相手がいきなり部屋に踏み込んできたので、お雪は座ったまま身をビクッと跳ねさせた。しかも、刺す練習をしていて負傷したところだというのに!

 その反応に、目の見えない者ならばいきなり聞き慣れない声で話しかけられれば怯えるか、と九子は勝手に納得しつつ言葉をかける。


「おおすまぬ。己れは──ほれ、大家のところへ居候に来た九子だ。それより」


 九子は問題がないか観察すると、お雪の唇から僅かに血が垂れており、畳には針が落ちていた。あれが刺さったのだろうと判断する。


「怪我をしておるぞ。血を止めるから、ちょいと触れてもよいか?」

「え? は、はあ、そのう……」


 戸惑いながらお雪はとりあえず首を縦に振ったので、九子は近づいた。

 針が軽くついただけの小さな傷だが、衛生状態の余りよくない環境では放置するのも問題だ。

 九子は軽くお雪の手に触れてから、するすると体の表面を滑るように撫でて彼女の顔に手を当てた。くすぐったい感覚がお雪にはあったが、いきなり顔を触れられるよりはびっくりしなかった。


「ふむ」


 息が掛かるほどの距離から傷口を見る九子の目が薄っすらと赤く輝いた。彼女が異世界から持ち込んだ魔法の一種で、ばい菌やウイルス、毒などを感覚的に見ることができる能力だ。普段から使っていると厠などを見ると気疲れするので意識したときしか見えないが。

 とりあえず危険な細菌などは傷口に入っていなそうだ、と九子は安心しつつ、顔についていた血の跡を拭ってやった。目が見えないので、誰かが拭いてやらねば気づかないままだろう。


(可愛らしい顔をしているのだからのう)


 そして九子は腰の術符フォルダから一枚の淡黄色をした札を取り出して、軽く傷口に触れさせた。


「あら……?」


 と、お雪は顔にほんのりとした熱が触れ、そして全身が温かくなる不思議な感覚に包まれて妙に気持ちの良い吐息を漏らした。

 『快癒符(かいゆふ)』という名のその術符はちょっとした傷を癒やし、体力を回復させる。お雪は按摩の女師匠から勉強として、念入りに体をほぐされた後のような心地よさを感じた。


「これでよし。傷も治ったぞ。針は道具箱の上に置いておくからのう。気をつけよ」


 術符の効果でぼやーっとしているお雪に苦笑しながら、九子は針を拾ってから部屋を後にした。

 お雪は暫くそのままだったが、やがてハッと気づいて既に居なくなった九子の姿を見えない目で追った。


(だ、ダメ! いい人だなんて擬態! 六科様を誑かして食べるつもりのマムシ女なのだから! 師匠、力を貸してください!)


 そう按摩の師匠に願った。

 彼女の師匠は富田流という按摩の流派で、かの盲目の剣豪富田勢源(とだせいげん)を祖とする按摩の流派である。それ故か、盲人でも女でもいざという時に襲ってきた相手を制圧する術も教えていた。お雪も一通り習っている。


 なにせ按摩は体に触れる上に、それを盲目の女がやるということで客が男だった場合、性的に襲うことがままあったのだ。中にはやむを得ず春を売る瞽女も居たが、芸能や医療で十分金を取れるだけの技能を持つ者たちからすれば不本意極まりない。

 それ故に瞽女屋敷では、男相手の按摩はなるべく老女か醜女を派遣するようにしており、お雪のような年頃で見た目も良い盲女は遊郭の遊女や武家の奥方に行かせる。持ち回りだが、大奥に行くこともあった。

 さておき、空想上の九子相手に一人で関節技を仕掛ける動きをジタバタと部屋でやっていると、入り口からまた声が掛かった。


「お雪さん……一人でなにしてるの?」

「お、お房ちゃん」


 親しい妹分の声に不審そうな色が混じっている。お雪は慌ててワキワキと動かしていた手を隠した。

 お房は殆ど毎日、お雪の家にやってくる。店で炊いた飯をおにぎりにしてお雪の食事にしているのだ。なにせ目が見えないので竈も扱えないため、食事の用意も周りがしている。下手に竈を使って火事でも起こした場合、大家にも責任が問われるので主に六科とお房が世話していた。

 周囲の助けが無くては生活が難しいのだが、その分お雪も長屋の住人に無料で按摩治療をしたり、暇な女房たちに三味線や琴を教えたりして恩を返している。


「はいお雪さん、今日のおにぎり。お茶も持ってきたの」

「ありがとうねえ、お房ちゃん」

「……なんか今日のお雪さん、肌艶がいいの」


 お房が不思議そうにいって、遠慮なくペタペタとお雪の頬に触れた。


「ええ? そう? どうしてかしら……」

「いいことでもあった?」

「うーん……」


 それは九子が使った『快癒符』の副次的な効果であった。病気や老化を治す効果はないが、肌荒れや髪の傷み程度ならばすぐに治る。栄養状態も偏っている生活をしている彼女への効果は覿面であったようだ。


「むむむ……九子の仕業かしら」


 と、お房は目ざとく見抜いた。怪現象が近くで起こったならば、即ち天狗の妖術によるものだという疑いは当然である。

 しかし「九子の仕業」と言われてもお雪は天狗と知らされていないので、その仕業が妖術ではなく先程顔を撫でられたこと自体が原因かと思った。

 撫でられて、なにか癒やしのようなものを感じて(実際術符によって感じた)、それで喜んで肌艶が良くなったのかと考えて。


「ないないない! ないですよう!」

「いきなりお雪さんが赤面したの……なんなの?」


 微妙にすれ違って意味を解釈したので慌ててお雪は否定するのだった。ともあれ、平穏な家族を乱そうとする毒婦に撫でられて喜ぶなどあってはならないことなのだ。

 ともあれ手際よく、お房はお雪の食事を定位置に配膳する。本当はお雪も、言ってみればお房の姉に近い立場だから一緒に朝食を取る方がいいのだが彼女はやたらと朝が弱くて起きてこないため、こうして後から持ってくるようになった。下手をすれば昼まで寝ていることがあるぐらいだ。


「そうだ、お房ちゃん」

「どうしたの?」

「九子さんって……美人?」


 お雪が確かめるためにそう聞いた。自分では顔立ちは確認できない。もし九子が醜女とまでは言わないが、老婆とかならば六科も大丈夫かもしれない。

 いや、近所の女房たちの反応を見るにどうも若い女な感じはするのだが、実際に近づいて声も掛けられたら声音が若い女にしては妙に落ち着いているところがあり、ひょっとしたら声の可愛いおばあさんという可能性も考えたのだ。

 お房は「うーん」とやや悩んでから告げる。


「まあ、美人ではあると思うの。見た目は」

「そう……」


 がっくりとお雪は肩を落とした。やはり悪女……! 美女は敵……!


「そんな落ち込まなくてもお雪さんも美人さんなの。盲でなければお嫁の引く手あまたなの」

「お房ちゃん……そんな嘘ついてまで、この目潰れ醜女を励まさなくていいですよう……」

「めちゃくちゃ自己評価低いの……!」


 お房は伝える方法が無い無力を悔やむように力強くため息をついた。

 お雪の目元に酷い火傷痕があるのはそうなのだが、それ以外は問題ない女である。体つきだって痩せても太ってもいないし、日焼けしていない肌は真っ白で美しい。髪の毛もお房や近所の女房がよく梳かしているし、手探りで洗濯はできるため着物だっていつも清潔にしている。

 火傷痕を本人も気にして布を巻き隠していることも多いが、ともかくそれさえなければ美女であっただろう。六科の店で働けば評判の看板娘になったかもしれない。


 しかしながら、本人も大きな火傷を気にしていて、自分の容姿は見られないものだからすっかり醜女だと思いこんでいるのであった。瞽女屋敷で教育されたときも、盲の容姿についてわざと褒めてからかったりする性悪な者が世間にはいるから信じるべからず、と教えられたこともある。

 お房が性悪とは思わないが、身内贔屓で慰めているところもあるのだろうと思っているお雪であった。


「もう。それで九子がどうしたの?」

「ううう……このままだと九子さんが、お房ちゃんの新しいお母さんになっちゃいますよう」

「ならないのよ!?」


 思わず大声で否定した。拒否感というか、戸惑いの方が強い。なんで?という感じだ。

 お房の中ではそもそも九子は天狗であり、妖怪だ。まあ妖怪の中には雪女や蛤女房のように嫁入りする者もいるのだが、九子はそういった色気は感じなかった。そして六科もさっぱりそういった雰囲気は無い。


「ないないあり得ないの。九子はお店の手伝いに来てくれたの」

「そうやって手伝っているうちに、お互い絆が深まって育まれる……赤子(ややこ)!」

「育まれる対象がやけに生々しいの! そういうのじゃないから!」


 袖を噛みながら悔しがるお雪。もし目が見えるなら自分こそ店を手伝いたかった。しかし包丁も握れないし竈も使えない、配膳も難しいとなれば盲に飲食業は厳しいのだ。


「そもそも……ここだけの話だけど、九子は妖怪で天狗なの。お嫁なんてならないの」

「天狗っ!? 天狗というと……瞽女の隠語でいうところの女を狙う女! ひょっとして狙いはお房ちゃんか私……!」

「知らないのよ!?」


 弱者を襲い嗜虐心を満たそうという考えは男だけでなく女にもあることで、女性客に派遣された女按摩がそのまま女に手籠にされるということもままあった。

 江戸ではそういった用途の張形(陰茎の形をした道具)も売っており、それを股間に装着している姿が天狗の鼻のようだというので、天狗という隠語で呼ばれていた。天狗への風評被害ではなかろうか。

 どう考えても九子はその類ではないのだが。


「もう、心配性なの。じゃあちょっとお店の方に来るの。九子が指導しているところなの」

「無知な六科様に子作りの指導を!?」

「こんなに助平だったかしら……」


 お雪も少々、焦りから思考が暴走しているだけで普段はまともなのである。

 とりあえず今まさに、蕎麦打ちの指導をしている九子の様子でも確認させればいいかと思って、お雪の手を引いた。


「行くの。仕事を見せるの」

「夜のお仕事を!?」

「今昼なの!」


 そうして表店へと二人は向かった。お雪も盲とはいえ、十年は暮らしている長屋だから移動するのに杖すらいらない。店へと裏口から入っていった。



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― 新着の感想 ―
女(恋敵)相手だとこんなに面白いひとだったか。確かに妄想力は酷かったような あと城のみならず江戸の町でも「親方!空からわらべの声が!」ってなってるぜ あ、あけましておめでとうございます
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