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24話『天狗と天ぷら4人衆』


 順調に準備も整いつつある中で、九子は調理の絵面を思い浮かべた。


 身の丈八尺の力士体型な新六と、身の丈六尺なプロレスラー体型の甚八丸。そして挟まれる自分。


(華が足りなさすぎるのう)


 そう結論が出た。題するならマッチョの作ったマッチョ天ぷらみたいだ。そんなもの誰が喜ぶというのか。

 いやまあ、天ぷらを食べる江戸城の者たちは直接調理の現場を見ることは殆ど無いのだが。

 世間の噂というものがある。そして九子はここ最近の出来事で、風評を軽んじることはしたくなかった。


(石燕でも手伝わせるか)


 思えば鳥山石燕と出会って、まともに付き合ったのは僅か数日だ。初見で天狗と名乗り、術符を渡して、天ぷらを作ってから二日ばかり店を手伝わせた。それ以降は彼女も労働は嫌いなのだと家に戻っていたようだ。

 短い付き合いの相手だ。友人ともまだ言い難いだろう。だが九子は、不思議と石燕のことを気に入っていた。ああいった偉そうな態度で実際に能力もあるはずなのに、若干抜けている相手はどこか既視感を覚える。


 孫のような相手だった異世界の魔女に似ているのかとも思ったが、大きく違う気がした。ともかく、九子は石燕を誘いに行った。体力は無いが、細かい作業なら手伝えるであろう。

 一度彼女の家に送ったことがあるので、九子は姿を消して空を飛び、石燕の家へと向かった。



 ******



 神楽坂にある石燕の家は町人が暮らすにはかなり大きく、通称『妖怪屋敷』と呼ばれている。

 あんまりと言えばあんまりな名前である。しかし住んでいるのが妖怪絵師であり、屋根には常に鴉がとまって鳴き叫び、怪しげな経文の書かれた札が塀のあちこちに貼られまくっている外観ではそれ以外に形容しようもない。


 元々は彼女の亡夫が、あこぎな金貸しで稼いだ金で建てた家らしかった。蔵も付いていて実に豪華なのだが、妖怪屋敷になったのは石燕が家主になってからだ。ここに石燕は、弟子の女性を女中として家事させながら二人で暮らしている。

 九子は庭に降り立つと透明化を解除し、縁側から家に呼びかける。


「おーい石燕やーい」

「……おや? 九子くんかね? なにか用事かい?」


 奥から相変わらず家の中でも喪服姿な石燕が出てきて返事をした。九子はまるで少女のような満面の笑みを浮かべて誘う。


「一緒に働こう」

「普通に嫌だよ⁉ 私働きたくないもん! せっかく健康を手に入れたのだから満喫して遊ばないでどうするというのかね! なんなら九子くんもお小遣いを上げるから一緒に遊びに行こう!」

「それは魅力的なお誘いなのだがのう。働け」

「フフフ残念だったね九子くん! 私は人生において働く理由がまったくないのだよ! 金持ちだからね! 気が向いたときに創作的な活動と自己顕示欲の発散として絵を描くが、私のような芸術家にとってはせいぜいがそれぐらいだね労働とは!」

「胸を張って言う事かのう」


 鳥山石燕というと妖怪の画集で有名だが、彼女はそれ以外でもちょくちょくと絵を発表していた。雷獣が出たの、船幽霊が出たの、最近では彼女が描いた天神の絵が大売れしており、名も高まっている。

 石燕は夫の遺産だけでも遊んで暮らせるほど持っているので、積極的に働かずとも困らない生活なのだ。


「労働には対価が伴う。しかし私は金持ちだから賃金欲しさに体は動かさない! 美味しいもの? 食道楽だから江戸で食べ尽くしたとも! 君の店の天ぷらが欲しければ普通にお金を払って食べに行くからね。君から貰った天狗の術符は素晴らしかったが、対価は既に小判と労働で支払っている! フフフ、もはやなにを提供できるというのかね? 私を労働に引き込むために! むしろ楽しみですらあるね!」


 ペラペラと身振り手振りを交えながら喋る石燕を見て、前よりも元気になっているようでなによりだと九子は感心した。

 確かに彼女は給料も要らないし、九子が考案した店の新メニューが欲しければ食べに来るだけだ。名誉だって自分で手に入れるので、九子から渡せるものはあまりない。


 まさか働かせるためだけに、村雨をくれてやるわけにはいかないだろう。天狗の刀だから喜びそうだが、最低でも十両はする道具は手伝い賃に少々合わない。

 しかし九子は名案があった。石燕が欲しがり、彼女の能力では手に入れられないものだ。


「石燕」

「なにかね?」

「仕事を手伝ってくれたらのう……空を飛んで温泉に連れて行ってやろう」

「おんせん⁉」


 石燕は思わず聞き返した。


 温泉。


 それは金を積んでも江戸では手に入らない贅沢の一つ。(ただし将軍ぐらいになると、熱海から桶に温泉の湯を入れて運ばせている)


 江戸から温泉に行くとなると伊豆や箱根を目指すことになるのだが、庶民にとって旅行とは豪華な娯楽。とはいえ石燕の場合、旅行して宿泊する金はある。しかしその旅をする体力が無かった。

 温泉で体を癒やしたいのに温泉に行く体力がないという残念な状態である。この前久里浜へと駕篭で行っただけで、体中が筋肉痛になったというのに。

 だが九子の場合、石燕を掴んで飛んでいける。負担もあまりなく、あっという間に到着するだろう。旅程の風情は無いが、温泉場では十二分に楽しめる。


「くっ……ううっ働きたくないのに……手伝う~……温泉行きたい~……」

「よしよし、草津温泉でも那須の湯でも連れて行ってやる」


 石燕は悔しそうに手伝いを申し出た。ちょっと一日仕事をして、凄まじく労力の掛かる温泉旅行に連れて行って貰えるのならばどう考えても得である。

 そして作家というものは温泉に弱いと相場が決まっていた。



 ******



 天ぷら作りの場所は進物取次番頭(献上進物に関する取り扱いを担当する部所の長)、賄頭(江戸城の食事を取り仕切る長)、膳奉行(将軍の毒見役もする役職)、町奉行など関係する役人たちが協議した結果、麹町の半蔵門前に決められた。


 町人地であるそこは町奉行所が管理しやすく、門前だから江戸城にも天ぷらを運び入れやすい。

 江戸城勤めの武士は仕事余りでやることが無い者や、交代で二日、三日に一度だけ登城するような者も居たので、将軍直々の命令な天ぷら運び要員はさほど嫌がられずに決まった。

 と、言うと簡単に物事が運んだように思えるが実際はこの吉宗の気まぐれ的天ぷら献上騒動で、忙しい者は寝る間も無く胃痛に悩む立場の役人も大勢居たという。



 場所が決まってから九子は予め麹町の町名主に挨拶へ出向き、天ぷらを土産に一両を袖の下で渡しておいた。問題事が起きないようにだ。


「これはご迷惑をおかけしますので……」

「いやいや! お嬢さんそんな気遣いは無用ですぞ! しかし美味そうな天ぷらは勿体ないので頂きますが……はっはっは」

「はっはっは」


 にこやかに笑い合って町名主は天ぷらと小判を受け取った。

 見た目はたかが小娘、天ぷらが少々売れたからといって図に乗っている……などと思われても面倒だと九子は思ったのだ。しかしながら、この天ぷら献上騒動は町名主の更に上司である町奉行所も取り仕切っているので彼らとしては九子を褒めて激励する以外になかった。



 ******



 会場の警備なども行う町奉行所にも挨拶に周った。門番に話すとすぐに通され、役宅にいる町奉行のところへ連れて行かれた。

 公式の面会ではないので町奉行の住居の方へと通されて、そこで彼女は恰幅の良い四十過ぎの貫禄ある武士へと、天ぷらの入った重箱を渡した。


「お奉行様、どうぞよろしくお願いしますのう……」


 意外にあっさりと通された九子は、これがかの有名な大岡越前かと感心しながら礼をすると、どことなく気力も充実して働き盛りといった雰囲気を見せている彼は気さくに笑っていた。


「おお、そなたが利悟の言っておった娘か。頑張るのだぞ。ただ無理をするな、体を労ってな」

「体を?」

「利悟が言うにはなにか胸に(しゃく)だか(しこり)だかを抱えているとか。それをあいつは揉んで治そうと思っておるとか」

「あいつまた雷落ちますよ。近いうちに」


 どうやら利悟は同僚や上司には、病気で胸を腫らした娘を助けようとしているなどと嘯いているようだった。後で殺そうと九子は思った。


 幸いなことに利悟の信頼性は奉行所内でも底辺なので、そんな感動のストーリーを語ってもほぼ信じられていないことだが。町奉行以外には。



 ******



 ついでとばかりに火付盗賊改方の役宅にも土産を持って行った。火事は起こさないつもりだが、大々的に天ぷらをやるのだから火事の警戒もされているだろう。


長官(おかしら)、何卒気をつけますので、此度はお騒がせして……」


 九子がそう呼びかけると五十前後に見える初老の長官はぎょっとしたように驚いた。


「お、おかしら⁉ 今の火付盗賊改方ってそんな鯔背(いなせ)な呼び方されたっけか⁉」

「いや……なんとなくおかしらって感じでは?」

「そ、そうなのか……いや、儂も昔に一度、長官の任に就いたことはあるのだがそう呼ばれてたかのう……」


 九子の知識では時代劇でそんな風に呼ばれていたので、そう呼んだのだったが肝心の長官は首を傾げて「ううむ」と唸っていた。


(火付盗賊改方の長官は、先手組の先手頭がやるからそう呼ばれておるのか?)


 なにせ火付盗賊改方の長官は任期が短く度々変わっていくので、当人らもあまり町でどう呼ばれているかに詳しいわけではなかった。


 とはいえ、将軍吉宗が新たな改革を次々と行う今は年ごとに長官を変えては不便というので、新たに任についた彼──安部信旨も七年間と長期に渡り務めることになるのだが。『雲霧仁左衛門』の時代劇で登場する長官の安部式部とは彼の事であり、約十年前に役目に就いたこともあるため、経験者として抜擢されたのである。

 最近は容疑者を容赦なく斬り殺す中山影兵衛の活躍で信旨の心労は絶えない。しかも報告によれば、この九子という女は影兵衛と仲がいいらしい。


「と、とにかく火事には気をつけるのだぞ」

「へいおかしら。……ところで、桑の葉天ぷらは胃痛にも効きますよ。たぶん」

「……今度纏めて買いに行かせる」


 胃が痛そうにしている彼に宣伝しておく九子であった。

 さすがに両役所には賄賂は渡さないでおいた。そもそも渡している賄賂が支度金として配られたものなのだから。

 何処からか江戸にやってきた、身元不明の女。そう胡散臭がられるよりはあちこちに顔を通しておいた方がいい。


 余談だが、九子が『おかしら』と呼んでいるのを聞いてそれとなく火付盗賊改方の同心などでは長官のことを『おかしら』と呼ぶ流行が生まれ、そこから町人庶民たちの間でも火盗改の長官といえばおかしらという、まるで山賊の頭みたいな呼び名が面白がられて言われるようになったという。


 そういった準備をしていると、あっという間に三日の期間は過ぎていった……



 ******



「天ぷらは元々精進料理とも言われておりまして、それに桑の葉は漢方の生薬にも使われております。血液増強、滋養強壮、めまいふらつき咳に頭痛。更には過度の飲酒、便秘、太り過ぎなどにも効能があるとされております故──実に、おすすめでございます、よ」


 天ぷらが実際に江戸城勤めの者たちに提供されるまでに、老中たちは有識者から話を聞こうということになった。


 江戸でも名高く将軍の覚えも良い本草学者、阿部将翁(あべしょうおう)が呼び出されたところ、そう朗々とした口調で皆に説明した。


 精進料理なので宗教的に保証され、かつその薬効はどれも魅力的であった。


 食生活の偏っている武士たちは多くが健康に不安を抱えていた。酒を飲み過ぎている者、運動不足で太った者もそう言われると天ぷらが供されることが楽しみになってくる。


 色々と関係者にとっては手続きに面倒なことはあったのだが、多くの者にとっては将軍によって縁起の良い天ぷらを分けて貰えるのだから格別の褒美であるようだった。



 五月一日、その当日。

 麹町で準備をしていた九子たちは、明け六ツ(午前六時頃)に調理を開始した。


「よし、やるぞお主ら。終わったら高い酒を奢ってやる」

「ハッ。まあ嫁公認なんだからたまにゃ良い酒を可愛い姐ちゃんたちと飲むのも悪かねえ」

「ううう、なんかごめんね? 僕のせいで」

「温泉も忘れないでくれたまえよ九子くん──うわなんだねこの人でっか! 妖怪⁉ 見越し入道かね⁉」

「ひいっ! ぼ、僕はただのデッカイだけの人だから! 迫害とかしないで!」


 九子、甚八丸、新六、石燕。

 天狗、農民、御庭番、妖怪絵師。


 巨漢二人に女二人。おかしな取り合わせの四人組が、江戸城相手に天ぷらで攻め掛かることになったのは、なんとも天狗の巻き起こした奇妙な話であった。


挿絵(By みてみん)



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― 新着の感想 ―
狐キター(・∀・) 桑の葉にそんな効能が!?家の周りにあるから旬の季節に試してみよう。桑の実だって食べ放題さ! ところで、一つ食ったところで改善するわけじゃないし、油使うから弱った胃にはダメージも同時…
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